野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第四章 白魔導師の日々

収穫祭への序章~5

─ それは、自分達の真後ろにぴったりと張り付くように追いかけて来ている。

振り返る暇がないほど必死で走っているから、自分達を追いかけて来ているものが何かははっきりとはわからない。

得体の知れない何か。それが、自分達に追いつこうと全速力で追いかけて来ているのだ。三人は恐怖に駆られて、藪を掻き分け、小枝にひっかかりながらも、ひたすら走った。必死になって走っているのに、背中にぴたりと張り付くような気配が実に気味が悪い。

「坊ちゃん、もっと早く走れませんか?」

ジルが青ざめ、引き攣った表情を浮かべながら、マルコムに言う。

「俺だって、この早さで限界だよ!」

遠い昔、教会に続く小道は今ではすっかり雑草に覆われ、木の根が至る所に地上に浮き出ている。少しでも気を抜けば、木の根に足を取られて転んでしまう。

そうなれば、黒い霧の中の得体の知れないものに襲われるかもしれない。

その霧は段々と濃淡がはっきりしてきて、マルコムがやっとの思いで振り向いた時には、狼の姿へと変わっていた。

「魔獣!」

リード家の領地で、今までに魔物が出たことは一度もない。けれども、それが魔獣だと分かったのは、ギル兄様がふとした時に話してくれた武勇伝のおかげだった。

その魔物は黒い霧の中に潜んでいて、赤い目をしている。

魔物が纏っている黒い霧は瘴気で、それに纏わり付かれれば生きている人間でも黒く変色して、瞬く間に朽ち果てるのだ。

マルコムは自分たちを狙っている魔物が何かわかって、さらに絶望的な気持ちになっていた。

森の奥になんて来るんじゃなかった。父様や兄様から、ここに来ることをあれほど禁止されていたのに。ひたすら走る足を止めず、切れ切れの息の下から、マルコムは言う。

「ジル、あれは魔獣だ。黒い霧は瘴気だ。絶対に纏わり付かれるなよ」

「どうしてそんなことを知ってるんです?」

ジルも必死になって走りながら、マルコムに問う。ジルはジョエルを抱きかかえながら、落とさないように必死になっていた。ジョエルは、もうすでに半泣きを通り越して泣き出していた。

「兄上だ。ギル兄様が遠征先で遭遇したらしい」

「なんてこった。ギル様ですら手を焼いた魔物ですか?」

「うん。そうだ。間違いない」

今、自分達を追いかけて来ているものが、聖剣にまつわる闇の生き物だと知り、ジルも腹の底から仰天する。

── 全く、なんてものに遭遇しちまったんだ!

武器を持たずに森にはいった自分の迂闊さを呪うが、その魔物には聖剣以外のどんな武器も効き目がないとマルコムは知っている。

三人は必死になって、魔物から逃げようと走った。追いつかれるのが怖くて、茂みが開いている場所目指して走る。

それは帰り道とは全くの逆方向だったのが運の尽きだった。城へ向うどころか、三人は、さらに森の奥へ奥へと逃げていることに、まだ気づいていなかった。



その頃、フロルとギル母は、買い物から戻ってきたばかりだった。

「かあさま、おかえりなさい」

庭先でギルの膝の上で遊んでいたリーゼが馬車から降りてきた二人をみつけ、勢いよく駆け込んできた。

「フロル、おかえり」

「あ、ギル様! ただいま、戻りました」

ニコニコと笑う二人の後では、買い物が沢山詰まった箱を従者が運びだそうとしている姿がギルの目にとまる。二人で沢山のドレスを買い込んだようだ。フロルの顔が少し紅潮して、瞳がキラキラと輝いている。

買い物がとても楽しかったようで何より。

ギルが満足げに頷くと、執事がイレーヌのハンドバックを受け取りながら、恭しく口を開く。

「お疲れにございましょう。奥様のお言いつけどおり、庭にお茶を用意しておきました」

「今日はとてもいい天気だから庭でお茶をするには最適だわ」

「わたしもお茶するのー」

小さなリーゼが母親の膝に抱きつきながら、甘えるように言う。小さな女の子は天使のようだなと、フロルは目を細めて眺めていた。

「それで、買い物はどうだった?」

四人は庭先のテーブルにつくと、ギルが目を細めて聞く。フロルは少しはにかんだ様子で口を開いた。

「ばっちり、収穫祭の衣装を手にいれましたよ。私、精霊の衣装にしたんです」

「フロルさんはとても似合っててよ。青いドレスで、お姫様みたいに綺麗なの」

イレーヌも嬉しそうにフロルを見て微笑んだ。イレーヌとフロルは一緒に買い物に行って、すっかり意気投合したようだった。

「他にも色々なお洋服が買えてよかったです。けれども、お金なんですが・・・」

フロルが申し訳なさそうに言うと、イレーヌがゆったりと笑う。貴族夫人らしい綺麗な笑顔だった。

「いいのよ。リード家の当主夫人と買い物に行けば、商人達は現金は受け取らないのが普通なのよ」

つまり、それは夫人がフロルの買い物代を全て支払うと言うことだ。同行している客人に、当主夫人の目の前で、現金で支払わせるなど、無粋なことはイレーヌはさせなかったのだ。そもそも、フロルはギルの命の恩人なのだから。

