it's a beautiful world.

あらんすみし

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新たな人柱

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部屋は暗い。
カーテンの隙間から、西陽が一筋射し込んでいる。
部屋の真ん中には、部屋の広さには相応しくないクイーンサイズのベッドが鎮座しており、その上には全裸の男女が抱き合って寝息を立てている。
不意にスマホから最近流行りのバンドの音楽が、部屋中に鳴り響き、女が気怠げにスマホを取り上げて音楽を止める。
「もう時間?」
一緒に寝ていた男が眠そうに目を擦りながら寝惚けた声を出す。
「うん、そろそろ仕事しないと。」
女はダボダボのTシャツを被った。
「美香子は仕事熱心だなぁ。」
「稼げるうちに稼がないとね。」
(誰かさんが働かないからね)
美香子はキッチンでケトルに水を注ぎ、お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。
「光臣も飲む?」
美香子はそれとなく光臣に尋ねる。
「俺も飲もうかなぁ。」
光臣が美香子のスマホを拾い上げる。
「おっ、仕事の依頼が来てるぞ。」
光臣が美香子にスマホを渡す。美香子はスマホを見て、早速仕事の依頼のメールに返事を返す。
光臣は、背後から美香子の体を抱きしめる。
「今日はどんな客?」
「んー?40歳だって。本番無しの口だけ。あまり実入は期待できないかな。」
美香子は光臣の腕を振り解き、シャワーを浴びる、と言って部屋を出た。

時間は22時。町外れにある大きな総合公園の人気の無い東屋で、美香子は客の男が来るのを待っていた。
天気が下り坂に向かうせいもあってか、今夜は涼しいな、もう一枚羽織ってくれば良かったかなぁ、と美香子は少し後悔した。
この時間になると、町外れの公園は人通りが皆無だった。
待ち合わせ場所の東屋も、僅かな街灯の灯りが照らすのみで、少し離れてしまうと人の姿を確認することも難しいかもしれない。
「まだかしら・・・?」
美香子がポツリと独り言を呟いたその時、東屋に近づいてくる足音と人影が見えた。
「遅ーい、もう帰ろうかと思っちゃいましたよー。」
美香子は精一杯、可愛らしい猫撫で声で客の男に媚びた。
「すいません、ちょっと仕事の準備に手間取ってしまって。」
男は40代半ばくらいの紳士的な外見の男だった。
ふーん、こんな真面目そうな人でも女なんか買うんだ?人は見た目によらずエロいわね。
「それじゃあ、さっさと気持ちいいことしましょうか。今夜はちょっと寒いわ。」
「ちょっと待って。誰か来る。」
美香子と男は、東屋の影に身を潜める。すると、少し離れたジョギングコースを走る人がいた。
やがてその男の姿が遠ざかると、2人は深いため息を吐いた。
「それじゃあ、早速・・・」
美香子が男のベルトを外そうと手を伸ばす。
「ちょっと待って。今日はそういうことをしたくて来たんじゃ無いんだ。」
男が美香子の手を押さえて制する。
「え?それじゃあ何をするの?」
「実は、私は小説家でね。今度書く作品の取材の一環で頼んだんだ。」
「へー、小説家さんなんだ?」
「まぁ、まだ全然売れてないけどね。」
男は照れ笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「それで、私は何をしたらいいの?」
「そうだなぁ。私に殺されてくれればそれでいいよ。」
美香子は一瞬、相手の男の言っている意味を図りかねた。
しかし、次の瞬間に悟った。今日が水曜日だったと。
美香子が逃げようと身を翻した時だった。美香子の首元に強烈な電撃が走った。
美香子はそのままもんどり打って倒れ、遠のく意識の中で男の声を聞いた。
「バカな女だなぁ。のこのこと殺されにやって来るなんて。」
あぁ、そうか、私、死ぬんだ。こんなことなら、部屋の掃除しておけば良かった。
美香子の瞳から、涙が一筋溢れた。
朦朧としている意識の中で、ぼんやりとした視界に男がナイフを振り上げて自分の胸に突き立てるのが見えた気がした。
幸せだった幼少期、次第に歯車が狂っていき、落ちぶれてしまった今の生活。
人は死ぬ時に、それまでの人生が走馬灯のように巡ると聞いたけど、これなんだな。
美香子は、そのまま安らかに殺された。
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