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第四章 変化
4 動揺
しおりを挟む訓練生たちが食休みしている隙に、羅深思は午後からのレクリエーションに向けて準備を整えることにした。
いつも授業で使っている第一講義室に、李光が備品室から懐中電灯を持ってきてくれた。照明を落とした講義室の中で、手伝いを申し出てくれた楊福安と共に一つずつライトを点けて動作確認をする。
「李先輩はどこへ行ったんですか?」
二人で黙々と作業を続けていると、ライトをチカチカさせながら楊福安が不思議そうに尋ねてきた。李光は懐中電灯の箱を置いた後、慌てて部屋を出て行ってしまったのだ。
「地下通路の地図忘れたんだって。あと、手持ちランタン持ってくるのも忘れたって言ってたから、また備品室じゃないかな」
おっちょこちょいな李光のせいで、羅深思は彼と二人きりになってしまい、妙に緊張していた。ライトの点き具合を確認しながらも、つい横目で楊福安の方を見てしまう。
月明かりのような淡い光に照らされて、美しい輪郭がはっきりと浮かび上がる。薄暗闇の中にいると、大人しい彼はどこか神秘的な雰囲気をまとって見えた。
楊福安は女子が喜ぶ顔立ちで、実際彼に密かに思いを寄せている子もいるくらいだ。それなのに、どうして自分が恋の相手に選ばれたのだろう。
「これで全部かな? 電池が切れそうなのはこっちの箱に移して。ドッキリに使うのも良いかもな」
最後のライトを確認し終わると、羅深思は予備の箱に不良品を分けて入れた。接触不良なのか、点きの悪い懐中電灯がいくつかあったのだ。
しかし、それも使い道はある。肝試しの時に使えば、良い感じに恐怖を演出してくれるだろう。
「それじゃあ、そろそろ電気点けようか」
確認も終えて、もう部屋を暗くしておく必要はない。ところが、楊福安はそっと彼の袖を引いた。
「あの、もう少しこのままではダメですか?」
「怖くない?」
暗闇で二人きりなんて大胆だな、と思っていると、楊福安は彼の予想に反して無邪気に目を輝かせて頷いた。
「先生が一緒なので、怖くないです!」
どうやら彼は、この非日常な雰囲気が気に入っただけのようだ。無邪気な笑顔を見ていると、羅深思はやましいことを考えていた自分が恥ずかしくなる。
告白は、した方よりもされた側の方が動揺が大きいのだろうか。楊福安の気持ちを知ってからというもの、彼を意識せずにはいられない。
思い悩んでいるうちに楊福安が懐中電灯で遊び始めたので、羅深思は楽しそうな様子を隣で見守ることにした。
しばらくすると、ドタバタと大勢の足音が聞こえてくる。休憩を終えた訓練生たちがやって来たのだ。
羅深思は咄嗟に楊福安の腕を掴むと、彼を巻き込んで教卓の下に素早く隠れた。
「あれ? 誰もいない」
ぱっと部屋の灯りが点き、辺りが明るくなる。訓練生たちは隠れている二人には気付かず、雑談しながら部屋の中に入ってきた。
息を潜めて外の様子を窺っていると、楊福安が視線だけでどうするのかと訴えてくる。羅深思は口の前で人差し指を立てて静かに、とジェスチャーすると、音を立てないように教卓の上の方にある僅かな隙間から外を覗き見た。
訓練生たちは今日のレクリエーションの話で盛り上がっていて、とっておきの怖い話を披露している。彼らが話に夢中になっているのを確認すると、羅深思は自分の指示を大人しく待っている楊福安の耳元に唇を寄せて囁いた。
「ちょっと物動かしてみて」
そう言って教卓の隙間を指差す。彼の言わんとすることを理解した楊福安は、すぐに隙間から教室を覗き込んだ。
しばらくすると、ズズ……ズズ……と何かが引きずられる音がする。不思議な物音に気付いた訓練生たちは、ぴたりとお喋りをやめた。
「今の音、何?」
不安そうな女子の声に続き、怯えた様子の男子が仲間をどつきながら文句を言う。
