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貴公子と騎士
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――オスカーは、実際共に旅をしてみると、一緒に居てとても心地の良い青年だった。
その上、彼はこの辺りの領主の息子であっただけに地理に詳しく、安全に森を抜けるルートも知っていた。
彼と出会わなければ、もしかすると自分は初日で死んでいたかもしれない。
数日経つ内にはそう素直に思えるようになり、彼に感謝の気持ちすら芽生えた。
誰かと寝食を共にすることがレオンにとって自然なものになってゆくにつれ、少しずつ、百年の間に心に降り積もった寂しさが薄れていく。
「――レオン、明日には川沿いの旧街道に出られるぞ」
焚火の前で一緒に地面に古地図を広げつつ、ついでに広がる世間話で夜遅くまで話し込むのも日課になった。
オスカーはエルカーズ人の歴史や、昔語りを色々と教えてくれた。
大陸で最も力を持つと信じられている、古き神々を今も信仰していること。
ただその力を私利私欲の為に使えば、恐ろしい災いが起こるという言い伝えがあること――もし災いが起こるなら、それは人間達の汚れた心のせいなのだと。
百年前は彼らのことを、邪神を信仰する異教徒としか見ていなかった。
けれど今こうして顔を見合わせ、心を通わせてみると、相手も自らと同じように、深い歴史と自らが信じる神への純粋な信仰を持つ一つの民族なのだと気付く。
(もしかしてこの男になら、カインのことを話しても大丈夫か……?)
一瞬そう思えた。
カインはきっとこの男にとっては神々の一人に過ぎない。
オスカーの持つ価値観に照らせば、大陸の他の国でそうだったように、悪魔憑きと罵られることは無いはずだ。
けれど実際にはとても言いだすことは出来なかった。
レオンの体の秘密を知ってオスカーが驚き、忌避しない保証はないし――それに。
(この後ろ暗い所が何一つない男に、俺がカインとあんな淫らなことをしていると知れたら――)
それだけは想像するだけで恐ろしかった。
旅をする内に少しずつ友人のような親しみを覚え始めたばかりだ。
レオンにとってはアレクスやカイン以外にようやく出来た、心を通わせることの出来そうな相手だった。
みすみす失いたくはない……。
そんなことを悩み、時々思いつめたように黙り込むレオンを、オスカーはいつも敏感に気付いて心配してくれた。
「大丈夫か? 元気がないぞ」
首を振り、レオンは手元の地図を畳んだ。
「大丈夫だ……何でもない」
「それならいいが」
曇りのない澄んだ宝石のような瞳で見つめられると、自分が酷く汚れているのを見透かされてしまうような気がする。
「――もう夜も遅い。今日は先に寝てくれ」
急に恐ろしくなり、早く相手を寝かせてしまおうとしてレオンは言った。
「では、今日は私が先に眠らせて貰おうか」
オスカーは素直に同意し、焚火の向こう側に敷いた寝具の上に横たわった。
いつものように腹の上で手を組み、仰向けになって彼は眠り始める。
炎越しにその整った横顔を眺めていると、やがて規則的な呼吸音が聞こえてきた。
(早いな……眠るのが)
きっと彼のような人間には、何の悩みもないに違いない。
自分はいつも寝る前に色々なことを思い出して眠れなくなってしまうのに。
孤独、後悔、過去の快楽、カインのことを――。
(カイン……)
あれから10日ほど逢っていない。
最後に一緒に眠りに落ちた時、彼はどんな表情をしていただろう。
思い出そうと記憶を手繰り寄せながら、瞼を閉じているオスカーの横顔を見る。
炎の光に照らし出された美しい顔の輪郭。
――それが、急にカインの横顔とひどく似ているような気がしてきた。
鼻柱の高い、彫刻のように整った横顔のライン。
――エルカーズ人だからだろうか?
