壊れた王のアンビバレント

宵の月

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殺意

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 蹴破られた扉が引き倒され、カーティスがアルヴィナにのしかかるメナードを引き剥がした。パリパリと弱々しく、アルヴィナの閃光がカーティスの手を焼いた。
 床に叩きつけたメナードに、カーティスは馬乗りになって殴りつける。
 無言のまま殴り続ける無表情は、徐々に憎悪に歪み始めた。

 「陛下!!」

 遅れて駆けつけてきた騎士が、カーティスを引き離そうとしたが、振り切るように騎士の手を振り払った。

 「……ろしてやる!殺してやる!!殺してやる!!」

 殴りつけるたびにメナードの頭は、床に叩きつけられる。もう動かなくなったメナードを、返り血を浴びながら殴り続けるカーティスに、騎士は青褪めながら顔を見合わせた。

 「陛下!!アルヴィナ妃が!!」

 アルヴィナに駆け寄っていた女性騎士が、悲鳴のような叫びを上げた。カーティスが振りかぶっていた手を止め、ゆらりと立ち上がった。

 「……あ……ああ………助け……て……いや……」

 ガクガクと痙攣しているアルヴィナに駆け寄り、カーティスはすくい上げるように抱きしめた。カーティスの腕は小刻みに震え、血の気の失せた顔からは感情は読み取れなかった。

 「アルヴィナ……アヴィー……!」
 「……やめ……て……お願い……いや……兄、様……兄様……」
 「アヴィー……アヴィー……」

 小さくパリパリと保護石の閃光が走る。弱々しく明滅するような不可侵領域。必死に抵抗しようとする痛々しさに、カーティスの唇が震える。
 女性騎士が差し出した、解毒薬を口に含みそのまま口移しでアルヴィナに流し込んだ。
 こくりと喉が上下して、飲み込んだアルヴィナがしばらくしてうっすらと目を開けた。

 「アヴィー……」
 
 小さく唇を震わせたが、声にはならずその目尻から涙がこぼれ落ちた。なぞるように頬に触れ、カーティスがアルヴィナを抱きしめる。

 「アヴィー……!」

 名前を呼ぶ声は掠れ、アイスブルーの瞳が揺れる。安堵を瞳に浮かべてカーティスを見上げるアルヴィナの額に、震える唇で口づけを落とした。微かに微笑みアルヴィナは目を閉じた。

 「……ノーラを呼び戻せ。」

 騎士のマントで包んだアルヴィナを、抱き上げると、そのままカーティスは無言で部屋を出た。

 この世で最も深い愛の誓いである、聖文誓約はなんの意味も持たなかった。
 愛を諦め妃としての義務で縛っても、陰で欺き義務を放棄した。もう戻れず、もう許せない。どんなに許しを乞おうと、愛を囁こうと。
 アルヴィナを縛る鎖はない。もう彼女を信じることはできない。

 (アヴィー……)

 抱きしめた冷え切った細い身体。限界まで血を捧げて、意識ごと強制的に落ちた姿。その姿をカーティスもよく知っていた。
 コラプションを飲むたびに、そうして身を守ったから。幻覚にのたうとうと、誓いを全うするために。己の矜持を守るために。
 脳を焼き切るような強烈な欲求。心を切り裂く消えない幻覚。意識が潰えるまで抵抗する苦痛。
 
 (アヴィー……)

 うつろな瞳でカーティスを呼んでいたアルヴィナ。
 血の気の失せた青白い美貌。それはカーティスを苦しめ続ける、誰彼構わず咥え込む淫靡な妖婦の姿などではなかった。

 

