聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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囚われの騎士

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「どうどう! 大丈夫だ、そこに待っていろ……!」
 興奮して暴れる馬を格子越しに落ち着かせ、自身も振り向いて城の尖塔を見上げる。
 空が黒々と不穏に曇り、今にも雨が降り出しそうだった。
 引き返せない以上、先に進むしかない。
 城の正面の大扉に向かい、荒れた前庭を更に歩いて行く。
 レオンは張り出したポーチの下を潜り、焼け焦げたような跡のある古く背の高い扉の前まで辿り着いた。
 エルカーズの様々な悪魔が浮き彫りにされた大きな木製の扉は、手で簡単に押し開けることが出来た。
 中はやはり真っ暗だ。
 荒れて何年も放置されたような内装の廊下の途中までが、外光に照らされてかすかに分かる。
「アレクス! どこだ!」
 叫び、一歩、二歩と慎重に足を進める。
 体が全て城の中に入った途端、背後で扉がひとりでにバンと閉まった。
 廊下に取り付けられた燭台に、順々に青い光が灯ってゆく。
 なんという術だろう。
 こんな力を持つものを味方に付けているエルカーズ王国を、レオンは心底恐ろしいと感じた。
 どうすることもできず、光が一つ一つ移動していくのに合わせて長い廊下へ歩いてゆく。
 やがてたどり着いたのは、美しい金の細工の施された白い扉の前だった。
「……遅かったな」
 低く艶のある声と共に、目の前で扉が開く。
 シャンデリアの光が眩しく差し込み、レオンは思わず目を細めた。深緑色の絨毯と、ゴブラン織のカーテン。
 中は、城主用に作られた豪華な寝室のようだった。
 天蓋付きのベッドの横――床の上に蓋の外れた黒い棺が置かれ、男が1人、そこに横たわっている。
 遠目にもそれが親友だと気付き、レオンは彼の元へ駆け寄った。
「アレクス……!」
 真っ白な葬送着を着せられているアレクスの肩を抱き起こし、力の限り揺さぶる。
「アレクス、起きろ!」
 だが、その手は力なくだらりと垂れ、彼は目を覚まさなかった。
「アレクス……?」
 親友の胸に手を当て、呼吸を確かめる。
 肋骨は全く上下せず、鼓動もなかった。
「……アレ……クス……」
 絶望する騎士の背後から、ゆっくりと誰かが近づいて来る。
 それは衣擦れの音をさせ、レオンの傍に静かに立った。
「残念だったな。――そいつはもう、自ら命を絶った」
 青白い顔の銀髪の悪魔が現れ、どこかレオンを慰めるような口調でそう言った。
「……っ……はっ……」
 ヘイゼルの瞳から、とめどなく涙が溢れる。
「自ら命を……!? 自死は神に背く大罪だ……!! そんなことを、こいつがする訳がない……っ!!」
「この男もそう言っていた。だから、俺が命を吸ってやった。こいつの望み通りに」
「嘘をつけ!! お前が殺したんだろう……!?」
 レオンは棺からヨロヨロと離れて立ち、腰の剣を引き抜いた。
「……アレクスの仇……!」
 切っ先を構えて相手の懐に飛び込み、剣を前に突き出す。
 悪魔の胸にそれが吸い込まれた時、確かに手応えはあった。――はずなのに、相手は悠然と、冷たい赤い瞳でこちらを見下ろしている。
「お綺麗な聖騎士殿、殺したのは俺じゃねえよ。……お前だ」
 描いたような美しい眉を顰め、悪魔は憮然として言った。
「お……れ……?」
「そうだ」
 悪魔は容赦のない口調でそう言い、話し始めた。
「数日前、この男の強い欲望が俺をあの場所に引き寄せた。戦地で死ぬ前に、好きな男とヤり――結ばれたかったっていう、こいつの気持ちに同情して、俺は応えてやった訳だ」
 レオンの体がギクリと震えた。握っていた柄から手を離し、一歩後ずさる。
 剣は確かに胸に刺さっているのに、血は一滴も垂れていない。
「俺は交わった人間に心地いい幻を見せてやることが出来る。この人間は幸せの絶頂だったはずだぜ、昨日お前が、天幕に入って来て邪魔するまでは」
 自分の胸に刺さった剣を、まるで小さな棘でも抜くように抜き捨て、悪魔はこちらを見た。
「俺が……!?」
「そうだ。この人間はあの時、幻の中で『お前』に抱かれてた。……本当は抱く方が良かったみてえだが、生憎俺は入れられてやる趣味はねえからな」
「なんという……汚らわしい真似を……」
 胃を突き上げるような吐き気が催し、レオンは床に膝をついた。
「汚らわしい? お綺麗な聖騎士殿、この男はその『汚らわしい』欲望を満たしている最中を本物のお前に見られて、正気に戻った途端、耐えられなかったんだよ。お前さえこなきゃ、戦死する前にいい夢見れた、ってぐらいで済んだだろうに」
「嘘だ……嘘、だ……っ、お前のような悪魔の言うことなんて……っ」
 この男は悪魔だ。だからきっと嘘をついている。そう思いたかった。
 だが相手の言うことが正しいという事を、誰よりもレオンは知っていた。
 自分もアレクスも高潔な騎士だ。もし自分が同じ立場なら――恐らく、命があることに耐えられない。
「嘘? お前なぁ、本当に――潔癖というよりも、ガチガチの頑固者だな。大体、俺を悪魔なんて呼ぶんじゃねえ。エルカーズの主神バアルの息子、アビゴール・カイン様だ。せめて名前で呼べ」
 悪魔は尊大な態度で名乗ると、身に付けていた黒いマントを床に脱ぎ捨てた。
 中に着ているのは、エルカーズの軍隊の礼装をさらに豪奢にしたようなものだ。
 銀糸で見事な刺繍を施したその詰襟の服は、ぴったりと彼の長身に合っている。
「お前のような奴には口で言ってもどうにもならねえからな。――お前も、この憐れな男の気持ちを味わってみろ」
 悪魔が酷薄な微笑みを浮かべて近づいて来る。
 同時に、レオンが身に着けていた白銀の甲冑を留めていた金具や紐が一斉に破壊され、前後に音を立てて落ちた。
「っ……!?……」
 驚きで声も出ない。
 近づいてくるのは、一見とてつもなく美しい人間。
 だが頭には巻角があり、その背後からはトカゲのような長く細い尾が伸びて、ゆらゆらと蠢いている。
 本人は神だと言うが、これほど生々しい肉体と、醜悪な部位を併せ持つ神がいる訳がない。
 剣を失い、親友の死への悲しみと恐怖の戦慄が体を支配する。
 気力を失ってへたり込んでいるレオンの傍まで来ると、悪魔は跪いてその背中と膝を掬い上げ、軽々と持ち上げた。
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