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第一部 最終章
二人の未来
竜から降り立った竜騎士達を視野にいれながら、ギルはフロルの耳元で誰にも聞こえないように、そっと囁く。
「フロル。お前は捕獲対象になっていないはずだ。もし、見つかったら、俺が注意を引くから、お前だけ逃げろ」
フロルは青ざめて首を横に振りながら、ぎゅっとギルにつかまった。
「いや。ギル様をおいて一人で逃げるなんて絶対にいや」
竜騎士達は遠巻きに自分たちを見守っている群衆に鋭い視線を向けている。
(どうか見つかりませんように・・・)
ぎゅっと竜笛を握りしめながら祈るフロルに、ギルは小さな声で言う。
「例え、もし見つかったとしても、俺一人であいつらを巻くのは余裕だ。だからお前は先に逃げろ。後で、合流地点で落ち合おう。いいな?」
ギルの命令は、否とは言わせない力強さがある。けれども、彼一人放っておいていいのだろうか。フロルは戸惑うようにギルを見つめたその瞬間だ。
「いたぞ」
竜騎士の声が響いたかと思うと、あっと言う間に竜騎士に取り囲まれてしまった。さすが、精鋭部隊と言える竜騎士である。
「リード様、探しましたよ。それにフロルさんも」
二人にそう言ったのは、火竜の主である赤い髪の若手の竜騎士である。
「フロル、ローブをはずせ。もう隠れてるのは無意味だからな」
ギルの言葉にフロルも覚悟をきめて、深く被っていたローブをはずした。
そのまま、フロルとギルが青ざめて立ち尽くしていると、取り囲んでいた竜騎士の壁が大きく開いた。そこから、ドレイクが姿を現したのである。
フロルは手にしていた竜笛を握りしめて、いつでもリルを呼べる体勢になっていたし、ギルはギルで腰の長剣の鞘を握る手に力が入った時だった。
フロルの目の前で、ドレイクが優雅な所作で片膝を立てて腰を落としたのである。片手は胸におき、あたかも騎士が忠誠を誓う時の仕草と同じだった。
いや、竜騎士たちはフロルに向かって忠誠を示す所作を見せていたのだ。回りの竜騎士だちも同じように腰を落とう。
周囲は大きくざわめき、ふたりと竜騎士を取り囲むようにして見守っていた。
「女神様、お迎えにあがりました」
ドレイクが恭しく胸に手を当て言葉を述べる。
「ああ、くそっ。みんなにばれちまったか」
ギルが悔しそうに言うのを、ドレイクは口元に笑みを浮かべて眺めた後、改めて、フロルに向かい合った。
「フロル・ダーマ。いや、本当の名前は、フローリア・ダーマ・・・だな?」
「え、ええ。そうですけど」
「フロルと言うのは、家族から呼ばれる愛称のようなもので、貴女の本当の名前がフローリアであるのに相違ないだろうか?」
何故か、ドレイクの生真面目な態度に戸惑いつつ、フロルは頷く。
「ええ。間違いないですけど、ドレイク様。でも・・・それが何か?」
ドレイクがほっとした顔をしながら立ち上がると、他の竜騎士も同じように立ち上がった。みんなが一様にほっとしたような、嬉しそうな顔をしていたので、ギルもローブの下に隠れた剣の柄から手を放し、ドレイクに数歩歩み寄った。
「リード殿、王命により、女神様と貴方をお迎えにあがりました」
ギルとフロルはキツネにつままれたような顔で、竜騎士を見つめる。
「ドレイク殿、これはどういうことですか?」
ギルが顎をしゃくり、後ろで控えていた竜騎士を示す。
(まさか、これも王宮のどっきりだったりして?)