「おい、誰の悪戯だよ。お前か?」
「違う違う、俺じゃねぇって! お前じゃないのか?」
念能力持ちは多いので、その場で犯人探しが始まる。だが、当然ながら誰もやっていない。
ちょうど怖い話をしていたこともあり、彼らの顔にサッと不安が過った。
講義室の中はあっという間に静まり返り、羅深思はぷるぷると肩を震わせる。その時、隙間から覗き見ていた楊福安が、椅子を一つだけふわりと浮かせた。
きゃっと女子の可愛らしい悲鳴が聞こえ、訓練生たちの視線が椅子に集まる。彼らが戦々恐々とする中、椅子は前後にゆらゆらと揺れ、まるでブランコを漕いでいるみたいだ。
「だ、誰がやってんだよ! 洒落になんねぇって!」
張り詰めた空気が場を満たし、彼らは揺れる椅子を取り囲む。その瞬間、講義室の扉が勢いよく開いた。
「出たぁぁぁっ!!」
一体誰が最初に叫んだのだろう。絶叫と共に、訓練生たちは散り散りになって逃げ惑い始めた。
部屋の中を右往左往する彼らの悲鳴に混じって、「何? 何なの?」という李光の戸惑いの声がする。奇跡的なタイミングで帰ってきた彼に、羅深思はついに吹き出した。
「福安、もう出よ……」
ネタバラシしようと横を向いた途端、羅深思の唇に柔らかなものが当たる。
固まったままたっぷり十秒かけて、それが楊福安の唇だと認識した彼は慌てて身を引いた。
ところが、羅深思は教卓の下に隠れていることをすっかり忘れていた。背中をぶつけた弾みで、ガタンと大きな音がする。
「きゃあぁぁぁっ!」
「いやあぁぁぁぁっ!!」
突然教卓が動いたので驚いたのだろう。女子たちの絶叫と共にバタバタと大勢の足音がして、部屋の中はあっという間に静まり返った。
しかし、羅深思はそれどころではない。一度ならず二度までも楊福安の唇を奪ってしまったのだ。それも、今度は素面の状態でだ。
柔らかな感触を思い出し、心臓がどきりと跳ねる。
「ご、ごめんな!」
慌てて唇を拭おうと手を伸ばすと、楊福安はやんわりとその手を制した。
「大丈夫です」
彼はそう言ったが、頬はほんのりと赤く色づき、どう見ても大丈夫そうには見えない。自分に向けられる熱を帯びた眼差しを戸惑いと共に見つめ返しながら、羅深思は何か言わなければと思考を巡らせる。
今までガイドとして、どんな困難にも対応できるように勉強してきたというのに、こんなのは想定外だ。
「……とりあえず出ようか」
良い言葉が出てこず、彼は結局そう言ってお茶を濁した。
教卓の下から出ると、訓練生の大混乱に呆気に取られていた李光と目が合う。彼は狐に摘まれた顔をしていたが、羅深思が教卓の下から楊福安を引っ張り出すと、状況をすぐに理解した。
「二人とも、ちょっとやりすぎだよ」
他人事のように笑っているが、李光もパニックの原因の一つだ。
開け放たれた扉を見つめ、羅深思はため息を吐いた。
「みんなを呼び戻さないとな」
あれだけ賑やかだったのに今や部屋の中には三人だけだ。出て行った彼らが帰ってきてくれるかも分からない。
「しょうがない奴らだな。俺、探してくる!」
先輩風を吹かせ、李光は任せておけと胸を張る。部屋を出て行く彼に、楊福安は慌てて呼びかけた。
「俺も行きます!」
ところが、彼はすぐには後を追わず、羅深思の元へやってくる。
何か用でもあるのだろうか。そう思って尋ねようとするも、楊福安は彼の耳元にそっと顔を寄せた。
「羅先生、二回目ですね」
その囁きは、どこか甘やかな響きを帯びていた。
驚きに目を見開いた羅深思を見て、彼の唇は緩やかな弧を描く。それはいつもの雛鳥のような笑顔ではなく、思わず見惚れてしまいそうなほど大人びた魅力的な笑みだった。
爆弾発言を残し、楊福安はゆっくりと部屋を出て行く。しかし、羅深思はあまりにも驚きすぎて、そこから一歩も動けなかった。
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