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最終話
「……カーティス……?」
突然やってきたカーティスに、アルヴィナは驚いたように顔を上げた。視線を巡らせた室内には色とりどりの花が飾られ、カーティスは苛立ったように扉を指差した。
「……マルクス!ノーラ!出ていろ!」
顔を見合わせたマルクスとノーラは、渋面を作りながらも渋々部屋を後にする。
「カーティス、何かあったのですか?」
「……この花はなんだ?」
訝しげに首を傾げていたアルヴィナは、ぱっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「騎士団や王宮の皆様がお花を捧げてくださったのです。」
国の危機に亡命したフォーテル。その事実は変えようもない。捧げられた花はまるで赦しのように感じられて、アルヴィナは花を嬉しそうに見回した。
「ここにいていいと言われているみたいで……とても嬉しくて。」
アルヴィナが浮かべた笑みの美しさに、カーティスは息を飲んだ。
「………カーティス?」
不思議そうに首を傾げたアルヴィナに、カーティスはハッとして苦く眉根を寄せた。
「……そうして美しく微笑んで、誰彼構わず魅了しているのか?」
「……………」
驚いたように沈黙し、アルヴィナは顔を俯けた。アイスブルーが剣呑に細められ、鋭く色を濃くしていく。
「私にはあのような本を渡しておいて、お前は何をしている?その微笑みを与えて虜にした男を侍らすつもりか?」
俯いたまま何も答えないアルヴィナに、苛立ったようにカーティスは手を伸ばした。顎にかけた指を引き上げ、顔を上げさせる。
「……聞いているのか、アヴィー?私が知らずにいるとでも思ったか?早く答えろ。それとも言い訳……」
地を這うような低い声は、上げさせたアルヴィナの顔を確かめた途端途切れた。
アルヴィナは真っ赤になって震えていた。月光を写し取る湖面のような深い瞳は、熱を帯びて潤んでいる。
「………アヴィー……?」
予想外の反応に戸惑い、カーティスが眉根を寄せた。
「……美しく映っているのですか……?」
「…………な、に?」
「………カーティスを……魅了、できていますか……?」
アルヴィナは縋るような祈るような視線をカーティスに向けた。言われた意図を飲み込めず、カーティスは言葉を失ったまま、アルヴィナを見つめた。
視線の先で恥ずかしげに瞼を伏せ、アルヴィナは消え入りそうな声で呟いた。
「………セレイア・ベルタングや、ヘレナ・ミニーエルよりも美しいと思って下さっていますか?」
カーティスの答えを怯えるように睫毛を震わせながも、明確に嫉妬が滲む声音でアルヴィナはそっとカーティスに問う。
呆然としたままのカーティスに、アルヴィナは不安げに瞳を揺らした。
「………トゥーリ殿下よりも……?」
「……………トゥーリ?」
セレイアとヘレナはともかく、なぜトゥーリと比べようとしているのか、カーティスは全く理解できなかった。
「……リーベンの王女を娶る、と……」
「………なんだと?」
初耳過ぎる話に、カーティスは眉根を寄せた。
「……リーベンと頻繁に連絡を取られているのは、そのためだと……」
カーティスは愁眉をひらき、呆れたようにため息を吐いた。
なんてことはない。魔石式栽培計画や隷属鉱夫の問題でのやり取りが、馬鹿らしい噂にでもなったらしい。
「……トゥーリ殿下はお美しい方ですし、その方の妹君ならきっとお美しいはずです。
でも、兄様……例え国のためでも、きっとロリコンと言われます……!」
アルヴィナは瞳を険しくさせて、《ロリコン》を力強く強調した。
「………ア、アヴィー……?」
戸惑ったままのカーティスに、アルヴィナは苛立ったように詰め寄った。
「………もう……もう……嫌なんです!!例えダンフィルのためでも、誰かとカーティスを共有するなんて嫌です……!!
頭から離れないの!苦しくてたまらないの……!!」
取りすがるようにアルヴィナは、カーティスに手を伸ばした。呆気に取られたままのカーティスは、そのままソファーに倒れ込んだ。
嫉妬させた妻を叱りに来たはずなのに、なぜか身に覚えもなくロリコンと罵られていることを、うまく理解できなかった。
「………カーティス、お願いです。私を美しいと思ってくださるなら、もう私だけのカーティスでいて下さい……私だけだと約束してください……!!
さもないとあの本の男のような末路を辿ることになりますよ……!!」
必死に脅してくるアルヴィナの涙声を、カーティスは天井を見上げたまま聞いていた。
じわじわとアルヴィナの声が染み込むにつれ、鼓動が早まり腹の底から掻痒感にも似た感覚がこみ上げた。
コラプションを飲ませたかいはあったらしい。
「あぁ……アヴィー……アヴィー……顔を見せろ。」
アルヴィナはカーティスの胸の上で、小さく首を振った。嫉妬に歪んだ顔を見られたくはなかった。
「アヴィー、顔を見なければ私がお前だけに魅了されるほど美しいか確認できないだろう?」
からかうような声に、アルヴィナはのろのろと顔を上げた。目元を赤くした不安げなアルヴィナの、目尻に溜まった涙を拭いながら、カーティスは口角を吊り上げた。
「よく見せろ、アルヴィナ。」
じっとアルヴィナの顔を見つめるカーティスに、アルヴィナは落ち着かなく視線を伏せた。
「アヴィー?なぜ目をそらす。私を見ろ。」
視線をゆっくりと戻したアルヴィナに、カーティスは満足げに目を細め、わざとじっくりと顔を見つめた。
「………美しいかと、魅了できるかと聞いたな?
