野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字の大きさ
73 / 126
第四章 白魔導師の日々

風船鳥事件~3

しおりを挟む
「みんな静粛に!何を慌てふためいているのです」

自分の背後から押し寄せてきている風船鳥に全く気がついていないリアは、祭壇の上から声を張り上げるが、その声を聞く者は誰もいない。

「風船鳥だ!逃げろ」

一人の男が叫ぶと、祝福に集まってきていた村人達が一斉に逃げようとする。

「みなさん、ここには女神様がいらっしゃるのです。女神様が守ってくださいます。どうぞ、逃げずにここに留まってください」

神官たちが必死の様子で叫ぶが、それに耳を貸すものはもう誰もいなかった。

その頃になって、ようやくリアは背後を振り返り、何が起きているのかを悟ったのだ。

もうリアの目の前には、沢山の風船鳥がいた。その鳥の目はどれも三角形になり黄色く猛々しい光を宿している。

「え、ええっ?」

リアが悲鳴に近い声を挙げた横で、神官がリアを勇気づけるように言う。

「女神様、奇跡を起こす絶好のチャンスです。さあ、どうぞ、その聖なるお力を皆に示してやってくださいまし」

目の前に迫ってくる鳥の形相は、それはそれは恐ろしい。

「わ、私・・・無理!」

リアは、祈祷に使う道具を放りだして、祭壇から駆け下りようとした時だ。

「女神が逃げるぞ!奇跡を起こしてくれるんじゃなかったのか?」

群衆の怒りがリアへと向う。そんな声に背を向けて、一刻も早く逃げようとする光景は滑稽で、それを見ていた神官からも失望の声が一斉にあがった。

それでも風船鳥が目指す敵はただ一人、偽物女神だ。祭壇上空にいた風船鳥がリアめがけて急降下した。風船鳥が怒った時に、する報復はただ一つ ──

その頃。ライルも遠巻きにその様子を眺めていた。

「あれは・・・風船鳥?」

横でグエイドが冷静に口を開く。

「誰か、風船鳥を怒らせたようですね」

何をバカなことを、とライルは顔を顰める。

「ライル様、いかがいたしましょうか?この場を収束させますか?」

恭しくお伺いを立てるグエイドに、ライルは気乗りしない口調で言う。

「ああ、今日も私は気が乗らなくてね。風船鳥くらいで死者はでないから放っておいていいんじゃないか?」

「しかし・・・」

治癒魔法を得意とする白魔道師は誰かが傷つくことを望まない。怪訝な顔をするグエイドに、ライルは言葉をつなげた。

「だって、あそこの全知全能の女神様がいらっしゃるのだろう?自分でなんとかするだろう」

「確かにそうですね。ライル様、仰る通りでした。あそこには、正真正銘の女神様がいらっしゃったのですね」

そんな魔道師達の皮肉は、神官達の耳に入ることはなかったのである。魔道師たちがしれっと無視している中、場を納めようと警護の騎士達が群衆に群がっている鳥に向って、何か叫びながら突入していくのが見えた。

「・・・ああ、騎士達もお気の毒に。あのニオイはちょっとやそっとじゃ取れませんからね」

横でハラハラしているグエイドを尻目に、ライルは静かにその様子を眺めていたのだ。

── あの偽物女神が嫌いだったから。





そうして数十分後。

祭壇のある噴水広場では、ある惨劇が繰り広げられていた。

「くっ。このニオイ、耐えられんな」

神官が鼻をつまみながら、広場のあちこちにいる風船鳥を一匹、また一匹と掴みあげながら、目当ての人物を探していた。

彼らが探しているのは、女神フローリア様、つまり、フローリア・デ・レルマ子爵令嬢だ。

広場には風船鳥の襲撃にあった人々が横たわり、その上には何十匹もの風船鳥がいた。鳥たちは、報復の相手に糞をまき散らしていたのだ。

「女神様、いたら返事してくださーい」

風船鳥は報復の相手の上に重なるようにして群がり、糞塗れにするのだ。

「おい、いたぞ。女神様はここだ!」

複数の神官も風船鳥に襲われていたが、まずは女神様の救出が先と殊勝な面持ちで探索にあたっていた。

「女神様、大丈夫です・・・か・・・」

神官が地面に倒れているリアを起こすと、あまりにも悲惨な姿に言葉を失う。リアは顔を手にしくしくと泣いていた。

「はやく、神殿にお連れしろ」

鼻が曲がりそうなくらい酷いニオイに耐えきれず、騎士達は鼻にハンカチをあて、リアに立つように促した。髪はボロボロで、服も風船鳥につつかれてボロボロになったリアは、無言で騎士たちに連れていかれてしまった。

