野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第四章 白魔導師の日々

小話 フロルと魔道具~5

マキシミリアン殿下の腕に抱かれながら、フロル猫は怯えていた。

・・・どうしよう。このまま、ずっとここに閉じ込められたら?

ライル様の所に戻れなかったら? 

もし、本当にライル様に会うことが出来なかったら? もし、この呪いが解除されなかったら?

一生、猫のままでいることになるのかも知れない。・・・お父さんともお母さんとも、それに可愛いウィルにだって会えなくなるのかもしれない。

「ふぎゃっ。ふぎゃぁぁぁあ!」

ふと我に返ったフロルが、大きく鳴き声を上げて、殿下から飛びのいた。

あまりにも衝撃的すぎる事実に頭がクラクラする。

自分が猫だって知らないと思ってたから、殿下に抱きついたり、あんなことや、こんなことなどの恥ずかしいことも沢山してしまった。

どうしよう・・・

その瞬間、フロルは、一つの考えに思い至り、さらに背筋にぞーっと悪寒が走った。

この人は、この国の王太子様で。
つまりは、次期国王な訳で。
この宮殿の従者は、殿下の命令なら100%服従する訳で。

・・・つまり、その殿下が、自分を猫のままにすると決めたら、それに抵抗出来る人間など誰一人いない、と言うことだ。

びっくりしすぎて、床にうずくまり、猫の手で頭を抱えた。ショックで手がブルブルと震えている。

「ふふ、そんな姿も可愛いな」

殿下は、そんな姿も嬉しいらしい。怖がって震えている姿が可愛いだなんて、この人は、とんでもなく、ヤンデレの疑いが濃厚だ。

「さあ、こっちにおいで。フロル」

頬を染めて、恋人に囁くような殿下の声が甘くて、濃厚で、怖い。

本当に怖い時は、人は、いや、猫は身動き取れないのは本当らしい。ヘビに魅入られたネズミのように、フロルは壁際にジリジリと追い詰められ、プルプルと震えながら、殿下を見上げた。

やだ。怖い。

「ほら、私のもとへおいで」

殿下が自分のほうへにじり寄ってくる。驚かせないように、静かに足音を立てないように気遣っている所がなおのこと恐ろしい。

フロルは目を大きく見開いて、身動きできなくて。近寄った殿下に簡単に捕まえられてしまった。背中をそっと撫でられるが、それも怖い。

自分に向って殿下がやんわりと微笑む。彼の表情がより一層甘いものへと変わる。

「ふふ、フロル、可愛いな。ライルには君がここにいることを知らせないでおこうか」

フロル猫の恐怖はピークに達した。

(いやあぁぁぁぁ!)

パニックになりながら、心の中で盛大に叫び声を上げるが、怖すぎて声が全く出ない。

そんな時だ。

殿下の私室の扉を静かに叩く音が聞こえた。

「殿下、扉をお開けください」

絶対零度のような冷たい声、人と距離を置いた話し方。それはフロルがいつも聞き慣れた声だ。

「・・・入りたまえ」

殿下が渋々と声を掛けると、その声の主は、扉を開き、マキシミリアン殿下へと鋭い視線を向けた。

ライル様!

魔道師長ライルは、きちんとした正装の魔道師の衣装を着て、静かに扉の入り口に立っていた。魔道師の長いローブが風もないのに、揺れていた。

そんな恭しい態度とは裏腹に、凍り付くほどの不機嫌さが滲み出ている。

「おや、珍しいね。君がわざわざ、私の私室へとやってくるとは」

マキシミリアン殿下は、今までないほどの上機嫌だ。そして、その腕の中にはフロル猫が逃げられないように抱きしめられている。

「私の弟子・・を返していただきに参りました。殿下」

言葉遣いは、とても丁寧だったが、ライルの顔には、怒りの色が浮かんでいる。

「にゃあ!(ライル様)」

ライル様が迎えに来てくれたのだ。

(それにしても、いつからライル様の弟子になったっけ・・・?)

そんな話、いつ聞いたっけ? と、頭をひねるが、そんな話があったとは、とんと思い出せない。しかし、そんなことより、ライル様とここから出るほうが先だ。

「フロルの居場所を私に教えないでおこうか、と仰っていましたが?」

殿下を尋問するかのような口調は、彼がどれだけ不快に思っているかを物語っている。

「この室内の会話は聞こえないように防音結界が張ってあったと思ったけどね」

殿下は面白そうな表情を浮かべて、茶化すように言う。

「・・・その結界は、私が張りましたからね」

ライルが静かに答えた。それでも、ライルが溜めた怒りは静かに彼から滲み出し、じんわりとフロル猫にまで到達している。それでも、顔色一つかえない殿下の度胸は大したものだ。

「そうだったな。ただの冗談さ。そんなに怒るなよ」

「殿下の先ほどのお言葉は冗談には聞こえなかったものですから」

魔道師の師弟関係の絆は強い。一般には、魔道師は人に対する情が薄く、それが親子関係であっても、その絆は希薄だ。

しかし、魔道師の師弟関係の絆は強いことを王太子は知っている。時には、それが、家族以上のつながりにさえなることだってあるのだ。

ライルは弟子を取らないことで有名な孤高の魔道師だ。ライルの弟子になりたい魔道師達は沢山いても、今までライルが弟子と呼んだものは一人たりとていたことがない。

もし、ライルがフロルのことを弟子と呼んだのであれば、それはかなりの絆があると考えるべきだ。宮廷の筆頭魔道師の逆鱗に触れることは、王族でさえ懸念材料になりかねない。

そんな王太子に、ライルは素っ気ない様子で、釘を刺すのを忘れない。

「魔道師は殿下の玩具ではありませんので、どうか、その点はお心に留めておいていただきたいものです」

そんな二人の様子をフロルはハラハラしながら見守っていた。

だって、殿下は、王族で。
宮殿に勤めている人は、殿下には絶対逆らえない訳で。
もし、殿下の逆鱗に触れれば処刑や処罰なども、十分あり得る訳で。

そんなことなどお構いなしに、ライルは殿下から一歩も譲るつもりはないらしい。

「・・・では、フロルをこちらに返していただきましょう」

ライルは王太子に向って両手を差し出した。形のよい唇の端をつりあげ、微笑んだような顔を作ってはいるが、それが心からの笑顔でなく、儀礼的で貼り付けたような表情であることは、フロルの目にはっきりとうつる。

フロル猫を抱きかかえたマキシミリアン王太子殿下も微笑みを浮かべているが、その感情はフロルにははっきりとわからない。けれども、二人の間には、ピンと張り詰めた空気が流れていた。
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