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依存
射抜くような視線に縫い止められ、アルヴィナは呆然とネロを見つめ返した。
「……アルヴィナ様は陛下が重度のコラプション依存であることは知っていますか?」
「ええ……」
「では、なぜ重度の依存に陥ったかは?」
「それは……」
「週一度半年間、コラプションを服用し続けたからです。」
「週に一度、半年間も……?」
たった一度のコラプションが、どれほどだったかを身にしみて知っているアルヴィナは、告げられた事実に愕然とした。
(たった一度の服用でさえ、これ程の依存症状を引き起こしたのよ……それを半年に渡って頻繁に摂取してたなんて……)
アルヴィナはわなわなと震える唇を手で覆う。
「……セレイア妃が……?妊娠のために?」
週に一度、王妃の閨に行くたびにコラプションを飲まされていたというのか。
目の前が染まるような怒りに、アルヴィナの声は鋭くなった。
「……そうです。ですが毎回、敢えて飲んだのは陛下です。」
「敢えて……?」
「……解毒薬を作るためです……」
「なっ……!!」
言葉を失ったアルヴィナに、ネロは首を振った。
「コラプションの解毒薬のサンプルは全ては陛下によるものです。」
「そんな……誰も止めなかったの……?」
「……止められなかったんです。ナイトメアは中毒者を確保できましたが、コラプションは性質上、中毒者を確保することはできませんでした。」
「そうね……隠したはずだわ。」
「そのため陛下は王妃にコラプションを盛らせて、分かっていて飲み続けました。そこから血液からサンプルをとり、解毒薬を完成させた。」
アルヴィナの握りしめた拳が震えた。
「いくら解毒薬のためでも……!!」
「お止めしても陛下は聞き入れませんでした。コラプションを調合することはできます。だからキリアン卿は自分が、サンプルを提供すると言ったのですが……。
ですが陛下は閨は義務で、ベルタングが握るコラプションの所持数を減らせるからと……」
「…………兄様……」
凄絶なまでのカーティスの執念が透けて見え、アルヴィナは何も言えずに俯いた。
ナイトメアもコラプションも、唯一の対抗手段は解毒薬。カーティスは相手の切り札を潰して、自らの切り札とするためにそこまでしたのだ。
アルヴィナは縋るようにネロを見つめた。
「………治るのですよね……?兄様は治るのでしょう?」
「………治すのではなく、解毒するのです……」
「どっちでもいい……!治るのよね?そうでしょう?」
「違うんです……解毒なのです……」
「だから……!!」
「解毒なんです!!お分かりでしょう?記憶が消えるわけではないんです!!コラプションが人格を変えるわけではないんです!!」
「だって……!!」
ゆらゆらと視界が揺れて、熱い涙が頬を伝って落ちる。
「だって……兄様は……」
「……半年もの服用です。依存は深く強固になっている。時間経過と共に毒性が排出されるわけではないので。
それでも根気よく解毒すれば依存による頭痛は収まります。」
「すごく優しくて穏やかだったの……兄様は……決して……」
「………コラプションは人格を変えるわけではありません。」
「兄様は……!!」
「理性の抑圧を遮断し、強制的に本能と感情を増幅させる薬です。」
「違う!!兄様は……!!」
「初めに強烈な性的欲求が起き、この段階で性行為を行うと幻覚は現れません。
拒み続けることで強制するために、強い不安感と強迫観念を引き起こします。それが幻覚として顕現するんです。」
涙をこぼしながら、口を閉じないネロの胸を叩く。力を失っていくアルヴィナの、こぶしを受けながらネロは顔を歪めた。
「……幻覚は最も思い入れが深いものが現れる傾向にあります。本能が剥き出しになった状態で、その光景を視認し強いストレスを受ける。」
「カーティス兄様は……本当に優しくて……」
「……陛下を変えたのは、薬ではなく幻覚です。」
「なら、どうしたら兄様は……!!」
元の優しい兄様に戻るのか。
「……陛下次第です。」
「そんな……!」
「お分かりでしょう?アルヴィナ様の解毒はほぼ完了しています。頭痛はほとんど起きていないはずです。」
「ええ……」
「ですが、幻覚も記憶として強く残っている。」
アルヴィナは頷いた。思い出したくもない幻覚は、記憶にはっきりと刻まれてしまっている。
「精神が最も無防備な状態で、脅迫的な幻覚が現れます。そのせいで強く記憶に刻み込まれる。だから頭痛が起きなくても、幻覚を連想させるものが、記憶を何度でも蘇らせる。」
カーティスに贈られた羽ペンが、あの忌まわしい記憶を呼び覚ましたことを思い出す。
「じゃあ……どうしたら……」
「自身で克服する他ありません……。」
「そんな……」
「薬で治すものではないのです……。陛下は変わったのではない。そうした月日を過ごした上で今の陛下になったのです。
変わったと言うなら変えたのは幻覚です。陛下の中の……アルヴィナ様が変えたのです。」
「わた、し……?」
呆然と呟くアルヴィナに、ネロははっきりと頷いた。
「陛下は幻覚症状の間、ずっとアルヴィナ様の名前を叫んでいました。」
見開いたアルヴィナに、ネロはゆっくりと告げた。
「ずっと呼んでいました。」
震えて言葉も出ないアルヴィナに、言い聞かせるようにネロは声を低くした。
「陛下の依存は深く強固な分、アルヴィナ様の存在だけで幻覚と結びつきやすい。
陛下は幻覚を呼び覚まされると、絶望と怒りが強く出ます。その間、感情を制御するのは難しくなる。
もし陛下が子を望んでいるのなら、避妊することは危険です。」
「でも……」
「僕がどうしろとは言えません……ですが幻覚と結びついて、陛下の感情をどれほど刺激するかを考えると、今すぐやめるべきだ。」
「……でも……」
「子供に薬は影響しません。」
「………」
そうじゃない。そんなことではない。カーティスを刺激するのを恐れて子供を身籠る。
リーベンの大公家に養子入りし、側妃として婚姻を結んだ。状況を見ても当然、子を期待される。
(それが正しいの……?)
義務として子を授かる。立場からそれは正しいと理解はできても、愛され慈しみを受けて幼少期を過ごした心が拒む。
(カーティス兄様との子をそうして身籠ることが正しいの……?)
切実に縋るように抱く腕、優しく掠れた声。記憶の中の優しいカーティス。
(本当にそれが正しいの……?)
引絞られるように痛む胸を押さえて、アルヴィナは答えを探すように保護石の指輪を見つめた。
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