カイザー・デルバイスの初恋

宵の月

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エイデンの秘策

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 エイデンの研究室はどんよりとした空気に重く沈んでいた。
 ロイド的には荒療治、エイデン的には真剣なアシストだった成功例のトレースは、アーシェに普通に怒られたらしい。いい気味だった。もっと反省すればいい。カイザーは反抗期の息子さんに絶望しながら、項垂れる双璧を睨んだ。

「ねぇ、父様、パパ。小さくてかわいいもの買うんでしょ? 図鑑も買ってくれるんでしょ? 行かないの?」
 
 エルナンが絶望に俯くエイデンとロイドに首を傾げた。
 研究室にはエイデンの息子のエルナン、ロイドの息子ロシュも来ている。王太子の役立たずの息子さんも一緒だ。
 どうやら双璧は激怒させたアーシェを懐柔するため、お決まりの戒めとしての小さくてかわいいものを用意するつもりらしい。その小さくてかわいいものに、「子供たちと選んだ」という付加価値をつけようと、エルナンとロシュを連れてきていた。ずるい。どうせ戒められないのに。二人のような切り札のないカイザーは、八つ当たり気味に絶望に俯く双璧を睨んだ。

「エルナン。父の気力が回復するまでもう少し待ってほしい」
「ごめんね、ロシュ。もうちょっとしたら元気出るからエルナンと遊んでて……」

 立ち上がれそうにない父親たちに、エルナンとロシュは顔を見合わせ頷いた。そのままロシュの持ってきたカイザーマンとニンジャで遊び始める。

「ロシュ、あまりカイザーマンをニンジャで痛めつけないでやってほしい……」

 眉尻を下げて二人が遊び出すのを見つめていたカイザーには、コテンパンにされるカイザーマンがまるで役立たずの息子さんのようで辛くなった。ほどほどにしてあげてほしい。カイザーの懇願は夢中で遊ぶロシュに、普通に無視された。
 カイザーマンの末路をハラハラと見守っていると、向かいでロイドがどんよりと落ち込んだ呟きこぼした。

「アーシェ……全部エイデンのせいなんだ……」
「…………」

 すごい。人のせいにして一ミリも反省していない。だから怒られたのだと理由を教える気力は、今のカイザーにはなかった。

「アーシェ……どうして怒る……」
「…………」
 
 どうして怒られたのかわからないからだめ。成功例のトレースがもう普通にだめ。エイデンの暗く沈んだ声にも、カイザーはただ俯いた。

「サリー、俺の息子さんは……」
「ゲロかけた上に息子さんは引きこもりとか……もう神官にでもなったらどうです?」

 だが落ち込むカイザーの悲痛な呟きには、容赦ない一撃が返ってきた。ロイドはどんな時も、丁寧な死体蹴りを忘れない。致命傷を負ったカイザーは、両手で顔を覆うと静かに項垂れた。泣きそう。

「カイザーの問題は容易に解決できる。私とロイドの方がより深刻だ……」

 鎮痛な面持ちを僅かに顰めてみせたエイデンに、カイザーは顔を上げた。
 
「……え? できるの……?」
 
 ロイドが陰鬱な表情を頬杖で支えながら、エイデンをチラリと見やる。エイデンはロイドとカイザーの視線を受けながら、淡々と頷いた。

「副交感神経からの陰茎海綿体神経の働きで、息子さんはやる気を起こす。カイザーは過度な緊張状態で副交感神経ではなく、交感神経が優位になっただけだ。交感神経の働きで血管収縮が起こり、海綿体へ血液供給の減少。息子さんはやる気を失った。つまり緊張しなければいいだけだ」
「……緊張しないとか無理だ。まさに女神なんだ。ほんともう、すごい女神。そ、その上、はじ、初めてなんだ……!!」

 ただでさえサリースがそばにいるとソワソワと落ち着かない。服を着ていて離れて話していても緊張するのに、服を着ていないとかもうやばい。
 ベッドの中での吐息や表情、声で興奮するし切実に抱きたい思いはあっても、サリースは初めてなのだ。大切にしたい。心を奪い取るためには絶対に失敗できないと思うプレッシャーが、カイザーの息子さんを縮み上がらせていた。
 