「フロル、お前にもらった聖石は聖剣にはまったまま取れなくなったからな。後で、石の代金は支払われるかと思うが、俺からも何かお礼をしなければ、と思っていた所なんだ」

そんなギルにフロルは少し顔を赤くする。

「・・・そんな。ギル様にお礼なんていいです」

ギルには今までも色々なものをもらっている。リルが吐き出した石くらい、ギル様に差し上げてもどうってことないのだ。それに、元は無料のものだし。

いつも遠巻きに眺めていたドレスを実際に着ることが出来た。ギル様のお母様の服装の趣味はとてもよくて、フロルが自分の目から見ても、とても似合うし、素敵な洋服を見繕ってくれた。

フロルは初めて、綺麗なものを身につける楽しみを知ったのである。今日買ったドレスはみんな素敵なものばかりだ。後で、部屋の大きな鏡の前で、そのドレスやら靴やら、買い込んだ細々したものを試してみるのがとても楽しみだった。

きっと綺麗に見えるだろう。すらりと伸びた手足や、くびれた腰。フロルは自分の容姿に、ほんの少しばかりの自信を持ち始めたばかりだった。試着した洋服はとても似合っていて、すごく楽しかった。

王都に戻ったら、また少しお洋服を買いに行こうと心に誓う。

執事がテーブルの上に、暖かい紅茶とお菓子を並べてくれた。色とりどりのお菓子はとても美味しそうで、フロルも和やかな気持ちでそれを眺めていた。

「そうか。まあ、とりあえず茶でも飲め」

「まあ、ギル。お嬢さんになんて言い方をするの?」

イレーヌがあきらめながらも二人を見る。とっても相性の良さそうな若い二人に、イレーヌは口元をほころばせて見つめた。

フロルはとっても良い子だった。素直だし、穏やかだし、頭もいい。

宮廷の重鎮たちが可愛がるのも無理はないわね、と思いながら、三人は、椅子に腰掛け、執事が入れたお茶に口をつけた時だった。

「大変です! 奥様、ギルバート様」

森に続く庭の端から、ジルが息せき切って走り出てきたのだ。ジルは、見たこともないほど、慌てふためき、どこかで転んだのだろうか。服の所所が枝に引っかかって破れているし、そこから血が滲んでいるのが見える。

髪の毛もぼさぼさで、息を切らした男は、三人を見ると大声で叫んだのだ。

「── 森の中で、マルコム坊ちゃまと、ジョエル坊ちゃまが魔物に襲われまして!」

それを聞いた瞬間、ギルとフロルは弾けたように立ち上がった。

「それで、二人はどこに?」

「途中ではぐれちまったんです。魔物が追いかけてきて、マルコム坊ちゃまが転んだ時に、咄嗟に茂みの中に隠して、俺が囮になってあいつらを引きつけて・・・。出来る限り、坊ちゃまたちから引き離すようにしたんですが、はぐれてしまって・・・」

半ば悲鳴を上げるように口を開くジルを見て、フロルもギルもさっと顔色を変えた。そんな二人にジルはさらに言葉を続ける。

「マルコム坊ちゃんは、ギルバート様が出くわした魔物だと言ってました。黒い霧の中から赤い目をした狼が出てきたんです」

フロルはきゅっと口元を引き締め、固い表情を浮かべた。ギルも一転、リラックスした表情から厳しい表情を浮かべた。

── あの狼型の魔物が襲いに来たのだ。

「私、リルを連れてきます。空から探したほうが早いと思う」

「ああ、俺もエスペランサで探す。フロル、上空から二人を見つけたら、俺に合図をよこしてくれ。騎士団の合図だ。── わかるな?」

「もちろんです。ギル様。必ず合図を送ります」

青ざめて立ち尽くしているイレーヌを前に、二人は即座に行動に移した。フロルも魔道師としての訓練を受けているから有事の際の行動は素速い。

二人は大急ぎで支度をして、フロルはリルに乗って上空へと飛び立とうとしている所だった。ギルは剣を携えて、ジルが準備をしたエスペランサに跨がった所だった。

「二人とも気をつけて」

イレーヌが叫ぶと、フロルはギルの母親に視線を向け、力強く頷いた。

「すぐに二人を見つけてみせます。イレーヌ様」

そう言ってフロルはリルの胴を蹴る。

「リル、二人を見つけるのよ」

「きゅう!」

やっと出番が来たかと言うかのようにリルは嬉しそうに一言叫ぶと、リルは力強く羽ばたき、瞬く間に上空へと上がっていく。

ほぼ同時にギルがエスペランサに跨がり、森の奥へと駆けだしていった。

その騒ぎを聞きつけ、従者が庭に出た頃には、ギルとフロルの二人はすでに遠くへと離れていった後だった。

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