野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字サイズ
特大
92 / 127
~ 第一部 出版記念番外編 ~

小話~エスペランサが戻ってくる

読者様のリクエストに応えて、書籍化によりカットした部分を小話番外編として、アップします。

~フロルがまだ王宮にお勤めが決まってない頃のお話です~


王宮の馬屋。馬丁たちが、気もそぞろな様子で、馬屋の清掃に奔走していた。かなり長い間、遠征に行っていた馬たちが帰ってくる頃だからだ。


「おい、そろそろ、エスペランサが戻ってくる頃だぞ」

「ああ・・・憂鬱だな」

「俺も・・・あの馬が帰ってくると思うだけで、気が滅入る」

「・・・仕事辞めたい・・・」

ため息交じりにがっくりと肩を落とす馬丁たち。それもそのはず。エスペランサは気性が激しく、取り扱いがかなり難しいのだ。

「カイ、お前にエスペランサの世話は託したぞっ」

「え?また俺っすか?」

「そうだ。新米はエスペランサの担当と決まっている」

そう言われてカイは、他の馬丁よりもさらに深く肩を落とす。カイは、王宮の馬丁として働き始めてまだ日が浅いが、あの馬のことはよく知っている。

騎馬隊の隊長であるリード様の馬だけあって、戦では、飛ぶ鳥を落とす勢いで、リード騎士隊長と共に、なぎ倒すように敵を倒していくらしい。そんな馬だが、とにかく気が荒い、短い。その強さは騎士団の中でも有名だ。

「あの馬といれば、戦では千人力らしいが、普段の扱いがなあ・・・」

遠い目で馬屋を管理する管理長が遠い目をする。

「あいつは馬のくせに人を選ぶんだ。全く・・・」

「でもその馬に翻弄されっぱなしなのは誰ですかね?」

他の馬丁がからかうように言えば、管理長はため息交じりに呟く。

「踏みつけられないように気をつけろよ」

同情混じりの視線を向けられ、カイはまた一つため息をつく。

「俺・・・田舎の母さんに手紙書いておこうかな」

貯金がしてある場所とか、俺に何かあった時の連絡先とか、諸々。

「そうだ。お前に一つ言い忘れていたことがあった」

管理長が思い出したように言う言い方で、俺はなんだか悪い予感しかしない。そんな俺に、管理長は申し訳なさそうに言う。

「殿下の魔獣係がまた辞めたんだとよ・・・当分の世話は俺たち馬屋の人間がすることになった」

「あの危険な魔獣の管理を俺たちにやれと?!」

なんと言う罰ゲームだろうか。と、言うか、俺たち、罰ゲーしなきゃならないようなこと何もしていないよな?

「まじっすか?!」

年老いた馬丁も含めて、みんな涙目になる。

「な、なんで・・・なんで俺たちばっか・・・」

「俺、お勤め辞めようかな・・・・」

皆が口々に驚きの言葉を吐き出す。よかった・・・。俺、エスペランサの係で、とカイはほっと胸をなで下ろす。少なくとも、エスペランサは気性は激しいが、魔獣と違って、人を取って喰うようなことはしない。事故が起こってもせいぜい踏みつぶされるくらい・・・いや、踏みつぶされたってかなりの問題なんだが、それでも文字通り、頭から取って喰われることはない。

「それで・・・だ。魔獣担当を決めなきゃならんのだが・・・」

その瞬間、数名の馬丁が馬屋の外に猛ダッシュして逃走しようとした。どうしても名前を呼ばれたくないらしい。馬屋の戸に手を掛けた瞬間、そいつらは、悔しげな叫び声を上げた。

「くそ。外から鍵を掛けられたぞ!」

「ちくしょー。空かねえぇぇぇ」

「お前達、逃げようとしても無駄だ。見回り騎士に外からこっそり鍵を掛けてもらうように頼んだのは俺だ」

管理長が黒い笑みを浮かべて笑う。

「お、俺、辞表すぐに出します」

「俺もっ」

頑強な男達が悲鳴を上げるのを見て、カイは、誰にも見られないように顔を背けてほくそ笑んだ。・・・俺が魔獣担当になることはないだろう。何しろ、俺はすでにエスペランサの担当なんだからな。

「辞めることは許さん」

管理長が眼光するどく、俺たちを睨み付ければ、数人の男は、「ひっ」っと声にならない悲鳴を喉の奥で漏らす。漏らした奴が一人もいなかったのだけが、不幸中の幸いだろうか。

それでも、先輩の馬丁が即刻辞表を出すという反応を見て、俺は少し彼らが気の毒になった。それほど、魔獣担当は、凄惨な仕事なんだろうな・・・俺は、それが、全く他人ごとのように、その光景を眺めていた。まあ、実際、他人事なんだがな。

「まあ、まて。早まるな。すでに担当は決めてある。それはお前達ではない」

そいつらがほっと恐怖に引きつった顔を緩めるのを見た。じゃあ、その気の毒な奴は誰なんだろうな・・・

管理長と俺は一瞬目があった。そっと微笑む管理長の目は、同情を多分に含めた目で俺を見た。

まさか。まさか。おい、やめてくれ。

俺は自分を襲ってきそうな嫌な予感を感じた。もしかして、逃走するべきは俺だったのか?

