偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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第4章 宮廷にて知る

第16話 お仕事~2

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マークに向ってルセール侯爵が語ったのはこんな話だった。



遡ること数日前のこと、カール・ルセール侯爵が探し求めていた女性の身元を調べようと、宮廷で一番の資料通であるオリバー伯爵の元を訪ねようと足を向けた時、探し求めてやまない彼女本人をやっとのことで見つけることが出来た。彼女の身元を確かめるべく、慌ててオリバー伯の執務師へと駆け込んだ。彼女がオリバー伯と知り合いなのは否定のしようがない事実であったからだ。

高位貴族としてはあり得ない行為だったが、バタバタと血相を変えてオリバー伯の執務室へと走り、その扉を開けるや否や、ルセーヌ侯爵は彼に向って叫ぶように尋ねた。

「オリバー殿、い、今っ、女性の客人が尋ねてはこなかったか?」

「ああ、ルセーヌ侯爵、お待ちしておりましたが、どうかなされましたか?」

いつになく、侯爵が取り乱し、挨拶も礼儀もすっ飛ばしてくるなど前代未聞だと思いながら、うら若きオリバー伯爵は、愛想のよい笑みを浮かべて、約束の相手を迎えた。たしか、令嬢の詳細を記載している名鑑を見たいと言う話だったと思ったが。

「女性騎士だ。亜麻色の髪に碧い瞳をした・・・」

「ああ、フォルティス殿のことですね。それが何か?」

「やはり、彼女はここに来ていたのか。彼女の名はフォルティスと言うのか?」

「ええ。ご存じないのですか? あの有名な話を?」

「有名とは何だ? 私は、宮廷の俗物感が嫌いで滅多に宮廷には顔を出さないのは君も知っていると思うが」

「彼女は、マクナム将軍のご令嬢ですよ」

「マクナムに娘がいたのか?」

瞠目してオウム返しのように彼の言葉を繰り返す侯爵に、オリバー伯爵は愛想良く、その質問に答えた。

「ええ、何でも、宮廷薬師のフォルティス嬢との間の落とし胤とか」

「いつから王宮に騎士としてあがったんだ?」

「つい、最近のこととして聞いておりますが」

オリバー伯爵は察しがよく、さらにルセーヌ侯爵が必要とする情報を加えた。

「彼女は、クレスト伯爵の所に、チェルトベリー子爵令嬢の身代わりとして嫁がされていたのですよ」

「なんだとっ? あのクレストの小僧の所にか? それで、彼女の名は何という?」

「・・・確か、ジュリアと名乗っておられました」

「・・・ジュリア・フォルティスと言うのか? な、なんと美しい名だ」

侯爵は一人悦に言った様子で言い、大切なことを聞き忘れたかのように、オリバー伯へ再び問うた。

「それで、彼女はどこの騎士団に所属しているのだ?」

「第一騎士団と言ってましたね。あ、ルセーヌ様っ、お約束の令嬢名鑑はどうしま・・・・」

「いらん。それで、もっと彼女の話を聞かせてほしいのだが」

そうして、侯爵が色々聞き出すと、宮廷の情報通でもあるオリバー伯爵は事細かに彼女の話を始めた。女王陛下が、本来のマクナム伯爵が保有していた屋敷や膨大な資産を彼女に譲渡したいと願っていること、それには、彼女自身が伯爵位を取得しなければならないこと。それを承認するために、評議員が検討しているけれども、後一人の賛成が足りなくて保留になっていること・・・

ルセーヌ侯爵とて愚かものではない。それが意味する所は瞬時に理解した。

「・・・それで、それが完了すれば、フォルティス殿は伯爵位を継ぐ事ができるのか?」

「ええ、そういうことになりますね」



そこまでの話を聞いて、マークは不思議そうに侯爵に言った。

「・・・それがどうして、侯爵様がジュリアの将来の鍵を握っている、と言う話になるんです?」

今だに、理解不能な妄想に浸っている侯爵が、さらに理解不能なことを言った。

「神は素晴らしい采配をふるって、私の人生に明星のような希望を与えてくださったのだ」

いちいち、表現が大げさだなとマークは思ったが、その理由を聞かない訳にはいかなかった。

「それはどうしてなんです?」

よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、侯爵はマークにきっぱりと言い切った。

「我が女神が伯爵位を取得すれば、だ。私との結婚が可能になる」

「は?」

目をぱちくりさせて、理解不能と言わんばかりのマークを尻目に、侯爵はまだわからんのかと言う顔をした。

「つまりは、評議員は侯爵位を持つものが一人足りないのだよ。私が評議員になれば、彼女は伯爵位を世襲することが出来る」

「要するに、侯爵様がフォルティス殿の爵位継承を後押しすると」

「・・・まあそういうことなんだが」

侯爵は小気味よさげにマークを見つめて言った。

「最大の問題は、彼女が庶子で爵位を持っていないことだ。貴族と庶民との間の結婚は認められていない」

(つまり、ジュリアが爵位を継承すれば、必然的にガルバーニ公爵との結婚も可能になる訳だ)