古き神に一番近い血筋を持つのがエルカーズ人なのだと、オスカーは言っていた。
レオンは膝を地面につけたまま、少しずつ焚火の周囲を移動してオスカーの傍へと寄った。
彼の体を挟んで炎と反対側に回り、真上から彫りの深いその顔立ちを眺める。
男らしい眉とくっきりした瞼、大きく厚みのある唇をよくよく眺めてみると、カインとはやはり別人だった。
(……どうして似ていると思ったんだ?)
不思議に思いながら、そのままそこに留まり、柔らかくため息をつく。
(次にカインに会えるのはきっと、俺が王都から逃げ帰った時だろうな)
最後に言っていた言葉を思い出して、急に切なくなった。
当たり前のことだが、あれから一度も人肌に触れていない。
そう考えるとカインの温もりが酷く恋しく思えてきて、苦しくなる。
――いつもこうだ。
気まぐれに彼が現れ、そして消えて数日が経つと、こんな風にグズグズになってしまう。
底なしの孤独を埋める、温かな体温に飢える……。
気が付けば、レオンは目の前に眠る男の頬にそっと指を伸ばしていた。
罪悪感に鼓動が高鳴りながら――止めた方が絶対にいいと分かっているのに。
(少し、触るだけだ)
少しずつ少しずつ震える指を近づけ、そしてついに、そっと中指の腹をその高い頬に付ける。
(温かい……)
そこから流れ込んでくるような安堵と陶酔。
そして同時に、恐ろしい程後悔した。
(俺は何をしているんだ……っ)
引き剥がすようにして手を離し、レオンは頬を真っ赤にして自問した。
寝ている男の顔に勝手に触れるなど、長年一人で居すぎて頭がおかしくなってしまったとしか思えない。
(……良かった……起きなくて……)
呼吸が上がり、いつの間にか前髪が張り付く程汗を掻いていることに気付いた。
早く彼の傍を離れようと、片膝をついて立ち上がろうとする。
――だがその瞬間、さっきまでオスカーに触れていた方の片手を、突然強く掴まれた。
「!」
驚いて声も出せない。
心の中で慌てふためきながら視線を落とすと、寝ているとばかり思っていたオスカーが、その緑の瞳で無表情にこちらをじっと見つめていた。
その上、彼はこの辺りの領主の息子であっただけに地理に詳しく、安全に森を抜けるルートも知っていた。
彼と出会わなければ、もしかすると自分は初日で死んでいたかもしれない。
数日経つ内にはそう素直に思えるようになり、彼に感謝の気持ちすら芽生えた。
誰かと寝食を共にすることがレオンにとって自然なものになってゆくにつれ、少しずつ、百年の間に心に降り積もった寂しさが薄れていく。
「――レオン、明日には川沿いの旧街道に出られるぞ」
焚火の前で一緒に地面に古地図を広げつつ、ついでに広がる世間話で夜遅くまで話し込むのも日課になった。
オスカーはエルカーズ人の歴史や、昔語りを色々と教えてくれた。
大陸で最も力を持つと信じられている、古き神々を今も信仰していること。
ただその力を私利私欲の為に使えば、恐ろしい災いが起こるという言い伝えがあること――もし災いが起こるなら、それは人間達の汚れた心のせいなのだと。
百年前は彼らのことを、邪神を信仰する異教徒としか見ていなかった。
けれど今こうして顔を見合わせ、心を通わせてみると、相手も自らと同じように、深い歴史と自らが信じる神への純粋な信仰を持つ一つの民族なのだと気付く。
(もしかしてこの男になら、カインのことを話しても大丈夫か……?)
