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第4章 宮廷にて知る
第15話 お仕事~1
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「フォルティス、お前に新しい任務を授けることになった。女性のお前だからこそ頼める仕事だ」
団長に呼ばれて執務室に行ってみれば、新しい仕事だと言う。
「はい、団長。それはどのような任務なのでしょうか?」
「カトリーヌ王女の護衛だ。まだお前が入団して日も浅いが、お前ほどの力量を持つ女性騎士は皆無でな。年頃の王女なら、女性の護衛でなければ色々と不都合があるのだ」
と言う会話があって、すぐにジュリアは新しい職務に就くことになった。本来は戦闘が主の第一騎士団だが、こういう配属の仕方もあるらしい。
そういう訳で、ジュリアが王女の護衛についてまだ数日なのだが。
(・・・なんだか妙に熱い視線で見られているような気がするのだが・・・)
王女の定例のお茶会の背後ではジュリアが王女の護衛として静かに控えているのだが、お茶会の令嬢達が自分を見つめる目に何故か熱がこもっている。潤んだ瞳で自分を見つめる令嬢もいるのだが・・・
静かに戸惑うジュリアを前に、一人の令嬢が甘い声で王女に語りかけた。
「ねえ。王女様、フォルティス様にも加わっていただけないのでしょうか?」
こう切り出したのは侯爵令嬢か。
「私もずっとそう思っておりましたのよ。ねえ、王女様、是非、フォルティス様にも」
「わたくしの隣にお座りになって?」
「あら、ずるい。私のお側にいらっしゃって。ねえ、いいでしょう?」
小首をかしげてそういう伯爵令嬢は陶器のような白い肌に、金色の髪が美しい。
そんな令嬢達を前に、リリー・オリバー伯爵令嬢は誇らしげに胸をはる。
「ふふ、私、皆さんよりずっと先にフォルティス様とお会いしておりましたのよ。ねえ、フォルティス様?」
「ええ、足をお怪我されていましたからね」
ジュリアが優しげに目を細めて言うと、周りの令嬢達から、ほうっと言うため息が漏れた。
(フォルティス様、かっこよすぎ、そして、優しすぎ!)
フォルティス様の微笑みは私のものなんだから、とリリーが内心ほくそ笑んでいると、カトリーヌ王女が鷹揚な口調でジュリアに言った。
「フォルティス、そう堅苦しくならずともよいではないか、ほら、こちらにお座り」
王女が促すも、ジュリアは、自分の職務をわきまえていた。
「王女様、それでは、私が警護に当たれなくなります故、ご容赦ください」
遠慮がちに辞退すれば、令嬢達はぷっと頬を膨らませて、拗ねるような顔をするが、王女は意外と聞き分けがよかった。
「それもそうね。皆様、フォルティス様はお仕事でここに来ているのよ。我慢なさい」
「はい・・カトリーヌ様がそう仰るのなら」
「そうね。埋め合わせにフォルティスも舞踏会に招待しましょう」
令嬢達がぱっと色めき立ったのは仕方がない。
「王女様・・・私は爵位を持たない平民にございます。舞踏会には身分不相応と存じますが」
「何を言う。フォルティス。以前の舞踏会でそれはそれは素晴らしい踊りを披露したと聞いています。これは命令です。今度の舞踏会には出席しなさい」
「・・・はい。ご命令とあれば」
(まあ、嬉しい! フォルティス様もいらっしゃるのですね。これはお兄様にも是非知らせなくては!)
