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とある夏の日
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ーー姉夫婦が死んだ
俺が大学3年の7月の話だった。
この間電話したときは元気そうで、
娘のランドセルを見に行ったのだと楽しそうに話していたのに。
聞けば、家族3人歩いていたところに飲酒運転の車が突っ込んできたらしい。姉夫婦は即死、2人の娘…俺にとっての姪は2人に庇われ無事だったようだ。
(娘の入学式が楽しみだつってたのに何してんだよ…)
葬儀は家族と親戚のみの小規模で行われた。
姪は終始俯いていて顔色を伺うことはできなかったが、握りしめた両手の甲にぽたりぽたりと涙が落ちてゆく様子はいたたまれなかった。
「まだ小さいのに…あの子も可哀想ね」
「誰が引き取るのかしら」
ヒソヒソと話す内容に思わず顔を顰めたが、姪の今後を案ずるのは妥当だろう。
「母さん、夏鈴はどうなるんだ?」
「向こうと話し合わないと何とも言えないわね……でも、私たちは出張で家に居ないことがほとんどだから、難しいかもしれない。」
「…………そうか。」
両親は国内外問わず仕事で飛び回っている。
結局、旦那側ーー姪にとっての父方の祖父母に引き取られることなった。
次に姪に会ったのは俺が大学を卒業し、就職してすぐの頃だった。
「久しぶり。覚えてるか?”おかーさん”の弟の紘だよ。」
「おぼえてる。紘おじさん。」
久しぶりに会った姪は以前のような天真爛漫な子どもではなく、泣くまいと、心配をかけまいと、必死に笑顔を作っているような年不相応な行動をとる子どもになっていた。
「おじいさん達は元気か?」
「わかんない。おじいちゃんとおばあちゃんのところにいってすぐ、おじいちゃんが体調くずして別のお家にお世話になったから 。」
「え!?」
「それからいろんなとこにお世話になってる。」
姪の口から聞かされた衝撃の事実の数々に驚く。
俺たちのところにそんな話はきてないぞ…?
「…ほんとはじいじとばあばの家に行くって話もあったけど、嫌だって言ったの。せっかくお仕事の夢が叶ってるのに私のせいで台無しにしたくない。…私が行きたいって言ったら、2人とも優しいからこっちに戻ってきちゃう。」
前々から思っていたが、この子は本当に大人びている。
言葉選びも相手を気遣う姿勢も、ついこの間小学校に入学した子どもだとは思えない。
(なんだかなぁ…子どもは大人に甘えて然るべきだろ)
姪の表情を見るに、引き取り先とはあまり上手くいってないようだ。
「ーーうちに来るか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。
言った自分も驚いたが、目の前の姪も大きく目を見開いていた。しばらくして少しばかり目を泳がせると、
「…行っていいの?」
と不安げに尋ねてきた。
でも、その不安げな2つの”みずいろ”は俺の本意を見抜こうとするような、そんな強い意志を持っている。
「ああ。…ただ、今までより良い生活はさせてあげられないだろうけど、それでも良ければ。」
「行く、行きたい!」
「そっか、じゃあこれからよろしくな。」
「うん!」
涙まじりの声だったが、快活に返事をした姪に安堵の笑みをこぼす。まずは今夏鈴を引き取ってる方と話さなくちゃな、と2人で手を繋いで夕日で照らされた帰り路を歩く。
「あの、あのね…パパって呼んでいい?」
「え!?や、いいけど、どうして?」
「おとーさんとおかーさんはお空にいっちゃった2人だから。だったらパパかなあって。」
「な、なるほど…?」
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけみんなが羨ましいかったの。小学校でみんな『パパ、ママ!』『おとーさん、おかーさん!』って嬉しそうに呼んでるの。」
「…そうだよな。うん、いいよ。」
気丈に振る舞っているが、まだまだ甘えたい盛りの子どもだ。甘えられる両親がいないのは酷だろう。
「じゃあ、俺は夏鈴のこと『ナツ』って呼ぼうかな。」
「なんで?『かりん』なのに『なつ』なの?」
「さあ?なんでだろうね~」
えー教えてよ!と頬を膨らませるナツの頭を撫でながら今後、楽しくなるであろう生活に思いを馳せた。
ーー夏の風鈴の音みたいに綺麗な子になって欲しくてこの名前にしたの。まあ、夏生まれだからってのもあるけど…。あと、私たち姉弟みたいな水色の目をしてるでしょう?なんかこういう水色って夏!って感じがしない?だからあだ名をつけるとしたら「なつ」って読み方したいなぁ。
