野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第四章 白魔導師の日々

小話 フロルと魔道具~3

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蝶々をキャッチして、一瞬、フロルは宙に浮いたままだったが、その後、猫らしく盛大な鳴き声を上げながら、落下していった。

「ぶぎゃぁぁぁ!」

猫が宙を舞い、いや、宙を落下し、その直前、さすがに猫としての本能が発揮されたようだ。

屋根に叩きつけられる前に、くるっと方向転換をして、きっちり屋根の上に着地する。

おお、素晴らしい着地。猫の柔軟性!

じゃなくって-! 絶対にメンタル面で猫化するまいと決意したのに、なんだこれは。

すっかり猫化してる自分のふがいなさに、情けなさしか感じない。

人間としてのプライド、どこいった?!

それにしても、上手く屋根の上に落ちたのはラッキーだった。

フロル猫は、ついさっきまで自分がいた窓を見上げると、随分と高い所にある。ここからよじ登るのはかなり難しそうだ。

(・・・・一度、下におりて、そこからもう一度、上がろうか)

魔道師塔の入り口から入って、階段を上ればいいだけだ。地面に降りようと思って、屋根と屋根の間をとんとんっと調子よく降りていく。

(よっしゃ!着地っと。楽勝だね!)

一番下の屋根から地面へとひらりと飛び、どや顔でジャンプを決めた。

猫も結構楽しいのだなあ。

一人、いや、一匹で悦に入っていると、フロル猫の頭上から女性の声が降り注ぐ。

「あらまあ、可愛い子猫だこと」

鈴の音のような音色に驚いて見上げれば、そこにはなんとエリザベス様がいた。宮廷の女官長であるエリザベス様は、今日も素敵なドレスを身に纏い、凜とした貴婦人らしさを湛えている。

「一体、どこから来たの?」

そっと地面から抱き上げられると、エリザベス様のお胸がふかふかと柔らかい。それにとっても良い匂いがする。香水だろうか。優しく微笑みかけられ、フロルは天にも昇るような心地になった。

エリザベス様も、どうやら猫がお好きらしい。

「エリザベス様、そろそろ行きませんと・・・」

お付きの侍女が促せば、エリザベス様は困ったような顔をする。

「でも、この子が可愛すぎて・・・」

(そうでしょうとも!)

フロルは自分の猫姿に、ちょっとだけ自信がある。あのライル様だって、かわいいと言って天使のような微笑みを浮かべたのだから。

ちょっとだけ、お愛想のつもりで、尻尾をゆらゆらと揺らすと、エリザベス様が一層嬉しそうに笑う。

「まあこの子可愛いわね」

他の侍女さんたちも、頬を緩めて自分を見てくれる。エリザベス様が、ほっそりした指でフロル猫の顎の下を撫でてくれるので、思わず目を細めて、ゴロゴロとご機嫌な様子で鳴いてみた。

そうすると、女性たちは、いっそう微笑みを濃く浮かべるのだ。

・・・いいなあ。猫って、こんなにみんなに優しくされるんだ。

そうやって構われている間にも、エリザベス様たちは自分を抱いたまま、歩みを勧め、気がつけば宮殿の建物の中へと足を踏み入れていた。

門番の衛兵が、エリザベス様を認めて、軽く会釈をする。彼女は、威厳のある様子で、平然と頷き返していた。やっぱり、宮廷の女官長だけあって、その辺は威厳があるなあ、とフロルは感心したのだが。

そうして、宮殿の廊下を進んでいたのだが。

(あれ? エリザベス様、猫つれて、宮殿の中に入っていいんですか?)

