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王都での“聖女再認定”から数日後――。
あの日の光の奇跡は、瞬く間に国中へと広まり、私の名前は噂となって民の間を駆け巡った。
“無能扱いされ追放された娘が、実は本物の聖女だった”――という、まるでおとぎ話のような話として。
けれど、私にとってそれは復讐の物語ではなかった。
あの日の涙も怒りも、もうとうに過去のものになっていた。
ただ、リオネルの隣で生きている。それだけが、今の私のすべてだった。
◇
王都の大聖堂は、白い大理石の壁が朝の光を受けて輝いていた。
私はその中央で、祈りの儀式を行っていた。
老いた神官がひざまずき、神の名を唱える。
広間に集まった民たちは静まり返り、私が掲げた両手の先に光が集まる。
「――癒しの光よ。傷ついた魂を、今こそ包み給え」
柔らかな光が生まれ、頭上の天蓋を満たしていく。
その光の下で、傷ついた者たちが安らぎの息をつき、微笑みを取り戻す。
私はそのひとりひとりの顔を見ながら、ゆっくりと微笑んだ。
ああ――これが、私の“聖女”としての生き方なんだ。
◇
儀式を終えて大聖堂の裏庭に出ると、リオネルが待っていた。
鎧ではなく、淡いグレーの服を着ていて、少し見慣れない姿だった。
「ご苦労さん。今日もすごい人だな」
「ふふ……皆、まだ私を“奇跡の聖女”だなんて呼んでますけど、そんな立派なものじゃありませんよ」
「奇跡ってのは、誰かが誰かを救いたいと思ったときに起きるもんだ。おまえはそれを毎日やってる」
彼の言葉に、胸の奥がふわりと温かくなった。
風が花壇の花を揺らし、金色の花弁が舞う。
「……リオネルさん。私、村に戻ろうと思います」
「戻る?」
「はい。あの村が、私の最初の場所だから。聖女としてじゃなく、“ミリア”として生きていきたいんです」
リオネルはしばらく黙っていた。
やがて、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「そうか。……なら、俺も一緒に行く」
「え?」
「護衛だからな」
「ふふっ、それはもう護衛じゃなくて……」
「なんだ?」
「相棒、です」
その言葉に、リオネルが笑った。
その笑顔が、朝日よりまぶしかった。
◇
数日後、再び村の丘を越える道。
私たちは馬車の上で並んで座っていた。
遠くに見える花畑は、あの日と同じように風に揺れている。
「懐かしいな」
「はい……。ここで初めて、自分の光を見ました」
「そして、俺は初めて“聖女”に出会った」
リオネルの言葉に、頬が熱くなる。
彼は少しだけ真面目な顔で続けた。
「ミリア。これからどんなことがあっても、おまえが迷わない限り、俺はずっと隣にいる」
「……はい。私も、あなたを照らし続けます」
ふたりの視線が交わる。
ネックレスの中の光が、やわらかく瞬いた。
それは誓いの証のように、淡い金色を放つ。
◇
村に戻ると、人々が温かく迎えてくれた。
子どもたちが駆け寄り、花を抱えて私に差し出す。
その中に、前に冠をくれた少女がいた。
「お姉ちゃん、帰ってきた!」
「うん、ただいま」
私は少女を抱きしめ、村の空を見上げた。
青く澄んだ空。どこまでも広がる平和な景色。
その中で、リオネルが穏やかに笑っている。
「ようやく落ち着いたな」
「はい。これからは、静かに暮らしていきたいです」
「それでも、時々は王都に呼ばれるぞ。聖女殿」
「ふふっ……そのときは、護衛のリオネルさんを連れていきます」
「それなら安心だ」
彼が微笑み、私も笑い返す。
風が吹き、花々が揺れた。
◇
夕暮れ。
丘の上に並んで座り、夕陽に染まる村を見下ろしていた。
リオネルの肩に頭を預け、胸元の光に手を当てる。
この世界で見つけた場所――私の“家”。
「……ありがとう、リオネルさん」
「何がだ?」
「あなたに会えたことが、私の一番の奇跡です」
リオネルがゆっくりと笑う。
「それなら、これからも奇跡を続けていこう」
「ええ」
私たちは手をつないだ。
沈む夕陽がふたりを照らし、ネックレスの光がまた小さく脈を打つ。
それはまるで、未来を祝福するように、やさしく温かく――。
そして私は知っていた。
もう“無能な聖女”ではない。
誰かを救い、誰かに愛される“ただのミリア”として、この世界を生きていけるのだと。
風がやさしく吹き抜け、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。
私はそっと目を閉じ、微笑んだ。
――これは終わりではなく、幸せの始まり。
“本物の聖女”としての、私の物語はまだ続いていく。