俺が大学3年の7月の話だった。
この間電話したときは元気そうで、
娘のランドセルを見に行ったのだと楽しそうに話していたのに。
聞けば、家族3人歩いていたところに飲酒運転の車が突っ込んできたらしい。姉夫婦は即死、2人の娘…俺にとっての姪は2人に庇われ無事だったようだ。
(娘の入学式が楽しみだつってたのに何してんだよ…)
葬儀は家族と親戚のみの小規模で行われた。
姪は終始俯いていて顔色を伺うことはできなかったが、握りしめた両手の甲にぽたりぽたりと涙が落ちてゆく様子はいたたまれなかった。
「まだ小さいのに…あの子も可哀想ね」
「誰が引き取るのかしら」
ヒソヒソと話す内容に思わず顔を顰めたが、姪の今後を案ずるのは妥当だろう。
「母さん、夏鈴はどうなるんだ?」
「向こうと話し合わないと何とも言えないわね……でも、私たちは出張で家に居ないことがほとんどだから、難しいかもしれない。」
「…………そうか。」
両親は国内外問わず仕事で飛び回っている。
結局、旦那側ーー姪にとっての父方の祖父母に引き取られることなった。
次に姪に会ったのは俺が大学を卒業し、就職してすぐの頃だった。
「久しぶり。覚えてるか?”おかーさん”の弟の紘だよ。」
「おぼえてる。紘おじさん。」
久しぶりに会った姪は以前のような天真爛漫な子どもではなく、泣くまいと、心配をかけまいと、必死に笑顔を作っているような年不相応な行動をとる子どもになっていた。
「おじいさん達は元気か?」
「わかんない。おじいちゃんとおばあちゃんのところにいってすぐ、おじいちゃんが体調くずして別のお家にお世話になったから 。」
「え!?」
「それからいろんなとこにお世話になってる。」
姪の口から聞かされた衝撃の事実の数々に驚く。
俺たちのところにそんな話はきてないぞ…?
「…ほんとはじいじとばあばの家に行くって話もあったけど、嫌だって言ったの。せっかくお仕事の夢が叶ってるのに私のせいで台無しにしたくない。…私が行きたいって言ったら、2人とも優しいからこっちに戻ってきちゃう。」
前々から思っていたが、この子は本当に大人びている。
言葉選びも相手を気遣う姿勢も、ついこの間小学校に入学した子どもだとは思えない。
(なんだかなぁ…子どもは大人に甘えて然るべきだろ)
姪の表情を見るに、引き取り先とはあまり上手くいってないようだ。
「ーーうちに来るか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。
言った自分も驚いたが、目の前の姪も大きく目を見開いていた。しばらくして少しばかり目を泳がせると、
「…行っていいの?」
と不安げに尋ねてきた。
でも、その不安げな2つの”みずいろ”は俺の本意を見抜こうとするような、そんな強い意志を持っている。
「ああ。…ただ、今までより良い生活はさせてあげられないだろうけど、それでも良ければ。」
「行く、行きたい!」
「そっか、じゃあこれからよろしくな。」
「うん!」
涙まじりの声だったが、快活に返事をした姪に安堵の笑みをこぼす。まずは今夏鈴を引き取ってる方と話さなくちゃな、と2人で手を繋いで夕日で照らされた帰り路を歩く。
「あの、あのね…パパって呼んでいい?」
「え!?や、いいけど、どうして?」
「おとーさんとおかーさんはお空にいっちゃった2人だから。だったらパパかなあって。」
「な、なるほど…?」
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけみんなが羨ましいかったの。小学校でみんな『パパ、ママ!』『おとーさん、おかーさん!』って嬉しそうに呼んでるの。」
「…そうだよな。うん、いいよ。」
気丈に振る舞っているが、まだまだ甘えたい盛りの子どもだ。甘えられる両親がいないのは酷だろう。
「じゃあ、俺は夏鈴のこと『ナツ』って呼ぼうかな。」
「なんで?『かりん』なのに『なつ』なの?」
「さあ?なんでだろうね~」
えー教えてよ!と頬を膨らませるナツの頭を撫でながら今後、楽しくなるであろう生活に思いを馳せた。
ーー夏の風鈴の音みたいに綺麗な子になって欲しくてこの名前にしたの。まあ、夏生まれだからってのもあるけど…。あと、私たち姉弟みたいな水色の目をしてるでしょう?なんかこういう水色って夏!って感じがしない?だからあだ名をつけるとしたら「なつ」って読み方したいなぁ。
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