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約束の地
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私は家を飛び出すと、全てを始めた場所へと走った。
空は今にも大粒の雨が落ちてきそうな雲行きだった。
広い通りに出ると、私はそこからタクシーを拾って目的地へと急いだ。
途中、渋滞にハマってしまった為、そこからは走って向かうことにした。
走る。
走る。
全力で走る。
美華の事を考えながら走っていたら、大粒の雨が落ちてきた。
それは次第に激しさを増し、アスファルトに打ちつけて、私の鼻腔は埃の匂いに包まれた。
私は遂に全ての始まりである廃ビルに着いた。
途中、何度も挫けそうになったが、美華の事を思えば足を止める事なく走り続けることができた。
私は、残りの気力と体力を振り絞って階段を一段飛ばしで駆け上った。
全てが始まった場所・・・そう、それはこのビルから。
私が、水曜日の切り裂きジャックとして、全てを始めた場所。いわば、聖なる場所。
そこに私は再び舞い戻った。まるで、聖なる土地、約束の地に帰還した王のようなもの。
しかし、その王は今や裸の王様だった。
目的のフロアにたどり着くと、そこには2つの影が見えた。
1つは椅子に括り付けられた美華だということが容易にわかった。
そしてもう一つの影。
隣のビルのネオンが逆光になっていて、その影が誰なのか、私からは判然と出来なかった。
「パパ!助けて!!」
美華の悲痛な叫びがフロアの壁に反射して木霊する。
「美華!今助ける、だから心配するな!」
私は美華に向かって叫ぶ。
「お前は誰だ?お前の目的はなんだ?」
私はもう1人の影に向かって問いかける。
「待っていたよ、ジャック・・・いや、藤井亮一さん。」
亮一の聞き覚えのある声。
「まさか・・・そんなバカな、お前は」
目を凝らすと、そこには私が殺したはずの加納がいた。
「驚いたか?そりゃそうだろうなぁ。俺はお前に殺されたはずなんだから。しかし、残念ながら足はある。」
そう言うと、加納は軽く鼻で笑った。
私はひどく混乱していた。いったい全体、何がどうなっているのか?
「何から話したらいいかな?あぁ、そうそう。因みに9人目を殺害したのは、この俺だ。」
加納は淡々と話し始める。
「どうして?なぜ、こんなことを始めたんだ?」
加納にはたくさん聞きたいことがある。しかし、聞きたいことが多すぎて、何から聞いたらいいのかわからなかった。
「そうだな。なぜ、俺がお前の手口を模倣したかだ。それは、単純にお前を誘き出すためだ。」
「お前、刑事のくせに人を殺したのか?私を誘き出すためだけに?」
「そうだ、俺は目的のためには手段は選ばない。俺は知り合いの麻薬中毒の女を生贄に選んだ。そして、俺の計画に引っかかって、お前はまんまと俺の前に姿をあらわした。どうだ、素晴らしい結果だろ?」
加納はそう言うとその結果に満足気に小さく笑った。
「それで、どうして私がジャックだと目をつけたんだ?私の手口は完璧なはずだったのに。」
「そうだ、お前の手口は完璧だ。今だに物証なんて無いのだからな。ただ、俺は記者会見で犯行声明が出たことを発表した時、我々は"犯行声明が届いた"と言っただけなのに、お前はそれを"挑戦状"と言った。なぜ、犯行声明の内容が警察に対する挑戦状とわかったのか、俺はそこに違和感を感じたんだ。」
「たったそれだけのことで?」
「俺にはそれだけで十分だった。あとはそう難しいことじゃなかったよ。お前が雇った間抜けな探偵から情報も聞き出したし、そこからお前にたどり着くのは造作も無い。」
「しかし、あの時、私は確かにお前を撃ち殺したはず・・・なのに、どうしてお前がここにいる?死んだと発表までされていたのに。」
私は、加納のこれまでの話しを聞いて、一つ疑問に思った。
「なぜ、俺がここに生きているかって?それは、俺が万が一に備えて防弾チョッキを着ていたからだよ。正直、お前が飛び道具を使うのは予想外だったが、追い詰められたお前が俺を襲うことは想定内だった。もし、あの時、お前がとどめに俺の頭を撃ち抜いていたら、それでお陀仏だっただろうが、お前はそうしなかった。賭けたんだよ、俺が死ぬかどうか。そして、俺は賭けに勝った。」