「そうだ。言わなくてもわかったようだね。カイくん」

管理長は、言葉を一瞬とめて俺を見た。周りの奴らも俺のことを気の毒そうに見ているのがわかる。

「そう。魔獣担当は君にすることにしたよ。よろしく頼むな」

周りの奴らが不安で膨らんだ胸から、安堵のため息を盛大に吐いた音が聞こえた。

「な、なんで・・・なんで俺ばっか」

半泣きで悔し紛れに呟く俺に、管理長は申し訳ないと言わんばかりで言う。

「『エスペランサさえ扱えないような奴に、私の魔獣を任せる訳にはいかないよ』と、殿下が以前に仰っていたのを思い出してな。これは決定事項だよ。よろしくな、カイ」

死刑宣告にも似たその言葉を、俺はただ無言で頷くしかなかったのだ。

ああ・・・もうすぐエスペランサが帰ってくる。魔獣の世話もある。俺は胸で十字を切った。

魔獣は、魔道師長のライル様の下で管理されている。女人のようにライル様は美しく、膨大な魔力も相まって、彼に憧れている奴らも多いが、俺たちは、ライル様も気むずかしく、一癖あることも知っている。

あの方の下で働くのも大変そうだ。

エスペランサ、魔獣、それにライル様・・・・ 

難題続きの現実に面し、俺は、とにかく無事でいられますように、と、神様に祈るしかなかった。
感想 959

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました 表紙

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
恋愛 完結 短編
文字数:15,184
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました 表紙

初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました

夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。 彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。 けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。 セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。 夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
恋愛 完結 短編
文字数:12,593
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します 表紙

【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します

「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
恋愛 連載中 長編
文字数:94,149
病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ 表紙

病弱な旦那さまの身代わりに嫁ぎましたが、治してしまいましたわ

 「余命ひと月」と噂される公爵ジョフロワの「縁起直し」として、伯爵家の三女ロザリーは、実家から厄介払いのように嫁がされる。姉たちは「三女は薬草園育ちの田舎者。ちょうどいいわ」と笑う。  ロザリーは言い返さない。ただ、公爵の屋敷に入って三日で、気づく。公爵の病は、毒ではなく、屋敷じゅうに焚かれている「香」だと。  「余命ひと月? では、ひと月、お世話させていただきますわ」  香を止め、窓を開け、薬草園育ちの手で、朝の粥を煮る。公爵は、ひと月で、目を覚ます。「あなたが来て、初めて朝の匂いがした」。  実家は「病弱な三女を、縁起直しに嫁がせた」と嘘の届けを出していた。回復した公爵の妻となった娘を、慌てて取り戻そうとするが、公爵がその届けを王の使者に見せるだけで、実家は自分の嘘で面目を失う。  香を焚いていた執事は「公爵を早く逝かせて、跡目を」と白状し、公爵は追放ではなく、辺境の薬草園で働かせる。  疎まれた長所が、正しく愛される場所で花開く。縁起直しの嫁入り×薬草×自己肯定の令嬢ファンタジー、全8話。
恋愛 連載中 短編
文字数:5,338
飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます 表紙

飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます

「お前は竜に乗れもしない、ただの妻だろう」 竜騎士団長の夫はそう言って、飛べる従騎士の娘を選びましたわ。 ええ、わたくしは飛べません。十二年、地上におりました。 夜明け前に三十一頭の寝息を数え、歯を磨き、爪の砂を取り、冬に毛布を掛け、契約を編んで。——この国でただひとりの「調律者」として。 竜は、人を乗せない生き物ですのよ。竜自身が「乗せてもいい」と決めない限り。そして竜が誰の言葉で頷いてきたか、あの方は十二年、一度もお考えにならなかった。 離縁されて、わたくしは竜舎を出ました。 三日後から、竜は一頭も飛ばなくなりましたの。 怒っているのではありませんのよ。竜は報復をしませんもの。ただ——寂しいのです。 そして来月は、三年に一度の、契約更新日ですわ。
恋愛 完結 短編
文字数:16,065
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~ 表紙

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
恋愛 完結 長編
文字数:53,978
推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜 表紙

推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜

推しに似ているという理由で政略結婚した相手は、冷酷と噂の公爵様。 ――のはずが。 (無理、顔が良すぎるんだけど!?尊い!!) 心の声が、なぜか全部本人に聞こえていた。 必死に取り繕うも時すでに遅し。 暴走する脳内実況を止めるたび、旦那様はなぜか――キスしてくる。 「黙らせるのにちょうどいい」 いや全然よくないです!!むしろ悪化してます!! 無表情公爵様 × 心の声だだ漏れ令嬢 甘くて騒がしい新婚生活、開幕。
恋愛 完結 短編
文字数:16,468
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件 表紙

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。
恋愛 完結 短編
文字数:57,033