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25話 葡萄酒事件(3)
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「デイジー、ゴブリンと同じことをしては駄目。落ち着きなさい」
生来の牙をむいたデイジーを、私は押さえて宥めました。
「貴女は人間の貴族の娘なのよ」
私はデイジー好みの冒険小説になぞらえて説得を試みました。
「闇落ちしたら、貴女までゴブリンになってしまうわ」
「ゴブリンにはなりたくないですけど!」
「ならば落ち着きなさい」
「ですがお姉様、こんなことされて黙っていろって言うんですか?!」
「黙っている気はないから、落ち着いて。貴族には貴族の戦い方があるの。ゴブリンとは違うのよ」
「うぅ……」
ようやく拳を下したデイジーを、私は促しました。
「さあ、会場に戻るわよ」
「この格好で?」
私もデイジーも、ダリアさんに葡萄酒を浴びせかけられてドレスは真っ赤な染みだらけです。
「お、お嬢様、こちらを……」
私たちの付き添い女中がおろおろしながら拭取り用の布を持って来ましたが、私はそれを手で制しました。
「いらないわ」
「ですが……」
「このままで良いの。デイジーもそのままで行くわよ」
「はい……。リナリアお姉様がそうお望みなら」
キョトン顔をしたデイジーに私は説明をしました。
「ダリアさんの心のこもったおもてなしですもの。お気遣いを無下にしては失礼というものよ。素敵な夜会を催してくださったウィード公爵にきちんとお礼をしに行きましょう」
「……!」
「休憩室でダリアさんに吃驚するような素敵なおもてなしを受けたことを、他の皆様にも教えてさしあげなければね」
聡いデイジーは私の考えを察したのか、きらりと目を輝かせました。
「そうですね!」
デイジーに笑顔が戻りました。
私たちは血しぶきが飛び散ったようなドレス姿で優雅に歩を踏み出しました。
「ま、待ちなさいよ!」
ダリアさんが私たちの前に回り込んで立ちはだかりました。
「その恰好で会場に行くっていうの?!」
「そうよ」
「なんでよ!」
「おもてなしくださったダリアさんが何をおっしゃるの?」
「恥ずかしくないの?!」
「ダリアさんのせっかくのご好意ですもの、恥ずかしいわけございませんでしょう。アイリスさんやピオニーさんやエリカさんにお褒めいただいたことも、ぜひとも自慢しなければね。おほほほ……」
「行かせないわ!」
ダリアさんは私たちにそう言うと、メイドを振り向いて命じました。
「き、着替えを持って来てあげて!」
「は、はい。ただいま!」
ウィード公爵家のメイドたちは素早く顔を見合わせ、上役らしき者に指示された一人が慌てふためいて部屋から出て行きました。
ダリアさんのお仲間の令嬢たち、アイリスさん、ピオニーさん、エリカさんの三人は、今更自分たちの行いを後悔しているのか蒼ざめています。
運悪く居合わせてしまった格下の貴族夫人や令嬢たちは、両手を胸のあたりで組み合わせ、何やら神に祈りを捧げはじめました。
「そこを通してくださいな」
私がそう言うと、ダリアさんは顔色を悪くしながら言いました。
「着替えを用意してあげるから。着替えなさいよ!」
「……古着を施そうというの? この私に?」
私はダリアさんの申し出を、鼻で笑いました。
生来の牙をむいたデイジーを、私は押さえて宥めました。
「貴女は人間の貴族の娘なのよ」
私はデイジー好みの冒険小説になぞらえて説得を試みました。
「闇落ちしたら、貴女までゴブリンになってしまうわ」
「ゴブリンにはなりたくないですけど!」
「ならば落ち着きなさい」
「ですがお姉様、こんなことされて黙っていろって言うんですか?!」
「黙っている気はないから、落ち着いて。貴族には貴族の戦い方があるの。ゴブリンとは違うのよ」
「うぅ……」
ようやく拳を下したデイジーを、私は促しました。
「さあ、会場に戻るわよ」
「この格好で?」
私もデイジーも、ダリアさんに葡萄酒を浴びせかけられてドレスは真っ赤な染みだらけです。
「お、お嬢様、こちらを……」
私たちの付き添い女中がおろおろしながら拭取り用の布を持って来ましたが、私はそれを手で制しました。
「いらないわ」
「ですが……」
「このままで良いの。デイジーもそのままで行くわよ」
「はい……。リナリアお姉様がそうお望みなら」
キョトン顔をしたデイジーに私は説明をしました。
「ダリアさんの心のこもったおもてなしですもの。お気遣いを無下にしては失礼というものよ。素敵な夜会を催してくださったウィード公爵にきちんとお礼をしに行きましょう」
「……!」
「休憩室でダリアさんに吃驚するような素敵なおもてなしを受けたことを、他の皆様にも教えてさしあげなければね」
聡いデイジーは私の考えを察したのか、きらりと目を輝かせました。
「そうですね!」
デイジーに笑顔が戻りました。
私たちは血しぶきが飛び散ったようなドレス姿で優雅に歩を踏み出しました。
「ま、待ちなさいよ!」
ダリアさんが私たちの前に回り込んで立ちはだかりました。
「その恰好で会場に行くっていうの?!」
「そうよ」
「なんでよ!」
「おもてなしくださったダリアさんが何をおっしゃるの?」
「恥ずかしくないの?!」
「ダリアさんのせっかくのご好意ですもの、恥ずかしいわけございませんでしょう。アイリスさんやピオニーさんやエリカさんにお褒めいただいたことも、ぜひとも自慢しなければね。おほほほ……」
「行かせないわ!」
ダリアさんは私たちにそう言うと、メイドを振り向いて命じました。
「き、着替えを持って来てあげて!」
「は、はい。ただいま!」
ウィード公爵家のメイドたちは素早く顔を見合わせ、上役らしき者に指示された一人が慌てふためいて部屋から出て行きました。
ダリアさんのお仲間の令嬢たち、アイリスさん、ピオニーさん、エリカさんの三人は、今更自分たちの行いを後悔しているのか蒼ざめています。
運悪く居合わせてしまった格下の貴族夫人や令嬢たちは、両手を胸のあたりで組み合わせ、何やら神に祈りを捧げはじめました。
「そこを通してくださいな」
私がそう言うと、ダリアさんは顔色を悪くしながら言いました。
「着替えを用意してあげるから。着替えなさいよ!」
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私はダリアさんの申し出を、鼻で笑いました。
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