加納の答えを聞いて、私は足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げ、声にならない絶叫をあげて跳びかかろうとする。
「おっと、無駄なことはするな。お前の大切な娘がどうなってもいいのか?」
そう言うと、加納は美華にナイフを突きつけた。ナイフを突きつけられた美華は、恐怖のせいかただ震えている。
「やめろ!美華には何も罪は無い。美華を解放してくれ!何でもするから!」
私は持っていた鉄パイプを放り投げて、加納に懇願した。
「そうか、何でもするのか。それじゃあ、これを受け取れ。」
加納は私に小さな紙袋を蹴りつけた。紙袋が乾いた音を立てて私の足元に転がってきた。
「その中に、青酸カリの入った小瓶がある。それを飲んだら娘は解放してやる。しかし、それができないなら娘の命は無い。」
私は加納のよこした紙袋を開けると、たしかにそこには小さな瓶が入っていた。
「そんな・・・そんなこと、できるわけないだろ!頼む、自首するから助けてくれ、お願いだ!こんなことして、お前もただじゃ済まないぞ!」
私は全てのプライドをかなぐり捨てて加納にひざまづいて頼んだ。
「お前に殺された被害者達も、そんな気持ちだっただろうな。遺された家族もいただろうに、お前のようなくだらない奴に命を奪われたのだから。家族のいない俺には想像もつかない。そう、俺には家族がいない。それにもうすぐ定年だ。いまさら捨てる物も守るものも無い。」
勝ち誇ったように加納は私を見下して、小さく感慨深く呟いた。
「さあ、飲むんだ!お前が飲めば被疑者死亡ということで名前は出ないようにしてやる。そうすれば、お前の家族も殺人鬼の家族と晒されることは避けられる。しかし、お前が自首しても何もいいことは無い。ただ、家族が殺人鬼の家族と晒されて生きて行くか、ここでお前の娘が死ぬかだ。早く決めろ、俺はそんなに気長じゃ無い。」
加納は私に決断を急かす。私は手元の小瓶を手に取る。私の手は、小刻みに震えていた。美華のために飲んで死ぬか、自分の命が惜しくて家族を殺人鬼の家族としてしまうか。
そうか・・・どのみち私は死ぬのだ。仮に今ここで生き永らえようとも、自首すればいずれ死刑になるのは確実だ。そのうえ、美華を死刑囚の子供にさせてしまう。
私は意を決して小瓶の中の薬をあおった。
空は今にも大粒の雨が落ちてきそうな雲行きだった。
広い通りに出ると、私はそこからタクシーを拾って目的地へと急いだ。
途中、渋滞にハマってしまった為、そこからは走って向かうことにした。
走る。
走る。
全力で走る。
美華の事を考えながら走っていたら、大粒の雨が落ちてきた。
それは次第に激しさを増し、アスファルトに打ちつけて、私の鼻腔は埃の匂いに包まれた。
私は遂に全ての始まりである廃ビルに着いた。
途中、何度も挫けそうになったが、美華の事を思えば足を止める事なく走り続けることができた。
私は、残りの気力と体力を振り絞って階段を一段飛ばしで駆け上った。
全てが始まった場所・・・そう、それはこのビルから。
私が、水曜日の切り裂きジャックとして、全てを始めた場所。いわば、聖なる場所。
そこに私は再び舞い戻った。まるで、聖なる土地、約束の地に帰還した王のようなもの。
しかし、その王は今や裸の王様だった。
目的のフロアにたどり着くと、そこには2つの影が見えた。
1つは椅子に括り付けられた美華だということが容易にわかった。
そしてもう一つの影。
隣のビルのネオンが逆光になっていて、その影が誰なのか、私からは判然と出来なかった。
「パパ!助けて!!」
美華の悲痛な叫びがフロアの壁に反射して木霊する。
「美華!今助ける、だから心配するな!」
私は美華に向かって叫ぶ。
「お前は誰だ?お前の目的はなんだ?」
私はもう1人の影に向かって問いかける。
「待っていたよ、ジャック・・・いや、藤井亮一さん。」
亮一の聞き覚えのある声。
「まさか・・・そんなバカな、お前は」
目を凝らすと、そこには私が殺したはずの加納がいた。
「驚いたか?そりゃそうだろうなぁ。俺はお前に殺されたはずなんだから。しかし、残念ながら足はある。」
そう言うと、加納は軽く鼻で笑った。
私はひどく混乱していた。いったい全体、何がどうなっているのか?
