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私にまつわる日常的な困難について
思わぬ賓客の襲来
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校長室の扉をたたくと、副校長が冷や汗をふきながら慌てて出てきた。
「マルセル君!きみ、なにをしとるのかね!!」
ツルツルに光る頭に渡された数本の毛束を元の位置に戻しながら、副校長が言った。
この学園に入学してからこのかた、こんなに叱られたことのない私は入り口付近でちょっと思案してしまう。私はなにをしたんだろう?
「副校長、そのように怒鳴り付けてはクローディアスも困るだろう、とにかく入ってもらいなさい」
その声には聞き覚えがある。私は嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、後ろ手に扉をしめた。
「やあ、ひと月ぶりだねクローディアス。私がわかるか?」
まるで自分の部屋ででもあるようにくつろいでいるのは、
「ヴィルヘルム皇太子殿下、お久しぶりでございます。あの、私がなにか…?」
夜会のときといい、何故このお方は私をこう窮地に陥れたいのだろう。
いや、まあ家と家との間柄からいって私を叩いておくにこしたことはないのだろうけれども。
「わたくしがお呼びだていたしました」
それまで黙っていた校長が、口を開いた。下品にならないていどに胸元の開いたスーツ姿の、40がらみの女性である。
校長は、皇太子の座る椅子の後ろへ立って、難しい表情で考えながら話をはじめた。
「殿下におかれましては、身におぼえが御座いますでしょう?」
なにを言い出したんだ、このひとは。
「なんだろう?わからないが」
そらとぼけているとしか思えない言い方で、皇太子はお茶を啜る。
「マルセル君、あなたは?」
私はため息をつき、噂のことでしょうか、と尋ねた。
「あれは単なる噂に過ぎません。皇太子殿下の品位にも、ひいては王家の威信にも関わるので、できるだけ早く立ち消えて欲しいとはおもっております」
私の答えに、校長は満足したようでうんうんと何度も首を縦に振った。
「では、夜会でふたりが睦まじく踊ったというのは、噂にすぎないのですね?」
体の血がすべて下がるとこんな風になるんだな、とふらつく頭を抱えた。
皇太子はニンマリと唇をひきあげた。ああ、美形というのは、こうも恐ろしい顔もできるものなのか。
「踊ったよ、特に意味はないが、彼が気に入ったので誘ってみた。あの夜はことのほか楽しかったよ、クローディアス」
ふふ、と意味深に笑いかけてくる。
嘘を言うな、あんたはかわいいデビュタントとお近づきになりたかっただけだろうが!と怒鳴り散らしたい気持ちになったが、とにかく深呼吸して怒りを逃がそう…逃がそう…。
「副校長、マルセル侯爵に今すぐ連絡をとれますか?残念ですがクローディアス・マルセルは退学処分にし、殿下とは隔離するために幽閉するか、遠島にするしか…」
何の咎なんですか、とは訊けなかった。駄目だ、このまま黙っていたら、男でありながら皇太子を誘惑した罪で(最悪の罪だな!)投獄される!
