天然公女は諦めない！〜悪役令嬢(天然)VS転生ヒロイン〜

第三幕 想定外

vs08 父の策略

　夕方に、やっと屋敷に戻れた。
マリミエドはお風呂に入ってから着替えて晩餐に出る。
「今日はマリミエドが加護を受けた祝いだ」
父は喜んでローストチキンやプティングを用意させた。
「ありがとうございます、お父様」
マリミエドは喜んで席に着く。

　晩餐の後、ラウンジでギルベルトがマリミエドを抱き上げて回る。
「リュミ、おめでとう！」
「きゃあ！ ありがとうお兄様」
マリミエドがギルベルトの肩に手を回すと、ギルベルトが小声で言う。
「恋人の薔薇シャンパン・ローズが見付かったよ。実在していたんだ」
「まあ本当に？ 良かった！」
そう言い、マリミエドはギルベルトを抱き締めた。
すると、そこに父がやってくる。
「仲が良いのは結構だが、余り過ぎぬようにな」
そう言われて２人は離れた。
「ギルベルト、来なさい」
そう父が言い歩く。
ギルベルトが眉をしかめていると、マリミエドがそっと背中を押した。
「リュミ…」
「きっと大切なお話ですわ。行かなくては」
「…分かったよ。ブレスレットは絶対に外さないように。寝る時もだ」
「はい、おやすみなさい」
そう言ってマリミエドはエレナ達と部屋に行く。
ギルベルトはため息を吐いて父の後を追った。

　書斎に来ると、父は椅子に座ってキセルを吸う。
「何でしょうか」
「近頃、書類が滞っているが…どういうつもりだ？」
「……少し、休息が欲しかったのです」
「おとぎ話の休息か？」
そう言われてギルベルトはギクッとする。
自室の鍵は掛けているがーーーこの屋敷は侯爵の物。
話が筒抜けなのだろう。
〈どこまで知っているのか…〉
それによって返答が異なるので、無言で父を見た。
父はため息を吐いて書類の山を叩く。
「この山を一つ片付けたら、10日自由に遊びなさい」
「…山一つに付き10日では駄目ですか？」
「……どれだけの休息を望んでいるのだ」
「ーーー半年。…卒業までです」
シン…。時計の針の音だけが部屋に響く。
「それ程、おとぎ話の花集めをしたいのか？ 一体何に使うのだ」
「…婚約者を探す時に使おうかと」
「本当の理由は何だ？」
父がしかめっ面で聞く。
まだ黙っていると、父が喋る。
「マリミエドの家庭教師はもう辞めさせているし、優しく接している。何の不満があると言うのだ」
「……父上が執事から聞いているのは、花集めの事ですよね」
「それ以外に何かあるのか」
「いえ？」
その言葉で、他の事はバレていないと確信した。
〈…父と敵対するのは得策ではないが、休息は取りたい〉
そう思いギルベルトは苦笑して言う。
「休息が欲しいのは事実なのです。学院の行事も狩猟大会も全力を尽くすので、半年間…好きにさせて貰えませんか」
「………では、ヴォルターに届けさせる書類を全部片付けられたら、半年間好きにさせてやる。ただし！ 何事も手を抜くな…学院の物も、花集めもだ！ やるからには徹底してやれ…いいな！」
「…はい！」
父の優しさを垣間見たような気がした。
いやしかし、いずれ敵になるかもしれないのだ…。
魔物との事を国に持ち出すつもりなのだから。

　コーヒーを持って自室に戻ると、部屋の前に何千枚もの紙の山が積まれていて固まった。
廊下の角から部屋の前まで、背丈より高く積まれた紙が並べられている。
「これは…」
まさか、宰相本人がやるべき仕事全てではないか⁈
どの紙を見ても国に関係する物ばかり…今までやっていた自領の物など一つもない。
父は、ギルベルトの裁量ならばもう宰相を勤められると分かった上で運ばせたのだ。
そこに執事のヴォルターがやってくる。
「旦那様は明日から奥様と小旅行へ行かれるそうです。後は任せると仰られましたのでお運びしました」
そう告げるとギルベルトは更にしかめっ面をする。
「嵌はめられた…！」
ああ言えばこうなるであろう事を予測して、父は自分が先に休暇を取っていたのだ。
優しさを感じたのは錯覚だった。
ギルベルトは自分の未熟さに歯噛みしながらも部屋に入り、書類の山を一つ運んだ。
「書いたら外に出すから、絶対に中に入るなよ！」
「はい」
ヴォルターは答えて護衛騎士を呼んでおいた。