野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字サイズ
特大
41 / 127
第四章 白魔導師の日々

小話 フロルと魔道具~6

「・・・では、フロルをこちらに返していただきましょう」

ライルはそう言って、その両手を殿下に向って差し出した。静かで丁寧な物言いだが、一歩も譲る気はライル様にはないことがはっきりと見てとれた。

殿下の手が少し緩んだ。

(行っていいの?)

フロルは、ちらと殿下の顔色を窺うと、殿下は軽く頷く。ひらりと床へと飛び降りて、ライルに一目散に駆け寄った。

ライル様の足下に到着すると、すぐに抱え上げてくれた。

(ああ・・・よかったぁ)

安心しながら、ちらと振り返ると、殿下が名残惜しそうな顔で自分を見ていた。そんな殿下の言いたいことが、ライルも分かったのだろう。

「・・・ダメですよ。殿下。フロルはやりませんよ」

「来週、フロル猫を・・・」

「もう二度と猫にはしません」

ライルがぴしゃりと言う。

「なんだ。ただの冗談だったのに」

絶対零度に近いライルとは対照的に、殿下は朗らかに笑った。それがなんでもないことなのだと、言わんばかりだ。

(いや!あれは絶対、本気だった)

殿下のヤンデレ気質を垣間見てしまったフロル猫は、あの時の殿下の顔を思い浮かべて、ふるっと背筋を振わせた。

怖かった。まじで、もうダメかと思った。

猫として一生、殿下の私室に監禁されるなんて、まっぴらごめんだ。

そんな風に震えるフロルをライルが安心させるかのように撫でてくれたので、気持ちが少し落ち着いてきた。ライル様の体温は、殿下のそれより、少し低い。魔道師は低体温の人が多いのだろうか。

「さあ、フロル、帰ろうか」

ライルは、フロル猫の耳元でそっと囁くと、静かに恭しく礼をとって踵を返す。自分達の後で殿下の私室の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。

宮殿の長い廊下を、ライルの腕に抱かれたまま、フロルは出口に向った。後から、近衛などが追ってこないか、気が気ではなかったが、殿下からそういう命令は出なかったらしい。

いつも通りの宮殿の様子にほっとしつつ、宮殿の外に出たときは、ふぁぁーっと深いため息が出た。

そういえば、ライル様は、魔道師の正装をしていることに、今更ながら、フロル猫は気がつく。一見壮麗な魔道師のローブなのだが、それが案外、重いことを知っている。

病み上がりの体でこのローブを纏ってくるのは結構、大変だったのではないだろうか?

そんなフロルの顔を見て、ライルは、胸中を察したらしい。

「大丈夫だよ。フロル。このくらいはなんでもないさ」

(どうして正装なんですか?)

フロルの言いたいことを、ライルは察したらしい。

「王族がいる宮廷の中枢に入るには、正装でなければならないルールがあるんだよ」

そうなのか。うっかり、自分がその中枢部に入ってしまったのが運の尽きだった。

(うう・・・ありがとう。ライル様)

もう本当に地面にひれ伏して、感謝したいくらいだ。それにしても、殿下と対峙していた時のライル様はかっこよかった。・・・ギル様ほどではないけれど、やっぱり見とれてしまうくらい迫力があった。

魔道師塔に到着するまで、ライルは何も語らなかった。ただ、彼の胸の暖かみが、フロルには心強くて。細身に見えるけれども、しっかりとした体躯なのが、フロルにも分かる。

そうして、魔道師塔に到着し、ライルの私室へと通されると、そこにはグエイド様が待ち受けていた。

「・・・グエイド、あれは持ってきたか?」

「はい。ライル様、仰せの通りに」

そうして、グエイドが取り出したのは、大きめの水晶玉だ。けれども普通の水晶と違って、赤い色をしていた。

「少し離れていて。さっさと終わらせてしまおう」

ライルがフロル猫を床に置き、部屋の隅へと遠ざける、ライルはローブを床の上に脱ぎ捨て、両手を広げると、床の上に直径2メートルほどの赤い魔法陣が浮き上がった。赤く光る円の中に小さめな円があり、さらに、その中には魔術紋と複雑なモザイク模様が組み込まれている。

