野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字サイズ
特大
37 / 127
第四章 白魔導師の日々

小話 フロルと魔道具~2

「・・・フロルなのか?」

確かめるように、もう一度、ライルの綺麗な口元から自分の名が呼ばれる。

当然、これは、激しく同意の一択しかない訳で。

ぶんぶんと大きく頷く猫を目の前にして、ライルの顔は目を大きく見開いた。

「ああ、なんてことだ!」

ライルは片手でフロル猫を掴んだまま、もう片方の手を口に当てる。驚きのあまり、ライル様がわなわなと震えている。

ライル様的にもショックが大きかったのだろうか。

考えてみれば、それはそうだ。フロル自身だって、まさかこんなことになるなんて、思いもよらなかったのだから。 

そんなライルはフロルを片腕に抱えたまま、扉を大きく開けて、白魔術師のトップであるグエイドを大声で呼んだ。

「お呼びでございますか? ライル様」

恭しく扉の陰から現れたグエイドは、今日もデフォルトの仏頂面だ。竜騎士隊長のドレイク様といい、グエイドといい、どうして、こうも顔面筋が麻痺しているような輩が多いのか。

「ちょっとこれを見てくれ」

そう言って、グエイドに向ってライルが差し出したのは、真っ白な子猫。

「・・・ただの猫にしか見えませんが?」

グエイドは一瞬怪訝そうな顔をしてから、部屋をぐるりと見渡し、額にぴくりと青筋を浮かべた。

(おお、何やらグエイド様がお怒りのご様子!)

なんだなんだと、じっとグエイドを見つめると、グエイドは超絶不機嫌そうに口を開いた。

「そういえば、フロルの姿が見えませんね?・・・こんな所に猫を入れて、仕事をさぼるとは」

ライルの腕の中の猫がぴきっと凍り付く。

いえいえ、サボってなんかいませんよ! グエイド様、むしろ、これって労災ですよね? 

ライルの腕の中のフロル猫は尻尾をぴんと伸ばしたまま、グエイドに不満そうな視線を向ける。目の前に、猫を差しだしたライルの意図を計りかねて、グエイドが言う。

「ライル様・・・私に、この猫を棄ててこいと言うことでしょうか?」

グエイド様、なんてことを!

フロルは棄てられてはたまらないと言わんばかりに、真っ青になってライルの胸に縋り付いた。ぎっと爪をライルの服に立てて、棄てられまいと踏ん張る。こんなことになった悔し紛れに、嫌がらせもちょっと込めて、ライルの服にギギっと爪をたててやった。

「こら、フロル! 私の服を破らないでくれ」

ライル様が迷惑そうな顔をして猫を叱ると、そこで、グエイドがぴたりと動きを止めた。

「もしかして、その猫は・・・・」

グエイドも猫が自分であることに気がついたのだろう。わなわなと震えながら、グエイドも目を見開いて、口元に手をあてた。

「ああ・・・これは、なんてことだ・・・・」

だから早く直してくださいよぉ。ショック受けてる場合じゃないでしょう? グエイド様。

白魔道師なんだから、さっさとこの呪いを解除してくださいよ。

そんなフロルの心の声は、グエイドには一向に届かないのである。

「これは、その、あの、魔道具が?」

驚いているグエイドに、ライルは顎で床に落ちている手鏡を示した。

「まさか、フロルがこれに触れるとは思わなかったが・・・」

グエイドの顔の上に歓喜の表情が浮かんだ。

「ああ、感動ものだ!ライル様、ついに、あの魔道具がきちんと作動したと?!」

「そうなんだ。アレが、やっと狙い通りに作動したんだ!」

ライルが目を輝かせて嬉しそうに笑う。

へ?

猫でも間が抜けた顔が出来ることを、フロルは今、始めて知った。

この魔道師二人は、自分に起きたこの出来事をショックとしてでなく、嬉しそうに目を輝かせているではないか。

魔道具の開発に成功したと、嬉々として語り合っている。

フロルは、呆気にとられすぎて、二人をぼけっと眺めるしか出来なかった。

なんでだ?

なんでそうなる魔道師?

フロルは、ふと我に返り、早く人間に戻してもらわなくてはならないと思い出すのだ。

フロルは二人の関心を元に戻そうと、にゃー、と鳴いた。

(二人で手を取り合って喜んでる場合じゃないでしょう?)

