婚約者の様子が(かなり)おかしい。

西藤島 みや

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婚約者による強制的ななにかについて

妻になる人

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翌日のことは、あまり思い出したくもない。


勿論、宰相は一人娘のエリーゼをたぶらかした私に怒り心頭だったし、そもそもそういう仲ではない、と説明していた父や周りの従者やエリーゼの侍女にまでその怒りは波及しそうだった。

私はただひたすら頭を下げていた。

そもそも私とエリーゼの仲というのは、そうしたものではなく、単なる幼馴染の友人に他ならなかった。だからエスコートもしたし、あの日皇太子に紹介だってしたのだ。だというのに!

「エリーゼ、お前はクローディアスとどうしたいのだ?」
宰相はひざまづいている私を睨み付けながら、隣に座るエリーゼに尋ねた。

「クローディアスさまと一緒になります、お父様。クローディアス様はお嫌だと思いますけれど、家の為でしたら、しかたがないですわよね?」
エリーゼ、やめてくれ、たしかにそういう部分が多々あってここにきているけれど。

宰相はただでさえ深い眉間の溝をさらに深くして、
「成る程、あのマルセルの息子とは思えぬ策略家だな…しかし、娘婿とはいえ、私がなんでもいいなりになると思わぬことだ」
と私を蔑んだ目で睨み付けた。私は曖昧な笑みを浮かべながら、
「肝に命じて」
とうなづいた。




緊張と屈辱の面会から解放されて、エリーゼとふたり宰相邸の庭に出た。前に落ち着いて話をしたのは春の終わりの薔薇の季節だったから、半年もまえになる。まずはなにか話を…とエリーゼのまるい頭を見下ろした。

「うちのお父様もお母様も庭に興味がないもので、あまり綺麗ではないの」
ぽつりと言われて、周りを見渡した。

たしかに手入れは行き届いているが、うちのような花や実のつく草木はなく、石作りの回廊に柘植と芝とを幾何学的に植え込んだ庭園だ。近年はこうした
人工的な庭園が流行らしい。

「わたくしはこういう庭園より、薔薇やカミツレの咲く方が好き」
と言いながら私をふりかえった。

秋の柔らかな光に透けるような、儚げな微笑み。こんなに美しいひとに、ほかで出会ったことはない。
エリーゼの前には、どんな美しい花もそれを飾る額縁に過ぎないだろう。



幼いころから一緒にいたけれど、それをエリーゼに伝えたことはない。
エリーゼは有力者の娘、わたしはいつか羊飼いになるつもりの斜陽貴族だからだ。それを言葉にする権利は、私にはないと思っていた。だけれどこれはいうなれば、ひとつの機会かもしれない。


「エリーゼ、私の出来る限りでもって…」
話し出した私の口を、柔らかいエリーゼの手のひらが押さえた。いい薫りが鼻を擽る。カミツレとラベンダーのポプリだろうか?

星のように光を宿した瞳が、私をみつめて緩やかに瞬きをしている。
「クローディアスさま、嘘の約束は必要ありません。わたくしはクローディアス様の足枷にはなりたくありませんの」

どうしてだろう、心のそこが冷える。いつもなら笑って受け流している、エリーゼのその物言いがとても腹立たしく感じて、私の口を押さえる手を無理やり引き剥がした。

「……覚えているんだな、これは君が決めたことだ」
ひざまづいて愛を請う?無理だ、そんなことをして、また必要ないだの信じられないだのと言われたら、私は多分二度とエリーゼとまともに話せない。


私はエリーゼから離れ、庭の回廊を進んだ。その奥に、噴水と水路が見えた。その噴水を睨み付け、王宮殿の噴水を壊したという見知らぬ男のことを思い出す。つい、舌打ちが出た。

慌ててついてきていたエリーゼが、はっと息を飲むのがきこえたけれど、気持ちを持ち直すこともかなわない。


エリーゼは私を愛してはくれない。愛するのは、まだあったことのない例の『訪い人』だから。でも、結婚はしてくれるそうだ。ありがたくて笑えてくる。

何に絶望しているのか自分でもわからない。どうせはじめから何も望んではいなかったのに。なぜエリーゼは、こんな生殺しのような残酷な真似を、平気でできるのか?



泣きながら走り去りたい気持ちをようやく押さえつけられたのは、広大な宰相邸の庭をうろうろと歩き回った挙げ句のことだった。

「ともかく私と君は婚約者同士だ。よろしく頼むよ」

結局、もとの場所までもどってきた私が言えたのはそれだけ。エリーゼはええ、と答えてから、さっさと屋敷へ引っ込んでしまった。
疲れさせてしまったな、とも思うけれど、正直これくらいの仕返しはさせてもらいたい。

なにせこちらはプロポーズを聞きたくないなどと言われるという、最悪の事態に見舞われたのだから。


私は宰相に再び挨拶をして、宰相邸をあとにしたのだった。
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