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第8話 浴衣と花火
〇
祭りの朝、村の広場は朝霧のうちから人々で賑わっていた。木の屋台には色とりどりの布が掛けられ、花の冠を売る少女たちの声が響く。子どもたちは竹笛を吹き鳴らし、笑いながら駆け回る。クラリッサは屋敷の一室で支度をしていた。
マルタが衣装箱から取り出したのは、鮮やかな藍色の浴衣だった。王都にはない布の仕立てで、涼やかな布地に白い花の模様が舞っている。
「辺境じゃあんたみたいなお嬢様が着るのは珍しいけどね。けど、祭りにはぴったりさ」
「とても素敵……ありがとうございます」
袖を通すと布は肌に馴染み、鏡に映る自分の姿に思わず息をのむ。王都で纏った絹のドレスよりも軽やかで、心まで自由になるようだった。髪は簡単にまとめ、野花を挿す。まるで村娘の一人に溶け込むような姿に、クラリッサの胸は高鳴った。
広場に向かうと、視線が一斉に集まった。ざわめきの中で、トーマが駆け寄り、無邪気に叫ぶ。
「クラリッサ、すごく綺麗だ!」
頬が赤くなるのを感じながら笑みを返す。そんな彼女を見つめる視線の中に、ひときわ鋭い光があった。ライナルトだ。灰色の瞳がわずかに揺れ、言葉にならない思いを隠そうとする。
「……似合う」
その一言が胸を打ち、クラリッサはうつむいた。辺境での暮らしの中で、初めて「女性」として見られた気がして、鼓動が早まる。
△
祭りが始まると、広場は笑いと音楽に包まれた。太鼓が鳴り響き、踊りの輪が広がる。クラリッサも村娘たちに誘われて加わり、ぎこちなくも手を取り合って舞った。最初は恥ずかしかったが、次第に体が音に馴染み、心が解き放たれていく。
「奥方様、上手です!」
「もっと回って!」
歓声が上がり、クラリッサは笑みを浮かべながら旋回した。袖が風をはらみ、花の冠が髪に揺れる。視線の先で、ライナルトが腕を組んで見守っていた。無表情に見えるが、その瞳は確かに優しく光っている。
踊りの後は屋台を巡った。蜂蜜酒の甘い香り、焼き魚の香ばしさ、色とりどりの菓子。クラリッサは村人たちと共に食べ歩き、笑い合う。王都では味わえなかった温かさが、胸にじんわりと広がった。
やがて、夜の帳が降り、祭りの最後を飾る花火の時間が近づく。人々は広場の外れ、丘の上に集まった。クラリッサもライナルトと並んで歩く。浴衣の裾が風に揺れ、心臓の鼓動が足取りを急がせた。
「花火は、初めてですか?」
「ああ。戦場では火の音ばかりで……祭りの火は知らなかった」
「では、今夜は特別ですね。きっと忘れられない夜になります」
ライナルトの目が一瞬こちらを見て、すぐに夜空へ戻った。その横顔は不器用に照れているように見え、クラリッサの胸に熱が宿った。
◇
空に大きな音が響き、闇を裂くように光が花開いた。赤、青、金――無数の色が夜空を彩り、谷全体が光に照らされる。人々の歓声が上がり、子どもたちが跳ね回る。
クラリッサは思わず息を呑んだ。王都のどんな宝石よりも美しい光。胸の奥が震え、涙が滲む。
「……きれい」
隣でライナルトも見上げていた。光が彼の横顔を照らし、傷跡さえも凛々しく映す。
「こんなものがあるとは知らなかった」
「ええ。私も、ここに来なければ知らなかった」
次の花火が咲き、闇に散った火花がふたりの間を照らす。クラリッサは勇気を出して、そっと彼の袖を掴んだ。ライナルトは驚いたように目を瞬き、それから静かに微笑んだ。
「……お前と見るから、美しいのかもしれん」
言葉は短く、不器用で、それでも胸に深く響いた。クラリッサは頬を染めながらも、袖を離さなかった。
花火は次々と夜空を彩り、辺境の村に祝福の光を降らせていく。二人の心もまた、初めてひとつに寄り添い始めていた。