ライルが無言でグエイドに視線を向けると、グエイドが同じように頷き、その赤い水晶玉を魔方陣の中央に据え置く。

そうして、インセンスを炊き、細い鐘を鳴らすと、中央の赤水晶から、目映い光があふれ出した。

今まで一度も魔方陣というものを見たことがなかった。

これを何に使うのかな、と思いながら、グエイド様をちらと見ると、ばっちり目が合ってしまった。

「これは、魔力を増強させるための儀式なのだ」

グエイド様が、説明するかのようにフロルに言う。

「フロルの呪いを解くには、私の魔力がまだ不十分だから、魔石を使うことにしたんだ」

ライルが補足的に説明を付け加えると、グエイドが素晴らしいと言いいたげに口を開く。

「赤水晶と魔方陣を組み合わせるとは、素晴らしい発想です」

さすがに天才魔道師と言われているだけのことはある。水晶と魔方陣を組み合わせるとは誰も考えつかなかっただろう。

「これで、すぐに呪いが解除出来る。フロル、まずはその魔方陣の中に入りなさい」

グエイドが示した場所にフロルが立つと、ライルは、自分の魔力を増幅し始めた。フロル猫の周りに魔法陣の赤い光が纏わり付く。

(すごいこの光)

痛くも痒くもない。むしろ、赤い光は禍々しいはずなのに、なんだか、ほんわりと暖かい。フロル猫は、その暖かさに目を細めて、一瞬、ぼんやりとした直後のこと。

なんだか視線が高くなったような気がした。そんな自分をグエイドが感激したように見つめている。

「・・・元に戻りましたね。ライル様 」

「ああ、元から、そうするつもりだったからね」

何を当たり前のことを言っているのだ、とライルが顔を顰める。そんな様子はいつものライル様と同じだ。

フロルは、信じられない様子で、自分の足下を見た。そう、そこには、普通の人間の足が見える。顔を両手で触ると、手の平に頬の感触が触れる。

「ああ、あああ!やっと元に戻ったあ」

にゃあ、としか言えない時は、なんて不便だったのだろう。
人の言葉が喋れるなんて、何て素敵なんだろう。これで、ヤンデレ殿下に掴まることはもうなさそうだ!

「ライル様、ありがとうございます!」

弾んだ声で礼を言うと、ライル様の顔色が心なしか悪い。血の気が失せている。

「あ、危ない。ライル様」

フロルが咄嗟にライルに駆け寄ると、ライルがふらりと倒れそうになっていた。

「く・・・」

ライルが苦痛に顔を顰めた。そんな二人にグエイドが素速く駆け寄る。

「大丈夫ですか? ライル様」

フロルが心配そうに聞くと、ライルは苦しげな息の下から答えた。

「・・・大丈夫だ。少し魔力の消耗量が多かっただけだ」

「寝台に移りましょう。さあ、私の肩に掴まって」

グエイドがライルを介抱しようと肩を触ると、ライルはぴくりとその手を振り払った。

「いや、まだ大丈夫だ。それより、あの鏡をこっちにもって来い」

グエイドがライルの顔をちらりと窺う。ライルの真意を測り損ねているらしいが、大人しく言われた通りに鏡を持ってきて、ライルの足下に置いた。

フロルを猫に変えた元凶である、あの鏡だ。フロルは、引き攣った顔で、その鏡から距離を置いた。また猫になるなんて、まっぴらご免だ。

がっしゃん!

