魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-

東 万里央(あずま まりお)

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第一話「月の光と胸の痛み」

010.ハチ退治にいこう!(4)

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「だが、その前に――」

 クルトは私を肩に乗せるときびすを返し、もと来た道の脇にある一本の木に目を向けた。

「そこの男、命が惜しければ出てこい」

「みゃっ!?」

 私は警戒にしっぽを限界にまで膨らませる。

 まさか人間が紛れ込んでいただなんて! ハチにばかり気を取られてわからなかった!! 

 ところがクルトに驚きはないみたいだ。淡々と木陰にひそむ何者かに告げる。

「戦いの半ばからいたようだが何が目的だ」

「……」

 草むらが音を立てたけれども、誰も出てこようとはしない。

「答えないのならその木ごと焼き尽くす」

「……!! ま、待ってくれ!!」

 焦った声が上がり一人の男の人が姿を見せた。

 縦も横も大きなブラック・ベアーみたいな人だ。焦げ茶のレザー・アーマーに袖なしのシャツ、黒いズボンにやっぱり焦げ茶のロングブーツを履いている。

 アーマーから伸びる腕が太くてたくましい。片手にはロングソードを持っていた。これは戦士の冒険者の典型的な装備だ。

 ちなみにクルトは魔術師なので、濃紺でたて襟の膝まであるジャケットに、白いズボンと黒いロングブーツ、その日毎のマントを羽織っている。職業ごとにだいたい決まっているのだ。

 男の人の年はクルトよりきっとずっと上なのだろう。硬く黒い肩までの髪を後ろでひとつに束ねている。ほとんどない眉と目つきの悪い三白眼、横に広がる鼻に魚を丸飲みできる大きな口で、オデコは妙に後ろに広くなっている。

 うん、ちょっと頭がさみしいブラック・ベアーだ。

 クマ男は青ざめあたふたとしながらも、ズボンからカードを取り出して見せた。

「俺はランクBの戦士のフーゴだ。ほら、これがギルドカード」

 確かにカードには「フーゴ・フォン・ゲッツ(二十五歳)」とあり、マーヤ市民の印章も押されている。クマ男はフーゴって名前なんだ。ところでそのフーゴがどうしてこんなところにいるんだろう?

「……」

 クルトが目を逸らさずクマ男を見つめると、クマ男は必死に手を振り言い訳を始めた。

「い、いや、そのな、パーティ組んで受けようかな~と思っていた依頼が、もう取られたって受付の子に聞いて悔しくてさ。どんな戦い方をする奴だって気になって……」

 そんなこんなでこっそり偵察にきたところ、クルトの魔術のすさまじさに腰を抜かしたのだそうだ。

「悪かった!!」

 クマ男ことフーゴは勢いよく謝ると、今度は目を輝かせクルトを眺めた。

「しかし、お前はすごい魔術師だな。詠唱なしなんて初めて見た。ランクはSか、SSか、SSSか? なんて二つ名なんだ? 絶対有名なやつだろ?」

「……」

 クルトはまったくの無表情だけれども私にはわかる。絶対に「面倒なことになった」って考えているよ。



 それからクマ男はクルトが追い払っても、また追い払ってもどすどすとついてきた。

 女王バチを巣から誘い出してやっつけた時も、キラー・ビーの巣を起こした火で焼いている時も、木陰から顔をのぞかせ「すげえ、すげえ」と呟いていた。

 最後に私たちが女王バチを解体し、証拠となるその心臓を取り出すころには、「来てよかったぜ」と溜息を吐いていた。

「……ルナ」

 クルトが透明の宝石のような心臓を皮袋に入れながら、クマ男には聞こえないよう肩の上の私にささやく。

『どうしたの?』

「これが終わったらあの男を撒く」

『えっ?』

「そろそろササミを買う時間がなくなるからな」

『……!!』

 私はこくこくと頷きクルトにしっかりとしがみついた。

「さてと」

 クルトは手を拭うと立ち上がり、身を翻し進路を確認する。するとクマ男が「おっ」と叫び、木陰から草を払いつつ飛び出てきた。

「終わったか。なあ、あんた、話がある」

「――あいにく俺にはない」

 ざわりとクルトと私の周りに風が巻き起こる。クルトが軽く片足で地を蹴ると、私たちははふわりと空中に舞い上がった。

 途中何羽かの小鳥とすれ違ったけれども、みんな驚き「ピピッ!?」と鳴いている。クマ男も唖然としているみたいだった。

「お、おい!?」

 何も知らなければ空を飛んでいるように見えただろう。実際には魔力で強風のブーストをかけ、高く遠くにまでジャンプしているだけだ。

 三度目のジャンプの後には森の外れにまで来ていて、もうクマ男の姿は見えず声も届かなかった。私は目を白黒とさせながら森を振り返る。

『あ、あの男の人、にゃんだったの?』

 クルトは「さあな」とジャケットの乱れを直した。

「よっぽどヒマだったのかもしれないな」
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