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第4章 宮廷にて知る

第13話 女友達

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「困ったわ・・・」

「お嬢様、どうしましょう。そのように足を挫かれては・・・」

王宮の庭に面した回廊で、リリー・オリバー伯爵令嬢は困った様子で立ち往生していた。新しい靴がなんだか合わなくて、うっかりした拍子に段差で足をつまずいてしまったのだ。カトリーヌ王女のお茶会から戻る途中のことだった。

かろうじて派手に転倒することは避けられてけれど、足を酷く痛めたようだ。

挫いた足首はずきずきと疼くような嫌な痛みを放っていたのだが、こんな所で転んでいたなどと噂になっては好ましくない。

「ううっ・・・」

「お嬢様、大丈夫でございますか?」

リリーは痛みを我慢しながら、顔を顰めて立ち上がろうとしたが、痛みが酷く、立って歩くのは無理そうだ。誰か男の人を呼んで肩を貸してもらう事も出来るが、彼女は男性が苦手だった。出来れば、自分の力でなんとかしたい。そう思いながら壁にやっとのことで背中をもたれかけさせ、困ったように侍女を見れば、侍女もこれ以上は無理だと言う顔でリリーを見つめ返した。

「仕方がないわね。お兄様を呼んできて」

ため息がちに、諦めるように言えば、侍女もそうするしかないと素直に頷いた。

「はい。お嬢様、お兄様のアルベルト様はどちらにいらっしゃるかご存じですか?」

「文化院の中だと思うわ。入り口の近衛に呼び出してもらうといいわ」

アセアセと文化院まで小走りにしていく侍女の後ろ姿を見送りながら、兄が来るまできっと小一時間くらいかかるだろうと達観した。侍女はこの王宮には詳しくないうえに、天才的な方向音痴なのだ。きっと道に迷いながら、兄の居場所を突き止めることだろう。

(せめて馬車までたどり着ければ、すぐに家に帰れるのに・・・)

残念に思うリリーの耳に、その時、沢山の人の足音が聞こえた。その方向を振り返れば、騎士達がどやどやと歩いてくる。リリーはなるべく俯いて、男たちをやり過ごそうとした。貴族令嬢ともあろう者が、つまずいて怪我をするなんて、恥さらしもいい所だし、兄以外の男の人たちは苦手だった。

「どうしましたか?」

涼やかな音色に驚いて、俯いた顔を上げれば、そこには、凜とした姿の女性騎士が立っていた。彼女の目は抜けるようなブルーで、亜麻色の髪の毛は後で一つに括られている。詰め襟の騎士服の横には、立派な長剣を携えていた。

(ええっ? なんて綺麗な人なのっ?)

「あ・・・あの・・・・」

突然のことで何と言ってよいのか分からずに、戸惑っていると、その女性騎士は親切そうな声で話しかけてくれた。

「怪我をしているようですね? 足首を捻ったのですか?」

さすが騎士。怪我をしているのはお見通しと言う訳か。

「おい、ジュリア、どうしたんだ?」

濃いブラウンの髪をした男性騎士が尋ねば、ジュリアと呼ばれた人は明るい調子で言った。女性騎士と言うものを始めてみるリリーを余所に、その二人は気楽に会話をしていた。

「ああ、マーク、このお嬢さんがちょっと怪我をしたみたいだから、先に行っててくれ」

よかった、とリリーは思った。女性なら安心だ。

「ちょっと失礼しますね?」

女性はかがみ込み、リリーの足首を注意深く観察した。

「ああ、酷く捻挫をしてますね。これじゃ歩けない。転んだのですか?」

丁寧に挫いた部分を見ていた女性騎士が言う。捻挫や怪我の扱いは手慣れているようだ。

「ええ、その・・・そこの段差でつまずいてしまって・・・」

女性ならば、それほど遠慮はいらないか、とリリーは正直に言った。

「従者はどこに? 馬車があるならそこまでお連れしましょう」

「ありがとうございます。では、その・・・馬車までお願いしてもよろしいでしょうか?」

「問題ありませんよ」

そう言って、にっこりと笑った彼女の笑顔はとても涼やかで美しくて。

(こんな人いたんだ・・・)

女同士でもうっかりと見とれてしまいそうな女性騎士に、リリーは自己紹介をした。

「申し遅れまして、大変申し訳ありません。わたくし、リリー・オリバーと申します」

「確か、伯爵家の方ですよね?」

「ええ」

「私は、ジュリア・フォルティスと申します。第一騎士団に所属しております」

「まあ、フォルティス様と仰るの?」

「ええ。どうぞお見知りおきを」

そういう彼女はとても礼儀正しくて、リリーにはとても好感がもてた。リリーは、侍女を兄の所にやったことをすっかり忘れていた。

「ひゃあっっ」

いきなり抱き上げられてリリーは驚いた声をあげれば、その人は、くすりと笑った。それが恥ずかしくてリリーは真っ赤になってしまったが、フォルティス様は全く気にしていない様子。

「・・・力が強いのですね」

「それが仕事ですからね」

笑顔で笑って答える女性騎士に抱き上げられながらリリーの内心はパニックに陥っていた。

(お、お、お、落ち着け私。この人は女性・・・・でも、なんてカッコいいのかしら)

分厚い騎士服を通してでもわかる胸のサイズ。

(むむ・・・フォルティス様は、Dカップ? もしかしてそれ以上? いやいや、そこまで大きくはないか)

自分の貧しげな胸にちらりと目をやれば、そんな不埒なことを考えているとは全く思っていないはずの女性騎士と目が合い、青い瞳でにっこりと微笑まれる。

(いやあ、何という眼福、何という幸運!)

