囚われの狼は白兎の牙に溺れる

てんてこ米

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第二章

3 真実の首輪

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 昼が近いのか、二人が食事を終える頃には、カーテンの隙間から太陽の光が漏れ出ていた。
 満腹になったせいだろうか、食後酒を楽しんでいたリュカオンの口から大きなあくびが出る。
 眠気を耐えて追加の酒を飲もうと瓶に手を伸ばすと、琥珀色の液体に満たされた瓶が目の前でパッと消えた。

「リュカ、ベッドの準備は整っている。もう寝よう」

 甘い囁きと共に、リュカオンの体は仄かな林檎の香りと温もりに包まれた。瓶を消したのがエルシオンの仕業だと理解した彼は、眉間にぐっとシワを寄せ、涼しげな顔で抱きついてきた白うさぎに抗議の視線を送る。

「まだ飲んでんだろうが」

 不満げな声にも、エルシオンは怯むことなく平然としていた。それどころか、悪いのはそちらだと咎めるような目で見返してくる。

「飲み過ぎはよくない。後でもっと良いものを持ってくるから」

 喧嘩をする気満々だったリュカオンは、その言葉に手のひらを返したように上機嫌になる。彼が持ってくる酒はどれも美味しいのに、もっと良いものと言われては期待せずにはいられない。

「今のところは我慢してやるよ」

 上手いこと転がされたような気がしつつも、リュカオンの声は喜びと期待に弾んでいた。
 現金な様子にエルシオンは小さく笑みを漏らし、彼の体を軽々と抱き上げる。

「手紙はもう書けたのか?」

「おう。サイドテーブルの上にあるから、忘れず持ってけよ」

 最初こそ、抱き上げられて運ばれるなんて恥ずかしいと嫌がっていたリュカオンも、今やすっかり当たり前のように体を預けていた。
 だんだんエルシオンに毒されて感覚が麻痺している気がするが、快適すぎて断る気も起きない。そのままベッドまで運ばれ、整えられた寝床の上に優しく下ろされる。リュカオンはふかふかの枕に頭を預け、ぐっと伸びをした。
 広々としたベッドのど真ん中を占領する彼の横に、エルシオンがそっと体を横たえる。赤い瞳は熱を帯び、リュカオンを真っ直ぐに見つめた。

「リュカ、そろそろ私のつがいになる気になった?」

 問いかける声は甘く、聞く者を落ち着かない気分にさせる。いつ何時も求愛を忘れない白うさぎに、リュカオンは頬が熱くなるのを感じた。
 ベッドの上での求愛に気まずい気持ちになりながら、彼はどう答えたものかと頭を悩ませる。
 幼少期の誤解を解くにはいいタイミングだ。しかし、真実を話した後、エルシオンが自分にどんな目を向けるのか。リュカオンはなぜか、それを確かめるのが怖かった。

「俺……」

 期待の眼差しに見つめられ、心が揺らぐ。あれだけこの家から出たかったはずなのに、たった数日一緒に過ごしたこの迷惑な白うさぎのことが、リュカオンは嫌いになれなかった。
 とはいえ、このまま答えを引き延ばして、彼の寵愛を受け続けるのも忍びない。悩んだ末、リュカオンは腹を括って事実を話すことにした。

「さっき、子どもの姿になったエルを見て、昔のことを思い出した」

 言葉を重ねるごとに、鼓動はどんどん速くなる。まともに目を合わせていることさえできず、視線は下へ下へと落ちていく。

「あれは求愛のつもりで言ったんじゃなかったんだよ。だから、俺のことは……」

 もう諦めろと言うだけで、不毛な追いかけっこに終止符が打てるはずだ。それなのに、リュカオンの口は途端に重くなる。
 続く言葉が言えず、二人の間に気まずい沈黙が降りた。意気地のない自分が腹立たしくて、リュカオンはぎゅっと拳を握りしめる。
 息も詰まるほどの静寂の中、先に口を開いたのはエルシオンだった。

「……私は目が合った瞬間、恋に落ちた。あなたが何を言おうと、あの時一目惚れした事実は変わらない」

 少しの揺らぎもなく、はっきりと断言した彼の言葉に、リュカオンはハッとして視線を上げた。
 赤い瞳を穏やかに細め、エルシオンがゆっくりと手を伸ばしてくる。彼の滑らかな指先が、沈黙を貫くリュカオンの喉元にそっと触れた。

