【完結】空に溺れる月〜孤独なセンチネルは安寧を願う〜

てんてこ米

文字の大きさ
24 / 41
第四章 変化

4 動揺

しおりを挟む

 訓練生たちが食休みしている隙に、羅深思ルオシェンスーは午後からのレクリエーションに向けて準備を整えることにした。
 いつも授業で使っている第一講義室に、李光リーグァンが備品室から懐中電灯を持ってきてくれた。照明を落とした講義室の中で、手伝いを申し出てくれた楊福安ヤンフーアンと共に一つずつライトを点けて動作確認をする。

リー先輩はどこへ行ったんですか?」

 二人で黙々と作業を続けていると、ライトをチカチカさせながら楊福安ヤンフーアンが不思議そうに尋ねてきた。李光リーグァンは懐中電灯の箱を置いた後、慌てて部屋を出て行ってしまったのだ。

「地下通路の地図忘れたんだって。あと、手持ちランタン持ってくるのも忘れたって言ってたから、また備品室じゃないかな」

 おっちょこちょいな李光リーグァンのせいで、羅深思ルオシェンスーは彼と二人きりになってしまい、妙に緊張していた。ライトの点き具合を確認しながらも、つい横目で楊福安ヤンフーアンの方を見てしまう。
 月明かりのような淡い光に照らされて、美しい輪郭がはっきりと浮かび上がる。薄暗闇の中にいると、大人しい彼はどこか神秘的な雰囲気をまとって見えた。
 楊福安ヤンフーアンは女子が喜ぶ顔立ちで、実際彼に密かに思いを寄せている子もいるくらいだ。それなのに、どうして自分が恋の相手に選ばれたのだろう。

「これで全部かな? 電池が切れそうなのはこっちの箱に移して。ドッキリに使うのも良いかもな」

 最後のライトを確認し終わると、羅深思ルオシェンスーは予備の箱に不良品を分けて入れた。接触不良なのか、点きの悪い懐中電灯がいくつかあったのだ。
 しかし、それも使い道はある。肝試しの時に使えば、良い感じに恐怖を演出してくれるだろう。

「それじゃあ、そろそろ電気点けようか」

 確認も終えて、もう部屋を暗くしておく必要はない。ところが、楊福安ヤンフーアンはそっと彼の袖を引いた。

「あの、もう少しこのままではダメですか?」

「怖くない?」

 暗闇で二人きりなんて大胆だな、と思っていると、楊福安ヤンフーアンは彼の予想に反して無邪気に目を輝かせて頷いた。

「先生が一緒なので、怖くないです!」

 どうやら彼は、この非日常な雰囲気が気に入っただけのようだ。無邪気な笑顔を見ていると、羅深思ルオシェンスーはやましいことを考えていた自分が恥ずかしくなる。
 告白は、した方よりもされた側の方が動揺が大きいのだろうか。楊福安ヤンフーアンの気持ちを知ってからというもの、彼を意識せずにはいられない。
 思い悩んでいるうちに楊福安ヤンフーアンが懐中電灯で遊び始めたので、羅深思ルオシェンスーは楽しそうな様子を隣で見守ることにした。



 しばらくすると、ドタバタと大勢の足音が聞こえてくる。休憩を終えた訓練生たちがやって来たのだ。
 羅深思ルオシェンスーは咄嗟に楊福安ヤンフーアンの腕を掴むと、彼を巻き込んで教卓の下に素早く隠れた。

「あれ? 誰もいない」

 ぱっと部屋の灯りが点き、辺りが明るくなる。訓練生たちは隠れている二人には気付かず、雑談しながら部屋の中に入ってきた。
 息を潜めて外の様子を窺っていると、楊福安ヤンフーアンが視線だけでどうするのかと訴えてくる。羅深思ルオシェンスーは口の前で人差し指を立てて静かに、とジェスチャーすると、音を立てないように教卓の上の方にある僅かな隙間から外を覗き見た。
 訓練生たちは今日のレクリエーションの話で盛り上がっていて、とっておきの怖い話を披露している。彼らが話に夢中になっているのを確認すると、羅深思ルオシェンスーは自分の指示を大人しく待っている楊福安ヤンフーアンの耳元に唇を寄せて囁いた。

「ちょっと物動かしてみて」

 そう言って教卓の隙間を指差す。彼の言わんとすることを理解した楊福安ヤンフーアンは、すぐに隙間から教室を覗き込んだ。
 しばらくすると、ズズ……ズズ……と何かが引きずられる音がする。不思議な物音に気付いた訓練生たちは、ぴたりとお喋りをやめた。