最悪なのは、一生私が男色家として記録されることだ。
誤解無いよういっておく。
いいんだ、ヴィルヘルム皇太子殿下が男子生徒が好きだろうが、どこか知らない国の伯爵の伴侶が髭の男爵だろうが。だが、私は可愛い令嬢と、ささやかながら幸せな家庭を築きたい。
それだけなんだ、本当にそれだけなんだ。
「お二人のどちらかにでも、婚約者がいらっしゃれば、このような騒ぎにならずにすんだのですけれどもねえ。殿下もマルセル君も、女子にあまり興味は無い、というのがね…」
校長のこの言葉に、つい口をすべらせた。
「いますよ、好きな女性くらい」
ざ、と衣擦れの音がするほどの勢いで、三人がこちらを見た。
「マルセル君、あなた、いま、なんと?」
校長と副校長はすがるような目でこちらを見る。そうだよな、こんな、王家と侯爵家の存亡に関わるような醜聞なんて、いち教員には荷が重いんだろうな…
「できれば、婚約したいと思っている女性がいます。皇太子殿下もご存知かと」
睨み付けたのは、半分演技、半分は本当にこの茶番に巻き込んだ怒りによるものだ。
「君はあの日彼女を、単なる幼馴染と言わなかったか」
そう言われてやはり、皇太子はエリーゼを狙って来たのだ確信した。
「あれは殿下がエリーゼと親しくしたい、とご所望であれば、私は身を引く所存で申したまでです。私がエリーゼを想ったとして、マルセル家は王家に忠実であるべきだと考えました…エリーゼはとても美しいですから、殿下のお目にとまっても仕方ないかと」
そう言って制服の膝を握った。本音をいえば、別にエリーゼでなくても全くいいんだけれど、なにかこう…この勢いで押して行けそうだな、と思ったのだ。
「……クローディアス、お前の忠誠心にかこつけてつまらぬ悪戯をしてしまったな」
ふ、と皇太子が口元に笑みを浮かべた。
「少々不穏な噂をきいたゆえ、叩いておくにこしたことはないかと思ってしまった」
やっぱりな、と言いたい気持ちをおさえて、校長を見た。
「成る程、若いひとたちは情熱的ね。マルセル生徒会長、そのエリーゼという女性はいまどこに?」
「コーデリア宰相の令嬢だそうだ、そういえば睦まじくおどっていたな、夜会の日も。声をかけようとおもったが、先にふたり連れ立ってひと気のない場所へ消えてしまった」
また私のことをさりげなく貶してくる。
エリーゼと踊れなかったから恨みに思ってたんだな、皇太子は。だったら途中でエリーゼから離れなきゃいいだろうに、他の令嬢にも愛想をふりにいっていたじゃないか。
「成る程、後程マルセル侯爵はコーデリア宰相とお話すべきようですわね」
よくわからないところに着地したな、と思いつつ、男娼同然の謗りはまぬがれたらしい、と私はため息をついた。
「マルセル君!きみ、なにをしとるのかね!!」
ツルツルに光る頭に渡された数本の毛束を元の位置に戻しながら、副校長が言った。
この学園に入学してからこのかた、こんなに叱られたことのない私は入り口付近でちょっと思案してしまう。私はなにをしたんだろう?
「副校長、そのように怒鳴り付けてはクローディアスも困るだろう、とにかく入ってもらいなさい」
その声には聞き覚えがある。私は嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、後ろ手に扉をしめた。
「やあ、ひと月ぶりだねクローディアス。私がわかるか?」
まるで自分の部屋ででもあるようにくつろいでいるのは、
「ヴィルヘルム皇太子殿下、お久しぶりでございます。あの、私がなにか…?」
夜会のときといい、何故このお方は私をこう窮地に陥れたいのだろう。
いや、まあ家と家との間柄からいって私を叩いておくにこしたことはないのだろうけれども。
「わたくしがお呼びだていたしました」
それまで黙っていた校長が、口を開いた。下品にならないていどに胸元の開いたスーツ姿の、40がらみの女性である。
校長は、皇太子の座る椅子の後ろへ立って、難しい表情で考えながら話をはじめた。
「殿下におかれましては、身におぼえが御座いますでしょう?」
なにを言い出したんだ、このひとは。
「なんだろう?わからないが」
そらとぼけているとしか思えない言い方で、皇太子はお茶を啜る。
「マルセル君、あなたは?」
私はため息をつき、噂のことでしょうか、と尋ねた。
「あれは単なる噂に過ぎません。皇太子殿下の品位にも、ひいては王家の威信にも関わるので、できるだけ早く立ち消えて欲しいとはおもっております」
私の答えに、校長は満足したようでうんうんと何度も首を縦に振った。
「では、夜会でふたりが睦まじく踊ったというのは、噂にすぎないのですね?」
体の血がすべて下がるとこんな風になるんだな、とふらつく頭を抱えた。
皇太子はニンマリと唇をひきあげた。ああ、美形というのは、こうも恐ろしい顔もできるものなのか。
「踊ったよ、特に意味はないが、彼が気に入ったので誘ってみた。あの夜はことのほか楽しかったよ、クローディアス」
ふふ、と意味深に笑いかけてくる。
嘘を言うな、あんたはかわいいデビュタントとお近づきになりたかっただけだろうが!と怒鳴り散らしたい気持ちになったが、とにかく深呼吸して怒りを逃がそう…逃がそう…。
「副校長、マルセル侯爵に今すぐ連絡をとれますか?残念ですがクローディアス・マルセルは退学処分にし、殿下とは隔離するために幽閉するか、遠島にするしか…」
何の咎なんですか、とは訊けなかった。駄目だ、このまま黙っていたら、男でありながら皇太子を誘惑した罪で(最悪の罪だな!)投獄される!