リリーは、嬉しげに心の中で呟いた。アルベルトお兄様とフォルティス様が踊る様を思い浮かべて、心の中で含み笑いをした。
(フォルティス様には、お兄様とお似合いですもの! いずれ、フォルティス様をお義姉様と及びできるかもしれないわ)
「じゃあ、決まりね。フォルティス。その日には、お前の任務はないように手配するわ」
王女の言葉に令嬢達は満足げな微笑みを浮かべて、やっと、いつものお喋りへと入っていった。彼女たちのお喋りは、最近のドレスの流行や、お菓子のこと。誰それのお屋敷の庭がとても素敵なことなど、さざ波のような口調で語る令嬢達はみんな愛らしく見えた。
(年頃の女子は、みんなこういう話をするのか)
ジュリアは美しい令嬢達が楽しそうにお喋りを楽しむのをなんだか不思議な気持ちで眺めていた。彼女たちの年頃の頃、ジュリアは、ひたすらに剣を振るい、筋トレに励んでいたのだが。そうして、時折、周りのむさ苦しい男達と共に、訓練の野宿で一枚の肉を競い合い、肉弾戦を地で行っていたのだが。当然、勝利したものが最後の一枚の肉を手にする栄光に預かれるのだ。
それで・・・・と、お喋りが一段落した後、少し間をおいて、一人の令嬢が切り出してきた。
「最近、ガルバーニ公爵様が足繁く宮廷に通っていらっしゃるとお伺いしましたの」
「まあ、公爵様が?」
周りの令嬢達が色めき立った。
「まあ、そうでございますの?」
「公爵様って、あの素敵だと噂されていらっしゃる方ですわよね?」
「宮廷の近くに別邸を構えられたとか。珍しいことですわ」
「まあ、素敵。公爵様のお屋敷ですもの、きっと素晴らしいのでしょうね」
「まさか、心に留めている方が宮廷内にいらっしゃるとか?」
「公爵様のことは、いつも絶対に情報が漏れないのだとか。スケジュールさえもわからないのですもの。偶然にお会いすることしか出来ませんわね」
闇のガルバーニと聞けば、貴族の男達は震え上がるのだが、夢見がちな彼女たちには理解出来ない代物だった。一人の令嬢がため息をつきながら、うっとりと口を開く。
「なんでも長身で物静かだけれど、とても知的で思慮深い方だと伺っておりますわ」
「一度、お目にかかりたいものですわね」
「ええ、ほんとうにそうですわね」
令嬢は声を聞き耳を立てているものがいないか、周りを見渡し、従者がいないことを確認して、一層声をひそめて言った。
「陰の国王と呼ばれている方ですもの。公爵様の財産は王族に勝るとも言われておりますのよ。ガルバーニ領のお屋敷もそれはそれは素晴らしいのだとか」
「まあ、本当に、公爵様は裕福でいらっしゃるのね」
ふ、と一人の令嬢が知ったような口調で言う。
「そりゃ、ガルバーニ公爵家と言えば、貴族の中でも名門中の名門。由緒正しいお家柄ですもの。公爵様の奥様になられる方は、それにふさわしい方でなくてはね」
「そうね。隣国の王女様くらいが釣り合いが取れるノではなくて?」
「お前達、口さがないですよ。紳士の懐を探るようなお話はおやめになったら?」
王女がさりげなくたしなめるが、皆興味津々なのだ。
「それにしても、最近の王宮は随分と殿方が賑やかですわね」
「ええ、本当に。最近はルセーヌ侯爵も足繁く宮廷に通われていると言う話ですわね?」
まあ、と一人の令嬢が声を顰めて囁くように言った。
「あの、麗しい顔立ちの方ですわね」
「私もあの方を素敵だと思っておりますの」
ジュリアは、剣に手をかけ、直立不動の姿勢で、かろうじて職務を全うしていたが、ジョルジュの名前が出た途端、胸の中でなんだかもやもやした気持ちがわき上がってくるのを感じた。
公爵様が・・・と令嬢達が頬を染めて彼の名を口にする度に、ちりちりと胸が痛むような気がした。
王女が皆に微笑んだ。百合のような美しい表情で、確信に満ちた口調だった。
「今度の舞踏会、わたくし、ガルバーニ様にエスコートを頼もうと思っているのよ」
「まあ、なんて素敵なことでしょう!」
「きっとお似合いですわ」
その舞踏会にジュリアも王女の命令で参加するのだ。釈然としない何かを感じていたが、ジュリアは顔に出さず、ひたすら護衛の職務を全うしようと努めた。
自分もジョルジュと王女様をお似合いだと言わなければならないのだろうか、と憂いながら。
◇
