カイザー・デルバイスの初恋

宵の月

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王太子の息子さん

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「カイザー様……」

 絶頂の余韻に瞳を蕩かせて、舌足らずな甘えた声でサリースがカイザーを呼ぶ。高揚した頬に、汗で張り付く髪。最高に可愛くて、すんごく綺麗だった。
 カイザーは焦る気持ちを必死に押し隠し、サリースに口付ける。拙く応える遠慮がちな舌の動きも、隙間から抜ける吐息も色っぽい。それなのに。

(どうした俺の! 今勃ち上がらずにいつ勃ち上がる! 頑張るんだ!)

 口付けの合間にたゆんたゆんのおっぱいを揉む。ため息が溢れるような極上の触り心地なのに、息子さんはぴくりとも反応しない。今、完全に最後までする流れなのに。

(息子さん!? 今だよ? サリーが待ってるよ?)

 うっとりと見上げてくるサリースに、優しく撫でて微笑みかけながらカイザーは、応答のない息子さんに必死に呼びかけた。息子さんは無視をした。

(なんで!? 怒ってるの? 妄想だけで大興奮したのを叱りつけたから?)

 サリースに出会った時から暴走気味だった息子さん。ただでさえゲロをかけているのだ。そんな失態をしでかした上に、サリースで妄想して直立不動。それは叱りつけるだろう。流石に。理解してほしい。でも息子さんは拗ねているのか、返事がない。ただの屍のようだ。

(息子さん? 今はいいよ? むしろ、今頼む! 頼む……頼む……!!)

 カイザーが必死に呼びかけても、息子さんはまるで悟りを開いたかのように穏やかだった。

「……カイザー様?」

 いよいよ次は。というタイミングで先に進む気配のないカイザーに、サリースが流石に不審そうな声を上げた。ここまでか。
 悟りを開いている息子さんに倣って、カイザーも覚悟を決めた。キリをつけるようにそっとサリースに口付けし、紳士の仮面を慎重に被ったままゆっくりと身体を起こした。

「……無理をさせた。湯を浴びてくるといい」
「え……あの……私何か……」

 傷ついたように戸惑いを浮かべたサリースに、内心の焦りが滲み出ないように願いながら、カイザーは被せるように答えた。

「大切にしたいんだ、サリー。君が好きだから。急ぎたくない」

 心の底から本当にそう思ってはいる。
 
「だから今日はもう……」

 無理。本当は戦いたい。最後まで。でもそのための武器がない。硬くないとだめ。ふにゃふにゃの覇気のないゴム細工では、戦場に立つことすら許されないのだ。
 カイザーはサリースに切なげな微笑みを向ける。男として王太子としての矜持にかけて、情けない息子さんの現状を悟られるわけにいかない。カイザーの必死さと祈りの滲む言葉は、サリースのギフトを通してその切実さを正確に伝えた。

「カイザー様……」

 サリースの頬が高揚し、感激に潤んだ瞳をカイザーに向ける。何やら美しい誤解が生まれたようだった。

「身を……清めてきますね……」
「ああ……」

 恥ずかしそうに嬉しそうに浴室に向かうサリース。カイザーは紳士面で頷いて見せた。照れたようにチラリと見せた笑みが最高にかわいかったのに、息子さんは落ち込んだように項垂れたままだ。
 サリースの姿が完全に浴室に消えてから、吐き出せない身体の奥の熱のもどかしさを感じながら、カイザーは絶望感に頭を抱えた。

※※※※※

「……えっ!? 殿下とホテ……」
「アーシェ! 声、大きいってば!」

 アワアワと必死に口の前に指を立てるサリースに、アーシェは慌てて口を手で塞いだ。

「……で、でも最後まではしなかったの……」
「え? しなかったの? 」

 三ヶ月周期で巨乳美女をローテーションしてた人が? 真っ赤になってこくりとサリースが頷き、アーシェは目を見開いた。
「成功例のトレース」という、絶対に失敗する未来しか見えないお茶会の顛末。カイザーをアシストしたと誇らしげに報告してきたエイデンと、自分は関係ないという表情をしていたロイド。アーシェは倫理観に基づいて、二人の夫を叱りつけた。
 サリースの過去はともかく、カイザーの過去は絶望的だ。ただでさえゲロ王子なのに、その上遊び歩いていた割と最低な過去。いくらサリースが王子様好きでも、カイザーの恋は完璧にトドメを刺されたと思っていた。エイデンの謎理論で。面白がって止めなかったロイドのせいで。それなのに。

