鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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六章 決別

一.〝長〟として

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  飛騨・乗鞍岳に入る頃には、三月中旬となっていた。
色とりどりな花を見ながら進んでいくと、突然一族の集団に襲われる。
「――――!!」
翔隆は影疾かげときと浅葱を守る結界を張り、手刀と蹴りで応戦した。
樟美も、短刀を持って戦う。
すると〔狭霧〕は翔隆を取り囲むように戦い、弱い樟美を集中的に狙った。
「! 樟美っ!」 
叫んですぐに助けに行こうとするが、幾重にも立ち塞がり邪魔をされる。
樟美も懸命に戦うが、押し倒されてしまった。
「樟美っ!!」 
狭霧が樟美の喉元に刀を振り下ろそうとしたその瞬間。 
ギィン  と、その男の刀が弾かれた。
と、同時に一族が退却していく…。
「お怪我はありませんか?」
そう言い、木陰から現れたのは、見知らぬ一人の青年であった。



  一方その頃…。
 一人河原で刀術に打ち込んでいる義成の下に、二人の男が現れる。
義成は眉を顰めてその男を見た。
「何用だ」
「…お久しゅうございます、義成殿。京羅様が三人衆の真柳まなぎ種嗣くさつぐ、そして弟の史司ふみつかにござりまする。もうお忘れでしょうか?」
種嗣くさつぐ(二十六歳)が言う。
「…覚えている。だが、俺はもう今川とは縁を切った身だ」
「そうは参りません」
史司ふみつか(二十四歳)が言い、前に出る。
「貴方様は、狭霧の正統なる〝長〟なのですから」
「なっ…何を馬鹿な事を」
義成は一瞬驚くも、呆れて溜め息を吐いた。すると種嗣が真顔で言う。
「それでは、何故なにゆえご自分の瞳の色は金色なのだと思われますか?」
「……それは…」
「狭霧の長たる者の証は、紅蓮の如き瞳に金色の髪……ですが、それを貴方様のお母上様が封じたのです。それを解こうと試みた際に、力のぶつかり合いが生じて瞳の色が変わってしまったのだと、導師様が仰有られました」
「………拓須が…?」
それに頷き、種嗣くさつぐが言う。
「はい。そして先日、貴方様が嫡子であられると書かれているお母上様の書が見付かったのです」
「………」
そんな事を突然言われても、信じられない…。
しかし、目の色の事が事実であるのならば…。
〈…狭霧の長……? 拓須が…知っていた…?〉
考えて困惑しながらも、義成は二人を見る。
「拓須は、何も言っていないぞ」
「言う必要が無いと仰せられたそうです。あの方の考える事は、我らには計り兼ねますが…」
言う必要が無い……。
拓須は、睦月の事以外には興味が無い…どんな事でも問われなければ、誰にも言うまい…。
そんな性格だ……。しかし…
「そんな話を鵜呑みにすると思うのか? 俺は、己で調べない限りは信じないぞ」
そう言い、義成は立ち去ろうとする。
「では、お母君の死については?」
その史司ふみつかの言葉に、義成は足を止める。
「――――そんな事を、貴様らに言う筋合いは無い!」
ギロリと睨むと、二人はたじろいで後退る。そこに、拓須がやってきた。
「義成、同胞を怯えさせてどうする」
「拓須……俺はっ」
「正真正銘、お前は〝狭霧の長〟だ」
「…知っていて、今更何故言う?!」
「長が必要になったからにほかあるまい」
「だからといって…っ!」
「母親の死の真相は? 知っているのか?」
義成はビクリとする。
「………不義密通を…したと…」
「誰と? 何故なにゆえ?」
「それは…」
義成が口籠もると、拓須はフッと笑う。
「お前の母は…羽隆うりゅうと密通した。狭霧でありながら、不知火の長と愛し合い…そして翔隆を隠したのだ。問い質しても、拷問をしても、翔隆の居場所を言わなかった。故に殺したのだ」
「――――隠した…?」
「そうだ。翔隆一人を庇い立てし、義元に殺された…それが真相だ」
その言葉に、義成は目眩を起こしていた。
 ずっと、ただ嫉妬に狂って殺したのだと思っていた。
そして、自分を切ったのだと…――――。 


