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第二章 不和
2 ガイドに頼らない方法
しおりを挟む一部の訓練生たちは疑うような目をしていたものの、先ほどまで怠そうに机に体を乗せていた青年たちまで体を起こし、聞く準備は万端だ。講義室を見渡した羅深思は彼らの中に妙なものを見つけ、話そうと口を開いたまま固まった。
あいつ、あんなとこで何やってんだ?
訓練生たちのすぐ後ろに、まるで最初からそこに居ましたと言わんばかりに堂々と迷彩服の青年が座っている。さっきまで出入り口付近で待機していたはずの李光だ。
彼は訓練生たちよりも興味津々な顔をして、目を星のようにキラキラと輝かせながら勉強熱心な生徒と化していた。羅深思は彼の予想外の動きに苦笑を漏らすと咳払いを一つ、改めて口を開いた。
「まず先に、センチネルがいかにして暴走するのかをおさらいしていこうか」
そう言うと彼はペンを取り、後ろのホワイトボードにすらすらと蛇口とノズルのイラストを描く。上海の施設では、よくイラストを使って研究発表をしていたのだ。
「分かりやすく水道に例えて説明するな。センチネルが力を使う方法は、水道の蛇口を捻って水を出す行為によく似てるんだ」
羅深思は水道のノズルから出てくる水を書き足し、話を続ける。
「この水のような力の流れは、能力を使った時の疲労やストレスによって徐々に変化していく。例えるなら、そうだな……ちょっとずつゼリー状になっていくと思って」
彼は流れる水の部分だけを消し、今度はドロドロの液体を表すように消えた部分に波型の線を引く。図を使った説明のお陰か、訓練生たちも飽きることなく熱心に聞き入っていた。
「そうなると当然、水の出が悪くなってくるだろ? 君たちは、急に水の出が悪くなったらどうする?」
羅深思が彼らに尋ねると、はい!と最前列に座っていた女子が手を上げる。やる気満々な様子はなんとも微笑ましい。
「どうぞ」と促すと、彼女は隣に座る友人たちに小声で茶化されながらも、ハキハキした声で言った。
「蛇口をもっと捻る!」
単純明快な回答に、羅深思はにっこりと笑いかけた。
「うん、当然そうするよね。同じ量の水を出すためには、もっと力が必要になる。ただし、それは使えば使うほど疲労が増して、悪循環に陥ることにも繋がるんだ」
ドロドロになった力の流れは、今のところガイドにしか解消できない。センチネルがガイドなしでは生きられないのは、そういうのっぴきならない理由があるのだ。
「そしていずれ水の通り道が詰まり、爆発が起きる。これがいわゆるセンチネルの暴走だね」
すると、今度は二列目に座っていた、眼鏡の真面目そうな顔をした青年が手を上げた。羅深思が彼を当てると、青年はよく通る声で話し始めた。
「使うほど危険になるなら、使わなければいいんじゃないですか?」
その言葉に、周りの男子たちが「そうだそうだ!」と野次を飛ばす。彼の言うことはもっともで、センチネルの力は使わなくても日常生活に支障は出ない。
「鋭いね。確かに力を使わなければ暴走の心配はない。でも……」
そう言うと、羅深思はおもむろに持っていたペンを訓練生の一人に思い切り投げつけた。矢のように鋭いその一投はしかし、時間が止まったかのように狙われた青年の目の前で停止する。
急に暴挙に出た羅深思に、講義室はざわめきに包まれた。
「あっぶねぇ……何するんですか!」
「ごめんごめん、いい反応だったね」
彼は念能力持ちで、反射神経のテストで高得点を取っていたので狙わせてもらったのだ。ペンを投げ返してもらうと、羅深思は「はいはい、注目!」と手を叩いて彼らを落ち着かせた。
「普通に生活してても、今みたいに咄嗟に能力を使ってしまうこともあるだろ? もし力を使い慣れてなかったら、加減を間違えて誰かに怪我をさせる可能性もあるんだ」
その言葉に、今度は別の男子生徒が手を上げる。みんな勝手な発言をせず律儀に手を上げる辺り、彼らにとっても有意義な講義になっているようだ。
「誰かに怪我をさせたセンチネルは、逮捕されるって本当ですか?」
彼の発言に、再び訓練生たちがざわつき始める。
それもそのはず、センチネルという存在が差別的な扱いを受けていたことは、皆の記憶にも新しい。不当な判決で罪が重くなったというニュースは、能力者が現れてしばらくはよく目にする光景だった。