「まさに交感神経が優位な状態ですね。そのまま頑張れ、交感神経」
「おい! 副交感神経を応援しろよ!」

 せせら笑うロイドをカイザーが睨みつけ、そのまま救世主エイデンに振り返り、その手をしっかりと握った。

「エイデン! 副交感神経はどうすれば優位にできるんだ? 頼む、教えてくれ!」

 手を握られたエイデンが、ちょっと迷惑そうに顔を顰める。

「……リラックスするといい」
「ならアホになればいいですね。飲酒とかで知能指数を低下させてみたらどうです? 洞窟探検のためにアホになるとか笑えますけど」
「ロイド、黙ってろ」

 人のせいにして反省しない自分が悪い癖に。サリースからの八つ当たりは痛々しさに心が痛んだが、ロイドの八つ当たりには殺意しか湧かない。ギロリと一瞥したカイザーに、ロイドはただ肩を竦めた。

「飲酒にアホはダメだ……エイデン、それ以外に何か方法はないか?」
「カイザー、まず手を離せ。きもい」
「ひどい」
「私はアーシェと子供達にだけ手を握られたい」
「アーシェと子供達が握るのは僕の手だし」

 どうでもいいことで争い出した双璧に、カイザーはエイデンの手を離してため息をついた。

「エイデン、頼む……俺は女神の前で酔っ払いになるのも、アホになるのも遠慮したい……紳士でいたいんだ……」

 何せ《言語》の祝福を持つ女神なのだ。本を好むサリースの前で、アホは無理。酒もだめ。ちゃんと王子様でいたい。

「え? 殿下、紳士とかもう今更感しかないですよ? すでにゲロ王子なのに間に合うとでも?」
「ロイド、黙れ」

 心の底から呆れ返ったロイドを、カイザーは殺意を込めて睨みつけた。間に合うし。
 
「方法がないわけではない。要は海綿体に血液を集中させればいいだけだからな」
「本当か!? ど、どうすればいい!?」

 カイザーは瞳を輝かせ、前のめりになった。エイデンが力強く頷く。

「まずは愛液を採取してこい」
「……ふぇ?」
「それを元に私が今のカイザーの息子さんに、最適な媚薬を作成しよう」

 眼前の鋭利な美麗な美貌を見つめて固まったカイザーに、再び力強くエイデンが頷いてみせる。
 その横でロイドが唇を震わせ、遠慮なく優美で繊細な美貌を爆笑に歪ませる。カイザーは衝撃に開いたままの口を、ハクハクと動かしながら、目の前のエイデンを見つめた。どこからどう見ても真剣だ。真顔だ。本気で言っている。
 
「それ、が……それができたら……苦労してないんだよ!!」

 何を言っているのかこのバカは。この世でそんなのことを平然とやれるのはエイデンしかいない。
 ゲラゲラと笑い転げている耳障りなロイドの声に、カイザーはクワッと顔を歪めた。訂正。こいつロイドもできる。
 変人と変態にはなんでもないことだろうが、一般人は思いつくことすらしない。確かにエイデンの作る媚薬ならすごいだろう。でもそうじゃない。

「なんなの? 俺を陥れたいの? 人生終わらせたいの? 何? 俺なんかした? そんな恨まれるようなことした? それでもデルバイスの至宝なの? 天才なんだよね? その脳みそは奇妙奇天烈なことしか思いつけないようになってんの?」

 ブチ切れたカイザーにエイデンは不満そうに顔を顰めた。

「至宝も天才も私が名乗ったわけではない。助けとなるよう私は真面目に答えた。不愉快だ」
「不愉快なのはこっちだよ! なんで採取できると思うんだ! 俺が変態だって通報されたら責任取れるの? 俺、王太子なんだよ? 愛液採取で王太子、捕まるよ? いいの?」
「ではもう子猫でも抱いていろ。小動物は副交感神経の働きを活発にする」
「子猫を抱いたままどうやってヤるんだよ!!」

 激昂するカイザーと不機嫌に睥睨するエイデン。涙まで流して笑い転げるロイド。
 混沌としてきたこの場を収めたのは、ロイドのように顔面だけのエセではない、本物の天使たちだった。
 

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