偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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第4章 宮廷にて知る

第10話 親切心? それとも?

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「それで・・・私が変態だ、というのはどういう理由なんだ?」

王太子がジロリとマークを見つめる。変装しても、やっぱりきらりと光る美しい容姿は隠しようがない。

「いやあ、とんでもございません。どうして、この私が殿下のことを変態だなどと?」

マークは咄嗟にしらを切るが、背中には冷たい汗がたらりと流れ落ちる。

「それじゃあ、一体、何の話をしていたんだ?」

ふん、と言う感じで王太子が睨みをきかせた時、ちょうどいいタイミングで給仕がやってきた。

「ご注文は?」

柔やかに注文を取ろうとする給仕にマークとジュリアはどれだけ感謝したことだろうか。

「あ、このっ、この肉っ。絶品ですよっ」

ジュリアが空気を変えようと素っ頓狂な声をあげる。

「これか? この炭焼き肉か?」

大衆酒場のメニューでも、美形がもつと一種の芸術品のように見えるのは何故だ?

「え、ええっ。それはもう素晴らしい一品で!」

貼り付けたような笑みを浮かべるジュリアに、王太子はちらりと熱のこもった視線をやった。

「じゃあ、この炭焼き肉をっ。そ、そ、そ、速攻でお願いしますっ!」

マークもフォローは忘れない。話題を変えたい一心で、給仕に無理を承知で言う。

「・・・出来るだけ早くするように厨房に伝えておきます」

給仕がむっとした顔で言った。一番混み合う時間帯に無理っぽい注文をされたのだ。仕方が無い。

(ここではさすがに言えないよな・・・あの変態侯爵の話・・・)

マークは、今、その話しをするのは無理だなと思った。今、その話題を持ち出せば、王太子様の面前で、ジュリアが公爵様とデートしていたことが明るみに出てしまいそうだ。いくら、公爵様がジュリアに夢中だったとしても、やはり、身分違いの恋と言うのは憚られるのではないか。

ジュリアはジュリアで、胸中の中では別のことを考えていた。

この前、舞踏会の帰り道にぱったりと殿下に出くわし、その後、色々あって・・・・

言えない。ここで絶対に言えるもんか。

舞踏会の後、殿下に抱きしめられた話なんて!

胸中、複雑な心境をもつ二人だったが、二人とも処世術はいちおう身につけているつもりだ。

二人は、顔に貼り付けたような笑みを浮かべながらも、そっと周囲の様子をうかがってみれば、周りは変装した騎士だらけ。ここは騎士団の食堂か!と思わず突っ込みたくなるくらいだ。

ふと、その中の市井の商人に変装している護衛専門の騎士と目があえば、

お疲れ様です。

とジュリアとその男とで、目配せで合図を送り合ってる間に、殿下はエールをぐいっと飲み干していた。

「お待たせしました」

と、給仕が速攻で肉を持ってきた。鉄板の上にどーんと乗っている焼き串を見て、殿下も満足そうな様子。

「ふーん、これが庶民の食べ物か」

「殿下は、こちらは始めてで?」

串からがぶりと食らいつくはずの肉に、殿下は几帳面にナイフとフォークで切り目をいれている。

やっぱり育ちは隠しきれないのか、と、マークは思った。その点、ジュリアは変幻自在だ。

「殿下、そこは、こうがぶりと肉に食らいつく所かと」

ジュリアが進めるままに王太子もがぶりと肉にかじりついた。ジュウジュウと湯気をたてている焼きたての肉は冷めないうちに、がぶりといくのが鉄則なのだ。

「こうか?」

「ええ、お上手でございます」

居酒屋の平サラリーマンが重役に接するような口調だが仕方がない。彼は王族の一番トップ、マークとジュリアは爵位なしの平民だ。

「お前達もいいから喰え。従者のような振る舞いはするな」

っつーか、その超絶に美しい容姿だけで、もう十分、殿下ってバレバレなんですけど?! だから無自覚な美形は・・・とジュリアは呆れるが、自分はどうなんだと、マークは突っ込みたいのをぐっとこらえた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

まだ腹が減っていたので、ジュリアは遠慮無く、肉に噛みつき、またエールをぐいっと飲んだ。

(マークに聞いてもらいたかったんだけどな)