疑心暗鬼にまみれた顔をするフロルに、ドレイクがにっこりと微笑みかけた。
「宮殿で、フロルの名前が本当はフローリアであったと判明したのだよ」
「ええ、そうですけど?でも、それがどうかしたんですか?」
それを聞いたギルは、全て納得がいったようで、はあーっと大きくため息をついた。
「・・・だから俺をフロルを連れて逃げたんだがな」
渋り顔でギルは言う。そんなギルを横目で見ながら、ドレイクは言葉を続けた。
「我々はずっと女神の生まれ変わりの娘を探していたのだよ。その娘が王宮にいると神託が下りのが、お前が王宮に来てすぐのことだった。生まれ変わりの娘の名前がフローリアと言う手がかりでレルマ子爵令嬢に突き当たったのだったが、全くの人違いだったようだ」
「私の雇用登録はフローリアで出していたはずですけど?」
「文官が勝手に君の名前を書き換えていたことが、後になって判明したんだ」
「はあ?」
「そう。全てが文官の勝手な判断による事故だったと判明した。その文官も今頃は厳しい処罰を受けているはずだ」
他に話せば長くなるんだが、とドレイクが口を開こうとした時だ。群衆の中から、一人の年老いた人物が現れた。男な笑顔を浮かべながら、口を開く。
「ドレイク侯爵、お久ぶりですな。竜騎士が大群で押し寄せてきたと聞いて、慌てて出向いた次第ですわい」
聞けば、その人は、この土地を収める領主だという。
「ああ、ライナス卿、ご無沙汰しております」
どうやら二人は知り合いのようだった。その老人は温厚そうな顔でドレイクを見つめた。
「なにやらお取込み中の所のようですが、よければ、儂の館をお使いになりませんかの? 竜騎士がわらわらと空を飛んでいるのを見て何事かと心配して見に来た次第じゃ。そうしていただけると、非常に助かるんじゃが」
気付けば、二人のやり取りを村人たちも、何事かと見つめていた。
「それは大変失礼した。場所をお借りさせていただくとありがたい。リード殿、その話は場所を変えてから、ゆっくりお話させてもらってもいいだろうか?」
そして、三人は、領主の言う通り、貴族の館へと足を運んだのだ。
◇
貴族の館に一歩足を踏み入れると、暖炉には火がともされ、温かく居心地がよい。従僕が出してくれるお茶もそこそこに、ドレイクが今まで宮廷で起きたことを詳しく説明してくれた。
偽女神との婚礼の儀式の中、ライルが慌てて礼拝堂に飛び込んで、国王陛下にフローリアがもう一人いる可能性が高いと告げたこと。激高した大神官を退け、ライルが国王に婚儀を中止するように説得し、式は中止になったこと。そして、その後の調査で、フロルの雇用登録書に記載された名前が事務官によって勝手に改ざんされていたことが発覚したことなどがドレイクの口から告げられた。
「じゃあ、そもそもは、その事務官が勝手にフロルの名前を変えたのが、全ての元凶だったって訳か」
ギルが呆れたように呟くと、ドレイクも深く頷いく。
「ああ、その通りだ」
「それで、どうして俺達の居場所がわかった?」
ギルにそう聞かれて、ドレイクはにやりと笑う。
「最近の巫女殿は、随分とスキルが上達したようだ」
「なるほどな。神託でこの場所がわかったと」
「ここまで距離が開いてしまえば、騎士団でも追跡は不可能だったろう」
「そうか。それで、竜騎士が俺達を追って来た訳か」
「まあ、そういうことだ」
そんな二人の横で、フロルはもじもじしながら、口を開く。
「じゃあ、その・・・・女神の生まれ変わりっていうのは、もしかして、レルマ子爵令嬢ではなくて、その・・・」
その先を言っていいものかどうか、フロルが戸惑っていると、ドレイクがあっさりとそれを口にした。
「そうだ。女神の生まれ変わりは、レルマ子爵令嬢でなくて、お前だ。フロル、いや、フローリア様と呼ぶべきかな」
ドレイクの茶化すような瞳がちらりとフロルに向けられる。
「いや、その・・・ドレイク様、そのフローリア様って言うのはやめてください」
フロルと呼ばれるほうが、なんだかしっくりくるのだ。それに、急に女神様とか言われても、なんだかとても恥ずかしい。
その話の一連を聞きながら、ギルの気難しい顔がだんだんと穏やかなものへと変わっていく。
「え~っと、それで、私が本当に女神様の生まれ変わりって話ですけど、名前だけなら、他にも沢山フローリア様っていると思うんですけど・・・」
