壊れた王のアンビバレント

宵の月

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罪と罰




 北塔の冷たい石床を進み、最奥の扉の前でカーティスは立ち止まった。

 「マルクス。楽にするつもりはない。」
 「はい。」
 「私が奴を殺しそうになったら止めろ。」
 「御意。」

 マルクスが瞳の色を暗く光らせ頷いた。キリアンはそのやり取りを無言で見つめ、ゆっくりと扉を開けた。
 扉が開く音に反応し、騎士が礼を取りメナードがよろけながら鉄格子に取りすがった。

 「カーティス!カーティス!お前の女は最高だった!泣き叫びながら腰を振って絶叫していた!」
 「黙れ!!」

 カーティスが蹴りつけた鉄格子が振動し、室内に衝撃と共に不快な金属音が反響した。
 
 「ハハハハハ!わざわざリーベンまで取り戻しに行った側妃は、誰にでも股を開いて腰を振る!突っ込んでくれるなら……」
 「陛下!!」

 カーティスが引き抜いた剣が、鉄格子越しにメナードの左頬を切り裂き、鮮血が流れ落ちる。
 マルクスが羽交い締めにしたカーティスを、鉄格子から必死に引き離す。

 「殺してやる!!鉄格子から引きずり出せ!!」
 「アハハハハハハ!!!」

 狂気に顔を歪ませて、琥珀の瞳を異様に輝かせたメナードは、気が触れたように哄笑を上げる。

 「……カーティス!!」

 一瞬で取り乱したカーティスに、キリアンは渾身の力で頬を殴りつけた。
 血走った目でキリアンを睨みつけた、カーティスのアイスブルーに言い聞かせる。

 「冷静になれ!お前は間に合った!!わざわざ奴を喜ばせるな!!」

 キリアンを睨みつける瞳が反らされ、大きく深呼吸したカーティスは、顔をあげた時には冷徹な王の顔を取り戻していた。
 握っていた剣を無理やり引き離すようにしてマルクスに預け騎士に振り返る。

 「……鎖で繋げ。」

 尚も笑い続けているメナードに、騎士が両手足に鎖の鉄枷を嵌めると、鉄格子から引きずり出し椅子に座らせた。

 「カーティス、どうした?殺せよ。あの女をさんざん犯した俺が憎いだろ?」
 「楽に死ねると思うのか?」

 冷ややかな侮蔑を浴びせ、憎悪に揺らめく瞳をギラつかせた。

 「国を壊し、私のアルヴィナに手を出して、簡単に死ねると思ったか?」
 「…………」

 挑発に動じなくなったカーティスに、メナードは口を閉じ爛々と光る瞳で睨みつけた。睨み合う沈黙を破るように扉が開かれる。

 「離しなさい!!一体何のつもり!!」

 腕を掴まれ引きずられるようにして、連れてこられたセレイアの姿に、メナードは目を見開いた。

 「……カーティス!!兄上……?」

 カーティスに駆寄ろうとしたが背後にいるメナードに、セレイアは驚いて動きを止めた。訝しげに眉を顰めたセレイアに、メナードはカーティスをキツく睨みつけた。

 「何故セレイアを連れてきた!!」
 「不仲であろうと肉親だろ?兄の末路を見届けさせる。」
 「カーティス!!貴様!!」
 
 事態が飲み込めず呆然とするセレイアを、リースが引きずり、鉄格子の中に閉じ込める。

 「……なんなの!!なんで私を閉じ込めるの!!出して!!カーティス!!出して!!」
 「堕落した実の兄に犯されてもいいなら出してやる。」
 「………っ!?」
 
 足元から這い上がるような底冷えする怒りをたたえたカーティスに、セレイアは息を飲んだ。

 「メナード・ベルタング。貴様は側妃を貶めようと謀った。ダベルド領の監獄に送る。
 アルヴィナを見つめた目を潰し、侮辱した舌を切り、触れた手を落とし、犯そうとした贖罪に去勢するが妥当だろう。
 私のアルヴィナに触れた罪を思い知れ。簡単に死なないように、時を置いて一つずつゆっくり執行してやる。執行される日を指折り数えて待つといい。
 コラプションはサービスだ。定期的に差し入れしてやる。お前がばら撒いた悪夢の中で生涯もがくといい。」
 「………!?殺せ!!殺せ!!カーティス!!殺してくれよ……」
 
 目を見開いたメナードが、縋るようにカーティスに叫んだ。

 「何もしてない!!あの女には何もしてない!!その前にお前が駆けつけた!!殺せ!!カーティス!俺を殺せよ!!」
 「始めろ。」
 「あんな惨めを晒すなんて冗談じゃない!!殺せよ、カーティス!!カーティス!!」

 バタバタと動き出す騎士。真っ青になって震えながらセレイアがへたりこむ。

 「カーティス……やめて、カーティス……!!」

 縋るように手を伸ばしたセレイアに、カーティスが振り返る。嫣然と美しい笑みをたたえ、カーティスはセレイアを見やった。

 「よく見ておけ。次はお前の番だ。悪夢の代償は必ず払わせる。」

 コラプションを飲まされ、絶叫を上げるメナードの声を聞きながら、セレイアは冷然と美しいカーティスの横顔を絶望の眼差しで見つめた。


※※※※※


 ひやりと額に感じた冷気の心地よさに、アルヴィナはゆっくり目を開けた。

 「………ノーラ……」
 「お嬢様。起こしてしまいましたね。」
 
 優しく目を細めるノーラに、アルヴィナは顔を歪めた。

 「……ノーラ、ごめんなさい……私のせいで……」
 「いいえ……私こそお嬢様の迷いに気付くことができず、お辛い思いをさせてしまいました。」
 「ノーラは何も悪くない。ごめんなさい。」
 「大丈夫です。お嬢様こそ、熱が出ております。保護石への血の供給でお身体が弱っています。まだお休みになってください。」
 「……カーティス兄様は……?」
 「まだお戻りになっておりません。」
 「……そう……」

 ぼんやりと寝台の天蓋を見つめ、抱きしめてくれた腕の優しさを思い出す。

 「……夢ではなかった……のよね……?」
 「はい。来てくださると約束されていました。」
 
 ずれた布団をそっと直しながら、ノーラは安心させるように頷いた。

 「……兄様に、ノーラのこと、ちゃんと説明するわ……」
 「……そのように気を遣われなくても大丈夫です。」
 「……いいえ、お話しなくては。」
 「ではお話するためにも、今はきちんとお休みになられてください。」
 「……うん。」

 感情の制御がきかず、子供のように責めた自分を、優しくあやすように宥めてくれたカーティス。

 (……もしかしたらお側にいることを許してくれるかもしれない……でももしも……)

 ほうっと熱い吐息を吐き出し、アルヴィナはトロトロと目を閉じた。

 「その時は……離宮へ……静かに……」

 すうっと眠りに落ちたアルヴィナに、ノーラは苦笑した。

 「離宮で静かに暮らす日は来ないと思いますよ……」

 熱で頬を赤くして眠るアルヴィナに、ノーラは幼い日の面影を見つけ懐かしむように微笑みかけた。
 

 
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