マークはそう思ったが、口に出さずに自分の胸にそっとおさめた。そして、ずばり、核心をつく質問を彼に投げかけた。

「・・・それで、侯爵様の求婚をジュリアは受け入れたのですか?」

「まだだ」

侯爵がぷっと膨れた。

「だってまだ、知り合いにもなっておられないのでしょう?」

侯爵はジロリとマークを睨みながら、渋い様子で口を開いた。

「・・・・これから、彼女と知り合いになり、そして熱い恋に落ちる予定だ。私はすでに彼女に夢中なのだがな」

と悔しそうに呟く侯爵だったが、マークは聞こえないふりをしてやり過ごした。公爵様の怒りを買いたくなかったからだ。

そもそもの始まりから、ガルバーニ公爵はジュリアに執心していた。今だにあの二人の中は続いているはずだ。静かな人間がたまに怒るとそれはそれは酷いことになると言う。あの穏やかな公爵の逆鱗に触れたら、それこそ、どんな目に遭わされることか。

・・・触らぬ神にたたりなしだな。

マークは、何も言わなかったけれども、目の前の少しいかれた男の無事を神に祈った。



その頃、王宮の奥深く、女王陛下の私室にエリゼルは足繁く通っていた。

「・・・それで、そなたの決心は固いのか?」

女王が何度も確かめるように言えば、エリゼルも気持ちは固いと言わんばかりの顔で言う。美しい緑色の瞳には固い決意が表れていたし、女王がそれを疑う気持ちは微塵もおきなかった。

「ええ。もちろんです。彼女を私の妃として迎え入れる気持ちにかわりはありません」

女王は目の前の美しい王太子に訝しげな表情を向けた。

女王は片眉をぴくりとあげ、面白そうに、目の前の息子を見つめた。父に似たのか、色白だが、緑色の瞳は美しく、少し気むずかしそうな顔立ちは哲学的な雰囲気をかもし出している。端正な顔立ちの息子は女性にとても人気があるのに、誰一人として振り向こうとしなかった。

その息子がようやく今になって懸想する娘が現れたと言う。好奇心を隠せず、女王は面白そうに口を開いた。

「しかし、彼女が首を立てに振るかの?」

「何を持ってしても、彼女を振り向かせます」

「あの娘は権力に屈するタイプではないぞ。何しろ、マクナムにそっくりじゃ。一筋縄でいけるとは到底思えぬが」

と、言った後、一呼吸して、また口を開いた。それは女王の一個人としての気持ちがこもっていた。

「・・・私としてはそうしてもらえると嬉しいのだがな。何より、彼女はマクナムの落とし胤。彼女が爵位を得た暁には、王族の一員として迎えるのはやぶさかではないが」

訝しげに言う女王に、エリゼルは説得するかのように言った。

「ええ、ですから隣国の王女との結婚話はなかったことにしていただきたいのです」

女王がちらりとエリゼルの顔を見つめれば、その眼差しは情熱の光を宿している。これは本物か、と女王はしばし思案していたが、思い切ったように顔を上げ、まっすぐに王太子を見つめた。

「・・・・ふむ、話はよくわかった。彼女が、そなたとの結婚に同意する、と言う条件を満たせば、それを許しても構わぬが」

「陛下、誠にありがとうございます」

女王陛下は小気味よく、くっくっと笑った。

「お前に、あの娘を陥落させることが出来るかの?」

「できなければ、ご要望通り、隣国の姫を妻に迎えます」

「他の貴公子どもを出し抜いて、彼女に同意させることが出来ねば、隣国の王女との約束を守ってもらうぞ」

「お任せください。寛容なご決断感謝いたします」

優雅な仕草で恭しく礼を取る息子を、女王は満足げに見つめた。自分の息子は、性格は少々難があるが、頭は切れる。今まで、縁談などに全くと言っていいほど興味を示さなかった息子が始めて、妃を迎えてもよいと言ったのだ。しかもそれが、自分が愛したマクナムの娘であれば、何かの因縁なのではないか、とすら思えた。

「陛下、そのようなお約束をしてもよろしいのでしょうか?」

エリゼルの後姿を見送った後、女官が不安そうに聞けば、女王はカラカラと笑い飛ばした。

「あの娘、マクナムと同じように行く先々で人を魅了していくの。さて、どうなるかな。いくら我が息子とは言え、あの娘を魅了するのは至難の業じゃろうて。どちらに転んでも、近いうちには王太子にも妃が出来る。あやつの手腕をじっくり拝見させていただこうではないか」

そういう女王は気持ちよさげに小気味よく笑った。気概のある女だった。



アルファポリス第11回恋愛小説大賞応募作品です。評議員のジュリアの爵位投票は、ルセーヌ侯爵におまかせして、皆様は、どうか、恋愛小説大賞のほうへ一票を!
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