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第四章 白魔導師の日々
小話 フロルと魔道具~6
「・・・では、フロルをこちらに返していただきましょう」
ライルはそう言って、その両手を殿下に向って差し出した。静かで丁寧な物言いだが、一歩も譲る気はライル様にはないことがはっきりと見てとれた。
殿下の手が少し緩んだ。
(行っていいの?)
フロルは、ちらと殿下の顔色を窺うと、殿下は軽く頷く。ひらりと床へと飛び降りて、ライルに一目散に駆け寄った。
ライル様の足下に到着すると、すぐに抱え上げてくれた。
(ああ・・・よかったぁ)
安心しながら、ちらと振り返ると、殿下が名残惜しそうな顔で自分を見ていた。そんな殿下の言いたいことが、ライルも分かったのだろう。
「・・・ダメですよ。殿下。フロルはやりませんよ」
「来週、フロル猫を・・・」
「もう二度と猫にはしません」
ライルがぴしゃりと言う。
「なんだ。ただの冗談だったのに」
絶対零度に近いライルとは対照的に、殿下は朗らかに笑った。それがなんでもないことなのだと、言わんばかりだ。
(いや!あれは絶対、本気だった)
殿下のヤンデレ気質を垣間見てしまったフロル猫は、あの時の殿下の顔を思い浮かべて、ふるっと背筋を振わせた。
怖かった。まじで、もうダメかと思った。
猫として一生、殿下の私室に監禁されるなんて、まっぴらごめんだ。
そんな風に震えるフロルをライルが安心させるかのように撫でてくれたので、気持ちが少し落ち着いてきた。ライル様の体温は、殿下のそれより、少し低い。魔道師は低体温の人が多いのだろうか。
「さあ、フロル、帰ろうか」
ライルは、フロル猫の耳元でそっと囁くと、静かに恭しく礼をとって踵を返す。自分達の後で殿下の私室の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
宮殿の長い廊下を、ライルの腕に抱かれたまま、フロルは出口に向った。後から、近衛などが追ってこないか、気が気ではなかったが、殿下からそういう命令は出なかったらしい。
いつも通りの宮殿の様子にほっとしつつ、宮殿の外に出たときは、ふぁぁーっと深いため息が出た。
そういえば、ライル様は、魔道師の正装をしていることに、今更ながら、フロル猫は気がつく。一見壮麗な魔道師のローブなのだが、それが案外、重いことを知っている。
病み上がりの体でこのローブを纏ってくるのは結構、大変だったのではないだろうか?
そんなフロルの顔を見て、ライルは、胸中を察したらしい。
「大丈夫だよ。フロル。このくらいはなんでもないさ」
(どうして正装なんですか?)
フロルの言いたいことを、ライルは察したらしい。
「王族がいる宮廷の中枢に入るには、正装でなければならないルールがあるんだよ」
そうなのか。うっかり、自分がその中枢部に入ってしまったのが運の尽きだった。
(うう・・・ありがとう。ライル様)
もう本当に地面にひれ伏して、感謝したいくらいだ。それにしても、殿下と対峙していた時のライル様はかっこよかった。・・・ギル様ほどではないけれど、やっぱり見とれてしまうくらい迫力があった。
魔道師塔に到着するまで、ライルは何も語らなかった。ただ、彼の胸の暖かみが、フロルには心強くて。細身に見えるけれども、しっかりとした体躯なのが、フロルにも分かる。
そうして、魔道師塔に到着し、ライルの私室へと通されると、そこにはグエイド様が待ち受けていた。
「・・・グエイド、あれは持ってきたか?」
「はい。ライル様、仰せの通りに」
そうして、グエイドが取り出したのは、大きめの水晶玉だ。けれども普通の水晶と違って、赤い色をしていた。
「少し離れていて。さっさと終わらせてしまおう」
ライルがフロル猫を床に置き、部屋の隅へと遠ざける、ライルはローブを床の上に脱ぎ捨て、両手を広げると、床の上に直径2メートルほどの赤い魔法陣が浮き上がった。赤く光る円の中に小さめな円があり、さらに、その中には魔術紋と複雑なモザイク模様が組み込まれている。
ライルが無言でグエイドに視線を向けると、グエイドが同じように頷き、その赤い水晶玉を魔方陣の中央に据え置く。
そうして、インセンスを炊き、細い鐘を鳴らすと、中央の赤水晶から、目映い光があふれ出した。
今まで一度も魔方陣というものを見たことがなかった。