最悪なのは、一生私が男色家として記録されることだ。
誤解無いよういっておく。
いいんだ、ヴィルヘルム皇太子殿下が男子生徒が好きだろうが、どこか知らない国の伯爵の伴侶が髭の男爵だろうが。だが、私は可愛い令嬢と、ささやかながら幸せな家庭を築きたい。
それだけなんだ、本当にそれだけなんだ。
「お二人のどちらかにでも、婚約者がいらっしゃれば、このような騒ぎにならずにすんだのですけれどもねえ。殿下もマルセル君も、女子にあまり興味は無い、というのがね…」
校長のこの言葉に、つい口をすべらせた。
「いますよ、好きな女性くらい」
ざ、と衣擦れの音がするほどの勢いで、三人がこちらを見た。
「マルセル君、あなた、いま、なんと?」
校長と副校長はすがるような目でこちらを見る。そうだよな、こんな、王家と侯爵家の存亡に関わるような醜聞なんて、いち教員には荷が重いんだろうな…
「できれば、婚約したいと思っている女性がいます。皇太子殿下もご存知かと」
睨み付けたのは、半分演技、半分は本当にこの茶番に巻き込んだ怒りによるものだ。
「君はあの日彼女を、単なる幼馴染と言わなかったか」
そう言われてやはり、皇太子はエリーゼを狙って来たのだ確信した。
「あれは殿下がエリーゼと親しくしたい、とご所望であれば、私は身を引く所存で申したまでです。私がエリーゼを想ったとして、マルセル家は王家に忠実であるべきだと考えました…エリーゼはとても美しいですから、殿下のお目にとまっても仕方ないかと」
そう言って制服の膝を握った。本音をいえば、別にエリーゼでなくても全くいいんだけれど、なにかこう…この勢いで押して行けそうだな、と思ったのだ。
「……クローディアス、お前の忠誠心にかこつけてつまらぬ悪戯をしてしまったな」
ふ、と皇太子が口元に笑みを浮かべた。
「少々不穏な噂をきいたゆえ、叩いておくにこしたことはないかと思ってしまった」
やっぱりな、と言いたい気持ちをおさえて、校長を見た。
「成る程、若いひとたちは情熱的ね。マルセル生徒会長、そのエリーゼという女性はいまどこに?」
「コーデリア宰相の令嬢だそうだ、そういえば睦まじくおどっていたな、夜会の日も。声をかけようとおもったが、先にふたり連れ立ってひと気のない場所へ消えてしまった」
また私のことをさりげなく貶してくる。
エリーゼと踊れなかったから恨みに思ってたんだな、皇太子は。だったら途中でエリーゼから離れなきゃいいだろうに、他の令嬢にも愛想をふりにいっていたじゃないか。
「成る程、後程マルセル侯爵はコーデリア宰相とお話すべきようですわね」
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