※※※※※


 ゆっくりと目を開けたアルヴィナは、霞んで揺れる景色をぼんやりと見つめた。

 「アヴィー……」

 優しく気遣う声にぼんやりと視界を巡らせ、ズキリと痛んだこめかみの痛みに覚醒した。

 「いや……いや……兄様……兄様……!!」

 力の入らない身体を必死に起こして、人の気配から離れようと必死にもがく。首筋を伝った不快な舌の感触。強く握りこまれた乳房。期待するように疼き、引き上がった下腹部。

 「触ら、ないで……やめて……兄様……」
 「アルヴィナ……!アルヴィナ……!大丈夫だ。もう大丈夫だ……」

 絡めとるように抱きしめられ、鼻腔からあたたかな体温と共に馴染んだ香りが入り込み、アルヴィナは瞬いた。

 「兄様……?カーティス兄様?」
 「そうだ。アヴィー、私だ……」
 「ふぅっ……うぇっ……に、兄様……兄様ぁ……」

 安堵に胸に縋って泣き出したアルヴィナを、カーティスは抱きしめ、何度も髪を梳き撫でた。

 「………何をされた……?」

 そっと静かに問われ、アルヴィナは身を強張らせた。宥めるように抱きしめる腕に力を込められる。

 「大丈夫だ、アヴィー。話せ。」
 
 泣きたくなるような穏やかな声音と、包み込む体温に。抜けきらない堕落がアルヴィナから思考力を奪っていた。

 「……ナイトメアが、暴れたのです。マルクスが守ろうとしてくれたのに、もう一人来て……口を塞がれて……」

 ぎゅっと力が込められた腕が、微かに身震いした。

 「無理やりどこかに連れて行かれ、コラプションを飲まされました。お父様を侮辱したので、罵ってやったのです。追い落としたのはフォーテルだと。」
 「そうか。」

 優しく髪を撫でられる手のひらの優しさに甘えるように、アルヴィナはカーティスにすり寄った。

 「……そしたらメナードは怒り出して……保護石の守りも無視して……」
 「もう大丈夫だ……何をされたんだ……?」
 「……首筋を舐め回して……胸を掴まれました……必死にもがいたのにドレスを……たくしあげられて……指が触れられて……もう少しで……ふうぅ……」

 ゴリッとカーティスの奥歯が音を立て、抱きしめる腕が強張った。アルヴィナは思い出した嫌悪に身震いしながら泣き出した。

 「マルクスは……白亜宮から出したがらなかったのに……兄様が……会って下さらないから……話を聞いてくださらないから……!!」
 「……すまなかった、アヴィー。泣かないでくれ……」
 「……待っていたのに来てくださらないから!!」
 「アヴィー……アヴィー……悪かった。アヴィー……」

 泣き出したアルヴィナを掻き抱いて、何度も口づけを落とす。泣き続けるアルヴィナを撫でる視界の端に、ノーラが小瓶を差し出した。

 「アヴィー、私を見ろ。」

 涙でぐちゃぐちゃにした美貌をあげたアルヴィナに、受け取った小瓶を口に含んで口づけた。素直に飲み込んだアルヴィナの、両頬をそっと挟み込んで言い聞かせた。

 「アヴィー。私はお前を傷付け、義父上を侮辱した者を罰してくる。必ず報いを受けさせる。
 お前は血を抜きすぎた。まだコラプションも残っている。私が戻るまで休んでいてくれるな?」
 「………お戻りになりますか?私の話を聞いてくださいますか?」
 「……約束する。」

 こくんと子供のように頷いたアルヴィナは、飲ませた薬の影響で微睡み始めた。そっと寝台に横たえ、涙で腫れた頬を撫でる。
 その感触に嬉しそうに笑みを浮かべたアルヴィナに、カーティスは息を詰めた。ゆらりと視界が揺れる。

 「……待っています……兄様……」

 アルヴィナは囁くように呟いて、すうっと目を閉じた。その寝顔を見つめ、握りしめた拳を震わせる。
 深く息を吸い込んで、溢れ出ようとする激情を必死に飲みこんだ。

 「……ノーラ、アルヴィナを頼む。」
 「はい。」

 引き剥がすように視線を逸し、カーティスは立ち上がった。そっと音もなく開けた扉の先に、キリアンとリース、マルクスが控えていた。

 「……どこだ?」
 「北塔の牢獄に。」
 「……王妃を連れてこい。」

 歩き出したカーティスの、静かに燃えたぎる怒りに、喉を鳴らしながらリースが走り出した。
 カーティスの瞋恚に染まった瞳。その怒りの深さにキリアンは息苦しいほどの圧迫を感じて、震える足を叱咤して後を追った。
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