鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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一章 天命

十四.風靡

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 夏真っ盛りな八月。
蝉が騒がしく鳴きしきり、陽がサンサンと照りつけている。

 信長は、ばん九郎左衛門直政・丹羽五郎左衛門尉ごろうざえもんのじょう(万千代)長秀・池田勝三郎・佐々内蔵助・篠蔦翔隆と村の悪童共百人余りを引き連れて、東西別れての竹槍合戦を楽しんでいた。

 途中、東の信長軍の方に負傷者が多く出たので一旦やめて皆で手当てをする。
その中で、翔隆がテキパキと治療を始めた。
その様子を見て、信長が声を掛ける。
「…それは、あの薬師から習ったのか?」
「え、あ、はい。…色々な薬草や、包帯の巻き方とかを習いました」
「…あの〝術〟は?」
「はい?」
「…いや」
信長は苦笑して言うのをやめる。
翔隆が似推里を生き返らせた《術》の事を聞こうとしたのだが、あの時はただ傍観していただけなので、ばつが悪かったのだ。



  暑かったので、昼には城に帰る事にした。
 走りながら翔隆は信長の駆る〝白雲〟の轡を取り、話し掛ける。
「信長様」
「ん…?」
「また濃姫様と〝戦〟をなさっていますね?」
その問いに、信長はふっと笑った。
ここで言う〝戦〟とは、喧嘩の後に話もしないでどちらが折れるかの〝勝負〟の事である。
「さぁな」
白を切ると、翔隆はくすっと笑った。
こんな所も変わったな、と信長は思った。
当初は走りながら話もしなかったし、真面目くさっていた。
それに、慣れてきたのかこの頃は明るいし堅くならなくなった。


 那古野なごや城に戻ると、ドタバタと平手政秀が駆けてきた。
「殿! 大殿さまが…」
言い掛けると信長がムッとして中に入っていく。
「呼んでも行かんぞッ!」
「そうではござらん。たまには夕餉を共に、と参られて」
「何ッ?!?」
信長は驚いて目を見開いて立ち止まり、平手政秀を見る。
付いてきていた翔隆達は「あっ」と声を上げて前を見た。
「…相変わらず騒がしいのぉ…少しは跡目らしゅうなれんのか」
そう言い、前方から織田信秀が溜め息を吐きながらやってくる。
信長は眉をひそめて振り返った。
「親父どの…ここに参られるとはお珍しい」
「噂の〝白い鬼〟とやらを見ようかと思ってな」
そう言い信秀はちらりと信長の後ろを見た。
すると信長がスッと視界を遮るように立つ。
「立ち話も疲れましょう、さあ中へ。じい! 夕餉は!?」
「はい只今」
答えて平手政秀が駆けて行くと、丹羽五郎左衛門尉ごろうざえもんのじょう長秀・池田勝三郎・佐々内蔵助・翔隆も後に続く。

 ご当主の突然の訪問で、那古野城は軽い混乱状態になった。
 折角の親子の食事…少しでも美味しい物を出したい、と必死だ。
小姓達が酒や肴を運んで行く中で、翔隆は何故か台所で魚を焼いていた。
こちらも人手不足だと、引き止められてしまったのだ。
〈仲がいいとか悪いとかは聞いた事が無いな…〉
ふと思い、翔隆は近くで漬物を切っているまかない番に聞いてみる。
「大殿様は若殿様と仲がいいんですか?」
「そりゃ、仲はあんまり…あいた! 変な事聞くから!」
賄番の一人は、ぶつけた右手を振りながら漬物を持っていく。
「すみません!」
叫ぶように謝ると、周りがクスクスと笑いながらも言う。
「お屋形さまはウチの殿さまを叱ってばかりいらっさるから、仲はあんまり良くにゃあかもしれんなも」
「でもそんなに悪くもにゃあよ。こうして来ていらっさるんだから」
「………」
ふーん、と唸りながらも翔隆は醤油壷にさじを入れて醤油を着けて魚に塗り、酒を少し掛ける。
「あ…」
塗った後で止まる。
〈どうするかな…〉
たまに母が少しの醤油を着けて焼いてくれた事があるからつい塗ってしまったが…ここでは、その食事を見ていない。
「あの、これ俺が食べてもいいですか? 間違えたので…」
「ああ、それなら膳に乗せて持ってけばいい」
そう許可を得て、翔隆のおかずだけ味噌煮ではなくなった。

だが、その膳は信長の隣に置かれてしまう。
「え? あれ…?」
翔隆が障子の陰から覗いて困惑していると、信長と目が合う。
信長は父と談笑しながらもスッと顎をしゃくって〝来い〟と無言で訴えた。
〈折角、親子でいるのに…〉
そう思うからこそ、小姓が二人しか入っていないのだ。
しかし、招かれては仕方が無い。
「失礼致します…」
翔隆がおずおずと出て平伏すると、信秀がじっと翔隆を見る。
「確かに、白いな。顔を上げろ」
「はっ…」
顔を上げると信秀と目が合う。
なんとも威厳に満ちた顔だ。
 そして、威圧感もある…。
敵か味方か、仇成す者か否かを見極める眼だ。
それに気付いて翔隆はニコリとして言う。
「篠蔦三郎兵衛翔隆と申します。苗字とあざなは元服名として頂きました」
「〝三郎〟と…?」
信秀は信長を見る。
信長はニッとして父を見ている。
〈…ただ思い付いたなどと言えんな…〉
そう思い、ちらりと翔隆を見た。
翔隆はその目線に気付いて、ハッとして言う。
「へ、偏諱へんきを賜りまして…」
「…ふ、ふ。あざなの偏諱とな…はは! 面白い。さて、食うか」
楽しげに言い、信秀は食事に箸を付ける。
そして、ふと翔隆の魚に目がいく。
「味噌煮ではないのか」
「え、はい。醤油と酒で…その、俺の母が焼いてくれていたのを、そのままやってしまいまして…あ! もし宜しければ、どうぞお召し上がり下さい! 毒など入れてはおりません」
そう翔隆が言い、照り焼きの魚の皿を差し出す。
すると、
「では、わしが毒味あじみを」
と言いながら信長が先に食べた。
「ん、旨い」
「どれ…」
信秀が箸を伸ばすと、信長は皿を自分の膳に乗せようとする。
「…三郎」
「は? ああ、ついこれもいいかなと。…どうぞ」
笑いながら信長は皿を信秀に渡す。
「ほお、醤油も中々良いな」
そう言い信秀が笑うと、翔隆がパッと立ち上がる。
「では焼いて参ります!」
そう言い翔隆は一礼して、止める間もなく駆けていった。
「多めにな!」
その後ろ姿に信長が言い、父と盃を交わして夕餉を楽しんだ。
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