引き返すのも、なんだかもう遅いような気がしたし、エリザベス様のお側にもう少しいたいような気もして、フロルは大人しく抱かれたままでいた。

そもそも宮殿の建物は、フロルのような下級従者が絶対に足を踏み入れることがないような場所だ。

廊下には、美術品かと思うような高そうな壷とか、貴婦人が描かれた絵画とか、美術館さながらの様子に、フロルは興味津々で辺りを見回す。

「まあ、この子ったら、目を丸くしているわね?」

「それにしても、大人しい子なのね?」

フロル猫のお行儀のよさに侍女たちは、さかんに感心している。フロルは、気分が良くなって、もう一度、尻尾を立ててゆらゆらと揺らしてやると、侍女たちが嬉しそうに笑う。

そうして、近衛兵のチェックを何度もパスしながら、つれてこられたのは宮廷の一番奥。内装が一段と豪華になった。

「猫はどうなさいます?」

目的地についたのだろう。他の侍女がエリザベス様に言えば、彼女は思案しながら口を開く。

「そうね・・・そのバスケットにでも入れておこうかしら?」

他の侍女が持っていた藤のバスケットの中身を別の袋に移すと、空になった。そこへエリザベス様はフロルをそっと入れた。

「これから会議があるの。良い子だから、ここにいてね?」

フロル猫は、エリザベス様を新緑の瞳で見上げながら、にゃあ、と大人しく返事をする。

「まあ、この子ったら、人の言葉が分かるみたいね?」

エリザベス様がくすりと笑うと、フロルの頭の上でフタが閉められた。

(・・・会議ってどのくらいの時間なのかなあ?)

そういえば、もうすぐ、お昼の時間だ。すこしお腹が空いたなあと、フロルは脳天気に思いながら、バスケットの中で丸くなってうずくまった。

子猫だからだろうか。突然、強烈な睡魔が襲ってくる。まだ体が子猫のままだから、突然寝落ちとか、勘弁してほしいな・・・と思いながら、籠の底で体を丸める。瞼がくっつきそう。ああ、眠い。

すぴー

フロル猫が軽い寝息を立てて、しばらく立った頃。耳にどこか聞き覚えのある声が聞こえたような気がして、フロルは目をつぶったまま、聞き耳を立てる。

「・・・そうですね。午後は、騎馬隊で剣を使った模擬戦をやろうと考えています」

「そうだな。騎馬隊の剣術をもう少し鍛えたほうがいい」

あれは、ギル様の声だ!

ぱっと目を開くと、がばっと立ち上がった。その瞬間、ごんっと、頭を籠の蓋に盛大にぶつけて、フロルは顔を顰めた。

痛ったあ・・・。

それでも、ギル様の声はしっかりと耳にする。

ギル様の声の調子から察するに、どうも上官と、今日の訓練の予定を話しているようだ。その話によると、午後、模擬戦をやるそうな。

(見たい!ギル様が剣を振う所、格好いいに決まっている)

そうとなったらもう昼寝している場合ではない。これからギル様の後を追っかけて、模擬戦とやらを見ようではないか!

そういう訳でフロルはとりあえず、籠から出ようと決意した。頭突きをバスケットの蓋にかましてみると、何かでロックされているようで、びくともしない。それでも、頭で蓋を突き上げると少し隙間が空く。

力を込めたら空くかもしれない。力任せに蓋に体当たりをすると、なんと籠が横転して、コロコロと転がってしまった。

「おい、あれは何だ?」

近くにいた近衛が、転がったバスケットを不審に思ったのだろう。近衛たちの目が鋭く光る。

「中をチェックしないと・・・何か動物がいるようだな」

近衛が蓋を開けてくれる。その隙に!

フロルが予想した通り、近衛たちは、蓋を少しあけて、中を覗き込んだ。その瞬間、フロルは、その隙間から、するりと脱出する。

「おい、猫だ!」

「逃げたぞ」

「捕まえろ!」

フロルは、たっと走り出した。近くにいた近衛兵たちが、フロル猫を捕まえようと、わらわらと駆け寄ってくる。

その形相が、かなり怖い。

そりゃそうだ。猫一匹でも逃してしまえば、近衛の面子に係わることなのだ。血眼になって、自分を捕まえようとする近衛たちは、鬼気迫る表情を浮かべて、フロルを追い回した。近衛立ちの目が鋭い。殺気がすごい。

いやあ! 怖いぃ~。

今や、フロルを追い回す兵士の数は30名を超えた。どうして、こうもわらわらと近衛が湧いてでるのか。

パニックになったフロル猫は涙目になりながら必死に逃げ回った。

(やだやだ。怖いよぉ)