と言う顔で、二人を代わる代わる見つめれば、意図を察したようだ。

「あ、ああ、フロル。すまない」

そう言ったのは、グエイド様のほうだ。さすがに、グエイド様は、猫になったフロルを気の毒に思ったらしく、哀れみの視線を向けてきた。

うん、グエイド様のほうがライル様よりまともだ。そんなフロル猫の背を、ライルはほっそりとした手で梳くように撫でる。

「かわいいだろう?」

ライルは自分の腕の中で、尻尾をゆらゆらと揺らしている自分を、見せつけるようにしてグエイドに向けた。

「そうですね、でも・・・」

グエイド様が口に手を当てて、じっと自分を見つめて思案している。グエイドが言った「でも・・・」の先が気になり、フロルはぴくりと視線をグエイドに向けた。

「魔道具の呪いを解除するのは、簡単でしょうが・・・」

戸惑うような声を出すグエイド見て、フロルはなんだか嫌な予感を感じる。そんな二人に、ライルはあっさりした口調で言った。

「・・・まだ、私の魔力が十分に回復しきっていないから、すぐには無理だろうな」

へ?

解除は簡単じゃないんですか? 今、グエイド様が、解除は簡単だって言ってましたよね? だったら、グエイド様がやってくださいよ。

フロルは、抗議の意味を込めて、グエイドを見つめると、彼は困った様子でフロルを見返した。

「魔道具を製作したものしか、呪いを解除出来ないのだよ。フロル」

じゃあ、ライル様が解除してくれればいいってこと?

そんなフロルの疑問をグエイドが察した。

「本来のライル様ならば、即座に、このくらいの呪いは解除出来るはずなんだが」

「生憎、まだ魔力が十分回復してなくてねぇ」

ライルがしれっとした口調で言う。

「まだ魔力切れの後遺症が続いていてね。まあ、しばらくして、魔力が回復したら解除してあげるよ」

(ちょっとっ、ちょっと、待ったー!しばらくってどのくらい?)

ライル様の『しばらく』が酷くいい加減なもののように思える。この人は、見かけとは正反対にいい加減で忘れっぽい。何ヶ月も放置された挙げ句、『忘れてた』の一言で済まされてはたまらない。

フロルは、にゃあーともう一度鳴き、ライルの顔を覗き込んだ。そんなフロル猫を、ライルは可愛いと言って撫でる。

ヒトを、いやネコを勝手に愛玩動物として扱わないでくださいね、ライル様。

フロルが瞳に憤りを込めてじぃっとライルを見つめると、何故かライルは、すっと視線をそらす。人との確執は全然気にしない人が、猫との確執は嫌か? 嫌なのか?

「それで、フロルが解術されるまでの間の仕事はいかがいたしましょうか?」

「そうだな・・・フロルが元に戻れるまで、他の仕事は、別の人間にやらせよう・・・」

ライルは、そう言いつつも、自分を撫でる手を止めない。心なしか、ライル様が嬉しそうに見えるのは何故だ? 

そして、ライル様がなんだか、人に戻すのが気乗りしないような顔をしているのは、どうしてなんでしょうか?

もう嫌な予感しかしない。

(やだあ。早く人間に戻してー)

涙目で見上げるフロル猫の喉を、ライルはそっと撫でて、あっさりとした口調でフロルに言った。

「災難だったな。勝手に私の魔道具に触るからこうなるんだ」

しょんぼりして項垂れるフロルに、ライルは、ふっと笑いかけた。その笑顔を見て、グエイドが、ちょっと引き攣った顔をしていた。



そうして、その日の昼前、フロルはライル様の部屋の窓から外を眺めていた。ライル様は起き上がれるようになったし、普通に歩くことも出来るが、まだ魔力の充填が不十分なのだそうだ。

「ちょっと、用事で出かけてくる。フロルは、解除出来るまでここにいるといい」

ライルがそう言い残して部屋を後にした。当分は、ライル様の部屋で同居だ。

もうあの魔道具たちには絶対に触るまい! フロルは、不気味な魔道具たちを遠巻きに眺めながら、迂回するように回り込む。そう。ライル様の部屋には素敵な出窓があって、それがさっきからずっと気になっていたのだ。

床の上から、出窓にぴょんっと飛び乗り、暖かい日当たりのある場所に座り込んだ。

(・・・ああ、お日様が暖かい。気持ちいいー)

目を細めて、出窓の上で気持ち良さそうに寝転がった瞬間、フロルは、はっと我に返る。

いかん、いかん。思考経路が、すっかり猫のようになっている。

魔道具の影響だろうか、なぜか思考経路も猫に引きずられていくのだ。

(・・・人間に戻れるのはもう少し先かあ)

確かに勝手に魔道具に触った自分がいけないのだ。ギル様にも、うっかりでも魔道具に決して触るなと言われていたではないか。

しょんぼりと項垂れながら、フロル猫は、日当たりのいい窓辺から、そっと外を眺めた。窓から気持ちのいい風がそよそよと流れ込む。王城の農園の向こうには、市井の町並みが大きく広がっているのが見える。レンガ造りの町並みの中に教会の塔がそびえ立っていた。

今日は穏やかで天気がよい日だ。

(あーあ、魔道具なんかに触らなきゃよかった・・・)

日向でウトウトと微睡みながら、窓の外に目を向けると、そこに一匹の蝶々が飛んできた。

(あ、蝶々だ・・・)

それはフロルの目の前をひらひらと飛んでいる。その瞬間、フロルのお尻がむずむずとし始めた。

(ああ、蝶々・・・ヒラヒラ飛んでるし・・・)

あ、やばい。どうしよう。あの蝶々を捕まえたい! 

