鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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七章 帰参

二十四.刺客

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 翌日、皆が各地へ向かった。
矢苑しおん佐馬亮さまのすけ忠長(十八歳)は武田家に向かう。
とりあえず信玄に翔隆が六月に出仕すると伝えると、とても喜ばれた。
何もやる事は無いので帰り際に似推里の様子でも見ていく事にした。
…翔隆には言わなかったが、似推里は妊娠していた。
誰の子かなどとは愚問で、別の曲輪くるわで安静にしているのだ。
「おーい…」
と声を掛けながら入ると、庭から金属音がした。
「こんな時に稽古はやめた方が…」
言い掛けて止まる。
黒い忍び装束に身を包んだ者と短刀で戦っていたからだ。
似推里の方は肌襦袢一枚に指貫さしぬき姿…恐らく、行水の最中であろう。
などと観察していると、似推里に怒鳴られる。
「見てないで助けたらどうだ?!」
「えっ…お前なら裸でも戦えるだろうし」
「この、腹を狙ってくるのだ!」
「女か…しかも腹をねぇ…」
一体誰の差し金なのやら。
忠長は風でそいつを吹き飛ばした。
その女子とやらは、ヒラリと空中で身を躱して着地した。
「術に慣れてるな…おい」
まだ向かおうとするので、忠長はそいつに近寄って短刀を持つ手を掴んで持ち上げた。
すると女は「あっ!」と痛がって短刀を落とす。
「お前、何者だ」
「私は清修せいしゅうが娘、菊乃きくのだ!」
「やけに素直に答えるな…まあいい。って事は翔隆様の従姉妹か…誰の差し金だ?」
「穴山様の命だ」
「穴山殿…武田家で邪魔だから排除しにきたか…」
似推里が呟く。
しかし、ペラペラと喋る女だ。
忠長はグイッと菊乃の顎を掴み上げる。
「お前みたいな間抜けを雇うなんざ、人手不足だな。おい女、いくら不知火とはいえ、敵対するなら俺は容赦しねえ。まだ何かするのなら犯して殺す!」
そう怒鳴ると、菊乃は真っ赤になった。
「変な女だな…こいつどっかに捨てていいか?」
忠長は似推里に聞く。
すると似推里はクスクスと笑った。
「犯して殺すんじゃないのか?」
「…次に何かしてきたら、だ!…捨てるからな」
そう言うと忠長は旋風を起こして女を館の外に放り出した。
「忠長も優しいな」
似推里が笑って言うと、忠長は赤くなってムスッたれる。
「そんなんじゃねーよ…ただあいつ翔隆様の従姉妹だから…一度は見逃してやっただけで……」
ブツブツ言いながらも忠長は腕に巻いた布を取って着物をたすき掛けしてから、置いてあった桶の中の手拭いを取る。
「ほら、背中やってやるから後ろ向けよ」
「えー…お前に胸を見せるのは嫌だなぁ」
「誰も見ねえよそんな乳!ほら早くしやがれ!」
忠長は真っ赤になって言う。
似推里はクスッと笑いながらも肌襦袢を脱いで背を向けた。
忠長は背を拭きながら気が付く。
「なんだよ、怪我してるじゃねぇか…」
そう言い背や腕の切り傷を治してやり、手拭いを水に付けて絞る。
「ほらいいぞ」
「ありがとう」
似推里は肌襦袢を着て中に入る。
「着物も切られたから着替えないとな…」
「そっちは見ねえから着替えろよ…大体な、こういう事は小間使いとかにやらせろよ」
忠長は縁側に腰掛けて背を向けたまま言う。
似推里は肌襦袢を着替えながら答える。
「さっきあの女の気配がしたから、粥を作りに行って貰ったんだ」
「…普通の人間じゃ相手にならんか…。そうそう、来月には…いや、六月には翔隆様が出仕に来るからな」
「そうか…再士官叶ったか。どうだ?調子は」
似推里は着替えてから忠長の隣に座る。
「ずっと忙しく飛び回ってるよ…また怒られるんじゃねーのか?」
「また?許しは得たのでは無いのか?」
「そこまで知らねーもん」
「全く…お前は翔隆以外の事は何も知ろうとしないな!そんなだから重要な任務を任されないのだろう?!」
「どーでもいいんだから仕方ねぇだろう?!」
逆ギレして言い、忠長は立ち上がる。
「お前と話してるとまた説教になりそうだから、もう行くぞ」
「皆に宜しくな!」
「分かったよ、じゃあな!」
そう言って忠長は走って行ってしまう。
その後ろ姿を見送り、似推里はクスッと笑う。
「嬉しそうに……そうか、翔隆が来るのか…」
呟いて似推里は微笑して中に入った。
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