そんなフロルにドレイクは珍しく温厚な笑みを見せた。
「左手に痣があるだろう?フロル」
「え、どうしてそんなこと知っているんですか?」
フロルはぎくりとしながら、左手の痣を隠すように右手で覆う。
「いいから見せてみろ」
フロルが戸惑った顔でギルを見つめると、ギルもフロルの左手をとった。ドレイクがフロルの手首のブレスレットを外すと、血のように赤い痣が姿を現す。
そんな二人にドレイクは言う。
「魔王がつけた痣だと神託があったのだ。レルマ嬢は自分が女神だと主張したが、手首には痣らしいものは何一つない。ライル殿が、フロルの手首に痣があると証言してくれたのだ」
「ライル様が・・・」
フロルはちょっと感動して、うるっと来てしまった。あの皮肉屋で忘れっぽいライルが、国王がいる神殿に乗り込んで、婚儀を中止するように進言してくれたのだ。
「ライルもいい所に目がいったな」
ギルが感心するなか、ドレイクは改まってフロルに言う。
「間違いない。女神はフロル、お前だ。お前に違いない」
「私が女神・・・」
そう呟くフロルの横でギルが気ぜわし気に口を開く。
「では、レルマ嬢との婚礼は、もう中止と言うことになったのですか?」
「ああ。そうだ。そもそもの婚礼がなかったことになるから、逃亡したリード殿も処罰は不問になるだろう。むしろ、女神の配偶者として、リード殿の他に誰がいるのだ?」
二人の顔に笑顔が浮かぶ。
「そうか。じゃあ、俺達は・・・」
「だから、国王が二人を迎えにいくように私に直々に指令がくだったのだ。女神フローリアと聖剣の騎士を神殿にお迎えするように、と」
「そうでしたか。ドレイク殿、俺は礼を言うべきだろうかな」
「それを言うなら、ノワール殿に礼を言うべきだろうな」
「彼も君たちのことを心配していた。今日はもう遅いから、ここに泊まっていく段取りはすでについた」
「そうか。いずれにせよ、貴方に礼を言わねばならないでしょう」
そういうと、ドレイクは鷹揚に頷き、フロルに笑いかけた。
「さあ、女神様、皆が帰りを待っています」
思いがけない展開に、フロルはほっとして嬉しそうに笑った。
「じゃあ、リルを迎えに行ってきますね」
「ああ、リルはどこにいる」
「森の中で待機しているんです」
◇
そして、翌朝、リルに乗ってギルと共に竜騎士団と共に王宮に戻ってきたフロルはみんなに温かく迎え入れられることになった。エスペランサは、別の騎士が城へ連れて帰ってくれると言う。
王宮には、王太子を始め、ライル、アルブス様、侍女のアイリ。みんなが二人を温かく出迎えてくれた。
騎馬騎士隊の面々も、ギルとフロルを取り囲む。
そして、そこにはフロルの両親と弟のウィルもいた。
「ウィル!」
フロルを見つけて、ウィルは一目散にフロルに駆け寄った。
「フローリアお姉ちゃん!」
そんなウィルの声を聞いて、フロルの目には大粒の涙が浮かぶ。
「ウィル、今、なんて? なんて言ったの?」
そんなフロルにウィルは嬉しそうに抱き着きながら、もう一度、姉の名前を呼ぶ。声はまだ少し掠れてはいたが、それは、ちゃんとした男の子の声だった。
「フローリアおねえちゃん」
「ウィル、話せるようになったのね!」
フロルは、ウィルをぎゅっと抱きしめ、涙声で弟に話しかける。
「ねえ、もう一回、おねえちゃんって言って?」
弟はフロルに抱き着きながら、目を輝かせて言う。
「フローリアお姉ちゃん、おねえちゃん!」
「ああ、よかった。ウィル、本当によかった」
そうして、つかの間の喜びに浸っていると、新たな訪問者があった。
彼らは神官の服を着ている。しかし、見たことがない顔だなと思っていると、その神官は片膝を深くつき、礼を示す。
「お初にお目にかかります。女神様。わたくし、新しく大神官として任命されましたルミノールと申します。女神様のご機嫌よろしく・・・」
そのルミノールの背後に立っているのは、ライルに王太子だった。
「何を言ってるんだい。女神様の居所は神殿に決まっているだろう? 人違いをして大変申し訳なかった。それについては、改めて謝罪させてもらうけれど、とりあえずは、神殿で生活を新たにスタートしてもらいたい」
「それで、前の大神官はどうしたのですか?」
「ああ、さっさと更迭したよ。今頃は極寒の地にいるはずだ」
「それでレルマ嬢は?」
「私が直々に侍女の職を解き、故郷にお引き取り願ったよ」