は私を大事にしたいって……は、初めてだからって気遣ってくれて……私が誘ったとか言いながら無理やり迫ってきた人はいても、こんなふうに手を止めてお姫様みたいに大切にしてくれた人はいなかったわ。本物の王子様だった……」

 なんか上手くいってるっぽい。呼び名までも殿下からカイザー様になっている。カイザーのにわかには信じられない、紳士的な言動がトドメを回避したらしい。

「私、すごく失礼なことを言っちゃったの。惨めで辛くて苦しくて。バカよね。完全な八つ当たりだったの。でも、カイザー様は怒るどころか、優しく宥めて慰めてくれて。私が気にしなくて済むように「デルバイスの双璧の所業に比べれば、サリース嬢の八つ当たりなど可愛いものだ」なんて冗談まで言って笑わせてくれて……」
「……それは、心の底から本心だと思うわ」
「すごく……優しくて……」

 頬を高揚させながら饒舌にカイザーを語るサリースに、アーシェは頬が緩む。すごくかわいい。きつめな印象の華やかな美貌のサリースが、すごくかわいい。
 どうやらアーシェは二人の夫に、謝らなければならないようだ。信じられないことに成功例のトレースが、うまくいったらしいから。本当に信じられないことに。

「殿下が好きなの?」

 驚いたように顔を上げたサリースは、カップをソーサーにそっと置くと、落ち込んだように俯いた。

「……わからない。相手は王太子殿下だし……それに私は……」

 自信をなくしたように肩を落とすサリースに、アーシェは眉尻を落とした。
 美人でスタイルも良くて優しくて。ちょっと意地っぱりなせいで、たくさん誤解をされていたけど本当はすごく繊細で優しい、自慢の親友。
 その繊細で優しい親友をカイザーが大切にしてくれるなら。届かない想いに傷つき続けるのではなく、大切に愛されて幸せだと笑ってくれたら嬉しい。

「ねぇ、サリー。殿下とお出かけしてみたらどうかしら?」
「お出かけ……? でもきっとお忙しいわ……」
「お誘いしてみたらいいじゃない。成功例のトレースよ! 私もエイデンと結婚前にお出かけしたの。たくさん話してみたら殿下がどんな人かわかると思うわ」

 今の自分の気持ちも。アーシェににっこりと笑みを向けられたサリースは、迷いを見せながら照れたようにもじもじして、やがて決意したようにそっと頷いた。

「今度、お誘いしてみようかしら……」
「そうしてみて。あ、お茶のおかわりを持ってくるわ。アリスを見ててくれる?」

 アーシェが席を立つとおやつをもりもり食べていたアリスが、こてりと首を傾げた。

「しゃりー、ショートケーキ、しゅきなの?」
「ん? なんで突然ショートケーキ? でもそうね、好きよ」
「だいしゅき?」
「甘くて美味しいものね。大好きよ」

 アリスの頬についたクリームを拭いてあげながら、サリースは笑みを浮かべた。

「けっこんしたい?」
「ショートケーキと? アリスったらそんなにケーキ好きなのね。今度ショートケーキが出てくるお話を読んであげる」
「アリスね、しゃりーとけっこんしようとおもってたの。でもしゃりーが好きならいいよ」
「うふふ。いいの? アリスもショートケーキが大好きなんでしょ?」
「だいしゅき。でもしゃりーのほうがしゅきなの」
「ありがとう。私もアリスが大好きよ」
「ねぇ、ショートケーキとけっこんする?」
「そうね。せっかくアリスがしていいよって言ってくれたから、ショートケーキと結婚しようかな」
「いいよ! やくそくね!」

 ケーキ大好きなアリスを微笑ましく思っていたサリースは知らなかった。アリス的ショートケーキは、甘くて美味しいケーキだけではないことを。
 お茶を持って戻ってきたアーシェはやけにご機嫌なアリスと、ニコニコとアリスを見守るサリースに首を傾げた。



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