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弾劾裁判 1
壇上に上がったアルヴィナに、貴族派が威嚇するように声を上げた。
「側妃がなんの権限があってそこに座る!国を捨てたフォーテルの末裔がそこに座す資格などない!!」
「……異なことを。私は王家に連なる者。当然、この席に座すべきです。」
指に光る保護石を煌かせ、アルヴィナは微笑んだ。
「国を見捨てた逆賊の家門に正当性などない!!」
「……逆賊?何を持って逆賊と言われるのか分かりませんが、他国の裁判で犯罪嫌疑が係る渡航制限者こそが逆賊なのでは?」
「……それは……」
「彼らが提起者としてこの場に残り、リーベン大公家の養子にして、保護石を持つ自国の側妃を追う理由はなんです?」
「………」
にっこりと微笑んだアルヴィナに、男は歯を食いしばり押し黙った。きつく睨みつけて、壇上を振り返ると、八つ当たりのように叫んだ。
「始めろ!」
壇上の男はいやらしく顔を歪ませて笑みを浮かべると、咳払いを挟んで朗々と意見書を読み上げ始めた。
ーーーーー
第1 意見の趣旨
王歴252年土の月より、ダンフィル国王カーティス・セラン・ダンフィルによる違法薬物、通称ナイトメアへの対処における下記の正当性を問うものとする。
①王家における初動対応の是非
②違法薬物の混乱鎮静に対する武力行使の必要性
③自国の廃爵された家門との婚姻
④薬物中毒への疑念と統治能力への信頼性
⑤違法薬物蔓延を主導嫌疑のかかる家門との婚姻
第2 意見の理由
長く混乱する自国の苦痛において、王政の正当性と責任を議論し、下記項目の回答について審理し、今後の自国統治への信任を問うものとする。
①王家の初動と対応の遅延が、ナイトメアの発見を遅らせ著しく被害が拡大に繋がった疑念への審理。
②①の失態を補うため、武力行使により、見境のない粛清を行い、多くの人命が失われた。
また、武力行使の犠牲となった家門の財産の接収に正当性の有無。
③王政の私物化への懸念。苦難に直面していた自国を放棄し、他国へ亡命したフォーテル家門を正当性なく復権。キロレス公国との国交を断絶し国益への損害とリーベンとの癒着への疑念の審理。
④薬物中毒による統治能力への懸念。
⑤ナイトメアの元凶の嫌疑のある家門との婚姻。違法薬物の蔓延の黙認への危険性の有無。
第3 意見の審議
国王カーティス・セラン・ダンフィルの王政は正当性を欠き、平穏な市民生活の治安秩序を乱すものであり、再犯の黙認や王国存続を脅かす危険性がある。
よって、カーティス・セラン・ダンフィルは王政から退き、王国法第12条、摂政立位による摂政統治への切り替えへの必要性の是非を問うものとする。
ーーーーー
「………以上です。」
読み上げた提起者は胸を張り椅子へと腰を下ろす。王権派閥として参席したエクルドの挙手に、判官が面倒そうに発言を許可した。
「……まず確認したい。意見書はカーティス陛下への統治能力を問うもの。弁論すべき陛下が不在の裁判がなぜ開廷許可されているのです?」
「………武力行使する王の臨席がなくとも、起きた事実から審理は可能と判断した。」
「どうやら司法官殿の帳簿を確認する必要があるようですね。」
ちらりと走らせた視線に、判官は剣呑に怒りを浮かべ、ベルタングはにやにやと笑みを浮かべた。
「………根拠のない憶測で、侮辱するならば退廷を命じることになりますよ?」
エクルドは肩を竦めた。さっと貴族派の一人が立ち上がり、エクルドに挑戦的に顎をそらして見せる。
「そもそもが弾劾裁判を提起されることこそおかしいのです。それだけ現王の統治能力に不信を抱かざる得ないことこそがの問題の本質です。」
「……ほう?」
「静粛に。エクルド卿は憶測での発言は控えるように。これより審理に移る。」
貴族派の一人が立ち上がり、大げさな身振りで訴え始める。
「意見書にある通り、王家の初動と対応の遅延が、被害の拡大に繋がったことは否定しようもありません。
その失態を繕うために慎重に行うべき、②の武力行使に繋がった。それも貴族院を通すことなく独断で。その結果多くの臣民の命が失われた。その責任は重大です。」
男の主張に次々と賛同の声が上がる。アルヴィナはその光景を冷ややかに見つめて、そっと立ち上がった。
「では、正当性のある初動とは、どういう対応だったのですか?お答え下さい。」
「それは……」
涼やかな声に、男は押し黙った。
「正当性を欠く初動対応だったと仰るなら、正当性のある初動対応とは?提示頂かねば、比較検討もできません。」
アルヴィナはキリアンを振り返った。頷いたキリアンが、手を上げると騎士団が次々と文書を運び入れる。
「王家側からは当時の調書を証拠として提示します。
誰がナイトメアかも判断できない状況で、王家はナイトメア発生の報に、いち早く騎士団を派遣し、捕縛・尋問を行っていた。全てが記録されています。ご確認を。
さて、提起者の方々はどうすべきとお考えですか?証拠は誰かが持ち去り、証人は暗殺されるような状況で。」
「……薬物中毒者だともっと早く気付けたはずです。」
「どのようにして?」
「………」
「憶測での発言は控えて下さい。はず、べき、だったと仰るなら、具体的な手段と理論の提示を。」
痛烈な皮肉をアルヴィナは美しく微笑んで叩きつけた。男が悔しげに唇を噛みしめる。
「粛清の正当性においても同じです。いかにして犯罪の蔓延する状況を、平定するべきだったか。
強制捜査は全ての家門に平等に実施された。いくつかの家門からナイトメアとコラプションが押収されています。
王家は粛清が悪化する治安を改善し、平定を早めたと主張します。その正当性に疑念があるのなら、どのような対処が真に必要な対応だったのか提示なさってください。」
柔和に微笑みながら男を見据えるアルヴィナに、男は口を開閉するばかりで何も答えない。
キリアンは呆れたようにため息を吐き出した。
(大方、メナードの画策だろうな。中立派閥を握っているうちに、投票で押し切るつもりだったか。それでも反証も証拠も用意なく挑むとは……)
助け舟を出そうと構えていた王権派閥も、アルヴィナの笑顔で激怒する気迫に、壇上を見守るだけだった。
「どうぞ?」
笑みを浮かべてダメ押しをするアルヴィナに、男は顔色を変えて周りを見回した。少し離れた席の男が立ち上がった。
「………それでも薬物の出た家門の財産を、王家が接収する理由にはならない!」
「接収した財産は被害者遺族への補償金と、復興支援に充てられています。」
「ですが!」
「特別拠出金。予算会議でも議会を経て承認されています。理由にはならないと仰るなら、なぜ予算会議では承認をされているのですか?」
「…………」
「接収財産を財源と認めた予算が通過している時点で、貴族院の承認がなされています。
連名提起者は貴族院の一員ですよね?正当性がないというのなら、なぜ予算案を通したのです?」
アルヴィナは立ち上がった男に、目を細めた。
「王家側は該当予算案を証拠として提示します。」
「…………」
気勢を上げていた貴族派閥は、ゆっくりと顔色を失くし始めた。判官も心なしか唇を震わせている。
畏れが静かに法廷を満たし始め、エクルドは笑みを刻んだ。
(あの容姿に騙されるからこうなる。)
フォーテル一族の末裔を、か弱い妖精とでも侮っていたのだろう。
カーティスさえいなければどうとでもなると舐めていた貴族派は、旗色の悪さに言葉を失い始めていた。
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