王太子もうんざりした顔で言う。今まで散々、彼女のヒステリーに巫女共々振り回されてきたからだ。
「それで、いつ頃、神殿に居を移してくれるのかい?」
王太子がそう聞くと、フロルは心を決めかねているように、ギルの顔を見つめた。
「ギル様、どうしましょう?私、神殿に移るべきでしょうか?」
ギルもしそうに頷く。
「ああ、フロル、そこはお前の居場所だからな。俺の部屋も神殿内にあるそうだ」
それを聞いたフロルの胸は明るくときめく。
「じゃあ、ギル様と一緒なんですね?」
「もちろんだ。フロル」
フロルは、王太子に向かって、頷く。
「では、神殿に移らせていただきます」
「そうこなくっちゃ」
珍しくライルも嬉しそうな顔で言う。みんなが、フロルを見つめ、これでやっと神殿も落ち着くと、嬉しそうに話していた。
そんな建物の外では、季節外れの花が咲き、暖かな風がそよそよと吹いていた。それは、あたかも精霊たちが二人を祝福するかのような光景だったという。
◇
皆さま、お待たせいたしました。第二部の再開を近々に予定しております。中村まりTwitterアカウントでは、投稿日を予め、お知らせしております☆
「フロル。お前は捕獲対象になっていないはずだ。もし、見つかったら、俺が注意を引くから、お前だけ逃げろ」
フロルは青ざめて首を横に振りながら、ぎゅっとギルにつかまった。
「いや。ギル様をおいて一人で逃げるなんて絶対にいや」
竜騎士達は遠巻きに自分たちを見守っている群衆に鋭い視線を向けている。
(どうか見つかりませんように・・・)
ぎゅっと竜笛を握りしめながら祈るフロルに、ギルは小さな声で言う。
「例え、もし見つかったとしても、俺一人であいつらを巻くのは余裕だ。だからお前は先に逃げろ。後で、合流地点で落ち合おう。いいな?」
ギルの命令は、否とは言わせない力強さがある。けれども、彼一人放っておいていいのだろうか。フロルは戸惑うようにギルを見つめたその瞬間だ。
「いたぞ」
竜騎士の声が響いたかと思うと、あっと言う間に竜騎士に取り囲まれてしまった。さすが、精鋭部隊と言える竜騎士である。
「リード様、探しましたよ。それにフロルさんも」
二人にそう言ったのは、火竜の主である赤い髪の若手の竜騎士である。
「フロル、ローブをはずせ。もう隠れてるのは無意味だからな」
ギルの言葉にフロルも覚悟をきめて、深く被っていたローブをはずした。
そのまま、フロルとギルが青ざめて立ち尽くしていると、取り囲んでいた竜騎士の壁が大きく開いた。そこから、ドレイクが姿を現したのである。
フロルは手にしていた竜笛を握りしめて、いつでもリルを呼べる体勢になっていたし、ギルはギルで腰の長剣の鞘を握る手に力が入った時だった。
フロルの目の前で、ドレイクが優雅な所作で片膝を立てて腰を落としたのである。片手は胸におき、あたかも騎士が忠誠を誓う時の仕草と同じだった。
いや、竜騎士たちはフロルに向かって忠誠を示す所作を見せていたのだ。回りの竜騎士だちも同じように腰を落とう。
周囲は大きくざわめき、ふたりと竜騎士を取り囲むようにして見守っていた。
「女神様、お迎えにあがりました」
ドレイクが恭しく胸に手を当て言葉を述べる。
「ああ、くそっ。みんなにばれちまったか」
ギルが悔しそうに言うのを、ドレイクは口元に笑みを浮かべて眺めた後、改めて、フロルに向かい合った。
「フロル・ダーマ。いや、本当の名前は、フローリア・ダーマ・・・だな?」
「え、ええ。そうですけど」
「フロルと言うのは、家族から呼ばれる愛称のようなもので、貴女の本当の名前がフローリアであるのに相違ないだろうか?」
何故か、ドレイクの生真面目な態度に戸惑いつつ、フロルは頷く。
「ええ。間違いないですけど、ドレイク様。でも・・・それが何か?」
ドレイクがほっとした顔をしながら立ち上がると、他の竜騎士も同じように立ち上がった。みんなが一様にほっとしたような、嬉しそうな顔をしていたので、ギルもローブの下に隠れた剣の柄から手を放し、ドレイクに数歩歩み寄った。
「リード殿、王命により、女神様と貴方をお迎えにあがりました」
ギルとフロルはキツネにつままれたような顔で、竜騎士を見つめる。
「ドレイク殿、これはどういうことですか?」
ギルが顎をしゃくり、後ろで控えていた竜騎士を示す。
(まさか、これも王宮のどっきりだったりして?)