「何から話したらいいかな?あぁ、そうそう。因みに9人目を殺害したのは、この俺だ。」
加納は淡々と話し始める。
「どうして?なぜ、こんなことを始めたんだ?」
加納にはたくさん聞きたいことがある。しかし、聞きたいことが多すぎて、何から聞いたらいいのかわからなかった。
「そうだな。なぜ、俺がお前の手口を模倣したかだ。それは、単純にお前を誘き出すためだ。」
「お前、刑事のくせに人を殺したのか?私を誘き出すためだけに?」
「そうだ、俺は目的のためには手段は選ばない。俺は知り合いの麻薬中毒の女を生贄に選んだ。そして、俺の計画に引っかかって、お前はまんまと俺の前に姿をあらわした。どうだ、素晴らしい結果だろ?」
加納はそう言うとその結果に満足気に小さく笑った。
「それで、どうして私がジャックだと目をつけたんだ?私の手口は完璧なはずだったのに。」
「そうだ、お前の手口は完璧だ。今だに物証なんて無いのだからな。ただ、俺は記者会見で犯行声明が出たことを発表した時、我々は"犯行声明が届いた"と言っただけなのに、お前はそれを"挑戦状"と言った。なぜ、犯行声明の内容が警察に対する挑戦状とわかったのか、俺はそこに違和感を感じたんだ。」
「たったそれだけのことで?」
「俺にはそれだけで十分だった。あとはそう難しいことじゃなかったよ。お前が雇った間抜けな探偵から情報も聞き出したし、そこからお前にたどり着くのは造作も無い。」
「しかし、あの時、私は確かにお前を撃ち殺したはず・・・なのに、どうしてお前がここにいる?死んだと発表までされていたのに。」
私は、加納のこれまでの話しを聞いて、一つ疑問に思った。
「なぜ、俺がここに生きているかって?それは、俺が万が一に備えて防弾チョッキを着ていたからだよ。正直、お前が飛び道具を使うのは予想外だったが、追い詰められたお前が俺を襲うことは想定内だった。もし、あの時、お前がとどめに俺の頭を撃ち抜いていたら、それでお陀仏だっただろうが、お前はそうしなかった。賭けたんだよ、俺が死ぬかどうか。そして、俺は賭けに勝った。」
加納の答えを聞いて、私は足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げ、声にならない絶叫をあげて跳びかかろうとする。
「おっと、無駄なことはするな。お前の大切な娘がどうなってもいいのか?」
そう言うと、加納は美華にナイフを突きつけた。ナイフを突きつけられた美華は、恐怖のせいかただ震えている。
「やめろ!美華には何も罪は無い。美華を解放してくれ!何でもするから!」
私は持っていた鉄パイプを放り投げて、加納に懇願した。
「そうか、何でもするのか。それじゃあ、これを受け取れ。」
加納は私に小さな紙袋を蹴りつけた。紙袋が乾いた音を立てて私の足元に転がってきた。
「その中に、青酸カリの入った小瓶がある。それを飲んだら娘は解放してやる。しかし、それができないなら娘の命は無い。」
私は加納のよこした紙袋を開けると、たしかにそこには小さな瓶が入っていた。
「そんな・・・そんなこと、できるわけないだろ!頼む、自首するから助けてくれ、お願いだ!こんなことして、お前もただじゃ済まないぞ!」
私は全てのプライドをかなぐり捨てて加納にひざまづいて頼んだ。
「お前に殺された被害者達も、そんな気持ちだっただろうな。遺された家族もいただろうに、お前のようなくだらない奴に命を奪われたのだから。家族のいない俺には想像もつかない。そう、俺には家族がいない。それにもうすぐ定年だ。いまさら捨てる物も守るものも無い。」
勝ち誇ったように加納は私を見下して、小さく感慨深く呟いた。
「さあ、飲むんだ!お前が飲めば被疑者死亡ということで名前は出ないようにしてやる。そうすれば、お前の家族も殺人鬼の家族と晒されることは避けられる。しかし、お前が自首しても何もいいことは無い。ただ、家族が殺人鬼の家族と晒されて生きて行くか、ここでお前の娘が死ぬかだ。早く決めろ、俺はそんなに気長じゃ無い。」
加納は私に決断を急かす。私は手元の小瓶を手に取る。私の手は、小刻みに震えていた。美華のために飲んで死ぬか、自分の命が惜しくて家族を殺人鬼の家族としてしまうか。
そうか・・・どのみち私は死ぬのだ。仮に今ここで生き永らえようとも、自首すればいずれ死刑になるのは確実だ。そのうえ、美華を死刑囚の子供にさせてしまう。
私は意を決して小瓶の中の薬をあおった。
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