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第四章 変化
2 胸の内
しおりを挟む「お前ら、羅先生はお仕置きをお望みのようだぞ」
柳浩明の物騒な言葉に、弟子二人は待ってましたとニヤニヤする。
やる気満々の彼らに身の危険を感じた羅深思は慌てて言った。
「なあ聞いて? みんな、ガイド連中にギャフンと言わせたくないか?」
その言葉に、今にもお仕置きのために立ちあがろうとしていた訓練生二人は動きを止める。
見事に引っかかった二人を見て、彼は内心しめしめとほくそ笑んだ。話を聞いてもらえれば説得できるという自信があった。
「とりあえず聞こう」
宋堅が一旦矛を収め、勇偉も重々しく頷く。
「まあ、内容次第だな」
二人の反応からも分かるように、元凶の王逸輝が姿を消してからも、ガイドとセンチネルの間にある溝はなかなか埋まらなかった。両者は未だ微妙な距離感を保っていて、仲を取り持つ切っ掛けが必要なのだ。
「浩明兄、上海でやったあの実験覚えてる?」
直近の噂話から、柳浩明はすぐに彼が何を言いたいのかに思い当たった。
「肝試しドッキリか? まあ、悪くはねぇかもな」
ガイドの精神力テストと称して、心霊スポットでの肝試し実験を行ったのだ。幽霊役はセンチネルたちで、能力を使って遠隔から色々と悪戯をした。
おどろおどろしい雰囲気の北京地下城の迷宮は、まさにぴったりの場所だ。
話を聞いた宋堅と勇偉は悪戯っ子の顔をして、すっかり乗り気になっている。
「良いね! やろうやろう!」
いかにも楽しそうな企画に、李光も彼らと一緒になって喜んだ。
ガイドたちに一泡吹かせつつ、暇を持て余した訓練生たちに楽しい遊びを提供する。練習にもなって一石二鳥どころか三鳥だ。
それは、思いついた羅深思も自画自賛したくなるほど名案だった。明日の朝一で施設長から許可を貰えれば、その日のうちに準備を始められるだろう。
計画を打ち明けて満足した羅深思は、やっと落ち着いて食事を楽しめるようになった。楊福安が食べ物を次々口に入れてくれるので、箸を持つ必要すらなく、手にはビールだけだ。
その体たらくを見た柳浩明は、呆れたようにため息を吐いた。
「これじゃあ、どっちが雛か分かんねぇな」
彼は「先生、先生」と羅深思の後をついて回る楊福安を見て、よく『雛鳥』と揶揄していた。しかし、今は先生のはずの彼が親鳥に餌を貰う雛になっている。
「訓練だってば」
口をもぐもぐさせながら、羅深思はそう訂正する。
何度も練習するうちに、楊福安は彼の一口分のサイズを完璧に把握していた。そのため今では、自分で食べる時にちょっと面倒だな、と思うほどだ。
「で、お前は食わせてばっかで飲まねぇのか? せっかく持ってきたんだから飲め飲め」
甲斐甲斐しく食事の世話をする楊福安を見て、柳浩明が顎をしゃくる。ビールは全員分あるが、彼だけ手をつけていなかったのだ。
彼の家庭の事情を知っている羅深思は、少し心配になった。
「福安、お酒飲んだことある?」
「いえ、飲んだことはないです」
予想通りの答えが返ってきて、羅深思はどうすべきか考え込む。
彼は政治家の息子で、センチネルが出現してすぐに力に目覚めている。普通の家庭の子が大きくなるにつれ自然に経験することでも、育ちのいい彼にとっては縁遠いものだ。
「無理しなくて大丈夫だからな」
ひとまず彼が飲まなくて済むように優しく声をかけたが、柳浩明は違った。
「おい、いつまでもソイツを甘やかすんじゃねぇぞ! 立派な男になりたいんだろ? ぐっといけ!」
たとえ過保護と言われようとも、初めてのお酒と言われては心配だ。とはいえ、本人の意思を尊重してあまり口出しもできない。
隣で見守っていると、楊福安は真剣な顔をしてビール缶を手に持った。向かいでは仲間の訓練生たちが飲め飲めと囃し立てている。
缶を開けることすら不慣れなのか、楊福安はプルタブに苦戦しながらもどうにか缶を開けた。プシュッと空気の抜ける音がして、アルコールの匂いが漂う。
「一気! 一気!」
宋堅と李光の仲良しコンビが、学生のノリで煽り始めた。二人とも久しぶりのお酒に舞い上がり、手拍子をしている。
羅深思は手を振ってやめさせると、二人に注意した。
「こら! 初めての子にそんなこと言わない!」
真に受けて一気飲みしたら大変だ。
だが、陽気な二人に気を取られているうちに、楊福安は本当にビールを一気飲みし始めた。
眉間にシワを寄せ、ごくごくと喉を鳴らして初めてのお酒を飲んだ彼は、缶を下ろして小さく息を吐く。全員の視線は、今や楊福安に釘付けだった。
「……大丈夫か?」
沈黙に耐えかねて、羅深思が声をかける。それでも返事がなかったので顔を覗き込むと、楊福安の目はどこかぼんやりしていた。
「あ、ちょっとまずいかも」
不意に宋堅が慌てた声を出す。何事かと思えば、テーブルの上の料理がふわふわと浮き始めていた。
犯人は当然、楊福安だ。酔いが回ったのか、力の制御ができなくなっている。
「ほらみろ、ダメだって言ったろ?」
羅深思が慌てて酔った彼の肩に触れると、部屋に満ちていた浮力が一瞬で収束する。料理が高い所まで浮き上がる前に阻止したので、大惨事は免れた。
