王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

文字の大きさ
78 / 117

78.はちゃめちゃな認識

しおりを挟む
 私の質問に、オリヴィアは口元に人差し指を当て考え込んだ。

「どうだったかしら?」

「幼女とは書いてなかったと思いますよ」
 ラウルが横から口をはさんだ。

「確か、その子はとても純真で、とにかく可愛らしいと書いてあったはずです」

 アナベルったら。なんだか照れくらいけど、照れてる場合ではない。それがなんだって幼女になったのよ!

 しばらく考えていたオリヴィアが、ポンっと手をうった。

「そうそう、思い出したわ。たしか王宮内はウィルバート兄様がロリコンだっていう噂で盛り上がってるって書いてあったのよ」

 オリヴィアは、あの完璧ぶっているウィルバート兄様がロリコン!? っとかなりの衝撃を受けたらしい。

「でも一応兄様は王太子でしょ。ロリコンだなんて言うのは噂でも失礼だと思うのよ。だから幼女好きって呼んでるの」

 いやいや、配慮の仕方おかしいでしょ……

 一人複雑な思いを抱える私のそばで、オリヴィア達3人はまだアリスの話題で盛り上がっている。

「アナベルはアリスって女が純真だって言ってたけど、大嘘だったわね」

「純真な子は賊をけしかけて、ライバルを襲わせたりしないでしょうからね」

「俺はそれくらいガツガツした女の方が面白いけどな」

 この3人の中では、ウィルの恋人は「異世界から来たアリスという名前の、ライバルを襲わせる幼女」という認識なのだ。ここまでめちゃくちゃな認識だと、もう笑うしかない。

 いつか私がアリスだと分かった時、この人達はどんな反応をするんだろ……
 私がその幼女だって分かったら、きっとものすごく驚くでしょうね。ウィルがロリコンじゃなくてがっかりするかしら? 

 ウィルバートの恋人についてまだまだ語りつくせない様子のオリヴィア達を見ながら、早く私がアリスだと打ち明けられる日がくればいいのに……っと心から願った。


☆ ☆ ☆


 その日は朝から何かが違っていた。いつも私を起こしに来るオリヴィアは来ないし、マリベルは何だかバタバタしている。

「ねぇマリベル、今日は何かある日なの?」

「どうしてですか?」

「この服っていつもより楽な格好でしょ。だからどこかに行くのかなって思ったの」

「さすがアリー様。名推理です」

 マリベルってば、煽てるのが上手いんだから。こんなの推理って言えないわ。

 貴族社会に馴染むのには、まず衣服から始めるのが良いというレジーナ様の教えに従い、ここに来てから毎日必要以上にヒラヒラしたドレスを身につけるようにしている。

 もちろん靴もドレスにあう細くヒールの高いものなので、結構足にくる。それでも毎日ドレスアップしているうちに、ドレスとハイヒールでも苦痛なく生活できるようになってきたんだから、慣れってすごい。

 そんな生活をしてたのに、今日は急にぺたんこ靴とヒラヒラが少ないワンピースを着せられたんだから、何かあるのかと思うのが自然だ。

 用意が済み、行き先も知らされず外へと連れ出された私を待っていたのはラウルだった。

「あぁ、早かったですね」っと私を見て微笑んだラウルの美しいことといったら。思わず崇めたくなってしまう。

「じゃあ出発しましょうか」

 そう言ってラウルは私を軽々と持ち上げ馬に乗せると、自らも私の後ろに飛び乗った。

 一体どうなってるの?
 背中にラウルの体温を感じ言葉が出ない。
 私の不安を感じとったのだろう、ラウルが安心させるような優しい声で囁きかける。

「あなたは一人で馬に乗れないと聞きましたから」

 美しい姿は見えなくても、ラウルの声だけで天に昇ってしまいそうだ。

「アリー様、私達も後ろからついて行きますので」

 馬上の私に向かって説明するマリベルの指差す方を見ると、慌ただしく馬車の準備がされていた。

「マリベルが馬車なら私も一緒に馬車に……わっ」
 言い終えるより前に馬が歩き始めた。途端に速度があがり、かくんと体が揺れる。

「きゃっ」
 すっと伸びてきたラウルの手が、傾いた私の体を支えた。

「落ちないよう気をつけてくださいね」
「は、はい……」

 急に抱きしめられたからびっくりしちゃった。
さっきよりも密着度が増したせいで、緊張で身動きがとれない。腰に回されたラウルの腕の感覚に意識が集中してしまう。

 あぁ、こんなことならもっと厚着をしてくればよかった。今日みたいな服装じゃ、私のお腹周りの肉のつき具合が、ラウルにはっきりと分かってしまう。

 この世界に来てから美味しいものをたっぷり食べているせいで、私のぜい肉はかなり立派に成長している。普段はアナベルオススメの補正下着で隠しているけれど、そろそろそれも限界に近くなってきていた。

