不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし

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愛人1号

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客間のドアの外から女性と思われる金切り声が近づいて来る。
金切り声がドアの前で止まると同時に、ものすごい勢いでドアが開き、松崎加奈が顔を怒りで真っ赤にしながら部屋に雪崩れ込んできた。
「どういうことなのよ!このあたしが疑われるなんて、これであたしが無罪だったら訴えてやるわ!」
松崎加奈の怒りは止まる事を知らないようで、連れ立って来た小田切も成すすべなくオロオロとするばかりだった。
しかし、男3人の部屋に女性が1人では何か問題があってからでは遅い。
小田切には気の毒だが、事情聴取には立ち会ってもらわざるを得ない。
「夜遅くに申し訳ありません、お気持ちは察しますが事情が事情なので、少しお付き合い下さい」
怒り狂っている松崎加奈を前にしても、ベテランの加藤は落ち着いて対応している。
「そんなのあたしには関係無いわ!あんなアバズレの産んだガキなんか、どうなろうが知ったこっちゃないわ!あたしは眠いのよ、さっさとこんな茶番終わらせてちょうだい!」
相手が刑事であろうとも容赦なく食ってかかる、なんとも気の強い女だ。俺もそれなりに生きて来ていろいろな女を見てきたが、松崎加奈ほど気性の激しい女は見たことがないかもしれないな。
「さぁ、何でも答えてやるわよ!さっさと終わらせましょう!」
松崎加奈は勢いよくソファに腰をおろす。ソファが大きな悲鳴を上げるように軋んだ。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、松崎さんが現場の部屋へ行った時間を教えてもらえますか?」
「そんなのいちいち時間なんて見てないわよ。藤波さんに聞いたらいいんじゃない?」
「藤波さんには先程お話を伺いまして」
「じゃあそれでいいじゃない!何度も同じこと聞いてる暇があるなら、さっさと解決してよ!」
全く話にならない。
「それじゃあ、私から聞いてもいいですか?」
俺はなるべく松崎加奈を刺激しないように、努めて柔和に語るように心がけてみた。
「あぁ、あなたね、皆んなが言ってた警察のスパイって?全く、事前にこうなること予想して潜り込んでいたのに、こんなことになるなんてね。警察って、本当に無能な連中ばかりね」
俺は探偵だけどな。
「松崎さんが龍昇ちゃんに会いに行ったのはどんな理由があってのことですか?」
俺は松崎加奈の暴言を無視して質問してみた。
「言霊ってあるでしょ?」
松崎加奈が俺たち3人を見渡しながら切り出した。
「言霊って、口に出した言葉には不思議な力があるってやつか?」
小川が、松崎加奈が何を言いたいのか分からずに答える。
「そう、まぁ大体そういう意味ね」
「それがどうしたんですか?龍昇ちゃんのことと、何の関係があるんですか?」
「例えば、切り花に褒め言葉をかけ続けると元気になって長持ちして、逆に悪い言葉をかけると枯れてしまう、みたいな話しを聞いてね、あたしもやってみようと思ったのよ」
松崎加奈が10代の悪戯好きな女の子のように、笑いを抑えながら説明する。
「花と同じようになるのか、龍昇ちゃんで試してみた、というわけですね」
「小林さん、でしたっけ?察しがいいわね。そう、あのアバズレの生んだガキがどうにかなればいいと思って、たまに行ってたのよ」
なんとも、そんな話しを真に受けて実行するとは、大人気ないというか、幼稚というか、何を考えているのだろう?いい大人が。
「それ、本気で信じてやってたんですか?」
小川が呆れて鼻で笑う。
「何よ!?だって実際殺すこともできないんだし、あのアバズレが来てガキが生まれたことで、この家はおかしくなってしまったのよ!その程度のことしたっていいじゃないの!」
「物騒な話しですね」
方法はどうであれ、松崎加奈の麻谷麗と龍昇に対する怒りや憎しみは相当のもののようだ。これは、立派な殺意と言えるだろうか?
「煙草吸ってもいいかしら?」
「この部屋で喫煙してもいいならどうぞ」
松崎加奈は加藤の許可を得てから、おもむろにシガレットケースを取り出して、煙草に火をつけて煙を吸い込み、鼻から煙を吐き出した。
「今回の件、松崎さんはどのように考えていますか?」
「ただの病死じゃないの?乳幼児にはそういうこともあるって言うじゃない?私の言霊が効いたのなら面白かったのにね」
松崎加奈は、喜びを抑えきれないかのように、声を押し殺して笑顔を見せていた。
「それで、いつもどおりあなたは龍昇ちゃんに罵詈雑言を浴びせていたわけですね?その時の龍昇ちゃんの様子はどうでしたか?」
「別に、いつもどおりよ」 
「何か普段と変わっていた様子など覚えていませんか?」
「別に、何も無いわよ」
「何がいつもと同じなのか、具体的に伺えますか?」
「うるさいわね。いつもどおりはいつもどおりなのよ!」
肝心なことは具体的な供述を得られそうにも無い。どうしたらいいものか?
「松崎さんは、どうして美智さんを烏丸家の養子に出したのですか?」
俺は一旦、龍昇の件から離れた質問をしてみることにした。
「どうして?そんなの簡単よ。あたしたち親子が簡単に捨てられなくするためよ」
「つまりどういうことですか?」
「だって、私の娘のままだったら、簡単に捨てられると思いません?端金で縁を切られて、シングルマザーになるなんて真っ平ごめんよ。それに、美智が烏丸の養子になれば、少なくともあの子は安泰だわ」
「美智さんは、あなたが子供嫌いだから養子に出されたと思っているようですけど」
「そう思われているのなら、それならそれで仕方がないわ。今さら母親らしく振る舞うのも違う気がするし」
そう語る松崎加奈の表情や声音には、どことなく寂しさを含んでいるように聞こえた。
「話を戻します。部屋に着いたあなたは、藤波さんに龍昇ちゃんとの面会を求めましたね。その時、何かに気付いたと言うことは無かったですか?人影を見たとか、些細な違いでもいいんです、何か思い出せませんか?」
「そうね。いつもと違うといったら、藤波がなかなか面会を許してくれなかったことかしら」
「それは、既に龍昇ちゃんが寝ている時間だからだと思いますが」
「でも、普段ならすんなり許してくれるのに、その時は随分とごねていたわ。まぁ、あたしが一喝してやったら渋々入れてくれたけどね」
松崎加奈は、その時の様子を自慢げに語った。俺は、相変わらず大人気ない女だと思った。
「龍昇ちゃんの様子に、普段と違うところはありませんでしたか?」
「そうね、取り立てて普段と違っていたこともなく、いつもどおり可愛くなかったわ。違うと言えば、いつもはバタバタしているのに眠っていたことくらいかしら。元気だけが取り柄のクソガキよね」
「その時も寝ていた?」
「えぇ、グッスリと」
「そして、あなたはいつも通り寝ている龍昇ちゃんに向かって暴言を吐き続けたわけですね?」
「えぇ、それで間違え無いわ。もういいかしら、いい加減眠たくなってきたわ」
松崎加奈は、煙草を揉み消すと大きな欠伸をした。
「ありがとうございます。本日はこれで結構です。また何か進展がありましたらお話しを聞くことがあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「全く、さっさと解決してよね。まぁ、ただの病死だと思うけど」
最後は、あれほど怒っていた松崎加奈も、すっかり機嫌を取り戻して客間を出て行った。





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