「これ以上は危ないから禁止!」
羅深思は残りのビールを飲もうとしていた楊福安の手から缶を没収する。
夢心地な彼は名残惜しそうにビールを目で追った後、こてんと力なく羅深思の肩にもたれ掛かった。典型的な酔っ払いの行動だ。
力の入っていない体はそのまま滑り落ちそうで、羅深思は彼の腰に手を回して支えてあげた。
ちょっとしたハプニングがありつつも食事を終え、夜も遅いからと食事会はお開きとなった。李光が訓練生二人を送るために出て行き、残ったのは柳浩明と半分寝かかっている楊福安だけだ。
部屋の主の羅深思は酔った彼をベッドにそっと寝かせて、寒くないように布団を掛けてあげた。酔いのせいか、楊福安は横になってすぐに寝息を立て始める。
「浩明兄、もうこの子にお酒勧めないでくれよ?」
起こさないように声を潜めつつ、羅深思は向かいの柳浩明に苦情を言った。
しかし、元凶の彼は料理の残りをつまみにまだビールを飲んでいて、全く反省の色が見られない。それどころか、羅深思に責めるような視線を向ける始末だ。
「お前は過保護すぎんだよ。いい飲みっぷりだったろ?」
「危うく大惨事だったろ? 俺のいない所では飲ませらんないよ」
自分が一緒でなければどうなっていたか。彼が更なる小言を言おうと口を開くと、柳浩明はうんざりしたように片手を振った。
「そういや、例の研究は捗ってるのか?」
話題逸らしにムッとしたものの、ちょうど話したいと思っていたところだ。羅深思は渋々文句を引っ込め、彼の望む通りに話を変えた。
「俺の血をセンチネルに輸血して、効果があるか調べてるって」
まだセンチネルの力の源が判明していないため、とりあえず輸血して様子を見るのだという。他にもサンプルとして唾液や髪の毛も提供した。
かいつまんで話すと、柳浩明は残りのビールを一息で飲み干し、ソファから腰を上げた。
「血、抜かれすぎて死ぬなよ」
縁起でもないことを言うと、缶をテーブルに残して部屋を出て行く。しんと静まり返った部屋の中で、羅深思は、あっと声を上げた。
テーブルの上はゴミでいっぱいで、まんまと後片付けを押し付けてられてしまった。
「しょうがねぇな……」
深いため息を吐き、羅深思は重い腰を上げた。
ゴミを袋に詰めていた彼は、テーブルにあった缶が一つ無くなっていることに気付く。もしやと思って振り返ると、楊福安が缶に口を付けているところだった。
いつの間に起きたのだろうか。羅深思はベッドに腰掛け、彼の手からそっと缶を回収する。振ってみると中身はほとんど空だった。
彼が別の缶をじっと見つめていたので、羅深思は視界を遮るように顔を覗き込んだ。
「そっちはもう入ってないよ」
テーブルに残っていたのは羅深思の分だが、少し前に飲み切ってしまっている。
心ここにあらずの顔でぼうっとしていた楊福安は、話しかけると困ったように眉を寄せた。
「俺、立派な男になりたいんです」
どうやら、柳浩明の言葉を真に受けてしまっていたらしい。一生懸命背伸びする様は微笑ましいが、やはり心配だ。
「お酒が飲めなくても立派になれるよ」
慰めの言葉をかけると、楊福安が肩に寄りかかってくる。
「羅先生」
耳元で囁くような声が響いた。眠さと酔いの入り混じった呼び声に、羅深思は彼をもう一度寝かしつけようと背中に手を回す。
その時、不意に楊福安が顔を上げた。鼻先が触れそうなほど近くに顔があり、羅深思は小さく息を飲んだ。
酔っているにも拘らず、彼は真っ直ぐな眼差しで羅深思の瞳を覗き込む。明かりのせいか、その目は薄茶色に輝いて見えた。
「ど、どうした?」
酔った彼の行動は予測不能だ。距離があまりにも近すぎて、羅深思は落ち着かない気持ちになる。
楊福安はしばらくの間、彼の瞳をじっと覗き込んでいたが、やがてため息と共に言葉を吐き出した。
「……好きです」
羅深思は、その言葉を先生に対する親愛の証だと思った。ところが、返事をする前にふっと目の前が暗くなる。
前触れもなく柔らかなものが唇に触れ、一瞬で何が起こったか把握した羅深思は思わず息を止めた。どうしてこうなったのか、動揺しすぎて声も出せない。
楊福安は名残惜しそうに唇を押し付けた後、甘やかに微笑んだ。
「あなたが好きです」
熱のこもった眼差しは真っ直ぐに羅深思を見据え、明らかに好意を表している。だが、それにどう答えればいい?
想いを打ち明けて満足したのか、楊福安は混乱のあまり言葉が出ない羅深思の体をそっとベッドに押し倒した。
白い天井を遮るように楊福安が覆い被さってきて、彼はやっとまずい事態になったことに気付く。
「だ、ダメだよ!」
首筋に顔を埋められ、熱い吐息が肌を撫でる。楊福安の体は思いの外重く、二人の鼓動が重なった。
しかし、彼は突然電池が切れたかのように動かなくなり、規則正しい寝息が耳に届く。
「えっ? ちょっ……」
まさかこのタイミングで寝落ちするとは。
一瞬のうちに色々なことが起きすぎて、理解が追いつかない。
ひとまず彼をベッドに寝かせるも、その日、羅深思はしばらくの間眠ることができなかった。
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