 それにしても、馬のスピード早くない?
 ラウルは穏やかな見た目に似合わず意外にもスピード狂のようだ。これではせっかくの外出を楽しむどころか、息を吸うのも苦しいくらいだ。

 10分くらい走っただろうか、ラウルは湖のほとりで馬をとめた。

 目の前に広がるコバルトブルーの湖は対岸が見えないほど大きく、春の明るい陽気を浴びキラキラと輝いている。

「素敵な所ですね」
 湖に見入っている私を見て、ラウルは小さく笑い私を馬から下ろした。

「気に入ってくれましたか?」
「はい、とっても」

 湖から吹く涼しい風にのって、土のような草のような明るい春の香りが漂ってくる。

 マリベル達の馬車が到着したのは、私達が到着してから20分以上も後だった。草原を突っ切り走って来た私達とは違う、舗装された道を来たため時間がかかったらしい。

 マリベルのひいたピクニックシートの上に座り、用意された温かいお茶を飲む。
 こんなに至れり尽くせりでいいのかしらっと思いながら用意されたお菓子に手を伸ばした。

 私がのんきにティータイムを楽しんでいる間に、湖には小舟が用意されていた。一体こんな重そうなものをどうやって運んで来たのだろうかと疑問に思いながらも、促されるままラウルと共に乗り込んだ。

「ではお気をつけて」

 えっ? マリベル達は乗らないの?

 マリベルや従者達が岸で頭を下げるのを見て、小舟には私とラウルだけだということに気づいた。

 あれぇっと思うままに舟は湖の真ん中に向かって動き出した。が、これまた馬の時と同じく、舟のスピードも思っていたより速い。どうしてこんな優雅な漕ぎ方でこれだけのスピードが出るのか不思議で仕方ない。

 舟からの景色の流れを楽しむ間もなく、あっという間に湖の真ん中についてしまった。ラウルがオールを持つ手をとめると、小舟はスピードを落として止まった。

 オールから手を離したラウルが前髪をサイドによける。銀色の髪の毛は陽の光に当たり、いつも以上に輝いて見えた。

 いつもは肩にかかっているサラサラの髪の毛を、今日は簡単に一つに縛っているせいで首元が露わになっている。中性的だと思っていたラウルの、思いの外逞しい首筋に思わず目が釘付けになってしまう。

 男の人が女性のうなじが好きって気持ちが分かる気がする。これがフェロモンってやつかと思うような何かが、ラウルのうなじから流れ出ている。

「どうかしましたか?」

 ラウルに言われて、私が口をポカンとあけたままラウルに見惚れていた事に気がついた。

「な、なんでもありません」

 慌てて目を逸らしたけど、きっとラウルには私の気持ちなんてお見通しだろう。その証拠に、ラウルは口元に手を当て、おかしそうに笑っている。

 ただでさえラウルと二人きりで落ちつかないのに、恥ずかしさも加わって非常に居心地が悪い。雰囲気を変えたくて、とりあえず口を開いた。

「そ、そういえば、今日はオリヴィア様達はいないんですね」

 考えてみたら、ラウルと私が二人きりで小舟に乗ってるなんておかしな話だ。いや、そもそもラウルとピクニックに来ている事自体おかしな話かもしれない。

「あなたと二人きりになりたかったので、置いてきてしまいました」
 そう言ってラウルは意味ありげに笑った。

 って、えぇ? 
 二人きりになりたいって、どういう事?
 ラウルの言葉の意味がすぐには分からず、頭をフル回転させる。

 普通に考えて、二人きりになりたいと言われたら相手が自分に興味とか好意があるって思うわよね?

 でも相手はラウルだ。いくら私が恋愛至上主義のアナベルに毒されていても、ラウルが私に興味があるなんて勘違いをするわけがない。ということは、人には聞かれたくない話をするためということか。

 人に聞かれたくない話……ラウルが親しくもない私に相談なんてしないだろう。となると、可能性があるのは私に対するダメ出しか。

 そうだわ。きっと私にお説教するのに、オリヴィア様達の前だと可哀想だと思ったのよ。それで二人きりになりたかったのね。

「ねぇ、アリー……」

「はい。ダメ出しでもお説教でも、何でもおっしゃってください」

「ダメだし? えっと……何の話ですか?」
 不思議そうな顔で目をパチクリするラウルを見て、私も首を傾げる。

「……二人きりになりたいとおっしゃったので、てっきり何か言いにくい話があるのかと思ったんですが……違いましたか?」

「ダメ出しなんてありませんよ。私があなたと二人きりになりたいと思ったのは、あなたに興味があるからです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...