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婚約者による強制的ななにかについて
星祭の広場で
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本格的な星祭のマーケットが始まるのは年のおわり、新年になるまでの一週間の間だ。いまはまだ準備のために設営された屋台と、その合間に張り巡らされた灯りだけが煌々とついていた。
その間を、エリーゼの手をとって歩いて行く。年の終わりともなればかなり冷えるものだけれど、この日は雪もなく、いつになく暖かい夜だった。
「それで、読んだというのは?」
屋台の端まで行って、ぽつぽつと開いていた店の中から温かい紅茶を選んで買い、それぞれ手にして花壇の横のベンチに座った。
「私はエリーゼ。コーデリア伯爵家、この国の宰相の娘です」
突然名乗られて、面食らった。そうだね、と曖昧に笑うしかない。
「それは間違いありませんの。ですが、なぜかは分かりませんけれど、他の人の記憶があるのですわ」
…うん、何をいっているのかやっぱり不明だな。
ふう、と紅茶を吹いてから口に含むと熱いお茶の中に甘いラムの風味がたちのぼった。このわずかな量で酔ったのかな?などと頬をかいていると、
「またおかしなことを言い出したとお思いでございましょうね?」
そう言ってから、私の手をさっと握った。
「わたくし、これからここで起こることを当ててみせます。そうしたら、信じてくださいませね?」
そう言ってエリーゼは立ちあがり、王宮殿の門扉をゆびさしたのだ。
「左端の、厩につながる小さい門扉をごらんになっていらして?」
エリーゼはそう言うとこちらに来て、と私の手をひいた。さすがに冷えてきたのか、ゆびがつめたい。
私はそっとその手を私の外套のポケットへいれた。そんなちいさな接近にも、わたしの心臓は高鳴る。
だが、そんなことはエリーゼには全く些末なことのようで、王宮殿のほうをじっと見ている。
私とエリーゼは身を寄せあう様にして、天幕の陰に潜んでいた。
「皇太子がいらっしゃるわ」
囁かれて、門を見た。厩を通って、こんな時間に皇太子がひとりで?あり得ないことを言うエリーゼに首を傾げている私の前で、門扉が開いた。
ヴィルヘルム皇太子だ。そんな馬鹿な、と呆然としている私のまえで皇太子は、王宮殿の外門に沿ってかけていった。
「どうして」
私が呟くと、エリーゼはポケットに入っていた手を抜いて私の両手をにぎって、自分の胸の前へ持ってゆき、ぎゅっと目をつぶり、またひらいて
「愛です、クローディアスさま」
と言った。
「ヴィルヘルム皇太子はリア公爵夫人のところへまいりましたの!このあとふたりは…!」
その声量に驚き、私は手を振り払おうとした。が、興奮しきりと言った具合のエリーゼは、私の手をしっかり握って離さない。
仕方ない、私達は婚約者だ。
「!?」
エリーゼが手を緩め、私の上着の二の腕辺りを掴んだ。柔らかな唇は、しっとりと濡れていて、そのあまりの甘美な感触に私は意識が遠退きそうになる。
もっと続けたい、という心を押さえつけ、私は唇を離した。
「クローディアス様?」
「あの声の大きさでは、聞こえてしまうよ」
私が言うと、耳まで赤くなって唇を押さえながら、あ、そうなのですね?と頷いた。
「鉄の仮面と言われるクローディアスさまが、敵役のエリーゼにキスなんて、そんなのどこにも書いてなかったですものね」
鉄の仮面?なんなんだろう、それは。そんな便利なものが備わっているなら、私は今ごろこんなに苦労していない。心臓は今も弾けて飛び出しそうなほどだし、もしかして鼻息とかも少し荒かったりしたら、嫌だな…と、無意識に鼻と口元を隠した。
「それで、なぜ君は皇太子があの場所へ出てくると知っていたの?」
なにげなさをよそおってベンチに戻る。先ほど置いてきたカップは、まだ温かかった。それを飲むと、少しは落ち着いた気分になれた。
エリーゼは頬を両手で挟んでみたり、首をふったりしながら私の隣にすわり、え、ああ、と深呼吸をした。
「なんでしたっけ?あ、ああ、私は12歳の女の子の記憶があるんです。
どこの誰とか、そのあとどうしたかとかは分からないのですが、その、女の子が好んでいたのが、いつもお話している異世界転移ものの物語で。
ですが、私が覚えている事柄は断片的なのです。残念ながら分かるのはこの物語の、クローディアス様とユーリのことと、自分が12歳の平民の少女だということだけ。
なので『訪い人』としては全く不十分なのですわ」
おっと、まただ。エリーゼと話していると、こうして外国語のような言葉の波に戸惑う。
「今日の夜、皇太子はリア公爵夫人と愛をたしかめあいますの。そうして…」