あの日の光の奇跡は、瞬く間に国中へと広まり、私の名前は噂となって民の間を駆け巡った。
“無能扱いされ追放された娘が、実は本物の聖女だった”――という、まるでおとぎ話のような話として。
けれど、私にとってそれは復讐の物語ではなかった。
あの日の涙も怒りも、もうとうに過去のものになっていた。
ただ、リオネルの隣で生きている。それだけが、今の私のすべてだった。
◇
王都の大聖堂は、白い大理石の壁が朝の光を受けて輝いていた。
私はその中央で、祈りの儀式を行っていた。
老いた神官がひざまずき、神の名を唱える。
広間に集まった民たちは静まり返り、私が掲げた両手の先に光が集まる。
「――癒しの光よ。傷ついた魂を、今こそ包み給え」
柔らかな光が生まれ、頭上の天蓋を満たしていく。
その光の下で、傷ついた者たちが安らぎの息をつき、微笑みを取り戻す。
私はそのひとりひとりの顔を見ながら、ゆっくりと微笑んだ。
ああ――これが、私の“聖女”としての生き方なんだ。
◇
儀式を終えて大聖堂の裏庭に出ると、リオネルが待っていた。
鎧ではなく、淡いグレーの服を着ていて、少し見慣れない姿だった。
「ご苦労さん。今日もすごい人だな」
「ふふ……皆、まだ私を“奇跡の聖女”だなんて呼んでますけど、そんな立派なものじゃありませんよ」
「奇跡ってのは、誰かが誰かを救いたいと思ったときに起きるもんだ。おまえはそれを毎日やってる」
彼の言葉に、胸の奥がふわりと温かくなった。
風が花壇の花を揺らし、金色の花弁が舞う。
「……リオネルさん。私、村に戻ろうと思います」
「戻る?」
「はい。あの村が、私の最初の場所だから。聖女としてじゃなく、“ミリア”として生きていきたいんです」
リオネルはしばらく黙っていた。
やがて、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「そうか。……なら、俺も一緒に行く」
「え?」
「護衛だからな」
「ふふっ、それはもう護衛じゃなくて……」
「なんだ?」
「相棒、です」
その言葉に、リオネルが笑った。
その笑顔が、朝日よりまぶしかった。
◇
数日後、再び村の丘を越える道。
私たちは馬車の上で並んで座っていた。
遠くに見える花畑は、あの日と同じように風に揺れている。
「懐かしいな」
「はい……。ここで初めて、自分の光を見ました」
「そして、俺は初めて“聖女”に出会った」
リオネルの言葉に、頬が熱くなる。
彼は少しだけ真面目な顔で続けた。
「ミリア。これからどんなことがあっても、おまえが迷わない限り、俺はずっと隣にいる」
「……はい。私も、あなたを照らし続けます」
ふたりの視線が交わる。
ネックレスの中の光が、やわらかく瞬いた。
それは誓いの証のように、淡い金色を放つ。
◇
村に戻ると、人々が温かく迎えてくれた。
子どもたちが駆け寄り、花を抱えて私に差し出す。
その中に、前に冠をくれた少女がいた。
「お姉ちゃん、帰ってきた!」
「うん、ただいま」
私は少女を抱きしめ、村の空を見上げた。
青く澄んだ空。どこまでも広がる平和な景色。
その中で、リオネルが穏やかに笑っている。
「ようやく落ち着いたな」
「はい。これからは、静かに暮らしていきたいです」
「それでも、時々は王都に呼ばれるぞ。聖女殿」
「ふふっ……そのときは、護衛のリオネルさんを連れていきます」
「それなら安心だ」
彼が微笑み、私も笑い返す。
風が吹き、花々が揺れた。
◇
夕暮れ。
丘の上に並んで座り、夕陽に染まる村を見下ろしていた。
リオネルの肩に頭を預け、胸元の光に手を当てる。
この世界で見つけた場所――私の“家”。
「……ありがとう、リオネルさん」
「何がだ?」
「あなたに会えたことが、私の一番の奇跡です」
リオネルがゆっくりと笑う。
「それなら、これからも奇跡を続けていこう」
「ええ」
私たちは手をつないだ。
沈む夕陽がふたりを照らし、ネックレスの光がまた小さく脈を打つ。
それはまるで、未来を祝福するように、やさしく温かく――。
そして私は知っていた。
もう“無能な聖女”ではない。
誰かを救い、誰かに愛される“ただのミリア”として、この世界を生きていけるのだと。
風がやさしく吹き抜け、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。
私はそっと目を閉じ、微笑んだ。
――これは終わりではなく、幸せの始まり。
“本物の聖女”としての、私の物語はまだ続いていく。
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