にやけそうになる自分の頬をぐっとこらえてリリーは本気で思った。つまずいて足を挫くなんて、実に幸運だ。リリーは己の運を褒めてやりたくなった。

それにしても、目の前の美形は実に素晴らしい。きりっとして、清々しいのに、綺麗で、優しくて・・・

(ほ、惚れてしまう・・・ お姉様とお慕いしてよろしくて?)

さすがにそれは恥ずかしくて言えなかったが。

そうして、ジュリアに抱かれたままリリーがオリバー家の馬車までたどり着けば、

「お嬢様、どうなさったんですか?」

見知らぬ女性騎士に横抱きにされ、真っ赤になった令嬢を見た驚いた御者が驚いたように言えば、リリーは安心したようすで御者に声をかけた。

「少し捻っただけよ。心配はいらないわ」

「それで、侍女は何処さ行かれましたか?」

「あら、やだ。忘れていたわ。お兄様を呼びに行かせたんだった」

「じゃあ、まだ文化院のほうへ? あそこまで行ったのならしばらく帰ってきませんぜ? あの子は、稀有な方向音痴ですからね。文化院までたどり着けるかどうかも怪しいもんだ」

「まあ、どうしましょう」

オロオロとしている令嬢にジュリアが言った。

「では、私がお兄様を見つけて、伝言しておきましょう。お嬢様は自宅に戻られたと。侍女の方はいつかお兄様の所にたどり着くでしょう」

王宮内は安全ですから、いくら道に迷っても大丈夫ですよ。と朗らかに微笑むジュリアに、リリーはおずおずとした様子で言った。

「まあ、そうしてくださればありがたいのですが、それは、あまりにもご迷惑ではないですか?」

「いいえ。これも仕事のうちですから、ご心配なく」

「でも・・・」

と悪びれたようにちらりとジュリアを上目で見上げる令嬢だった。

「いや、構いませんよ。お兄様には私のほうから伝えておきましょう」

「そうしていただけると助かりますわ。兄の名前はアルベルトと申します。文化院で働いておりますの」

「分かりました。ではこれで失礼させていただきます。お姉・・・いえ、フォルティス様。またお会い出来ますこと?」

小首をかしげて可愛らしく、リリーの必殺技、「ザ・上目遣い」を繰り出せば、フォルティス様は、苦笑しながら、王宮にいつもいますからねと、優しく言った。

ジュリアはそう言って、令嬢を馬車に乗せて見送った後、文化院のほうへ足を向けた。入り口でアルベルト・オリバー伯爵の名前を言えば、すぐに取り次いでくれた。

ジュリアが滅多に足を踏み入れない文化院は文官が多く在籍しており、壁には本が所狭しと並べられている。入り口の騎士に彼の居場所を聞いてジュリアは示された部屋の前に立っていた。

「どなた? 入って」

ドアをノックする前に呼びかけられ、ジュリアはおそるおそる扉を開けた。ジュリアが在籍する騎士団は実用主義を地で行く所だから、何もかもが簡素で殺風景だし、クレスト伯爵邸や、ガルバーニ公爵邸は、装飾が多く施された壮麗な所とも違う。

本がぎっしりと並んだ本棚に、品のよい装飾が施された部屋は、とても居心地が良さそうで、好感が持てた。

「君は・・・?」

執務室の机の前にどしりと座り込んだ若い男性がジュリアを見て、一瞬、息をのんだ。むさ苦しいばかりの文官の所帯に、いきなり白鳥が迷い込んできたかのような錯覚を感じた。

ジュリアはジュリアで、穏やかな空気が流れる執務室の中央に座っている男性を見て、少し驚いて立ち止まった。

「アルベルト・オリバー伯爵にお会いしたいのですが」

「私がオリバーだが、君は?」

ジュリアは、リリーの兄という人を見た。ウェーブの掛かったブラウン色の明るい髪に、緑色の瞳。すっとした鼻筋に、口元にはなんだか面白そうな表情が浮かんでいた。貴族の男性らしく、上品な白のクラバットに、グレーの光沢のあるジャケット。胸元には、瞳と同じ濃いグリーンのブローチが輝いていた。

「騎士様がこの部屋に来る用はなかったと思うが?」

ジュリアは自分を興味深げに見つめる貴公子を前にして、事情を説明しようと口を開いた。


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