その相談の原因である殿下を目の前にして、ジュリアは、その話をマークにすることなど不可能だった。

またの機会にするか・・・と、ジュリアは、諦めがちにため息をついた。それは、ジュリアがあの仮面舞踏会から戻ってきた時のことだった。



仮面舞踏会が終わり、公爵様に送られて騎士団の宿舎の側まで来た所で、二人は馬車をおりた。

「じゃあ、私はここまでで・・・」

もう深夜を随分過ぎた時刻だ。人っ子一人見当たらない城の中程まで公爵様と共に歩き、噴水の所まできた所で彼と別れた。騎士団の宿舎まで目と鼻の距離だった。

「今日は、いろいろと楽しかった・・・・ありがとう」

ジュリアがはにかみがちに公爵を見上げて礼を言えば、ジョルジュも目を細めてジュリアにほほえみかけた。

「私もだよ。結婚式が待ち遠しいな。それまで待てるだろうか」

二人は回廊の柱の陰で両手をつないで、お互いに向き合い、ジュリアにからかうような笑顔を向けた公爵の視線はとても熱かった。頬を染めて、彼を見上げたジュリアは、彼に聞きたいと思った。

「式の具体的な日取りはまだ決められないのですか?」

「ああ、貴族と平民の結婚は認められていないのだよ。もうジュリア・フォルティスとして君が認定された以上、君自身が爵位を取得するしか、私たちが結ばれる方法がない」

平民である自分が爵位を取得する・・・そんな難しいことを言っているのにもかかわらず、ジョルジュの顔は明るかった。

「・・・そんなことが出来るのですか?」

彼の流し目がジュリアの瞳を捕らえた。優しく愛おしげに自分を見つめる彼の男らしい眼差しに、ジュリアは頬に血が上った。

「ああ。もちろんできる。ガルバーニ家の一大事だ。万難を排してでも貴女を妻に迎える私の気持ちは変わらない」

彼が出来ると言えば出来るのだ。

「その方法は?」

「大丈夫。貴女の手を煩わさせたりはしない。私が全部なんとかする」

「はい」

「じゃあ、私はこれで。帰り道はわかる?」

もう深夜を過ぎる時間帯だ。誰とも出会うことはないだろう。

「ええ、だってこの角を曲がれば、もう自分の部屋ですし・・・」

「君と結ばれる日を一日千秋の思いで待ち焦がれているのだよ。私は」

抑揚が聞いて穏やかな彼の声。それでも、その中には、強い切望の気持ちがこめられていた。そう言って、彼は、ジュリアの頬にそっと唇を寄せた。

ジュリアの柔らかな頬にそっと口付けをして、ジョルジュは、ジュリアに軽く手をふり踵を返して帰って行った。

彼と本当の結婚式を挙げる日はそう遠くないはずだ。そうなったら、彼といつも一緒にいられるのだ。朝起きて、彼の顔を見て、おはようと言い、夕方は公爵邸でいつもしていたように彼の帰りを迎えにでる。

夜は食事を一緒にとって、そして寝る時も・・・

ふと、そこまで考えて、ジュリアは真っ赤になった。寝台の中も一緒・・・

そんな考えを振り切ろうと、ぶんぶんと頭をふって、恥ずかしい考えを頭の中から切り替え、うつむき加減で自分の部屋へと足を向けようとした時だった。

(誰か来る!)

人の足音を聞き分け、ジュリアは咄嗟に柱の陰へと身を隠した。こんなドレスを来ている所を見られたら、騎士団の中で後々厄介そうだ。

咄嗟に物陰に身を隠した瞬間、遠くの角から数人の騎士達が歩いてくるのが見えた。

きっと夜番で遅くなった者立ちだろう。

(あ、やばいやばい。こっちに来る。どうしよう・・・・?)

隠れた場所が悪かった。とても中途半端だ。近距離まで来れば、確実に見つかる所だ。しかし、さりとて、今更他の場所に動けば、めざとい騎士にすぐに見つかってしまう。

柱の陰に身を隠し、息を殺しながら騎士達の様子をうかがってみれば、ジュリアの心配が現実になりそうだった。

こともあろうに、騎士達はジュリアが隠れている場所に向って歩いてきたのだ。

(あ、まずい。どうしよう・・・)

こんな時間に、こんなドレスを着ている所を見つかれば、それこそ懲罰委員会にかけられる。入団したてのジュリアには、それはいい結果をもたらす訳がない

話し声がだんだんと近くなってきていた。

なす術もなくオタオタとしているジュリアの側にまた一段と声が近くなってくる。奴らがすぐそこまで来ているのはわかった。

もうダメか! 見つかると、覚悟した瞬間、ジュリアの腕をぐっと掴んで引っ張る男がいた。

よろめきながらその男を見ると、それはなんと・・・

王太子殿下だった。

「殿下・・・」

見つかってしまった、とジュリアは絶望して殿下を見つめた。



皆様、明けましておめでとうございます! 皆様にもどうか素晴らしい一年になりますように!




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