不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし

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蒼ざめたおしどり

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松崎加奈が部屋を出て行ってから少し間を置いて、小田切は次に愛梨と海人夫妻を連れて来た。
部屋に入って来た2人の表情はとても陰鬱で、それでも比較的落ち着いている雰囲気の海人に対して、愛梨は顔面蒼白で憔悴しており目元は泣き腫らしていたのか浮腫んでおり、海人に腕を支えられながらやっと歩いていられるといった様子だった。
2人は加藤に促されて並んでソファに座った。ソファに座ってからも、海人は愛梨の手に自らの手を優しく添えているのが印象的だった。
きっと、憔悴した愛梨を何とか支えようと、自らが常に寄り添っていると安心させようとしているのだろう。
事情聴取は、環や美智、松崎加奈の時と同じように、加藤の紋切り型の挨拶で開始された。
「まず、お二人に伺いたいのですが、お二人はいつ頃に龍昇ちゃんの部屋に着きましたか?」
加藤の質問に、愛梨と海人は互いに何かを目で訴えているようだった。
口を開いたのは、意外にもいつもの笑顔が消えた海人の方だった。
「妻は今回のことで少しナーバスになっております。ご質問については、なるべく私からお答えするようにいたします」
「わかりました、奥様、無理はなさらずにしてください」
「質問についてですが、私たちが部屋に着いたのは、ジムで9時半頃まで汗を流してから行ったので、40から45分くらいになると思います」
海人が答えた。時間的には、藤波綾香の証言と概ね合っている。
「藤波さんのお話しですと、ほぼ毎日のように龍昇ちゃんのもとへ来ているそうですが、それで間違いないですか?」
「そうですね、毎日ジムの後で寄らせてもらってます」
海人は愛梨の手を摩りながら、ゆっくりとした口調で淡々と答える。ジムで会った時は、ただ笑顔でいるだけでほとんど言葉を発しなかっただけに、いざ妻のピンチな時はしっかりと守る姿勢を見せることに、俺は温和なだけでない海人の違う一面を見つけた気持ちになった。
「部屋に着いた時、何か気づいたことなどありませんでしたか?」
「そうですね・・・強いて言えば、藤波さんがなかなか部屋に入れてくれなかったことでしょうか。でも、時間も時間でしたし、仕方のないことなのでしょうけど」
「普段はそんな事ない?」
「えぇ、いつもはもっと早い時間に行くので。今夜はインストラクターの寺門君と話し込んでしまったせいで、いつもより1時間以上遅い時間に行ったので、仕方ないですよね」
「でも、結局は入れてもらえた、と?」
「はい、妻の熱意に免じて許してくれたのだと思います」
なるほど、子供が大好きだが恵まれない2人にとっては、毎日龍昇ちゃんに接することが、変わり映えのしない日常の癒しになっていたのかもしれないな。
「龍昇ちゃんの様子はどうでしたか?いつもと違うことや、気づいたことなどありませんか?」
「特には・・・ただ、時間が遅かったせいか、グッスリ寝ていました」
海人は落ち着いて答えるが、隣に座っている愛梨は唇を真一文字に結び、海人の手を強く握りしめているのがわかる。
「普段は抱っこしたりしないんですか?」
「たまに、藤波さんの許可を得て抱っこさせてもらうことはあります。しかし、昨日はそういうことはしていません」
「今夜は何分くらい滞在されていたのですか?」
「5分もいなかったと思います。龍昇ちゃんも既に寝ていたので、長居はしませんでした」
「奥さん、それでお間違えないですか?」
加藤は愛梨に話を振る。しかし、愛梨はさっきからずっと表情を変えぬまま、加藤の問いかけに答えなかった。
「奥さん?」
「えっ?あぁ、すいません。もう一度いいですか?」
「海人さんの証言に間違えはないですか?」
「えっ・・・えぇ、夫の言うとおりで間違いないです」
「すいません、彼女は気が動転しているようです。ついさっきまで生きていた龍昇ちゃんが急に亡くなったので、ショックが大きいのだと思います」
海人がすかさずフォローをする。
「えぇ、わかりますよ。あまりにも突然すぎて、受け止めきれないのですよね」
加藤も痛々しい様子の愛梨を見て、同情の言葉を投げかける。
「部屋にいる時に、何か普段と違う様子はありませんでしたか?何かが無いとか」
俺は海人に向かって質問した。
「そうですね・・・特に無いですね」
海人がそう答えた時、愛梨が海人の腕を掴んで引っ張った。
「何かある?愛梨さん?」
「いえ、失くなっている物はありませんでした」
愛梨はやっとのことで言葉を吐き出すと、続けて大きく息を飲み込んだ。だが、それに続く言葉が出ないようだった。
「わかりました。それでは最後にもう一つ。お二人が部屋を出た時、何か見たとか気づいたとか、そういうことはありませんでしたか?」
加藤の問いかけに、愛梨と海人は互いに顔を見合わせて、意を決したように小さく頷いた。
「あの、私たちの気のせいかもしれないんですけど、誰かが階段を駆け降りる足音が聞こえたんです」
「誰か近くにいたと?」
その場にいた俺たちが気色ばんだ。
「えぇ、でも聞き違いかもしれません」
「それは、どんな足音でしたか?」
「う~ん。廊下も階段も絨毯が敷いてあるから、何か特徴があるかと言われてもよく分かりませんね」
少し考えた末に、海人は低く唸って答えた。
「ちなみに、その足音を聞いた時間を聞いてもいいですか?」
「私たちが部屋を出た直後なので、9時50分くらいだと思いますが」
「その時、藤波さんも一緒にいましたか?」
俺は、愛梨と海人に尋ねてみた。
「えぇ、一緒に部屋の外に出たのでいましたよ」
海人の返答に、俺たちは顔を見合わせた。藤波に事情聴取した時、彼女は足音については全く触れていなかった。そうなると、どちらかが嘘をついているのか、それとも忘れたのか、気づいていなかったのか、思い違いか。何にしろ、藤波には再度確認する必要がありそうだ。


愛梨と海人が部屋を出て行ってから、俺たちは2人の証言を検証してみることにした。
「結局、愛梨夫人からは何も聞き出せずじまいでしたな」
加藤が仕方ないとは思いながらも、焦燥感のこもった様子で口にした。
「えぇ、海人の証言だけで、どこまで有益な証言を得られたのかは疑問かもしれないですね」
「だけど、2人の証言から、現場近くに誰かいた可能性は出てきたな」
小川は2人の証言から引き出した情報に、僅かながらの希望を見出したかのように、1人で頷いていた。
「そうなると、この屋敷にいる者全員に可能性が出てきたわけですね」
加藤の表情には、せっかく三組にまで絞られた可能性がひっくり返されて、スタート地点に戻ってしまった徒労感が滲んでいるようだった。
「どうする、小林。これから全員のアリバイを確認するか?」
「いや、その前に第一発見者となった、昇仁と麻谷麗から当時の様子を聞いてみようじゃないか」
「大丈夫か?麻谷麗はかなり取り乱していたみたいだが」
「しかし、いずれは2人に話を聞いてみなければならない。どこまで証言を引き出せるかは未知数だが、早いに越したことはないだろう」








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