疑心暗鬼にまみれた顔をするフロルに、ドレイクがにっこりと微笑みかけた。
「宮殿で、フロルの名前が本当はフローリアであったと判明したのだよ」
「ええ、そうですけど?でも、それがどうかしたんですか?」
それを聞いたギルは、全て納得がいったようで、はあーっと大きくため息をついた。
「・・・だから俺をフロルを連れて逃げたんだがな」
渋り顔でギルは言う。そんなギルを横目で見ながら、ドレイクは言葉を続けた。
「我々はずっと女神の生まれ変わりの娘を探していたのだよ。その娘が王宮にいると神託が下りのが、お前が王宮に来てすぐのことだった。生まれ変わりの娘の名前がフローリアと言う手がかりでレルマ子爵令嬢に突き当たったのだったが、全くの人違いだったようだ」
「私の雇用登録はフローリアで出していたはずですけど?」
「文官が勝手に君の名前を書き換えていたことが、後になって判明したんだ」
「はあ?」
「そう。全てが文官の勝手な判断による事故だったと判明した。その文官も今頃は厳しい処罰を受けているはずだ」
他に話せば長くなるんだが、とドレイクが口を開こうとした時だ。群衆の中から、一人の年老いた人物が現れた。男な笑顔を浮かべながら、口を開く。
「ドレイク侯爵、お久ぶりですな。竜騎士が大群で押し寄せてきたと聞いて、慌てて出向いた次第ですわい」
聞けば、その人は、この土地を収める領主だという。
「ああ、ライナス卿、ご無沙汰しております」
どうやら二人は知り合いのようだった。その老人は温厚そうな顔でドレイクを見つめた。
「なにやらお取込み中の所のようですが、よければ、儂の館をお使いになりませんかの? 竜騎士がわらわらと空を飛んでいるのを見て何事かと心配して見に来た次第じゃ。そうしていただけると、非常に助かるんじゃが」
気付けば、二人のやり取りを村人たちも、何事かと見つめていた。
「それは大変失礼した。場所をお借りさせていただくとありがたい。リード殿、その話は場所を変えてから、ゆっくりお話させてもらってもいいだろうか?」
そして、三人は、領主の言う通り、貴族の館へと足を運んだのだ。
◇
貴族の館に一歩足を踏み入れると、暖炉には火がともされ、温かく居心地がよい。従僕が出してくれるお茶もそこそこに、ドレイクが今まで宮廷で起きたことを詳しく説明してくれた。
偽女神との婚礼の儀式の中、ライルが慌てて礼拝堂に飛び込んで、国王陛下にフローリアがもう一人いる可能性が高いと告げたこと。激高した大神官を退け、ライルが国王に婚儀を中止するように説得し、式は中止になったこと。そして、その後の調査で、フロルの雇用登録書に記載された名前が事務官によって勝手に改ざんされていたことが発覚したことなどがドレイクの口から告げられた。
「じゃあ、そもそもは、その事務官が勝手にフロルの名前を変えたのが、全ての元凶だったって訳か」
ギルが呆れたように呟くと、ドレイクも深く頷いく。
「ああ、その通りだ」
「それで、どうして俺達の居場所がわかった?」
ギルにそう聞かれて、ドレイクはにやりと笑う。
「最近の巫女殿は、随分とスキルが上達したようだ」
「なるほどな。神託でこの場所がわかったと」
「ここまで距離が開いてしまえば、騎士団でも追跡は不可能だったろう」
「そうか。それで、竜騎士が俺達を追って来た訳か」
「まあ、そういうことだ」
そんな二人の横で、フロルはもじもじしながら、口を開く。
「じゃあ、その・・・・女神の生まれ変わりっていうのは、もしかして、レルマ子爵令嬢ではなくて、その・・・」
その先を言っていいものかどうか、フロルが戸惑っていると、ドレイクがあっさりとそれを口にした。