「今の音、何?」

 不安そうな女子の声に続き、怯えた様子の男子が仲間をどつきながら文句を言う。

「おい、誰の悪戯だよ。お前か?」

「違う違う、俺じゃねぇって! お前じゃないのか?」

 念能力持ちは多いので、その場で犯人探しが始まる。だが、当然ながら誰もやっていない。
 ちょうど怖い話をしていたこともあり、彼らの顔にサッと不安が過った。
 講義室の中はあっという間に静まり返り、羅深思ルオシェンスーはぷるぷると肩を震わせる。その時、隙間から覗き見ていた楊福安ヤンフーアンが、椅子を一つだけふわりと浮かせた。
 きゃっと女子の可愛らしい悲鳴が聞こえ、訓練生たちの視線が椅子に集まる。彼らが戦々恐々とする中、椅子は前後にゆらゆらと揺れ、まるでブランコを漕いでいるみたいだ。

「だ、誰がやってんだよ! 洒落になんねぇって!」

 張り詰めた空気が場を満たし、彼らは揺れる椅子を取り囲む。その瞬間、講義室の扉が勢いよく開いた。

「出たぁぁぁっ!!」

 一体誰が最初に叫んだのだろう。絶叫と共に、訓練生たちは散り散りになって逃げ惑い始めた。
 部屋の中を右往左往する彼らの悲鳴に混じって、「何? 何なの?」という李光リーグァンの戸惑いの声がする。奇跡的なタイミングで帰ってきた彼に、羅深思ルオシェンスーはついに吹き出した。

福安フーアン、もう出よ……」

 ネタバラシしようと横を向いた途端、羅深思ルオシェンスーの唇に柔らかなものが当たる。
 固まったままたっぷり十秒かけて、それが楊福安ヤンフーアンの唇だと認識した彼は慌てて身を引いた。
 ところが、羅深思ルオシェンスーは教卓の下に隠れていることをすっかり忘れていた。背中をぶつけた弾みで、ガタンと大きな音がする。

「きゃあぁぁぁっ!」

「いやあぁぁぁぁっ!!」

 突然教卓が動いたので驚いたのだろう。女子たちの絶叫と共にバタバタと大勢の足音がして、部屋の中はあっという間に静まり返った。
 しかし、羅深思ルオシェンスーはそれどころではない。一度ならず二度までも楊福安ヤンフーアンの唇を奪ってしまったのだ。それも、今度は素面の状態でだ。
 柔らかな感触を思い出し、心臓がどきりと跳ねる。

「ご、ごめんな!」

 慌てて唇を拭おうと手を伸ばすと、楊福安ヤンフーアンはやんわりとその手を制した。

「大丈夫です」

 彼はそう言ったが、頬はほんのりと赤く色づき、どう見ても大丈夫そうには見えない。自分に向けられる熱を帯びた眼差しを戸惑いと共に見つめ返しながら、羅深思ルオシェンスーは何か言わなければと思考を巡らせる。
 今までガイドとして、どんな困難にも対応できるように勉強してきたというのに、こんなのは想定外だ。

「……とりあえず出ようか」

 良い言葉が出てこず、彼は結局そう言ってお茶を濁した。
 教卓の下から出ると、訓練生の大混乱に呆気に取られていた李光リーグァンと目が合う。彼は狐に摘まれた顔をしていたが、羅深思ルオシェンスーが教卓の下から楊福安ヤンフーアンを引っ張り出すと、状況をすぐに理解した。

「二人とも、ちょっとやりすぎだよ」

 他人事のように笑っているが、李光リーグァンもパニックの原因の一つだ。
 開け放たれた扉を見つめ、羅深思ルオシェンスーはため息を吐いた。

「みんなを呼び戻さないとな」

 あれだけ賑やかだったのに今や部屋の中には三人だけだ。出て行った彼らが帰ってきてくれるかも分からない。

「しょうがない奴らだな。俺、探してくる!」

 先輩風を吹かせ、李光リーグァンは任せておけと胸を張る。部屋を出て行く彼に、楊福安ヤンフーアンは慌てて呼びかけた。

「俺も行きます!」

 ところが、彼はすぐには後を追わず、羅深思ルオシェンスーの元へやってくる。
 何か用でもあるのだろうか。そう思って尋ねようとするも、楊福安ヤンフーアンは彼の耳元にそっと顔を寄せた。

ルオ先生、二回目ですね」

 その囁きは、どこか甘やかな響きを帯びていた。
 驚きに目を見開いた羅深思ルオシェンスーを見て、彼の唇は緩やかな弧を描く。それはいつもの雛鳥のような笑顔ではなく、思わず見惚れてしまいそうなほど大人びた魅力的な笑みだった。
 爆弾発言を残し、楊福安ヤンフーアンはゆっくりと部屋を出て行く。しかし、羅深思ルオシェンスーはあまりにも驚きすぎて、そこから一歩も動けなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。

うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!! 高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。 ムーン様にも投稿してます。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

有能副会長はポンコツを隠したい。

さんから
BL
2.6タイトル変更しました。 この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。 こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。 ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)

処理中です...