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第4幕 都心戦線

19 彼女を襲わせはしない

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 あれから2週間。

 東京の状況はさらに悪化し異粒子蔓延による中毒患者は増え続けた。

 都心を離れた者、死亡した者を合わせると
 1000万人いた東京人口は300万人にまで激減した。

 もともと地方出身者が集まる都市である。
 見切りをつけた人間が多かったのだろう。

 だた俺の周囲の雰囲気ではその数字以上の閑散さを感じる。
 郊外の方に人は残っているようだが都心部、
 つまり俺の生活圏の方は人がどんどん去っているのだ。

 今も西新宿の山の手通りを歩いていて誰ともすれ違う事がない。
 もともとオフィスの多い都心は住宅街が少ないため在住者は少なかった所だがそれに拍車がかかった状況だ。

 車で溢れていた道路は路上駐車された車すらなく、
 まさにゴーストタウンといった雰囲気を出す。
 まるで世界で生存者が俺一人になってしまった錯覚さえ覚える。

 いつか日本中がこうなってしまうのではないかと考え一瞬身震いしてしまった。


 観咲家のある町、八幡宮町に入ると人がまばらに見えてくる。
 そこに集まっていた人々はどうやら政府からの支給品を運搬しているようだ。
 社会活動が行われている人達の様子を見ると、
 人との接点に拘りをもたない俺でもなんだか安心してしまった。

 物資の支給所、その中に観咲家次女の観咲花凛みさきかりんも見えた。
 俺は見知ったその子に声をかけようと歩いていく。

 彼女も配給物品の運搬を手伝っているようで
 受け取りに並ぶ人たちのIDを照合して支給品を手渡し、
 無くなれば奥から段ボールを運ぶという労働をしているようだった。

 まだ中学生なのによく働く子だな。
 今日は平日だが彼女の学校は休校してしまったのだろうか?
 そんな風に思いながら近づくと・・・・

ドォン!

 近くで銃声が鳴った。
 みんな音の出た方角に目を向けた。
 すると遠くで数人の叫び声が聞こえる。

「出たぞおー!ここから離れるんだー!」

 次第に悲鳴と銃声の数が増えた。
「きゃあああああ!」

 道路の向こう側から逃げ惑う人が見えてきた。
 この配布場所に向かって走ってきている。
 彼らは後ろを振り返りながら恐怖に染めた顔をこちら側に向けながら走り抜けていく。

 彼らを追い詰めていたものは異生物・・・

 石竜子サラマンドラだ。

 四つ足で地面を這いずり人間をその口で掴み上げられる程の大きさ。
 そのまま人を喰らうその習性は、これまでの異生物とは違い本能のみで行動をする生物であった。
 この異生物の事を俺は知っていた。

 ある推測から異生物がこの場所に現れる事も知っていた。

 だから俺はここに来た。冷静に状況を捉えられる。

 石竜子サラマンドラ はその知能の低さとは違い身体能力は高く、
 観咲花凛のいる人々の集団にまであっという間に迫ってきた。



(彼女を襲わせはしない!)

『雅流変性術  迷虚風帰衝めいきょふうきしょう

 右手の持つ木の小刀を前に突き出し、神樹を変性術の媒体として分子振動を起こす。
 大気の高温化により発生する気圧差を生み出し、風の壁と揚力を異性物へ放った。

 石竜子サラマンドラはその突進を序々に止められ、最後には横転するほどに態勢を崩す。

そして異生物の勢いを止めた事で、彼女達は逃げる時間を得られた。

 だがそれを待たず俺は道端に落ちている捨てられたビニール傘を拾う。

 傘を後ろ手に構え、

「ブーストトリガー・・・・展開!」

 異能を発動し、脚部強化からの高速ダッシュで異生物に迫る。
 最短の距離で石竜子サラマンドラに接近し、
 持っていた傘を前へ突き出した。

 高速突進で生まれた衝突力は寸分の狂いもなく傘先の極小一点へと集約される。
 傘の角度が突進に対して高精度に平行化される事で、
 アルミで出来た武器は一時的に硬度を高め、異生物の頭部を突き破った。