「フロル、大丈夫か?!」

その様子をぼんやりと眺めていたフロルの耳に飛び込んで来たのは、ギル様の声だ。

「あ、ギル様」

久しぶりに見るギル様の姿が格好良くて、思わず拝み倒しそうになるフロルにギルが近づいてきた。

「風船鳥に襲われていると聞いて、援助要請が出たんだが・・・これは酷いな」

祝福を受けるはずの広場は風船鳥の糞と毛が散らばり、特に、女神がいた祭壇の上には、てんこ盛りの糞が落とされている。風船鳥が女神を狙っていたのは一目瞭然だ。

「それで、フロル、大丈夫か? それでその鳥は?」

フロルは、先ほどリアに蹴られた鳥をまだ抱きかかえていた。鳥はもう怒ってはおらず、愛くるしい丸い目をぱちくりとしていた。

「え、ええ・・・なぜか、鳥はこっちには寄ってこなくて・・・」

鳥が仕返しをしている間、なぜかフロルの前には、鳥が人間ピラミッドのように重なり、鳥の壁が出来上がっていたのだ。その壁に視線を遮られて、フロルには何が起きているのか、全く見えなかった。当然、鳥の壁があるから、フロルに被害は全くない。

くっくるー、くっくるーとフロルが抱きかかえている鳥が機嫌よく鳴く。

「それにしても、これは一体・・・」

思わずハンカチを鼻にあてる。

「ああ、何があったかは後で聞くとして、とにかく一度城へ戻ろう。あの大人しい風船鳥がここまでやるなんて、記録に残る規模の事件になりそうだな」

二人がそんなことを話しながら向けた視線の先には、ボロボロになった女神の姿があった。

「リード様・・・」

ギルの姿を認めたリアが一瞬足を止めた。彼女は、気まずそうにギルに顔を背けて、足早に立ち去っていった。一番見られたくない人に、惨めな姿を見られたのだ。

(あれは、絶対に見られたくない光景だよなー)

大好きなギル様にこんな姿を見られたら精神的ダメージが半端なさそうだ。自業自得だと言え、ほんの少しだけ、リアを気の毒に思ったフロルであった。


「それで、なんで風船鳥なんか連れて来たんだ?」

魔道師塔の一角でライルが不思議そうに言う。魔道師塔のフロルの机の横の窓枠には、あの風船鳥事件の時にリアに蹴られた鳥が窓枠につかまり、くっくー、くっくーと機嫌よく鳴いていた。

「連れてきた訳じゃなくて、勝手について来ちゃったんです」

あの広場から立ち去ろうとしたフロルは、その風船鳥を地面に放してやった。

「ほら、もうお家にお帰り!」

フロルがそう言っても、風船鳥はつぶらな瞳でフロルを見つめるだけで、一向に立ち去ろうとしない。そうして、帰り道すがら、エスペランサに乗ったフロルを、飛びながら後を追いかけてきたのだとか。

他の従者曰く、一つ一つの窓を覗き込んで、フロルを探していたそうだから、風船鳥の執着心は相当のものらしい。風船鳥はついに魔道師塔の窓から、そこで働くフロルを見つけてしまったらしい。

「もう、ふーちゃんは仕方がないので放置することにしました」

「名前をつけたのか?」

あきらめがちにため息をつくフロルに、ライルは呆れたように言う。そこに、グエイドがためらいがちに会話に加わった。

「あの一匹を怒らせたことが、今回の広場の事件に繋がったようでして・・・」

ライルの胸に、風船鳥のせいで見るも無惨な姿になったアンヌの姿が浮かぶ。

彼女についた強烈な糞のニオイは、風呂にはいってもとれることはなかったと聞く。そして、リアに、近寄った女官が強烈な臭いのせいで卒倒する事態が今も続いているらしい。

「・・・そうか。それなら仕方がないな」

風船鳥の不興を買って、魔道師塔内が臭くなってはたまらない。いくら変わり者と言われている魔道師達ですら、ふーちゃんの居場所を仕方なく容認したのであった。

そして、ふーちゃんは、今日も魔道師塔で働くフロルのデスクの横にある窓の傍で、求愛のダンスを踊っているそうだ。
しおりを挟む
感想 959

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。