突き上げる衝動を理性でぐっと押さえつけた。ここは魔道師塔の一番上だ。

一応、窓の下に屋根があって、またその下に屋根があるような構造なのだが、いくら蝶が気になるからと言って、窓から飛び出たら怪我くらいはするかもしれない。

そんな自分の目の前を、蝶が、フロルをからかうようにヒラヒラと舞う。

(が、我慢。我慢・・・)

フロルは前足を折り、窓の前に寝そべりながらも、蝶が気になり、しっかりとその姿を目で追う。

我慢我慢我慢我慢がま・・・

「にゃあっっっ!」

気がつけば、蝶に襲いかかるために、思いっきり窓からジャンプしてしまっていた。

黄色い蝶々をがしっとキャッチした瞬間、はっと気がついた。今、自分が宙に浮いていると言うことに。

「ふぎゃぁぁぁぁ・・・・!」

猫らしく盛大な叫び声をあげて、塔の窓から落下していった。
感想 959

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました 表紙

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
恋愛 完結 短編
文字数:15,184
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました 表紙

初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました

夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。 彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。 けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。 セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。 夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
恋愛 完結 短編
文字数:12,593
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します 表紙

【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します

「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
恋愛 連載中 長編
文字数:94,149
病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ 表紙

病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ

 「余命ひと月」と噂される公爵ジョフロワの「縁起直し」として、伯爵家の三女ロザリーは、実家から厄介払いのように嫁がされる。姉たちは「三女は薬草園育ちの田舎者。ちょうどいいわ」と笑う。  ロザリーは言い返さない。ただ、公爵の屋敷に入って三日で、気づく。公爵の病は、毒ではなく、屋敷じゅうに焚かれている「香」だと。  「余命ひと月? では、ひと月、お世話させていただきますわ」  香を止め、窓を開け、薬草園育ちの手で、朝の粥を煮る。公爵は、ひと月で、目を覚ます。「あなたが来て、初めて朝の匂いがした」。  実家は「病弱な三女を、縁起直しに嫁がせた」と嘘の届けを出していた。回復した公爵の妻となった娘を、慌てて取り戻そうとするが、公爵がその届けを王の使者に見せるだけで、実家は自分の嘘で面目を失う。  香を焚いていた執事は「公爵を早く逝かせて、跡目を」と白状し、公爵は追放ではなく、辺境の薬草園で働かせる。  疎まれた長所が、正しく愛される場所で花開く。縁起直しの嫁入り×薬草×自己肯定の令嬢ファンタジー、全8話。
恋愛 連載中 短編
文字数:5,338
飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます 表紙

飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます

「お前は竜に乗れもしない、ただの妻だろう」 竜騎士団長の夫はそう言って、飛べる従騎士の娘を選びましたわ。 ええ、わたくしは飛べません。十二年、地上におりました。 夜明け前に三十一頭の寝息を数え、歯を磨き、爪の砂を取り、冬に毛布を掛け、契約を編んで。——この国でただひとりの「調律者」として。 竜は、人を乗せない生き物ですのよ。竜自身が「乗せてもいい」と決めない限り。そして竜が誰の言葉で頷いてきたか、あの方は十二年、一度もお考えにならなかった。 離縁されて、わたくしは竜舎を出ました。 三日後から、竜は一頭も飛ばなくなりましたの。 怒っているのではありませんのよ。竜は報復をしませんもの。ただ——寂しいのです。 そして来月は、三年に一度の、契約更新日ですわ。
恋愛 完結 短編
文字数:16,065
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~ 表紙

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
恋愛 完結 長編
文字数:53,978
推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜 表紙

推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜

推しに似ているという理由で政略結婚した相手は、冷酷と噂の公爵様。 ――のはずが。 (無理、顔が良すぎるんだけど!?尊い!!) 心の声が、なぜか全部本人に聞こえていた。 必死に取り繕うも時すでに遅し。 暴走する脳内実況を止めるたび、旦那様はなぜか――キスしてくる。 「黙らせるのにちょうどいい」 いや全然よくないです!!むしろ悪化してます!! 無表情公爵様 × 心の声だだ漏れ令嬢 甘くて騒がしい新婚生活、開幕。
恋愛 完結 短編
文字数:16,468
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件 表紙

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。
恋愛 完結 短編
文字数:57,033