「ライル様、何を!」

グエイドが青ざめて叫ぶ。気でも狂ったか、と言わんばかりのグエイドにライルは冷静な視線を向けた。ライルは傍にあった暖炉の火かき棒で、それをたたき割ったのだ。

「せっかく成功した魔道具ですのに!」

なんてことをするんだと言う非難の声を込めて、グエイドがライルを見つめる。ライルは、不愉快そうに口を開いた。

「・・・これがある限り、殿下は、またフロルを猫に変えようと目論むかもしれない。いや、きっと、あいつならそうするだろう」

殿下の魔獣愛がかなり病的なものであることを、フロルは知ってしまった。そして、猫になったフロルを殿下が変態レベルで執着したことは、もう紛れもない事実なのだ。

「マキシミリアン殿下に、その魔道具のことを聞かれたら、壊れたと言っておけ」

「フロルのために、この魔道具を破壊されたのですか?」

ライルは、グエイドの質問には答えなかった。

それでも、その沈黙は、ライルの肯定とグエイドは受け取り、未練がましく割れた鏡を眺めたが、グエイドは何も言わなかった。そして、恭しくライルに一礼した。

「仰せの通りに。ライル様。殿下にはそう答えておきます。この魔道具は廃棄しておきましょう」

そう言って、グエイドは割れた鏡を丁寧にかき集めた。静かに部屋から退出するグエイドの後姿をフロルは静かに見送った。


感想 959

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました 表紙

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
恋愛 完結 短編
文字数:15,184
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました 表紙

初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました

夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。 彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。 けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。 セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。 夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
恋愛 完結 短編
文字数:12,593
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します 表紙

【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します

「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
恋愛 連載中 長編
文字数:94,149
病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ 表紙

病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ

 「余命ひと月」と噂される公爵ジョフロワの「縁起直し」として、伯爵家の三女ロザリーは、実家から厄介払いのように嫁がされる。姉たちは「三女は薬草園育ちの田舎者。ちょうどいいわ」と笑う。  ロザリーは言い返さない。ただ、公爵の屋敷に入って三日で、気づく。公爵の病は、毒ではなく、屋敷じゅうに焚かれている「香」だと。  「余命ひと月? では、ひと月、お世話させていただきますわ」  香を止め、窓を開け、薬草園育ちの手で、朝の粥を煮る。公爵は、ひと月で、目を覚ます。「あなたが来て、初めて朝の匂いがした」。  実家は「病弱な三女を、縁起直しに嫁がせた」と嘘の届けを出していた。回復した公爵の妻となった娘を、慌てて取り戻そうとするが、公爵がその届けを王の使者に見せるだけで、実家は自分の嘘で面目を失う。  香を焚いていた執事は「公爵を早く逝かせて、跡目を」と白状し、公爵は追放ではなく、辺境の薬草園で働かせる。  疎まれた長所が、正しく愛される場所で花開く。縁起直しの嫁入り×薬草×自己肯定の令嬢ファンタジー、全8話。
恋愛 連載中 短編
文字数:5,338
飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます 表紙

飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます

「お前は竜に乗れもしない、ただの妻だろう」 竜騎士団長の夫はそう言って、飛べる従騎士の娘を選びましたわ。 ええ、わたくしは飛べません。十二年、地上におりました。 夜明け前に三十一頭の寝息を数え、歯を磨き、爪の砂を取り、冬に毛布を掛け、契約を編んで。——この国でただひとりの「調律者」として。 竜は、人を乗せない生き物ですのよ。竜自身が「乗せてもいい」と決めない限り。そして竜が誰の言葉で頷いてきたか、あの方は十二年、一度もお考えにならなかった。 離縁されて、わたくしは竜舎を出ました。 三日後から、竜は一頭も飛ばなくなりましたの。 怒っているのではありませんのよ。竜は報復をしませんもの。ただ——寂しいのです。 そして来月は、三年に一度の、契約更新日ですわ。
恋愛 完結 短編
文字数:16,065
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~ 表紙

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
恋愛 完結 長編
文字数:53,978
推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜 表紙

推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜

推しに似ているという理由で政略結婚した相手は、冷酷と噂の公爵様。 ――のはずが。 (無理、顔が良すぎるんだけど!?尊い!!) 心の声が、なぜか全部本人に聞こえていた。 必死に取り繕うも時すでに遅し。 暴走する脳内実況を止めるたび、旦那様はなぜか――キスしてくる。 「黙らせるのにちょうどいい」 いや全然よくないです!!むしろ悪化してます!! 無表情公爵様 × 心の声だだ漏れ令嬢 甘くて騒がしい新婚生活、開幕。
恋愛 完結 短編
文字数:16,468
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件 表紙

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。
恋愛 完結 短編
文字数:57,033