 ・・・・。

 人々を恐怖に陥れた四足異生物は行動不能ととなり、
 命を失ったその身を大気へと溶かしていく。

 ビニール部分が剥がれた傘は縦方向に圧縮されて短くなり、もう雨の時に開く事も出来なくなった。

 俺は異生物の死体が気体化する中から、器官増幅因子マドプラズムを自身へと吸収していく。

「ケガはない?もう大丈夫だよ」

 振り返り声をかける。
 あっという間に異生物を討伐、
 逃げ遅れた人たちの無事はこれで保たれた。

 だがここにいる人たちの顔からは皆なぜか恐怖が消えていない。
 今にも逃げ出しそうな表情のままでいる。
「う・・・・わ・・・・」「あ・・・・あぁぁ・・・・」

 そうか

「俺も化け物みたいなものか」

 俺は目を伏せた。
 異粒子マギア結合はその純度が増すほど体から光子が舞いだす。

 それは今の俺からも出ており、その様子は異生物のそれと全く同じものなのだ。


 これ以上怖がらせる必要はないか・・・・
 花凛ちゃんにひとこと告げてここを去ろ-------------

遥架はるか君!」

 観咲花凛が飛び込んできた。

「助けに来てくれたんだね。ありがとう!」

 ただ一人俺を怖がる事なくその少女は俺の胸に抱きついてきた。

「怖かったよ~。来てくれてよかったよ~」

 突然の思わぬ状況に驚いてしまった。
 なんとなく彼女の頭に手を乗せてみる。

「も、もう安全だから、花凛ちゃん」

 手のひらにすっぽり収まってしまった。
 その小さな頭が少女という存在の儚さを俺に実感させる。

 異生物に捕まっていたらひとたまりもなかっただろうな・・・・間に合って良かった。


「お・・・お兄ちゃん!スゴイね!
 正義のヒーローみたいで、すげーカッコ良かったよ!」
 子供が駆けよって話しかけてきた。

「に、兄ちゃん、・・・・ありがとな」
「お兄さん。助けてくれて、どうもありがとう」

 周りの大人たちも集まってお礼の言葉を告げてきた。
 その表情からは俺に対する恐怖が薄まっている様子だった。

 少女の・・・花凛ちゃんの俺に対する態度が、何か皆への信用を作ってくれたのかもしれない。


「・・・花凛ちゃん、ありがと 」
「?? なんで遥架君がお礼を言うの?」

「いや、なんでもない。気にしないで」
 なんとなくこの子に救われた気がする。

 俺は人の目なんて気にしないタチだ。
 けどそれは世界が豊かだった時の話。
 世の中が終末に向かっていくほど、人との接点が大切なものになっていく事は感じていた。

 もし異性物を見る目で、皆が俺の事を見続けるのであれば、
 いつか俺も他人を信用出来なくなるかもしれないな。
 自分で自分の事を化け物として定義づけてしまうかもしれない。

 まあ異常な体である事は自覚はしてるしそんなに心の弱い人間でいるつもりはないが・・・・

 そうだな、この子が俺を頼りにしてくれるうちはなるべく人間らしさを持っておこう。

「今日はもう帰った方がいい。家まで送るよ」

「うん、わかった。あ、ちょっと待ってて。
 遥架君の支給品の分ももらってくるね。まだ今週分を貰ってないでしょ?」

 花凛はそういって俺のIDを確認して荷積みから俺の分を取り出しに向かった。


 そして困惑した顔で返ってきた。
 両手いっぱいに配給品を持たされて戻ってきたのであった。


-----------------------------


「なんか、申し訳ない気持ちになるな」
「ん?どうして?」

「他の人の分が少なくなったりするだろ?」

 俺と花凛は両手いっぱいに食料と生活用品を抱えて家路を歩いていた。

「そんなことないよ、みんなが持っていけって言うんだからいいんだよ。
 あと実はこの街の配給品って残っている人の数に比べるとずっと数が多いんだ」
「そうなのか?」

「うん、もうこの付近には人がほとんど残ってないからね。
 あ、もちろんキチンと人数の申告はしてるんだよ?
 でも毎週のように人が減ってるから・・・・それでいつも余らせちゃってるんだ・・・」