それから数時間後、場所は王宮に付属する騎士達の訓練場。広いグランドには、騎士達が向かい合い、剣と剣を合わせて模擬戦を実践している所だ。今、ジュリアは、王女の護衛を終わり、身長2メートルもあろうかという大柄な男と対峙している所だった
「ああ、麗しの我が君よ。願わくば、我に一目でいいから、視線をむけたまえ」
「・・・それで、なんで貴方がここにいるんです?」
めんどくさそうに言うマーク・エリオットに、ルセーヌ侯爵は、傲慢な視線を向けた。
「それはお前が我が女神の盟友だからだ」
そんな二人に気づくことなく、ジュリアも、対戦相手の騎士も、防具を身につけ、闘技場でお互いににらみ合っていた。マークは、侯爵とその訓練場の外れから二人が戦う所を見ている所だ。
「だったら、彼女に直接、そう言えばいいじゃないですか」
「淑女に面と向ってそんなこと言えるか」
こいつ、口調は横柄なくせに、意外とチキンであるなとマークは思った。女の一人や二人、口説けなくてどうするのだと言いたかったが、このめんどくさい男をたきつけて、ジュリアに煩わしい思いをさせたくはないし、それに、彼女にはすでにガルバーニ公爵という鉄壁な恋人がいる。
全くもって、どうしてこう面倒な奴に好かれるのか、とマークはため息をつきたくなったが、一応、腐っても侯爵という来賓を前に失礼な真似は控えるだけの配慮はあった。
思い起こせば、数十分前、騎士団長がマークに手でこちらへこいと合図するので、何かと思えば、このめんどくさい侯爵の相手をしてやれ、とのこと。
王宮嫌いの侯爵様が何かと第一騎士団長に、
「我が女神を権力でものにしようと画策しているだろう」
とか、
「上司の特権を使って、我が麗しの騎士に取り入ろうとしている」
とか、変態ではなく、妙な被害者意識を持って絡んでくるのが、団長も五月蠅くて仕方がなかったらしい。ジュリアの友達だから、という変な理由で、この変態侯爵の相手をしていれば、今日の訓練に出なくていいとまで、団長に言わせたこの侯爵様
一体、どこまでめんどくさいのか。
最近、ストレスが多かったので、暴れて少し発散したかったのだが。
「侯爵様なのでしたら、そのくらいのことはお手の物でしょう?」
「なんと無粋な! 淑女にお近づきになるにはそれ相応の手順を踏まねばならぬのだ」
そう言った瞬間、大柄な男はジュリアに剣を突っ込み突撃してきたが、ジュリアはひらりと躱し、剣をたたき落とし、足をひっかけてバランスを崩させ、その瞬間に見事な技で、その男を顔から地面に叩きつけた。一瞬の出来事だった。
男が倒れ込んだ地面からは大きな土埃が舞う。有無を言わさず、ジュリアは、男の腕をねじり上げ、肘で男の背中を狙う。男は鼻を強くぶつけたらしく、鼻血が辺り一面に散った。
「一本ありだな。ああ・・・・酷くぶつけたようだな」
ジュリアが手を貸そうと差し出した手を大男は振り払い、悔しそうに言った。
「まだ、負けた訳じゃねえからなっ」
「そうか?」
ジュリアの目がきらりと光り、立ち上がった男の鳩尾に拳で一撃を食らわせ、再び、男を地面に沈めた。
「ああ・・・・なんと羨ましい。我が女神にあのような仕打ちを受けるとは・・・」
マークは、侯爵様がプルプルと震えているのがわかっていた。この男は所詮、温室育ちの貴族なのだ。騎士の汗や血が飛び散る肉弾戦など見たことがないのだろう。
「・・・腰が引けてますよ? 変に駆け寄って、彼女から返り討ちに遭わされるのが怖いんでしょう?」
「ふっ、愚か者め。彼女をこよなく愛しているこの私が恐怖に打ち勝てないとでも思っているのか?」
口とは裏腹に、少し膝が震えているのが明らかに分かる。マークは、笑いをかみ殺して失礼がないように振る舞った。・・・腐っても、目の前にいる男は侯爵なのだ。
「お貴族様には少々刺激が強すぎましたかね。それで、どうして探している令嬢が彼女だと分かったんです?」
侯爵はよくぞ聞いてくれましたとばかりに話始めた。
「神の采配だ。私は彼女を幸せにする鍵を握っている稀有なほどに幸運な男なのだと分かってまったのだ」
「それはどういう意味で?」
「お前も、近いうちに私とも盟友になるだろうな。何しろ、我が花嫁の盟友なのだから」
マークの目がきらりと光った。ジュリアの弱みにつけ込んで、この男は何かを画策するつもりだろうか?