「そうだ。女神の生まれ変わりは、レルマ子爵令嬢でなくて、お前だ。フロル、いや、フローリア様と呼ぶべきかな」
ドレイクの茶化すような瞳がちらりとフロルに向けられる。
「いや、その・・・ドレイク様、そのフローリア様って言うのはやめてください」
フロルと呼ばれるほうが、なんだかしっくりくるのだ。それに、急に女神様とか言われても、なんだかとても恥ずかしい。
その話の一連を聞きながら、ギルの気難しい顔がだんだんと穏やかなものへと変わっていく。
「え~っと、それで、私が本当に女神様の生まれ変わりって話ですけど、名前だけなら、他にも沢山フローリア様っていると思うんですけど・・・」
そんなフロルにドレイクは珍しく温厚な笑みを見せた。
「左手に痣があるだろう?フロル」
「え、どうしてそんなこと知っているんですか?」
フロルはぎくりとしながら、左手の痣を隠すように右手で覆う。
「いいから見せてみろ」
フロルが戸惑った顔でギルを見つめると、ギルもフロルの左手をとった。ドレイクがフロルの手首のブレスレットを外すと、血のように赤い痣が姿を現す。
そんな二人にドレイクは言う。
「魔王がつけた痣だと神託があったのだ。レルマ嬢は自分が女神だと主張したが、手首には痣らしいものは何一つない。ライル殿が、フロルの手首に痣があると証言してくれたのだ」
「ライル様が・・・」
フロルはちょっと感動して、うるっと来てしまった。あの皮肉屋で忘れっぽいライルが、国王がいる神殿に乗り込んで、婚儀を中止するように進言してくれたのだ。
「ライルもいい所に目がいったな」
ギルが感心するなか、ドレイクは改まってフロルに言う。
「間違いない。女神はフロル、お前だ。お前に違いない」
「私が女神・・・」
そう呟くフロルの横でギルが気ぜわし気に口を開く。
「では、レルマ嬢との婚礼は、もう中止と言うことになったのですか?」
「ああ。そうだ。そもそもの婚礼がなかったことになるから、逃亡したリード殿も処罰は不問になるだろう。むしろ、女神の配偶者として、リード殿の他に誰がいるのだ?」
二人の顔に笑顔が浮かぶ。
「そうか。じゃあ、俺達は・・・」
「だから、国王が二人を迎えにいくように私に直々に指令がくだったのだ。女神フローリアと聖剣の騎士を神殿にお迎えするように、と」
「そうでしたか。ドレイク殿、俺は礼を言うべきだろうかな」
「それを言うなら、ノワール殿に礼を言うべきだろうな」
「彼も君たちのことを心配していた。今日はもう遅いから、ここに泊まっていく段取りはすでについた」
「そうか。いずれにせよ、貴方に礼を言わねばならないでしょう」
そういうと、ドレイクは鷹揚に頷き、フロルに笑いかけた。
「さあ、女神様、皆が帰りを待っています」
思いがけない展開に、フロルはほっとして嬉しそうに笑った。
「じゃあ、リルを迎えに行ってきますね」
「ああ、リルはどこにいる」
「森の中で待機しているんです」
◇
そして、翌朝、リルに乗ってギルと共に竜騎士団と共に王宮に戻ってきたフロルはみんなに温かく迎え入れられることになった。エスペランサは、別の騎士が城へ連れて帰ってくれると言う。
王宮には、王太子を始め、ライル、アルブス様、侍女のアイリ。みんなが二人を温かく出迎えてくれた。
騎馬騎士隊の面々も、ギルとフロルを取り囲む。
そして、そこにはフロルの両親と弟のウィルもいた。
「ウィル!」
フロルを見つけて、ウィルは一目散にフロルに駆け寄った。
「フローリアお姉ちゃん!」
そんなウィルの声を聞いて、フロルの目には大粒の涙が浮かぶ。
「ウィル、今、なんて? なんて言ったの?」