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祭りの朝、村の広場は朝霧のうちから人々で賑わっていた。木の屋台には色とりどりの布が掛けられ、花の冠を売る少女たちの声が響く。子どもたちは竹笛を吹き鳴らし、笑いながら駆け回る。クラリッサは屋敷の一室で支度をしていた。
マルタが衣装箱から取り出したのは、鮮やかな藍色の浴衣だった。王都にはない布の仕立てで、涼やかな布地に白い花の模様が舞っている。
「辺境じゃあんたみたいなお嬢様が着るのは珍しいけどね。けど、祭りにはぴったりさ」
「とても素敵……ありがとうございます」
袖を通すと布は肌に馴染み、鏡に映る自分の姿に思わず息をのむ。王都で纏った絹のドレスよりも軽やかで、心まで自由になるようだった。髪は簡単にまとめ、野花を挿す。まるで村娘の一人に溶け込むような姿に、クラリッサの胸は高鳴った。
広場に向かうと、視線が一斉に集まった。ざわめきの中で、トーマが駆け寄り、無邪気に叫ぶ。
「クラリッサ、すごく綺麗だ!」
頬が赤くなるのを感じながら笑みを返す。そんな彼女を見つめる視線の中に、ひときわ鋭い光があった。ライナルトだ。灰色の瞳がわずかに揺れ、言葉にならない思いを隠そうとする。
「……似合う」
その一言が胸を打ち、クラリッサはうつむいた。辺境での暮らしの中で、初めて「女性」として見られた気がして、鼓動が早まる。
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祭りが始まると、広場は笑いと音楽に包まれた。太鼓が鳴り響き、踊りの輪が広がる。クラリッサも村娘たちに誘われて加わり、ぎこちなくも手を取り合って舞った。最初は恥ずかしかったが、次第に体が音に馴染み、心が解き放たれていく。
「奥方様、上手です!」
「もっと回って!」
歓声が上がり、クラリッサは笑みを浮かべながら旋回した。袖が風をはらみ、花の冠が髪に揺れる。視線の先で、ライナルトが腕を組んで見守っていた。無表情に見えるが、その瞳は確かに優しく光っている。
踊りの後は屋台を巡った。蜂蜜酒の甘い香り、焼き魚の香ばしさ、色とりどりの菓子。クラリッサは村人たちと共に食べ歩き、笑い合う。王都では味わえなかった温かさが、胸にじんわりと広がった。
やがて、夜の帳が降り、祭りの最後を飾る花火の時間が近づく。人々は広場の外れ、丘の上に集まった。クラリッサもライナルトと並んで歩く。浴衣の裾が風に揺れ、心臓の鼓動が足取りを急がせた。
「花火は、初めてですか?」
「ああ。戦場では火の音ばかりで……祭りの火は知らなかった」
「では、今夜は特別ですね。きっと忘れられない夜になります」
ライナルトの目が一瞬こちらを見て、すぐに夜空へ戻った。その横顔は不器用に照れているように見え、クラリッサの胸に熱が宿った。
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空に大きな音が響き、闇を裂くように光が花開いた。赤、青、金――無数の色が夜空を彩り、谷全体が光に照らされる。人々の歓声が上がり、子どもたちが跳ね回る。
クラリッサは思わず息を呑んだ。王都のどんな宝石よりも美しい光。胸の奥が震え、涙が滲む。
「……きれい」
隣でライナルトも見上げていた。光が彼の横顔を照らし、傷跡さえも凛々しく映す。
「こんなものがあるとは知らなかった」
「ええ。私も、ここに来なければ知らなかった」
次の花火が咲き、闇に散った火花がふたりの間を照らす。クラリッサは勇気を出して、そっと彼の袖を掴んだ。ライナルトは驚いたように目を瞬き、それから静かに微笑んだ。
「……お前と見るから、美しいのかもしれん」
言葉は短く、不器用で、それでも胸に深く響いた。クラリッサは頬を染めながらも、袖を離さなかった。
花火は次々と夜空を彩り、辺境の村に祝福の光を降らせていく。二人の心もまた、初めてひとつに寄り添い始めていた。
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