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第7話 村祭りの準備
〇
谷の風が柔らかくなり、木々の葉先に若草の色が混じる季節になった。クラリッサは畑に立ち、芽吹き始めた野菜の葉を撫でながら深く息を吸う。青い匂いが胸の奥まで染み込み、心が満ちていく。
「順調だな」
背後から聞こえた低い声に振り返ると、ライナルトが立っていた。袖をまくり、腕には土の汚れが残っている。無骨な姿はいつものことだが、目の奥には安堵の光が宿っていた。
「はい。村祭りまでには、収穫できるものもありそうです」
「村祭りか……」
ライナルトの口元がわずかに緩む。その響きには、戦場帰りの武人らしからぬ温かさがあった。クラリッサは小首を傾げ、笑みを浮かべる。
「楽しみにされているのですか?」
「村にとって大事な行事だ。豊作を願い、先祖に感謝する。……お前も参加するといい」
「もちろんです。私も村の一員ですから」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が熱くなった。ほんの数か月前まで、無能と蔑まれ追放された令嬢が、今は「村の一員」として胸を張れる。祭りの準備に関わることで、それが本当の形になるような気がした。
△
数日後、村の広場は賑やかさを増していた。若者たちは木の骨組みを組み、布を張って屋台を作る。子どもたちは走り回り、笑い声が谷に響く。
「クラリッサ様、この布を縫っていただけませんか?」
村娘が布を抱えて駆け寄ってきた。クラリッサは笑顔で頷き、針と糸を手に取る。王都で学んだ刺繍の技術を活かし、素早く布を縫い合わせていく。その手際の良さに周囲の娘たちが目を丸くした。
「貴族のお嬢様がこんなに器用だなんて……」
「すごい、本当に祭りの飾りが華やかになった!」
褒められることに慣れていないクラリッサは頬を染め、照れ笑いを浮かべた。だが、心の奥には嬉しさが満ちていく。
一方で、ハンスたち若者は舞台の組み立てに汗を流していた。ライナルトも腕を貸し、重い木材を軽々と担ぎ上げる。その姿は村人たちの士気を上げ、広場全体に頼もしさを広げた。
夕方、準備を終えた人々が輪になって休んでいると、オットー村長が声を張り上げた。
「今年は辺境伯様の奥方も一緒に祭りを作ってくださった! 皆で盛大に祝い、豊作を祈ろうではないか!」
その言葉に大きな拍手が広がり、クラリッサは胸が熱くなった。村人たちの視線は、もう「都会から来た追放令嬢」ではなく、「共に祭りを作る仲間」としてのものに変わっていた。
◇
夜、屋敷に戻ると、クラリッサは疲れた体を布団に横たえた。だが、心は高揚して眠れない。窓の外からは、まだ広場に残る人々の笑い声が聞こえてきた。
ライナルトが部屋に入ってきて、椅子に腰を下ろす。彼も疲れているはずなのに、その瞳は静かな光を帯びていた。
「今日はよく働いたな」
「はい。でも……楽しかったです」
「村人たちも喜んでいた。お前が来てから、村の空気が明るくなった」
クラリッサは一瞬言葉を失い、やがて小さな声で答えた。
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
ふと視線を窓の外に向けると、空には星が瞬いていた。白い花の種が芽吹くとき、きっとこの星の下で祭りの灯火も揺れるのだろう。そう思うと、胸の奥に温かな期待が芽生えた。
「ライナルト様。祭りの日、私……浴衣のような衣装を着てもいいでしょうか」
「……似合うだろうな」
短い返事の奥にある感情を感じ取り、クラリッサは微笑んだ。辺境での生活は、もう孤独ではない。これから始まる祭りは、その証になるだろう。
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谷の風が柔らかくなり、木々の葉先に若草の色が混じる季節になった。クラリッサは畑に立ち、芽吹き始めた野菜の葉を撫でながら深く息を吸う。青い匂いが胸の奥まで染み込み、心が満ちていく。
「順調だな」
背後から聞こえた低い声に振り返ると、ライナルトが立っていた。袖をまくり、腕には土の汚れが残っている。無骨な姿はいつものことだが、目の奥には安堵の光が宿っていた。
「はい。村祭りまでには、収穫できるものもありそうです」
「村祭りか……」
ライナルトの口元がわずかに緩む。その響きには、戦場帰りの武人らしからぬ温かさがあった。クラリッサは小首を傾げ、笑みを浮かべる。
「楽しみにされているのですか?」
「村にとって大事な行事だ。豊作を願い、先祖に感謝する。……お前も参加するといい」
「もちろんです。私も村の一員ですから」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が熱くなった。ほんの数か月前まで、無能と蔑まれ追放された令嬢が、今は「村の一員」として胸を張れる。祭りの準備に関わることで、それが本当の形になるような気がした。
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数日後、村の広場は賑やかさを増していた。若者たちは木の骨組みを組み、布を張って屋台を作る。子どもたちは走り回り、笑い声が谷に響く。
「クラリッサ様、この布を縫っていただけませんか?」
村娘が布を抱えて駆け寄ってきた。クラリッサは笑顔で頷き、針と糸を手に取る。王都で学んだ刺繍の技術を活かし、素早く布を縫い合わせていく。その手際の良さに周囲の娘たちが目を丸くした。
「貴族のお嬢様がこんなに器用だなんて……」
「すごい、本当に祭りの飾りが華やかになった!」
褒められることに慣れていないクラリッサは頬を染め、照れ笑いを浮かべた。だが、心の奥には嬉しさが満ちていく。
一方で、ハンスたち若者は舞台の組み立てに汗を流していた。ライナルトも腕を貸し、重い木材を軽々と担ぎ上げる。その姿は村人たちの士気を上げ、広場全体に頼もしさを広げた。
夕方、準備を終えた人々が輪になって休んでいると、オットー村長が声を張り上げた。
「今年は辺境伯様の奥方も一緒に祭りを作ってくださった! 皆で盛大に祝い、豊作を祈ろうではないか!」
その言葉に大きな拍手が広がり、クラリッサは胸が熱くなった。村人たちの視線は、もう「都会から来た追放令嬢」ではなく、「共に祭りを作る仲間」としてのものに変わっていた。
◇
夜、屋敷に戻ると、クラリッサは疲れた体を布団に横たえた。だが、心は高揚して眠れない。窓の外からは、まだ広場に残る人々の笑い声が聞こえてきた。
ライナルトが部屋に入ってきて、椅子に腰を下ろす。彼も疲れているはずなのに、その瞳は静かな光を帯びていた。
「今日はよく働いたな」
「はい。でも……楽しかったです」
「村人たちも喜んでいた。お前が来てから、村の空気が明るくなった」
クラリッサは一瞬言葉を失い、やがて小さな声で答えた。
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
ふと視線を窓の外に向けると、空には星が瞬いていた。白い花の種が芽吹くとき、きっとこの星の下で祭りの灯火も揺れるのだろう。そう思うと、胸の奥に温かな期待が芽生えた。
「ライナルト様。祭りの日、私……浴衣のような衣装を着てもいいでしょうか」
「……似合うだろうな」
短い返事の奥にある感情を感じ取り、クラリッサは微笑んだ。辺境での生活は、もう孤独ではない。これから始まる祭りは、その証になるだろう。
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