アヴィー、お前は美しい。出会った頃からまるで妖精のようにな。
日々美しくなる。大人になった今は、月下の女神のようだ。なぜそんなにも美しいのだ?
お前の美しさの前では、妖精も裸足で逃げ出す。」
「……………」
驚いたように目を見開き、アルヴィナは瞬いた。その拍子にこぼれ落ちた涙に、カーティスはゆっくりと唇を寄せた。
そのまま視線を合わせたアルヴィナに、言い聞かせる。
「流した涙さえも真珠のようだ。」
じわじわとアルヴィナが顔を赤らめ始めた。カーティスはますます口角を吊り上げた。
「私はお前より美しいものを知らない。」
「……………………兄様。あ、あの、リーベンの王女は……」
「なんのことだ?そんな話は聞いたこともない。ロリコンとやらになる気もない。
それよりもお前の美しさを、私にもっとよく見せろ。」
アルヴィナは落ち着かなく視線を彷徨わせはじめた。赤らめている耳にカーティスは甘く吹き込む。
「あぁ、アヴィー。お前の前では月すら霞む。」
「………あ、あの、兄様……もう、十分です……」
臨界に達したアルヴィナは、視線を逸らすだけでは耐えられず、カーティスの胸の上に顔を伏せた。
「アヴィー?どうした?聞きたかったのだろう?こっちを向け。その美しさで私を魅了するのではないのか?」
「兄様、ひどい……からかっているのですね!私は真剣に……」
「からかってなどいない。私は真実、思ったことを伝えている。」
「……………」
笑みを含んだカーティスの声に、アルヴィナはますます胸にしがみついた。堪えきれずにクスクスと笑いながら、拗ねたアルヴィナを抱きしめる。
「アヴィー?お前が聞いたのだろう?」
昔から可愛いと伝えるたびに、真っ赤になって困り果てていたアルヴィナ。
燃え上がっていた嫉妬は跡形もなく消え失せ、カーティスは嗜虐心が満たされた充足感に笑みをこぼした。
カーティスはセレイアとヘレナへの誤解を、聖文誓約の認可が下りるまで都合よく忘れることにした。
散々嫉妬にのたうち回ったのだ。聖文誓約を交わすまで、嫉妬させておく権利がある。
「さぁ、美しいアヴィー?そのバラの花びらのような唇で、夫である私に口付けてくれ。」
カーティスは胸に蹲ったままのアルヴィナを撫でながら甘く優しく囁いた。
アルヴィナはぷるぷると震えがながら、顔も上げられずに身悶えている。
「アヴィー?私の美しい妖精?お願いだ。」
宥めすかすようなカーティスの声に、アルヴィナは真っ赤になったまま勢いよく顔を上げると、鳥が啄むようなキスをして顔を隠した。
「愛しいアヴィー。お前は唇さえもひどく甘いな……」
芝居がかって囁くカーティスに、アルヴィナはとうとう耳を塞ぎだした。カーティスはくつくつと笑いを漏らし、満足げにため息を漏らしながらアルヴィナを覗き込んだ。
「アヴィー……?まだ足りていないぞ?」
カーティスはニヤリと口角を上げ、俯いたままのアルヴィナへ求める贖罪を決めた。
5年も伝えられずにいた、その美しさを思う存分褒め称え続けることにした。
生涯自分の側で、カーティスからの称賛を余すことなく全て受け取る。心で、身体で。
それこそ自分から逃げた罰に相応しい。
(……悪くない……)
うっそりと笑みを浮かべて、カーティスはアルヴィナを抱きしめた。
アルヴィナ、私だけの美しい妖精。覚悟するといい。生涯私の側で、裏切りへの対価を払い続けろ。
どれほど身悶えようと、私が許すことなど決してないと思え。お前は私の側で、贖罪を捧げ続けろ。
あの日粉々に砕けたカーティスの心は、二度と元の形には戻らない。
悪夢と堕落に深く刻まれた愛憎は、陽だまりを氷に変え、少女を女に変えた。
悪夢の晴れたダンフィル王国の空の下、愛に壊れた王と愛で壊した妃は、間もなく聖文の誓いを交わす。
その心に互いに深く刻まれた、胸に渦巻く愛憎と共にこれからの未来を手を取り合って生きていく。
※※※※※
【後書き】
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
この後ちょっと後日談があります。よろしければもう少しお付き合い頂けたら嬉しいです。
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