しかし、今は法整備が進み、ある程度の基準が設けられていた。彼らは施設に篭り切りなので情報が古いのだろう。
「それは場合によるかな。一般人との揉め事なら罪が重くなる可能性はある。ただし、大抵は民事で解決することになるよ」
扱いとしては、ナイフやバットなどの武器を持ち出した時と同じだ。酷い怪我を負わせれば当然罪は重くなるが、軽症ならそれ相応に罪も軽くなる。
「相手に重傷を負わせても無罪、もしくは軽い罰で済む場合もある。相手が集団で襲いかかってきた時や、強盗に襲われた時なんかがそうだね」
センチネルであろうとも、命の危険に対処するためなら防衛として認められる。
話しながら全体を見渡していた羅深思は、ふと楊福安の顔が青ざめていることに気付いた。彼は机の上に出した両手をぎゅっと握りしめ、何かに耐え忍ぶように眉を寄せている。
彼のトラウマに引っ掛かるものがあったのだろうか。他の生徒たちは興味深く耳を傾けていて、そのような反応は楊福安だけだった。
彼の様子を心に留めながら、羅深思はさり気なく話題を変えた。
「さ、本題に入ろうか。君たちもガイドの数が足りてないことは知ってるよね? 上海の研究施設である実験をしました」
空気を変えるために明るい声を出すと、彼は持ってきていた鞄の中から三枚の紙を取り出し、訓練生たちによく見えるようにホワイトボードに貼り付けた。一枚目は小太りな中年男性、二枚目は訓練生と同じくらいの年頃の青年、そして三枚目は色気たっぷりの美女だ。
全く共通点のない三人に、ヒソヒソ話をしていた訓練生たちの視線は一斉に前を向く。
「このおじさんと青年はガイド、こっちのセクシーなお姉さんは一般人です。暴走の第一段階に差し掛かったセンチネルの青年たちに、それぞれこの三人と調律のために三分間のハグをしてもらいました」
二人のガイドはおじさんが相性普通、青年がセンチネルとの相性ぴったりで差別化している。元はセンチネルの暴走に繋がるストレス値のチェックをする実験だった。
美女との三分間のハグと聞いて、男子たちの中から「いいなぁ……」と心底羨ましそうな声が漏れる。隣の女子たちはそんな彼らを横目で見て、クスクスと笑みを漏らしていた。
羅深思は基準になるハグ前のストレス値を張り出した後、写真の下にそれぞれ実験中の折れ線グラフが載った紙を貼りつける。
「ハグ中のストレス値の推移はこのように、三人とも高い数値が出ていました。こっちは男と抱き合ってるストレスで、こっちは美女に緊張してだね」
「そりゃそうだろうな!」と誰かが大声を出し、どっと笑いが起きる。年頃の彼らの素直な反応に羅深思もくすりと笑みを漏らし、結果を記した三枚を貼り付けた。
「最終結果がこれです。よく見て、おじさんガイドの方はストレス値が元より上がってるのが分かる?」
彼は基準値のグラフを中年男性の結果の隣に移動させ、訓練生たちが比べられるようにした。グラフは基準値を大きく上回っており、調律をしたにも拘らず逆にストレスが増えたことが窺える。
反面、相性のいい青年と美女との抱擁後のグラフは、どちらもかなり落ち着いて平坦から少し下がり気味になっていた。
羅深思が三枚の最終結果を隣り合わせて並べると、訓練生の一人があることに気付く。
「なんか、美女にハグされた方が下がってないか?」
「本当だ! 美女の方がストレス値が低い!」
どういうことだ?と訓練生たちが騒ぎ出す。
それもそうだろう。今までは、ガイドでなければ不安定になった精神を落ち着かせられないと思われていたのだ。
講義室は騒然となり、羅深思はまたもや両手を叩いて彼らを落ち着かせるはめになった。
「みんな注目! 今から説明するからね」
一般人の美女がなぜセンチネルのストレスを軽減できたのか。それは案外、難しくもおかしなことでもなかった。
「みんな、嬉しいことがあったら気分も良くなるだろ? ガイドは触れることで相手の精神を強制的に落ち着かせることができる。この場合は、美女とハグできて気持ちが高揚しているから調律と同じ効果が出たんだ」
悲しいことがあれば気分は沈み、嬉しいことがあれば心が躍る。それは人もセンチネルも変わらない。そんな当たり前のことを、誰もが忘れてしまっていたのだ。
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