「さすが侯爵様、さぞかし優秀な秘策などがあるのでしょうね?」
「よくわかったな。我の計画を聞けば、お前も驚くぞ」
意味深な発言を聞き逃せるはずもなく、マークの誘導尋問に気づかず、侯爵は、楽しそうに口を開いた。
団長に呼ばれて執務室に行ってみれば、新しい仕事だと言う。
「はい、団長。それはどのような任務なのでしょうか?」
「カトリーヌ王女の護衛だ。まだお前が入団して日も浅いが、お前ほどの力量を持つ女性騎士は皆無でな。年頃の王女なら、女性の護衛でなければ色々と不都合があるのだ」
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「ふふ、私、皆さんよりずっと先にフォルティス様とお会いしておりましたのよ。ねえ、フォルティス様?」
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「・・・はい。ご命令とあれば」
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それで・・・・と、お喋りが一段落した後、少し間をおいて、一人の令嬢が切り出してきた。
「最近、ガルバーニ公爵様が足繁く宮廷に通っていらっしゃるとお伺いしましたの」
「まあ、公爵様が?」
周りの令嬢達が色めき立った。
「まあ、そうでございますの?」
「公爵様って、あの素敵だと噂されていらっしゃる方ですわよね?」
「宮廷の近くに別邸を構えられたとか。珍しいことですわ」
「まあ、素敵。公爵様のお屋敷ですもの、きっと素晴らしいのでしょうね」
「まさか、心に留めている方が宮廷内にいらっしゃるとか?」
「公爵様のことは、いつも絶対に情報が漏れないのだとか。スケジュールさえもわからないのですもの。偶然にお会いすることしか出来ませんわね」
闇のガルバーニと聞けば、貴族の男達は震え上がるのだが、夢見がちな彼女たちには理解出来ない代物だった。一人の令嬢がため息をつきながら、うっとりと口を開く。
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「一度、お目にかかりたいものですわね」
「ええ、ほんとうにそうですわね」
令嬢は声を聞き耳を立てているものがいないか、周りを見渡し、従者がいないことを確認して、一層声をひそめて言った。
「陰の国王と呼ばれている方ですもの。公爵様の財産は王族に勝るとも言われておりますのよ。ガルバーニ領のお屋敷もそれはそれは素晴らしいのだとか」
「まあ、本当に、公爵様は裕福でいらっしゃるのね」
ふ、と一人の令嬢が知ったような口調で言う。
「そりゃ、ガルバーニ公爵家と言えば、貴族の中でも名門中の名門。由緒正しいお家柄ですもの。公爵様の奥様になられる方は、それにふさわしい方でなくてはね」
「そうね。隣国の王女様くらいが釣り合いが取れるノではなくて?」
「お前達、口さがないですよ。紳士の懐を探るようなお話はおやめになったら?」
王女がさりげなくたしなめるが、皆興味津々なのだ。
「それにしても、最近の王宮は随分と殿方が賑やかですわね」
「ええ、本当に。最近はルセーヌ侯爵も足繁く宮廷に通われていると言う話ですわね?」
まあ、と一人の令嬢が声を顰めて囁くように言った。
「あの、麗しい顔立ちの方ですわね」
「私もあの方を素敵だと思っておりますの」
ジュリアは、剣に手をかけ、直立不動の姿勢で、かろうじて職務を全うしていたが、ジョルジュの名前が出た途端、胸の中でなんだかもやもやした気持ちがわき上がってくるのを感じた。
公爵様が・・・と令嬢達が頬を染めて彼の名を口にする度に、ちりちりと胸が痛むような気がした。
王女が皆に微笑んだ。百合のような美しい表情で、確信に満ちた口調だった。
「今度の舞踏会、わたくし、ガルバーニ様にエスコートを頼もうと思っているのよ」
「まあ、なんて素敵なことでしょう!」
「きっとお似合いですわ」
その舞踏会にジュリアも王女の命令で参加するのだ。釈然としない何かを感じていたが、ジュリアは顔に出さず、ひたすら護衛の職務を全うしようと努めた。
