聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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流浪の騎士

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 あれからカインは一度も現れていない。
 あの口づけを最後に、もう二度と会うつもりはないということだろうか。
 呪いの解き方をわざわざ教えに来たということは、そうなのかもしれない……。
(――カインなら、エルカーズで何が起きているのか、もっとよく知っていたかもしれないな)
 自室の質素な机の引き出しから包帯を出しながら、レオンはふとそう思った。
 神父に限らず、エルカーズに近いこの街の住人にとって、隣国の動向は何よりも知っておきたい関心事だ。
 悪魔本人から話を聞くことが出来れば、ジーモンや周辺の町のため、役に立つかもしれない。
(俺の心に呼ばれたと言っていた、確か……)
 傷が出来なかったことを隠すため、左手に白い布を巻きながら、レオンは頭の中で一心にカインの名を呼んだ。
(カイン……カイン……カイン)
 だが、何度呼んでも彼は現れない。
 レオンの座っているベッドと、それから机だけしかない部屋はシンと静まり返っている。
 この小さな世界の中で動いているのは、窓の外の糸杉の葉が風に揺られて出来る、光と影だけだ。
 余りにも何も起きず、カインの名を唱えるのをやめた時――レオンはハッとした。
 この神聖な場所に悪魔を呼ぼうなどと、一体何を考えていたのか。
 仮にも今、自分は修道士なのに。
(全く、何をやっているんだ俺は……っ。あいつは悪魔だ、友人でもなんでもない、ただの悪魔なのに)
 そして気付いてしまった。
 自分があの悪魔にもう一度、会いたがっているということに。会う為の口実を、見つけようと思ってしまうほど。
 酷く情けなかった。
 だが結局は――彼の温もりと、あの時の快楽が忘れられないのだ。
 こんなに苦しいのは、きっと彼の「それ」しか知らないから。
 今頃カインはあざ笑っているだろうか。
 日が沈むたびに、あの夜を思い出して悶々と苦しみ、それをどうすることも出来ずにただ掛け物の中で汗ばんで、寝返りばかりしている自分を。
 興奮や衝動を我慢することが以前のようにうまくできなくなり、一度引き起これば抑え付けることすら耐え難くなっていることを――。
 半ば自暴自棄のような気持になって、レオンは自分の分厚い修道服の裾を乱暴に掴んだ。
 ベッドに上半身を倒しながら、徐々に長い布をたくし上げる。
 フードの付いた、足元まで丈のある修道服の下は、シャツと下着だけだ。
 布をめくり上げて白い両脚を露わにし、下着の股を閉じている紐を引いて、震える指でペニスに触れる。
 目を閉じ、そっと握りこんだだけで、そこは期待に満ちて充血し始めた。
 ――この神の住処で、なんという浅ましいことを。
 ――いや、あいつのことを、もうこれ以上考えない為だ。仕方がない。
 理性と衝動が二律背反し衝突する。
 上気して薔薇色になった唇でたくし上げた裾をしっかりと咥え、レオンはゆっくりと指でペニスを擦り始めた。
「……っん……ふ……」
 だが生まれて初めて一人きりで行うそれは、余りにも拙ない。
 なかなか集中することが出来ず、興奮を高め、開放してやることが出来なかった。
(あの時は、一体どうやっていたんだ……?)
 懸命に思い出そうと目を閉じる。
『上手だ、レオン……指の腹を使え――』
 低く艶のある声が耳元で蘇る。
 持ち方をもっと軽く触れるようにし、爪が当たらないように優しく、だが素早く皮膚を上下させた。
「……っ、ン……!」
 トロ……と先走りがこぼれ、指先が濡れるのが分かった。
『もっと速く――』
 体を横倒しにし、クチュクチュと水音を立てながら更に自分を追いつめてゆく。
『ストップ、ゆっくり……剥いた所は触るな――』
 そう言われたことを思い出して、そこに触れてみたくなった。
 指で皮膚をしっかりと下げ、テラテラと光るほど濡れている亀頭のぬめりを掬い、そのまま皮膚の剥がされた部位に指をずらしていく。
「……っクぅ……っ!」
 そこが、ほかの部分に比べて痛い程感覚が鋭敏になっていることに気付き、目を見開いて動揺した。
 ずっと皮膚に守られていた部分のせいか、少しでも乱暴に触れると耐えがたい感覚が走る。
「ふーっ、ふうっ」
 唇に加えている僧衣が唾液でじっとりと濡れ始めている。
『すげえ感じ方してんな……』
 あざ笑うような幻の声が、耳朶を愛撫する。
 もっと感じたい一心で、レオンはもう一度注意深く、カインの残していったその痕跡を指でなぞった。
「っ、うっ――っ」
 ビクビクと腰を揺らし、下腹に強い緊張が走る。
『お前、俺に触れて欲しいのか』
 幻聴が囁くように優しくレオンに尋ねる。
「……んぅ……っ、」
 目じりに涙をにじませ、頷く。
 幻が両腕を広げて背中から包み込むようにレオンを抱きしめ、手の甲に指を添え、首筋に口づける。
『……イク時はイクって言えよ……』
 グチョグチョになっているペニスを激しく扱きながら、レオンはついに唇に咥えていた布を落とした。
「……く……っ、カイン……っ、あ……っ、イク……う……っ」
 溜まりに溜まっていた精が、ようやく出口を得て勢いよく掌に吐き出され、指の間からダラダラと溢れ出る。
 ハァハァと激しく呼吸を繰り返しながら、レオンは自分に絶望した。
 悪魔のことを忘れたくて自らを汚したのに、結局最後はカインの名を呼んでいるなんて。
「もう……何で、こんな……っ」
 汚れていない方の指で黒髪を掻き毟り、自己嫌悪に唇を噛む。
 ――こんな体になってしまった。あの、悪魔のせいで――。
 恨めしい、だがそれでもなお、心のどこかでもう一度会いたいと思っている。
 決して口にすることの出来ない苦しい気持ちを抱え、レオンは部屋の中で一人、濡れたはしばみ色の瞳をぎゅっと閉じた。
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