これを何に使うのかな、と思いながら、グエイド様をちらと見ると、ばっちり目が合ってしまった。
「これは、魔力を増強させるための儀式なのだ」
グエイド様が、説明するかのようにフロルに言う。
「フロルの呪いを解くには、私の魔力がまだ不十分だから、魔石を使うことにしたんだ」
ライルが補足的に説明を付け加えると、グエイドが素晴らしいと言いいたげに口を開く。
「赤水晶と魔方陣を組み合わせるとは、素晴らしい発想です」
さすがに天才魔道師と言われているだけのことはある。水晶と魔方陣を組み合わせるとは誰も考えつかなかっただろう。
「これで、すぐに呪いが解除出来る。フロル、まずはその魔方陣の中に入りなさい」
グエイドが示した場所にフロルが立つと、ライルは、自分の魔力を増幅し始めた。フロル猫の周りに魔法陣の赤い光が纏わり付く。
(すごいこの光)
痛くも痒くもない。むしろ、赤い光は禍々しいはずなのに、なんだか、ほんわりと暖かい。フロル猫は、その暖かさに目を細めて、一瞬、ぼんやりとした直後のこと。
なんだか視線が高くなったような気がした。そんな自分をグエイドが感激したように見つめている。
「・・・元に戻りましたね。ライル様 」
「ああ、元から、そうするつもりだったからね」
何を当たり前のことを言っているのだ、とライルが顔を顰める。そんな様子はいつものライル様と同じだ。
フロルは、信じられない様子で、自分の足下を見た。そう、そこには、普通の人間の足が見える。顔を両手で触ると、手の平に頬の感触が触れる。
「ああ、あああ!やっと元に戻ったあ」
にゃあ、としか言えない時は、なんて不便だったのだろう。
人の言葉が喋れるなんて、何て素敵なんだろう。これで、ヤンデレ殿下に掴まることはもうなさそうだ!
「ライル様、ありがとうございます!」
弾んだ声で礼を言うと、ライル様の顔色が心なしか悪い。血の気が失せている。
「あ、危ない。ライル様」
フロルが咄嗟にライルに駆け寄ると、ライルがふらりと倒れそうになっていた。
「く・・・」
ライルが苦痛に顔を顰めた。そんな二人にグエイドが素速く駆け寄る。
「大丈夫ですか? ライル様」
フロルが心配そうに聞くと、ライルは苦しげな息の下から答えた。
「・・・大丈夫だ。少し魔力の消耗量が多かっただけだ」
「寝台に移りましょう。さあ、私の肩に掴まって」
グエイドがライルを介抱しようと肩を触ると、ライルはぴくりとその手を振り払った。
「いや、まだ大丈夫だ。それより、あの鏡をこっちにもって来い」
グエイドがライルの顔をちらりと窺う。ライルの真意を測り損ねているらしいが、大人しく言われた通りに鏡を持ってきて、ライルの足下に置いた。
フロルを猫に変えた元凶である、あの鏡だ。フロルは、引き攣った顔で、その鏡から距離を置いた。また猫になるなんて、まっぴらご免だ。
がっしゃん!
「ライル様、何を!」
グエイドが青ざめて叫ぶ。気でも狂ったか、と言わんばかりのグエイドにライルは冷静な視線を向けた。ライルは傍にあった暖炉の火かき棒で、それをたたき割ったのだ。
「せっかく成功した魔道具ですのに!」
なんてことをするんだと言う非難の声を込めて、グエイドがライルを見つめる。ライルは、不愉快そうに口を開いた。
「・・・これがある限り、殿下は、またフロルを猫に変えようと目論むかもしれない。いや、きっと、あいつならそうするだろう」
殿下の魔獣愛がかなり病的なものであることを、フロルは知ってしまった。そして、猫になったフロルを殿下が変態レベルで執着したことは、もう紛れもない事実なのだ。
「マキシミリアン殿下に、その魔道具のことを聞かれたら、壊れたと言っておけ」
「フロルのために、この魔道具を破壊されたのですか?」
ライルは、グエイドの質問には答えなかった。
それでも、その沈黙は、ライルの肯定とグエイドは受け取り、未練がましく割れた鏡を眺めたが、グエイドは何も言わなかった。そして、恭しくライルに一礼した。
「仰せの通りに。ライル様。殿下にはそう答えておきます。この魔道具は廃棄しておきましょう」
そう言って、グエイドは割れた鏡を丁寧にかき集めた。静かに部屋から退出するグエイドの後姿をフロルは静かに見送った。
ライルはそう言って、その両手を殿下に向って差し出した。静かで丁寧な物言いだが、一歩も譲る気はライル様にはないことがはっきりと見てとれた。
殿下の手が少し緩んだ。
(行っていいの?)