自分もジョルジュと王女様をお似合いだと言わなければならないのだろうか、と憂いながら。
◇
それから数時間後、場所は王宮に付属する騎士達の訓練場。広いグランドには、騎士達が向かい合い、剣と剣を合わせて模擬戦を実践している所だ。今、ジュリアは、王女の護衛を終わり、身長2メートルもあろうかという大柄な男と対峙している所だった
「ああ、麗しの我が君よ。願わくば、我に一目でいいから、視線をむけたまえ」
「・・・それで、なんで貴方がここにいるんです?」
めんどくさそうに言うマーク・エリオットに、ルセーヌ侯爵は、傲慢な視線を向けた。
「それはお前が我が女神の盟友だからだ」
そんな二人に気づくことなく、ジュリアも、対戦相手の騎士も、防具を身につけ、闘技場でお互いににらみ合っていた。マークは、侯爵とその訓練場の外れから二人が戦う所を見ている所だ。
「だったら、彼女に直接、そう言えばいいじゃないですか」
「淑女に面と向ってそんなこと言えるか」
こいつ、口調は横柄なくせに、意外とチキンであるなとマークは思った。女の一人や二人、口説けなくてどうするのだと言いたかったが、このめんどくさい男をたきつけて、ジュリアに煩わしい思いをさせたくはないし、それに、彼女にはすでにガルバーニ公爵という鉄壁な恋人がいる。
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とか、
「上司の特権を使って、我が麗しの騎士に取り入ろうとしている」
とか、変態ではなく、妙な被害者意識を持って絡んでくるのが、団長も五月蠅くて仕方がなかったらしい。ジュリアの友達だから、という変な理由で、この変態侯爵の相手をしていれば、今日の訓練に出なくていいとまで、団長に言わせたこの侯爵様
一体、どこまでめんどくさいのか。
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「侯爵様なのでしたら、そのくらいのことはお手の物でしょう?」
「なんと無粋な! 淑女にお近づきになるにはそれ相応の手順を踏まねばならぬのだ」
そう言った瞬間、大柄な男はジュリアに剣を突っ込み突撃してきたが、ジュリアはひらりと躱し、剣をたたき落とし、足をひっかけてバランスを崩させ、その瞬間に見事な技で、その男を顔から地面に叩きつけた。一瞬の出来事だった。
男が倒れ込んだ地面からは大きな土埃が舞う。有無を言わさず、ジュリアは、男の腕をねじり上げ、肘で男の背中を狙う。男は鼻を強くぶつけたらしく、鼻血が辺り一面に散った。
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ジュリアが手を貸そうと差し出した手を大男は振り払い、悔しそうに言った。
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「そうか?」
ジュリアの目がきらりと光り、立ち上がった男の鳩尾に拳で一撃を食らわせ、再び、男を地面に沈めた。
「ああ・・・・なんと羨ましい。我が女神にあのような仕打ちを受けるとは・・・」
マークは、侯爵様がプルプルと震えているのがわかっていた。この男は所詮、温室育ちの貴族なのだ。騎士の汗や血が飛び散る肉弾戦など見たことがないのだろう。
「・・・腰が引けてますよ? 変に駆け寄って、彼女から返り討ちに遭わされるのが怖いんでしょう?」
「ふっ、愚か者め。彼女をこよなく愛しているこの私が恐怖に打ち勝てないとでも思っているのか?」
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「それはどういう意味で?」
「お前も、近いうちに私とも盟友になるだろうな。何しろ、我が花嫁の盟友なのだから」
マークの目がきらりと光った。ジュリアの弱みにつけ込んで、この男は何かを画策するつもりだろうか?
「さすが侯爵様、さぞかし優秀な秘策などがあるのでしょうね?」
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