「私と番になるのは嫌か?」

 問いかける声はどこか楽しげで、たった今彼の気持ちを跳ね除けようとしていたリュカオンは、予期せぬ態度に戸惑う。

「いっ……嫌に決まってんだろ!」

 これがお互いのためだと、喉奥から声を絞り出す。ところが、エルシオンは落ち込むどころか、嬉しそうに微笑んだ。
 ふと、リュカオンは首元に違和感を覚えた。何かが巻きついているような、おかしな感触があるのだ。
 恐る恐る手を伸ばして確かめてみると、それは繋ぎ目のない革の首輪だった。しっかりとした厚みがあり、触れただけで丈夫さがうかがえる。

「な、なんだよこれ……」

 間違いなく、先ほどまでは無かったものだ。目の前のエルシオンがますます笑みを深めるのを見て、彼は嫌な予感がした。

「テメェの仕業か?」

 家に閉じ込めただけでは飽き足らず、今度は一体何をしたのだろうか。
 キッと睨みつけるも、エルシオンは涼しい顔をしている。

「ちょっとした魔法だ。私の質問に嘘をつくと現れる。外したければ、嘘偽りのない本心を話せばいい」

 簡単だろう?と笑われ、リュカオンは恥ずかしすぎて真っ赤になった。
 どうりで彼が笑っているはずだ。心の内を暴く魔法なんてたちが悪すぎる。

「おっ、おおお俺はっ! 嘘なんかついてねぇっ!!」

 慌ててそう言うも、首元の違和感は一向に消えない。そのせいで、彼は余計に居た堪れない気持ちになる。
 憎たらしい首輪に指を引っ掛けて力いっぱい引っ張ったが、どれだけ力を入れてもびくともしなかった。

「力では外せない。外したいなら素直になるといい」

 首輪に悪戦苦闘する姿を楽しそうに眺めながら、エルシオンはさも簡単なことのように言う。
 だが、リュカオンは彼の態度に怒り心頭だった。それができたら苦労はしない。
 忠告を無視して首輪を外そうとジタバタする彼に、エルシオンは僅かに眉をひそめた。

「私の何が不満なんだ?」

 尋ねられるも、答えるのは難しい質問だった。
 エルシオンのもてなしは完璧で、文句のつけようもない。なにより、種族の違いさえも些細なことに思えるほど、彼は魅力的な青年だ。
 リュカオンは彼の問いかけを無視することに決め、厄介な首輪に意識を戻した。



 しばらくベッドの上で格闘していたものの、やはり魔法の首輪は一筋縄ではいかない相手だった。
 顔が真っ赤になるくらい引っ張ろうとも、爪で切り裂こうとしても歯が立たない。どうやら本当に、力ずくでどうにかするのは不可能らしい。
 ぜいぜいと肩で息をしながら、彼は力なく手足を投げ出した。

「もういい! 寝る!!」

 癇に障るクスクス笑いを聞きながら不貞腐れていると、エルシオンの手が伸びてきて腰に絡みつく。
 忌々しい首輪を付けた元凶のくせに、人を抱き枕にしようとはいい気なものだ。

「今日は一緒に寝るのか?」

 抵抗する気力すらなく、リュカオンは投げやりに尋ねた。
 すると、何がおかしいのか、エルシオンは動きを止めて僅かに目を見開いた。

「いつも一緒に寝ているが?」

 当たり前のように言ってのけた彼に、リュカオンはぽかんとする。
 眠る時も起きた時も、いつもベッドで一人だった。なにより、途中で誰かが入ってきたら気配で起きないわけがない。
 動揺を察してか、エルシオンがおずおずと言った。

「いつも気持ちよさそうに寝ているから、気付かなかったのでは?」

 そんな馬鹿なと思いながらも、彼の言葉を否定することはできなかった。
 この家にあるベッドは一つだけで、リュカオンは家から出られない。それに、今までエルシオンがベッドで眠っているところを一度も見たことがなかった。

 この俺様が熟睡してたってのか?そんなの、あり得ねぇだろ……。

 浅い眠りを繰り返す狼族にあるまじきことだ。
 しかし、エルシオンの温もりは心地よく、否応なしにまぶたが重くなってくる。これでは、彼の言葉通りではないか。
 リュカオンは甘やかされた生活を送るうちに、自分の中から野生が失われていっている気がして恐ろしくなった。
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