まってくれ、と手をあげてエリーゼを制した。先程からあってはならない醜聞を聞かされている気がする。
エリーゼはちょっと首をかしげて、私の言葉を待っている。
「君の言葉は信じよう」
私はそう言って、たちあがった。
「君は確かにほかの女性とは、幾分ちがうところがあるからね」
その間を、エリーゼの手をとって歩いて行く。年の終わりともなればかなり冷えるものだけれど、この日は雪もなく、いつになく暖かい夜だった。
「それで、読んだというのは?」
屋台の端まで行って、ぽつぽつと開いていた店の中から温かい紅茶を選んで買い、それぞれ手にして花壇の横のベンチに座った。
「私はエリーゼ。コーデリア伯爵家、この国の宰相の娘です」
突然名乗られて、面食らった。そうだね、と曖昧に笑うしかない。
「それは間違いありませんの。ですが、なぜかは分かりませんけれど、他の人の記憶があるのですわ」
…うん、何をいっているのかやっぱり不明だな。
ふう、と紅茶を吹いてから口に含むと熱いお茶の中に甘いラムの風味がたちのぼった。このわずかな量で酔ったのかな?などと頬をかいていると、
「またおかしなことを言い出したとお思いでございましょうね?」
そう言ってから、私の手をさっと握った。
「わたくし、これからここで起こることを当ててみせます。そうしたら、信じてくださいませね?」
そう言ってエリーゼは立ちあがり、王宮殿の門扉をゆびさしたのだ。
「左端の、厩につながる小さい門扉をごらんになっていらして?」
エリーゼはそう言うとこちらに来て、と私の手をひいた。さすがに冷えてきたのか、ゆびがつめたい。
私はそっとその手を私の外套のポケットへいれた。そんなちいさな接近にも、わたしの心臓は高鳴る。
だが、そんなことはエリーゼには全く些末なことのようで、王宮殿のほうをじっと見ている。
私とエリーゼは身を寄せあう様にして、天幕の陰に潜んでいた。
「皇太子がいらっしゃるわ」
囁かれて、門を見た。厩を通って、こんな時間に皇太子がひとりで?あり得ないことを言うエリーゼに首を傾げている私の前で、門扉が開いた。
ヴィルヘルム皇太子だ。そんな馬鹿な、と呆然としている私のまえで皇太子は、王宮殿の外門に沿ってかけていった。
「どうして」
私が呟くと、エリーゼはポケットに入っていた手を抜いて私の両手をにぎって、自分の胸の前へ持ってゆき、ぎゅっと目をつぶり、またひらいて
「愛です、クローディアスさま」
と言った。
「ヴィルヘルム皇太子はリア公爵夫人のところへまいりましたの!このあとふたりは…!」
その声量に驚き、私は手を振り払おうとした。が、興奮しきりと言った具合のエリーゼは、私の手をしっかり握って離さない。
仕方ない、私達は婚約者だ。
「!?」
エリーゼが手を緩め、私の上着の二の腕辺りを掴んだ。柔らかな唇は、しっとりと濡れていて、そのあまりの甘美な感触に私は意識が遠退きそうになる。
もっと続けたい、という心を押さえつけ、私は唇を離した。
「クローディアス様?」
「あの声の大きさでは、聞こえてしまうよ」
私が言うと、耳まで赤くなって唇を押さえながら、あ、そうなのですね?と頷いた。
「鉄の仮面と言われるクローディアスさまが、敵役のエリーゼにキスなんて、そんなのどこにも書いてなかったですものね」
鉄の仮面?なんなんだろう、それは。そんな便利なものが備わっているなら、私は今ごろこんなに苦労していない。心臓は今も弾けて飛び出しそうなほどだし、もしかして鼻息とかも少し荒かったりしたら、嫌だな…と、無意識に鼻と口元を隠した。
「それで、なぜ君は皇太子があの場所へ出てくると知っていたの?」
なにげなさをよそおってベンチに戻る。先ほど置いてきたカップは、まだ温かかった。それを飲むと、少しは落ち着いた気分になれた。
エリーゼは頬を両手で挟んでみたり、首をふったりしながら私の隣にすわり、え、ああ、と深呼吸をした。
「なんでしたっけ?あ、ああ、私は12歳の女の子の記憶があるんです。
どこの誰とか、そのあとどうしたかとかは分からないのですが、その、女の子が好んでいたのが、いつもお話している異世界転移ものの物語で。
ですが、私が覚えている事柄は断片的なのです。残念ながら分かるのはこの物語の、クローディアス様とユーリのことと、自分が12歳の平民の少女だということだけ。
なので『訪い人』としては全く不十分なのですわ」
おっと、まただ。エリーゼと話していると、こうして外国語のような言葉の波に戸惑う。
「今日の夜、皇太子はリア公爵夫人と愛をたしかめあいますの。そうして…」
まってくれ、と手をあげてエリーゼを制した。先程からあってはならない醜聞を聞かされている気がする。
エリーゼはちょっと首をかしげて、私の言葉を待っている。
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