 花凛は少し悲しそうに顔をしながら語った。

「なら全員で、自分の分として貰って帰ればいいじゃないか」
「みんな遥架君に感謝してたんだよ、命の恩人だって。
 子供もいたからね。ヒーローって言ってたね。
 フフフ、でもさすがにカンパンはこんなに貰っても食べられないよね」

「それを言ったらこの大量の飴玉だってそうだろ。
 しかも全部イチゴ味だし・・・・」
「えー、それは大丈夫だよ~。いくらあっても甘い物は嬉しいものだよ~」

「虫歯になるのが怖いな・・・・」
「ヘへヘ、そうだね。食べたらちゃんと歯磨きしようね!」

 たわいもない話をしながら並んで家まで歩く。
 ここ最近の俺は夕方頃、観咲家へ頻繁にお邪魔をしている。

 配給品の受け取りを彼女に任せている事や、長女の|観咲結奈«みさきゆな»が仕事先から支給される食材、それらを料理するのに2人分も3人分も変わらないから、という事でいつもお誘いがあるのだ。

 日中はエヴァのトーラス理工学研究所T-SERAへ寄り、異粒子や異生物についての研究に目を通している。
 といっても重要なエレメンタルアーツ研究室はギアーズ重工に破壊されたままなのでこれについての大きな進展はない。

 だがそこでは異生物の発現傾向も研究しており、俺はそこで異生物発生分布率について一定の規則性を見つけ出していた。
 そして観咲家のいるこの八幡宮町に発現する周期をみつけ出し今日の昼間、彼女のいる場所まで来ていた。

 こんな身体になった俺をこの姉妹は普通の人間として接してくれている。
 未だ連絡もよこさない唯一の肉親である父親よりも、よっぽど俺にとっては大切な存在だ。
 だから何に変えてでもこの街を守る必要があった。

 そして花凛を助け出した事である重大な予測が、確信として自分の中に生まれてしまった。
 あの周期分布の予測が正しければ、
 東京はこのままだと・・・・。


「あれ?家の前に車が停まってる」

 家が見えてくると観咲家自宅の前に数台の車が停まっていた。
 玄関の前には長女の|観咲結奈«みさきゆな»が俺達の帰りを待っていたようだ。
「花凛、遥架君!」

 黒塗りの車が道いっぱいに埋められており、ただ事ではない様子が伺えた。

「お姉ちゃん、なにコレ。全部うちのお客さん?」
「結奈さんこんにちは。なんだか賑やかな事になっていますね」

「遥架君、全員あなたのお客さんよ」
「俺の? えっと・・・・ どちら様で?」

「警視監という方とその御一行様よ」

 なんと警視庁トップ2の超重役職の人間だ。

「・・・帰ります、お邪魔しました」

「え?遥架くん?どうしたの?」

 花凛が俺を引き留めようとする。
 結奈さんも俺を掴みにかかった。

「ダメ、あの人たち遥架くんが来るまでここで待ってるつもりなのよ?」

「これ絶対厄介な話です!
 そんな超絶偉い人、俺は知りません!」

「すでに厄介な状態になってるの!
 うち狭いのに台所までギュウギュウに刑事さんが立ってて料理できないで困ってるのよ」

「え?それ困る。私お腹減ってたから冷蔵庫のゼリーを食べたかったのに。
 遥架君!上がって上がって!」

 くっ!・・・・家事とおやつに俺の危機がトレードされてしまうのか!
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