フロルが逃げれば逃げるほど、近衛兵たちは鬼のような形相を浮かべると、ただでさえ怖い近衛がさらに怖くなる。

「おい、そっちに回ったぞ」

「くっそう猫のくせにちょこまかと!」

血眼になった近衛がこんなに怖いと思ったことはない。怯えた子猫としての本能がフロルの恐怖心に追い打ちをかける。やっぱり、小動物は大きな男の人が怖いのだ。

フロルは素速く宮殿の廊下を走り抜け、中庭に入り、そして、慌てて別の建物へと走り込む。そうして、やっと人気のない建物の中へと逃げ込んだ。

ギル様の後を追っかけたかったのに、気がつけば、全く見知らぬ場所に来ていた。内装も、さっきの場所よりさらに豪華になり、人の気配がしない。

そこでようやく、フロルはほっとして、一息ついた。分厚いカーテンの陰に隠れて、ぜいぜいと息を整えた。

ああ、よかったー。それにしても怖かったなあ。

ほっとして、前足をぺろぺろと舐める。

今の自分は本当に猫みたいだ。でも、そうしたかったんだもん。猫なんだから、そのくらいしたっていいでしょう?

もう人間としての誇りがどこかへ行ってしまったような気がしたが、そんなこと、もうどうでもいいような気持ちにさえなってきた。

そうやって、猫の本能のまま、夢中になって前足をぺろぺろと舐めていると突然、誰かに背中をぐっと掴まれて持ち上げられた。

おい、猫の許可なく勝手に背中をつかむな。

そう憤るフロルの目に入ったのが、意外すぎる人物だったので、フロルは一瞬、ぽかんとしてしまった。

へ?

目が点になる。そのまま、自分をぶら下げている人の顔をじっと見つめた。

マキシミリアン王太子殿下。

一瞬、間抜けな顔をしたフロル猫と殿下の視線が交わった。

「あれ?こんな所に猫が?どこから侵入したのかな・・・」

マキシミリアン殿下は面白そうにフロル猫の顔を覗き込む。侍従長だろうか。年老いた従者が、殿下の傍に控えていた。

「どこの猫でしょうか?」

「さあ、宮殿では、こんな猫を見たことがないな」

「迷い猫でしょうか。殿下」

「可愛いな・・・」

そうだろう。そうだろう。繰り返しになるが、今の自分は可愛いのだ。そんなフロルに、侍従長は訝しがるような目を向けた。

「得体の知れないものですから、こちらでお預かりいたしましょう。近衛に引き渡します」

「いや、大丈夫だろう。ほら、見てみろよ。大人しいぞ?」

フロルの背中を掴んだまま、殿下はぶらーんとフロルを侍従長の目の前にぶら下げた。

(殿下、ちょっと猫の扱いが酷すぎやしませんか? 勝手に人を、いや、猫をぶら下げないでくださいまし)

フロルは少し憤ってはいるが、背中を掴まれているので身動きがとれない。手足をだらりとして脱力した垂らしたまま、侍従長の前で黙ってぶら下げられていた。

そんなフロル猫を侍従長は、探るような目でチェックをしたが、やがて、問題ないと判断したのだろう。視線を自分から殿下へと向けた。

「さようでございますね。特段、害をなすようには見えませんね」

「いや、ちょっと待て。この猫は、普通の猫とちょっと違うな」

殿下の目がキラリと光る。

毛並みがいいとか、どうせそんなんでしょう。殿下? もういい加減、ぶら下げるのやめて、抱くか、地面に降ろすかしてくださいよ-。

ぶら下げられるのに飽きて、フロル猫は、不満げに殿下を見た。

「はて、私には普通の猫にしか見えませんが?」

侍従長は不思議そうな顔をする。

「わからないか? ジャルダン。この猫が魔力を持っているのに気がつかないか? この猫は、魔獣だよ」

(いえいえ、魔獣ではなく、人ですけど? ・・・イチオウ、魔道師(見習い)なんですけどね?)

フロルは無邪気な視線を殿下に向けた。この時のフロルは、殿下が病的な魔獣マニアだと言うことを、すっかり忘れていたのだ。

今、自分の手の中にいるのが猫型の魔獣だと知って、マキシミリアン殿下は、目を輝かせて笑った。
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