一瞬そう思えた。
カインはきっとこの男にとっては神々の一人に過ぎない。
オスカーの持つ価値観に照らせば、大陸の他の国でそうだったように、悪魔憑きと罵られることは無いはずだ。
けれど実際にはとても言いだすことは出来なかった。
レオンの体の秘密を知ってオスカーが驚き、忌避しない保証はないし――それに。
(この後ろ暗い所が何一つない男に、俺がカインとあんな淫らなことをしていると知れたら――)
それだけは想像するだけで恐ろしかった。
旅をする内に少しずつ友人のような親しみを覚え始めたばかりだ。
レオンにとってはアレクスやカイン以外にようやく出来た、心を通わせることの出来そうな相手だった。
みすみす失いたくはない……。
そんなことを悩み、時々思いつめたように黙り込むレオンを、オスカーはいつも敏感に気付いて心配してくれた。
「大丈夫か? 元気がないぞ」
首を振り、レオンは手元の地図を畳んだ。
「大丈夫だ……何でもない」
「それならいいが」
曇りのない澄んだ宝石のような瞳で見つめられると、自分が酷く汚れているのを見透かされてしまうような気がする。
「――もう夜も遅い。今日は先に寝てくれ」
急に恐ろしくなり、早く相手を寝かせてしまおうとしてレオンは言った。
「では、今日は私が先に眠らせて貰おうか」
オスカーは素直に同意し、焚火の向こう側に敷いた寝具の上に横たわった。
いつものように腹の上で手を組み、仰向けになって彼は眠り始める。
炎越しにその整った横顔を眺めていると、やがて規則的な呼吸音が聞こえてきた。
(早いな……眠るのが)
きっと彼のような人間には、何の悩みもないに違いない。
自分はいつも寝る前に色々なことを思い出して眠れなくなってしまうのに。
孤独、後悔、過去の快楽、カインのことを――。
(カイン……)
あれから10日ほど逢っていない。
最後に一緒に眠りに落ちた時、彼はどんな表情をしていただろう。
思い出そうと記憶を手繰り寄せながら、瞼を閉じているオスカーの横顔を見る。
炎の光に照らし出された美しい顔の輪郭。
――それが、急にカインの横顔とひどく似ているような気がしてきた。
鼻柱の高い、彫刻のように整った横顔のライン。
――エルカーズ人だからだろうか?
古き神に一番近い血筋を持つのがエルカーズ人なのだと、オスカーは言っていた。
レオンは膝を地面につけたまま、少しずつ焚火の周囲を移動してオスカーの傍へと寄った。
彼の体を挟んで炎と反対側に回り、真上から彫りの深いその顔立ちを眺める。
男らしい眉とくっきりした瞼、大きく厚みのある唇をよくよく眺めてみると、カインとはやはり別人だった。
(……どうして似ていると思ったんだ?)
不思議に思いながら、そのままそこに留まり、柔らかくため息をつく。
(次にカインに会えるのはきっと、俺が王都から逃げ帰った時だろうな)
最後に言っていた言葉を思い出して、急に切なくなった。
当たり前のことだが、あれから一度も人肌に触れていない。
そう考えるとカインの温もりが酷く恋しく思えてきて、苦しくなる。
――いつもこうだ。
気まぐれに彼が現れ、そして消えて数日が経つと、こんな風にグズグズになってしまう。
底なしの孤独を埋める、温かな体温に飢える……。
気が付けば、レオンは目の前に眠る男の頬にそっと指を伸ばしていた。
罪悪感に鼓動が高鳴りながら――止めた方が絶対にいいと分かっているのに。
(少し、触るだけだ)
少しずつ少しずつ震える指を近づけ、そしてついに、そっと中指の腹をその高い頬に付ける。
(温かい……)
そこから流れ込んでくるような安堵と陶酔。
そして同時に、恐ろしい程後悔した。
(俺は何をしているんだ……っ)
引き剥がすようにして手を離し、レオンは頬を真っ赤にして自問した。
寝ている男の顔に勝手に触れるなど、長年一人で居すぎて頭がおかしくなってしまったとしか思えない。
(……良かった……起きなくて……)
呼吸が上がり、いつの間にか前髪が張り付く程汗を掻いていることに気付いた。
早く彼の傍を離れようと、片膝をついて立ち上がろうとする。
――だがその瞬間、さっきまでオスカーに触れていた方の片手を、突然強く掴まれた。
「!」
驚いて声も出せない。
心の中で慌てふためきながら視線を落とすと、寝ているとばかり思っていたオスカーが、その緑の瞳で無表情にこちらをじっと見つめていた。
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