  「義成!」
悲痛な母の声が脳裏に過る。

 ある日、突然だった。
夜に母の叫び声がして、駆け付けると父が母を成敗しようとしていた。
売女、と罵って…。
「父上! 何を…」
「そ奴は不義を働いたのだ! もはや許さん!」
父は、正気を失っているように見えた。
義成は母を庇い、顔に傷を受けた…。
義成は咄嗟に刀の柄に手を置く。――――と、
「父に刃を向ける気かっ!」
義元は義成の顔を再び傷付ける…義成がよろめくと、母が義成を庇った…。
そして……
そして、母は切られ…自分も背を切られながら、逃げた…。
母が、逃げろと言ったので…逃げたのだ……――――。


 それが……全て翔隆が原因だ、と…?
〈母上が…翔隆を庇ったから…成敗された………?〉
信じられない…………いや、信じたくない!
だが――――拓須は偽りは言わない…!
〈翔隆を隠したから…成敗されて……翔隆を庇った母は殺され、俺は追放された………?!〉
地面が揺れた………その事実に、前後不覚に陥っていたのだ…。
翔隆のせいで追放されたのに、助けられた場所が…翔隆の集落で………しかも、自分は狭霧の〝長〟である、と――――?
 義成は蒼白して、木にもたれ掛かる。
「……俺は…まことに、狭霧の嫡子…と……?」
「然り」
側に拓須が来て言う。
「母は…翔隆を庇って……」
「然り。奴を殺そうとして居場所を言えというのではなかった…。言えばいいだけの事だったのだ。それを何も言わずに…下手に隠すから、義元が怒ったのだ」
殺す為の尋問では無いのに隠し通して………何故?!
「何故そこまで……!!」
「殺されるとでも思ったのであろう。必死に隠し通した。何故かなどと、愚問であろう…?」
母は勘違いから殺されて………では、自分は?
「…何故……俺を切った…?!」
「義元は…正気を失っていたのだと聞いた。私は集落にいたので、そこまでは知らぬ」
拓須が言うと、義成はギリッと歯噛みする。
 翔隆の為に母は殺された………ではあの苦しみは、あの悲しみは何だったのだ?!
ただただ父から逃げてきた時の、あの心痛は一体………!
考えている義成の前に、真柳まなぎ兄弟がやってきて跪く。
「もしも狭霧にお戻り頂けるのでしたら、その傷を失くし、封じを解いてお越し下さい。我ら一同……京羅様も、いつまででも、お待ちしておりまする故…」
そう種嗣くさつぐが言い、二人は一礼して立ち上がり、去って行った…。
「顔の傷も、封じも、私がやる。その気になったら言うといい」
拓須は優しくそう言い、立ち去った。
残された義成は、いきなり突き付けられた現実に混乱していた。
〈…………俺が…――――狭霧の長…!!〉
実感は無い。
だがしかし、そうであるのならばーーー
 その宿命を、受け入れなければならない。
 義成は元より責任感が強く、信念を貫く性格だ…。
〈狭霧の行方不明であった嫡子が、俺だった………不知火の長男の陽炎だけが送られて…。だが、俺は不知火に行ったから掟は破らずに済んだ……〉
だから、拓須は何も言わなかったのかもしれない…。
目眩が治まり、義成は冷静さを取り戻した。
今川に呼び寄せたのも、事前に慣れさせる為に…拓須が進言した事やもしれない…。
狭霧に戻った時に戸惑わぬように、との配慮で…。
〈そう、ならば…―――。長だというのであれば、俺は――――…〉
義成は真剣な眼差しで、空を見上げた…。


  一方の翔隆は、そんな事も露知らず助けに入ってきた青年を、少し警戒しながら見た。
「…助かった……貴方は…?」
「当然の事をしたまでにございます、長」
「お主、不知火の者か?」
「はい。珂室かむろと申します…よしなに」
「そうか……ありがとう」
翔隆はホッと安堵する。
もしも〝人間〟だったら、面倒な事態になるからだ。
だが、同族ならば何の心配も無い…。
すると、珂室かむろと名乗る青年は近寄ってきて跪く。
「長、わたくしも同行させてはもらえませぬか?」
「?! しかし…」
翔隆が戸惑っていると、珂室かむろはにこりとして言う。
「私の居た集落は狭霧の手に落ちてしまい、私だけが逃げ延びてしまいました…。故に放浪して一人で狭霧と戦っていたのです」
「……そう、か…。ならば、好きにするといい」
そう言い、翔隆は樟美を影疾に乗せる。
「大丈夫か?」
「はい……済みませぬ…」
「気に病むな。怪我が無くて良かった」
笑って言い、珂室かむろを見る。
「では行こうか」
「はい」
珂室かむろは微笑んで答え、同行した。
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