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第四章 変化
3 非常事態
しおりを挟む愛の告白をした翌朝、楊福安の態度はいつも通り変わらなかった。
どうやら酔っていて覚えていないらしい。羅深思がさり気なく昨日のことを聞き出そうとしてもきょとんとしていた。
夢だったと思いたかったが、彼の唇の感触が頭にこびりついて離れず、羅深思は居た堪れない気持ちになる。気まずすぎて、しばらく楊福安の顔をまともに見られそうにない。
昨夜考えた飲酒解禁やレクリエーションのことを施設長に報告した後、彼は先輩ガイド、柳浩明の部屋へ直行した。
「浩明兄! 相談があるんだけど!!!」
ドンドンと部屋の扉を叩きながら叫ぶと、迷惑そうな顔をした柳浩明が顔を出す。寝起きなのか頭がボサボサだ。
「うるせぇな、何時だと思ってんだよ」
「もう八時だよ! それよりちょっと……中に入れて」
羅深思は辺りを見渡し、声のトーンを落とした。訓練生たちは朝の運動をしている時間なので大丈夫だと思うが、楊福安に聞かれては非常に困る。
足踏みしながら待っていると、柳浩明は天を仰いで盛大にため息を吐き、渋々部屋に入れてくれた。
彼の部屋にはトレーニング用の運動器具や寛ぐためのソファがあり、いかにも男らしい。羅深思が藍色のソファの端にそっと腰を下ろすと、彼はその横にどかりと座った。
「で、そんなに慌てて何があったんだ」
「俺……」
話を切り出そうとしたものの、一瞬言葉に詰まる。秘めた想いを打ち明けられたのに、それを他の人に言ってもいいか迷ったのだ。
「これ、内密にしてくれる?」
そう言って窺い見ると、柳浩明は面倒くさそうに顔を顰めた。
「分かったから早く言えよ」
せっつかれ、羅深思はごくりと唾を飲み込んだ。いざ話そうと思うと妙に緊張して、胸がドキドキする。
「俺、教え子のファーストキス奪っちゃった!」
告白されたことは伏せ、事実だけを言う。しかし、言い切った後に恥ずかしさが込み上げてきて、羅深思は顔から火が出そうだった。
楊福安は女子の目を惹く端正な顔立ちをしているが、力に目覚めてからのことを考えると、絶対にキスをするのは初めてだろう。酔っていて覚えていないとはいえ、男が初めてなんてあまりにも可哀想だ。
「お前がやったのか?」
「いや、正確には向こうからだけど……明兄、俺どうしたらいい?」
思い出すだけで恥ずかしい気持ちになり、ジタバタしたくなる。助けを求める視線を向けると、柳浩明は投げやりに答えた。
「どうもこうも、お前次第だろ? 酔った勢いってのはいただけねぇが、雛鳥もやるじゃねぇか」
彼の言葉を聞いた羅深思は「ん?」と首を傾げる。名前を出していないのに、どうして相手が楊福安だと気付いたのだろう。
「なんで福安だって分かったんだ? もしかして……見てた?」
帰ったと思っていたが、扉の陰からこっそり様子を窺っていたということならおかしくはない。しかし、柳浩明は呆れ顔で羅深思の頭を小突いた。
「気付くに決まってるだろ? あいつ、いつもお前のことしか見てねぇしな」
「それは、俺があの子にとって唯一安心できる相手だからだろ? この力のおかげだよ」
楊福安の力は強力で、並大抵のガイドでは歯が立たない。そんな中、羅深思だけが彼に救いの手を差し伸べることができるのだから当然だ。
だが、柳浩明は全く彼の話を聞かず、詰るように言った。
「俺はてっきり、お前もその気なんだと思ってたがな。自分の部屋に泊めるだけじゃ飽き足らず、一緒のベッドで寝るなんてどうかしてるぞ」
それは違う!と羅深思は前のめりになる。
「悪夢に苦しんでたから、助けたかっただけだよ」
一緒に寝るのはあくまでも治療のためだ。やましいことはないときっぱり否定するも、柳浩明は苛立たしげにため息を吐いた。
「向こうの気持ちも考えてやれ。いいか? 行き過ぎた献身は相手に毒だぞ。お前、昔から変わってねぇな」
