壊れた王のアンビバレント

宵の月

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花冠の思い出



 柔らかい陽射しの下に吹き抜けていく風は、咲き乱れる花の芳香を運んでくる。

 「アルヴィナ!待ってたよ。これを君に!」

 差し出された花冠は、所々歪に歪んでいた。彩る花はアルヴィナが好きな花ばかり。込められた愛情が、アルヴィナを笑顔にさせた。

 「カーティス兄様、ありがとう!きれいだわ。」

 顔を赤くして俯きがちに、アルヴィナの反応を窺っていたカーティスが嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 「アヴィー、貸して。」

 カーティスは花冠を受け取ると、そっとアルヴィナの頭に被せた。ほつれた髪を優しく梳き整えてから、カーティスは目元を和らげる。

 「きれいだよ、アヴィー。妖精みたいだね。」
 「……ありがとう……でも大げさです……」
 「そんなことないよ。僕はアヴィーと初めて会った時、あんまり可愛いから妖精か精霊が舞い降りてきたんだと思ったんだ。」
 「………っ!?」
 「でも妖精でも精霊でもなくて、僕の将来のお嫁さんだって聞いて、その日は嬉しくて眠れなかったよ。」
 「……カーティス兄様……」

 恥ずかしくなって俯いたアルヴィナに、カーティスは不思議そうに首を傾げた。

 「まぁ、カーティス殿下。うちの娘が茹で上がっていますね。また可愛い攻撃ですか?」
 「お母様!」
 「アヴィーちゃんは本当に可愛いから仕方ないわよ。ふふっ。花冠がよく似合っているわ。カーティスが朝早くから熱心に作っていたのはこれだったのね。」
 「母上。庭師のテリーが教えてくれたんです。少し歪んでしまいましたが……。」
 「殿下、お上手ですわ。雛菊がはみ出てますけど。」
 「そうね、初めてにしては上出来よ!かすみ草がひしゃげてるけど。」
 「………うまく加減ができなかったのです。」

 親友同士の母親達のからかいに、カーティスはしょんぼりと肩を落とした。

 「カーティス兄様!そんなことないです。とてもきれいで嬉しいです!」

 落ち込むカーティスに、アルヴィナは慌てて取りすがる。ちょっと歪んでいてもどうということはない。優しくて大好きな兄様が、自分のために用意してくれたことが何よりも嬉しいのだから。

 「本当……?ごめんね、次はもっと上手に作るからね。」
 「また作ってくださるのですか?」
 「もちろんだよ!アヴィーのためなら毎日だってプレゼントするよ。」
 「良かったわね、アヴィー。殿下に王宮の花が全部むしられてしまう前にお茶にしましょう。」
 「そうね、カーティスは朝ごはんもろくに食べないで作っていたからお腹空いたでしょ?」
 「………はい。行こう、アヴィー。君の好きなお菓子を用意しておいたんだ。」

 楽しげな声がゆっくりと遠ざかっていく。優しくあたたかい幸せな記憶が広がる視界に、四隅から黒い靄がじわじわ広がり始める。
 ゴホッと咳こんだ手のひらに、赤い血がかかり黒い靄が濃くなっていった。

 「アヴィー!アヴィー!だめだ!アルヴィナ!目を開けて!アルヴィナ!」

 カーティスの悲痛な叫びが、途切れそうな意識を繋ぎ止める。もうほとんど黒に覆われた視界に、絶望に顔を歪め、懇願の涙が頬を伝っているカーティスが見えた。魂を引き裂かれているかのような悲痛な叫びは、途切れずアルヴィナを呼び続けている。
 体中が引きちぎられるような痛みにのたうちながら、霞む視線の先で真っ赤な唇が吊り上がるのを捉えた。

 「………っ!!……はぁっ……はぁ………」

 飛び起きたアルヴィナは、怯えたまま周りを忙しなく確かめる。質素な壁に、最低限の古びた家具。激しく肋骨を叩く心臓を抑えながら、震えるアルヴィナの瞳から涙が溢れた。

 「大、丈夫……ここは、リーベン……私の家……大丈夫……大丈夫……」

 じっと俯いて、暴れる鼓動と呼吸が整うのを待つ。大丈夫、ここは安全。大丈夫。叫んでしまいそうな自分に言い聞かせて、アルヴィナは深呼吸を繰り返した。
 まだ日が昇る前の薄暗い室内に、アルヴィナの震える呼吸音が落ちていく。しばらくそうしてから、アルヴィナはベッドから抜け出した。扉を開けて居間と兼用のキッチンでお湯を沸かす。
 自分で淹れられるようになった薄い紅茶の暖かさに、アルヴィナはようやくホッと息をついて強張りが抜けていく。
 席を立って閉めていたカーテンを開けた。窓から見える景色には、まだ完全に馴染めていない。

 「お父様……お母様……」

 父はリーベンの地を踏むことはなかった。付き合いのあった商団経由で、血の着いた廃爵証書だけが届けられた。父の訃報に母は耐えきれなかった。
 毒に侵され、弱っていた身体に過酷な隣国への亡命。届けられた父の訃報。母はアルヴィナに何度も謝りながら目を閉じた。
 家族で生きるための亡命だった。今はアルヴィナ一人が取り残された。

 「………心配しないで。」

 殆どを王家に返上して、宝石類などの私有財産だけを手元に残した。その財産も母の治療費に消え、数えるほどしか残っていない。
 それでもアルヴィナは生きている。忠誠も栄誉も国も捨ててでも、アルヴィナに生きてほしいと願った、父と母に向かってもう一度呟いた。

 「大丈夫よ。」

 何よりアルヴィナも願った。目前に迫った死を前に、生きたいと、死にたくないと心の底から願ったのだ。
 ふと心をよぎる面影を小さく頭を振って振り払う。その資格はもうとうに失った。
 どうせ眠れない。それなら仕事の続きをしてしまおうと、アルヴィナはリーベンの景色に背を向けた。
 カーテンを閉めて窓から離れ、仕事机に向かって行った。

 
 
 
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