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狂愛
北塔から引きずられるようにして、セレイアは王妃宮の私室に連れ戻された。虚ろな瞳からは光が失せ、燃えるような赤毛は解れて乱れていた。
(……カーティス……)
目の前で無様に泣き叫び、誰彼構わず犯そうと暴れまわるメナード。その姿を嘲りながら、次はお前だと嘲笑うカーティス。
《お前たちが広めた堕落だ。その堕落を知らずに死ぬことは許さない。私の愛する者の苦しみを、必ずお前たちに味わわせてやる》
底冷えするような怒り。何度も目の当たりにした怒りの中で、最も冷たく凄絶だった。
「カーティス……」
玲瓏透徹とした完璧な美貌。唯一無二の高貴な存在。絶対権力の頂点。魂が震える。彼が欲しくて、愛おしくてたまらない。手に入るためならどんなことでもできた。
「カーティス……」
邪魔になるものをすべて排除して、妻の座を手にしても手に入らない男。
何度コラプションを飲ませても、ただの一度も触れさせなかった。
保護石でセレイアを排除し、目の前であの女の名を絶叫してのたうち回る。騎士に連れ出されても、ずっと回廊から響いていた懇願。
「私の名前に変わるのをずっと待っていたのに……」
堕落するたびに容貌から温かみはそげ落ちていき、冷たく鋭くなっていった。でも呼び続けるのはいつもあの女だった。
「どうして……」
煮えたぎるような絶望と憎悪を叫び続けているのに、そのたびにあの女への執着を深めていった。
「どうして……私じゃないの……なんで私を抱かないの……」
何もかも忘れ去る快楽を、その快楽にセレイアと共に溺れる事を、カーティスはどうあっても拒み続けた。
根本を作り変えるような絶望に身を浸してまで、裏切り逃げた幻覚の女を選び続けたカーティス。
むしろ進んで、そこにいるかのような幻覚の中に、アルヴィナを求め続けた。
「何でもしたのに、なんでも出来るのに、何でも捧げるのに……どうして……」
目の前から全てを消し続けても、セレイアを選ばない男。
「ここまで壊したのに……どうしてまだわからないの……?」
どんなに壊しても美しく、高貴なままの生まれながらの王。どんどん冷酷に無慈悲に、感情を失っていったのに、ほんの僅かも堕ちてこない高貴な姿。
「そんなにあの女がいいの……?どうして堕ちてこないの……?」
自分の呟きに凄絶な怒りが沸き上がった。自分以外を求め続けるカーティスに、憎悪が際限なく募っていく。
自分を愛さず、抱かず、見もしない。他の女に届かない愛を一心に捧げ続ける。
「どうしてわかってくれないの……カーティス……」
どんなに絶望を目の前に積み上げて見せても、その心は手に入らない。セレイアと呼ぶことさえも一度もなかった。
アルヴィナの裏切りを罵りながら、心底恨んでいたのにそれでもその名を呼び続けていた。セレイアではなくアルヴィナを。
「……あの女を幸せになんかさせないわ。貴方は永遠に私だけのもの……」
琥珀の瞳から涙が伝った。彼が他の誰かを想い、触れ、愛することなど許さない。
自分と同じ場所に必ず引きずり下ろす。彼は私だけのものなのだから。
「私が王妃よ。カーティスの……カーティス・セラン・ダンフィルの妻はこの私……」
見張りの騎士だけになった王妃宮。きらびやかだった全てが失せた空っぽの室内。
「カーティス愛しているの……私を見て……愛して……」
狂い咲く毒華の美貌。手に入らないものなどないと信じて生きてきた。
あの女さえいなければ。徐々に闇の中で琥珀の瞳が輝きだす。もう消せばいい。今度こそ永遠に手の届かない場所に。
ゆっくりと笑みを刻んでセレイアは顔を上げた。狂気を孕んでなお美しく、闇に思い浮かべたカーティスの面影に陶然と微笑みかけた。
※※※※※
ナイトメア騒ぎから数日。
献金して不正の見逃しを受けていた者、王宮での役職の都合を受けた者。中立派家門の婿・嫁を娶り、婚家の権力と財力を貪っていた者。
ベルタング傘下の者たちは、暗い顔を見合わせ落ち着かなく額を寄せ合っていた。
「……メナード卿が監獄行きとなる……」
「我々に繋がる証拠は何もない!!」
「相手はあの王だ……」
脂汗を滲ませ男が落とした呟きに、根拠のない虚勢はすぐに崩れた。どんなに圧力をかけても、粛清の手を緩めなかった狂王の姿を思い、誰もが押し黙った。
「中立派閥に動きがある……」
側妃が来ても手綱を握れていたはずの中立派閥。ここ最近で水面下で動きを見せている。
中枢権力はほぼベルタングに決していたはずだった。その場の誰もが、いつの間にか追い詰められたような不安に唇を引き結んだ。
「……メナード卿から預かっているものがある……」
静まり返った室内に、震えた呟きが響いた。数人がその声に顔を上げた。
「……いざという時に備えて準備されていた……」
男が取り出した文書は時計回りに手渡されていき、一周した室内は圧迫するような緊張感に空気を変えた。
「……やるしか、ない……」
青褪めた顔を上げ、一人の男が呟いた。賛同に顔を上げたのは、数人だった。
「このままでは王の粛清を待つばかり……」
「だが……!!」
「他に方法があるか?」
「………」
「………王妃を使おう……」
青ざめた表情に徐々に酷薄な笑みが深まっていく。
「失敗はできない。確実に結果を出すために王妃を使おう。」
ギラギラと目を輝かせ、熱に浮かされたように声が上擦る。
「あの頭のおかしい女には、散々利用されたんだ。最後くらい役に立ってもらう……!」
「……そうだ……!我々はベルタングにそそのかされただけなんだ!!」
一人二人と顔を上げ始め、その場の全員が頷いた。誰もが決してあの王が、彼らを見逃すことはないと分かっていた。生き残る道はもう一つしかないことも。
日が落ちた薄暗い室内で、暗い光を宿した顔を見合わせた者たちの仄暗い悪意。自らの利益のために他の全てを踏みにじる。
薄汚い欲望は寄り集まって、共鳴するように膨らんだ。未だ明けない悪夢の残滓は、腐臭を放つような悪意となって、骨まで浸かった者たちを深い底へと誘っていく。
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