一体何のことを言っているのか分からず、羅深思は不思議そうに首を傾げる。すると柳浩明は鈍感な彼にますます呆れ、やれやれと肩を竦めた。
「お前上海にいた頃、陰でなんて呼ばれてたか知ってるか? 『魔性の男』だぞ」
「うわっ、何それ恥ずかしいんだけど」
一体誰が言い始めたのか、あまりにも小っ恥ずかしい名称に鳥肌が立つ。何より陰口にしか聞こえない。
「誰彼構わず優しくするからそうなるんだよ! ったく、何人のガイドとセンチネルがお前に引っかかったか……」
羅深思には全く知る由もない話だったものの、裏では相当な修羅場が発生していたという。上海にいた頃の柳浩明は仲裁役として引っ張りだこだったので、その言葉には信憑性があった。
「気持ちに応える気がないなら、早めに諦めさせてやるのも大人の役目だぞ」
そう忠告されるも、羅深思は納得がいかずムッとする。
確かに楊福安は自分を慕ってくれているが、それは下心ではないはずだ。
そんな羅深思の気持ちを知ってか知らずか、柳浩明は豪快に笑って彼の背中をバシバシと叩いた。
「ほら、お悩み相談室は終わりだ。さっさとお前の雛鳥に会いに行ってやんな」
体よく追い出され、羅深思は扉の前でため息を吐く。自分がこれからどうしたら良いのか、せっかく相談したのに心は迷子のままだ。
羅深思が昼食を摂りにエリア一へ行くと、ちょうど朝の運動を終えた訓練生たちが食堂を目指して移動中だった。廊下を埋め尽くす白ジャンパーの群れの中から、楊福安が小走りに駆けてくる。
「羅先生! もう用事は終わったんですか?」
純粋無垢な眼差しに見つめられ、羅深思は思わずたじろいだ。こんなに良い子が昨晩自分を押し倒したなんて、まだ信じられない。
「う、うん。施設長から許可が下りたから、午後はレクリエーションについて話そうと思ってるよ」
なるべくぎこちなくならないように気をつけて言うと、周りに居た男子の集団が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「先生、その話なら勇偉たちから聞いたよ! 肝試しするんだって?」
昨日話した内容は、朝のうちにとっくに広まっていたらしい。遠くで勇偉と宋堅がやり切った顔をしながら、ぐっと親指を立てているのが見える。
「俺、良いアイディア考えたんだ!」
「俺も俺も!」
娯楽に飢えた彼らは目を爛々と輝かせて、早くも待ちきれない様子だ。我先にと思いついたアイディアを披露しようと寄ってくる。
今聞いてもどうしようもないので、羅深思は笑みを浮かべて集まってきた訓練生たちを宥めた。
「後でみんなの前で発表してもらうから、午後まで取っておきな」
そう言って送り出すと、彼らはわいわいしながら食堂へかけていく。訓練生たちはすでにお祭り騒ぎだ。
彼らの後を追って食堂へ入った羅深思は、昼食を頼む段階になってどうしようとオロオロし始める。
最近ずっと楊福安の能力コントロールの練習のため、彼に食事を食べさせてもらっていた。けれど、彼の気持ちを知った今もそれを続けるのは少し気まずい。
とはいえ断る言い訳は思いつかず、結局いつものように特訓に付き合うことになった。
「なあ福安、そろそろこの練習も終わりにして良いんじゃないかな?」
食べさせてもらいながらも、羅深思はさり気なく特訓中止のお願いをする。しかし、楊福安は途端に悲しそうな顔になってしまい、罪悪感で胸が抉られそうだった。
「俺、まだ不安です……」
しゅんとしてそう言われてはぐうの音も出ず、羅深思は「そっか、じゃあ仕方ないな」と笑みを返す。
向かいの席では、昨日と同じように宋堅が二人の真似をしている。彼は懲りずに念能力を使って勇偉に何か食べさせようと苦戦していて、そろそろ喧嘩になりそうだった。
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