都会から田舎に追放された令嬢ですが、辺境伯様と畑を耕しながらのんびり新婚スローライフしています 

さら

文字の大きさ
8 / 30

しおりを挟む
第8話 浴衣と花火


 祭りの朝、村の広場は朝霧のうちから人々で賑わっていた。木の屋台には色とりどりの布が掛けられ、花の冠を売る少女たちの声が響く。子どもたちは竹笛を吹き鳴らし、笑いながら駆け回る。クラリッサは屋敷の一室で支度をしていた。

 マルタが衣装箱から取り出したのは、鮮やかな藍色の浴衣だった。王都にはない布の仕立てで、涼やかな布地に白い花の模様が舞っている。

「辺境じゃあんたみたいなお嬢様が着るのは珍しいけどね。けど、祭りにはぴったりさ」

「とても素敵……ありがとうございます」

 袖を通すと布は肌に馴染み、鏡に映る自分の姿に思わず息をのむ。王都で纏った絹のドレスよりも軽やかで、心まで自由になるようだった。髪は簡単にまとめ、野花を挿す。まるで村娘の一人に溶け込むような姿に、クラリッサの胸は高鳴った。

 広場に向かうと、視線が一斉に集まった。ざわめきの中で、トーマが駆け寄り、無邪気に叫ぶ。

「クラリッサ、すごく綺麗だ!」

 頬が赤くなるのを感じながら笑みを返す。そんな彼女を見つめる視線の中に、ひときわ鋭い光があった。ライナルトだ。灰色の瞳がわずかに揺れ、言葉にならない思いを隠そうとする。

「……似合う」

 その一言が胸を打ち、クラリッサはうつむいた。辺境での暮らしの中で、初めて「女性」として見られた気がして、鼓動が早まる。


 祭りが始まると、広場は笑いと音楽に包まれた。太鼓が鳴り響き、踊りの輪が広がる。クラリッサも村娘たちに誘われて加わり、ぎこちなくも手を取り合って舞った。最初は恥ずかしかったが、次第に体が音に馴染み、心が解き放たれていく。

「奥方様、上手です!」
「もっと回って!」

 歓声が上がり、クラリッサは笑みを浮かべながら旋回した。袖が風をはらみ、花の冠が髪に揺れる。視線の先で、ライナルトが腕を組んで見守っていた。無表情に見えるが、その瞳は確かに優しく光っている。

 踊りの後は屋台を巡った。蜂蜜酒の甘い香り、焼き魚の香ばしさ、色とりどりの菓子。クラリッサは村人たちと共に食べ歩き、笑い合う。王都では味わえなかった温かさが、胸にじんわりと広がった。

 やがて、夜の帳が降り、祭りの最後を飾る花火の時間が近づく。人々は広場の外れ、丘の上に集まった。クラリッサもライナルトと並んで歩く。浴衣の裾が風に揺れ、心臓の鼓動が足取りを急がせた。

「花火は、初めてですか?」

「ああ。戦場では火の音ばかりで……祭りの火は知らなかった」

「では、今夜は特別ですね。きっと忘れられない夜になります」

 ライナルトの目が一瞬こちらを見て、すぐに夜空へ戻った。その横顔は不器用に照れているように見え、クラリッサの胸に熱が宿った。


 空に大きな音が響き、闇を裂くように光が花開いた。赤、青、金――無数の色が夜空を彩り、谷全体が光に照らされる。人々の歓声が上がり、子どもたちが跳ね回る。

 クラリッサは思わず息を呑んだ。王都のどんな宝石よりも美しい光。胸の奥が震え、涙が滲む。

「……きれい」

 隣でライナルトも見上げていた。光が彼の横顔を照らし、傷跡さえも凛々しく映す。

「こんなものがあるとは知らなかった」

「ええ。私も、ここに来なければ知らなかった」

 次の花火が咲き、闇に散った火花がふたりの間を照らす。クラリッサは勇気を出して、そっと彼の袖を掴んだ。ライナルトは驚いたように目を瞬き、それから静かに微笑んだ。

「……お前と見るから、美しいのかもしれん」

 言葉は短く、不器用で、それでも胸に深く響いた。クラリッサは頬を染めながらも、袖を離さなかった。

 花火は次々と夜空を彩り、辺境の村に祝福の光を降らせていく。二人の心もまた、初めてひとつに寄り添い始めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」  ……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……? ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募しています。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。 ※小説内容にはAI不使用です。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

処理中です...