フロルは、ちらと殿下の顔色を窺うと、殿下は軽く頷く。ひらりと床へと飛び降りて、ライルに一目散に駆け寄った。
ライル様の足下に到着すると、すぐに抱え上げてくれた。
(ああ・・・よかったぁ)
安心しながら、ちらと振り返ると、殿下が名残惜しそうな顔で自分を見ていた。そんな殿下の言いたいことが、ライルも分かったのだろう。
「・・・ダメですよ。殿下。フロルはやりませんよ」
「来週、フロル猫を・・・」
「もう二度と猫にはしません」
ライルがぴしゃりと言う。
「なんだ。ただの冗談だったのに」
絶対零度に近いライルとは対照的に、殿下は朗らかに笑った。それがなんでもないことなのだと、言わんばかりだ。
(いや!あれは絶対、本気だった)
殿下のヤンデレ気質を垣間見てしまったフロル猫は、あの時の殿下の顔を思い浮かべて、ふるっと背筋を振わせた。
怖かった。まじで、もうダメかと思った。
猫として一生、殿下の私室に監禁されるなんて、まっぴらごめんだ。
そんな風に震えるフロルをライルが安心させるかのように撫でてくれたので、気持ちが少し落ち着いてきた。ライル様の体温は、殿下のそれより、少し低い。魔道師は低体温の人が多いのだろうか。
「さあ、フロル、帰ろうか」
ライルは、フロル猫の耳元でそっと囁くと、静かに恭しく礼をとって踵を返す。自分達の後で殿下の私室の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
宮殿の長い廊下を、ライルの腕に抱かれたまま、フロルは出口に向った。後から、近衛などが追ってこないか、気が気ではなかったが、殿下からそういう命令は出なかったらしい。
いつも通りの宮殿の様子にほっとしつつ、宮殿の外に出たときは、ふぁぁーっと深いため息が出た。
そういえば、ライル様は、魔道師の正装をしていることに、今更ながら、フロル猫は気がつく。一見壮麗な魔道師のローブなのだが、それが案外、重いことを知っている。
病み上がりの体でこのローブを纏ってくるのは結構、大変だったのではないだろうか?
そんなフロルの顔を見て、ライルは、胸中を察したらしい。
「大丈夫だよ。フロル。このくらいはなんでもないさ」
(どうして正装なんですか?)
フロルの言いたいことを、ライルは察したらしい。
「王族がいる宮廷の中枢に入るには、正装でなければならないルールがあるんだよ」
そうなのか。うっかり、自分がその中枢部に入ってしまったのが運の尽きだった。
(うう・・・ありがとう。ライル様)
もう本当に地面にひれ伏して、感謝したいくらいだ。それにしても、殿下と対峙していた時のライル様はかっこよかった。・・・ギル様ほどではないけれど、やっぱり見とれてしまうくらい迫力があった。
魔道師塔に到着するまで、ライルは何も語らなかった。ただ、彼の胸の暖かみが、フロルには心強くて。細身に見えるけれども、しっかりとした体躯なのが、フロルにも分かる。
そうして、魔道師塔に到着し、ライルの私室へと通されると、そこにはグエイド様が待ち受けていた。
「・・・グエイド、あれは持ってきたか?」
「はい。ライル様、仰せの通りに」
そうして、グエイドが取り出したのは、大きめの水晶玉だ。けれども普通の水晶と違って、赤い色をしていた。
「少し離れていて。さっさと終わらせてしまおう」
ライルがフロル猫を床に置き、部屋の隅へと遠ざける、ライルはローブを床の上に脱ぎ捨て、両手を広げると、床の上に直径2メートルほどの赤い魔法陣が浮き上がった。赤く光る円の中に小さめな円があり、さらに、その中には魔術紋と複雑なモザイク模様が組み込まれている。
ライルが無言でグエイドに視線を向けると、グエイドが同じように頷き、その赤い水晶玉を魔方陣の中央に据え置く。
そうして、インセンスを炊き、細い鐘を鳴らすと、中央の赤水晶から、目映い光があふれ出した。
今まで一度も魔方陣というものを見たことがなかった。
これを何に使うのかな、と思いながら、グエイド様をちらと見ると、ばっちり目が合ってしまった。
「これは、魔力を増強させるための儀式なのだ」
グエイド様が、説明するかのようにフロルに言う。