そんなフロルにウィルは嬉しそうに抱き着きながら、もう一度、姉の名前を呼ぶ。声はまだ少し掠れてはいたが、それは、ちゃんとした男の子の声だった。
「フローリアおねえちゃん」
「ウィル、話せるようになったのね!」
フロルは、ウィルをぎゅっと抱きしめ、涙声で弟に話しかける。
「ねえ、もう一回、おねえちゃんって言って?」
弟はフロルに抱き着きながら、目を輝かせて言う。
「フローリアお姉ちゃん、おねえちゃん!」
「ああ、よかった。ウィル、本当によかった」
そうして、つかの間の喜びに浸っていると、新たな訪問者があった。
彼らは神官の服を着ている。しかし、見たことがない顔だなと思っていると、その神官は片膝を深くつき、礼を示す。
「お初にお目にかかります。女神様。わたくし、新しく大神官として任命されましたルミノールと申します。女神様のご機嫌よろしく・・・」
そのルミノールの背後に立っているのは、ライルに王太子だった。
「何を言ってるんだい。女神様の居所は神殿に決まっているだろう? 人違いをして大変申し訳なかった。それについては、改めて謝罪させてもらうけれど、とりあえずは、神殿で生活を新たにスタートしてもらいたい」
「それで、前の大神官はどうしたのですか?」
「ああ、さっさと更迭したよ。今頃は極寒の地にいるはずだ」
「それでレルマ嬢は?」
「私が直々に侍女の職を解き、故郷にお引き取り願ったよ」
王太子もうんざりした顔で言う。今まで散々、彼女のヒステリーに巫女共々振り回されてきたからだ。
「それで、いつ頃、神殿に居を移してくれるのかい?」
王太子がそう聞くと、フロルは心を決めかねているように、ギルの顔を見つめた。
「ギル様、どうしましょう?私、神殿に移るべきでしょうか?」
ギルもしそうに頷く。
「ああ、フロル、そこはお前の居場所だからな。俺の部屋も神殿内にあるそうだ」
それを聞いたフロルの胸は明るくときめく。
「じゃあ、ギル様と一緒なんですね?」
「もちろんだ。フロル」
フロルは、王太子に向かって、頷く。
「では、神殿に移らせていただきます」
「そうこなくっちゃ」
珍しくライルも嬉しそうな顔で言う。みんなが、フロルを見つめ、これでやっと神殿も落ち着くと、嬉しそうに話していた。
そんな建物の外では、季節外れの花が咲き、暖かな風がそよそよと吹いていた。それは、あたかも精霊たちが二人を祝福するかのような光景だったという。
◇
皆さま、お待たせいたしました。第二部の再開を近々に予定しております。中村まりTwitterアカウントでは、投稿日を予め、お知らせしております☆
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怒っているのではありませんのよ。竜は報復をしませんもの。ただ——寂しいのです。
そして来月は、三年に一度の、契約更新日ですわ。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
推しの旦那様に心の声が筒抜けでした!?〜バレた瞬間、毎回キスで黙らされます〜
推しに似ているという理由で政略結婚した相手は、冷酷と噂の公爵様。
――のはずが。
(無理、顔が良すぎるんだけど!?尊い!!)
心の声が、なぜか全部本人に聞こえていた。
必死に取り繕うも時すでに遅し。
暴走する脳内実況を止めるたび、旦那様はなぜか――キスしてくる。
「黙らせるのにちょうどいい」
いや全然よくないです!!むしろ悪化してます!!
無表情公爵様 × 心の声だだ漏れ令嬢
甘くて騒がしい新婚生活、開幕。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。