「フロルの呪いを解くには、私の魔力がまだ不十分だから、魔石を使うことにしたんだ」
ライルが補足的に説明を付け加えると、グエイドが素晴らしいと言いいたげに口を開く。
「赤水晶と魔方陣を組み合わせるとは、素晴らしい発想です」
さすがに天才魔道師と言われているだけのことはある。水晶と魔方陣を組み合わせるとは誰も考えつかなかっただろう。
「これで、すぐに呪いが解除出来る。フロル、まずはその魔方陣の中に入りなさい」
グエイドが示した場所にフロルが立つと、ライルは、自分の魔力を増幅し始めた。フロル猫の周りに魔法陣の赤い光が纏わり付く。
(すごいこの光)
痛くも痒くもない。むしろ、赤い光は禍々しいはずなのに、なんだか、ほんわりと暖かい。フロル猫は、その暖かさに目を細めて、一瞬、ぼんやりとした直後のこと。
なんだか視線が高くなったような気がした。そんな自分をグエイドが感激したように見つめている。
「・・・元に戻りましたね。ライル様 」
「ああ、元から、そうするつもりだったからね」
何を当たり前のことを言っているのだ、とライルが顔を顰める。そんな様子はいつものライル様と同じだ。
フロルは、信じられない様子で、自分の足下を見た。そう、そこには、普通の人間の足が見える。顔を両手で触ると、手の平に頬の感触が触れる。
「ああ、あああ!やっと元に戻ったあ」
にゃあ、としか言えない時は、なんて不便だったのだろう。
人の言葉が喋れるなんて、何て素敵なんだろう。これで、ヤンデレ殿下に掴まることはもうなさそうだ!
「ライル様、ありがとうございます!」
弾んだ声で礼を言うと、ライル様の顔色が心なしか悪い。血の気が失せている。
「あ、危ない。ライル様」
フロルが咄嗟にライルに駆け寄ると、ライルがふらりと倒れそうになっていた。
「く・・・」
ライルが苦痛に顔を顰めた。そんな二人にグエイドが素速く駆け寄る。
「大丈夫ですか? ライル様」
フロルが心配そうに聞くと、ライルは苦しげな息の下から答えた。
「・・・大丈夫だ。少し魔力の消耗量が多かっただけだ」
「寝台に移りましょう。さあ、私の肩に掴まって」
グエイドがライルを介抱しようと肩を触ると、ライルはぴくりとその手を振り払った。
「いや、まだ大丈夫だ。それより、あの鏡をこっちにもって来い」
グエイドがライルの顔をちらりと窺う。ライルの真意を測り損ねているらしいが、大人しく言われた通りに鏡を持ってきて、ライルの足下に置いた。
フロルを猫に変えた元凶である、あの鏡だ。フロルは、引き攣った顔で、その鏡から距離を置いた。また猫になるなんて、まっぴらご免だ。
がっしゃん!
「ライル様、何を!」
グエイドが青ざめて叫ぶ。気でも狂ったか、と言わんばかりのグエイドにライルは冷静な視線を向けた。ライルは傍にあった暖炉の火かき棒で、それをたたき割ったのだ。
「せっかく成功した魔道具ですのに!」
なんてことをするんだと言う非難の声を込めて、グエイドがライルを見つめる。ライルは、不愉快そうに口を開いた。
「・・・これがある限り、殿下は、またフロルを猫に変えようと目論むかもしれない。いや、きっと、あいつならそうするだろう」
殿下の魔獣愛がかなり病的なものであることを、フロルは知ってしまった。そして、猫になったフロルを殿下が変態レベルで執着したことは、もう紛れもない事実なのだ。
「マキシミリアン殿下に、その魔道具のことを聞かれたら、壊れたと言っておけ」
「フロルのために、この魔道具を破壊されたのですか?」
ライルは、グエイドの質問には答えなかった。
それでも、その沈黙は、ライルの肯定とグエイドは受け取り、未練がましく割れた鏡を眺めたが、グエイドは何も言わなかった。そして、恭しくライルに一礼した。
「仰せの通りに。ライル様。殿下にはそう答えておきます。この魔道具は廃棄しておきましょう」
そう言って、グエイドは割れた鏡を丁寧にかき集めた。静かに部屋から退出するグエイドの後姿をフロルは静かに見送った。
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