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神と騎士
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しおりを挟む床に落ちている夕日が少しずつ細く弱くなり、消えてゆく。
同時に、老いた王の目から次第に光が失われてゆき、その表情に邪悪な気配が満ち溢れ始めた。
「グフ……グブフフ……」
ごぼごぼと喉を鳴らすようにして老人が笑う。
そのやせ細った体から怪しい霊気が立ち上りはじめ、着ている衣がいびつに形を変えて波打つ。
「われらが古代の神よ……そちらからお出まし頂けるとは光栄だ……だが何故だ……何故、死んだ人間などに姿を偽っている……?」
痩せ細った骨のような指がオスカーを指差す。
「さあ、お前の美しい真の姿を見せるが良い……!」
王の汚れた衣の中がいびつに変化し、その布の下から何か濡れたものがひしめくような醜悪な音がし始める。
「正体現したな、じーさんよ。生憎俺は、最後にレオンが愛してくれたこの見てくれでお前と戦おうと決めて来たんだよ……」
オスカーが――いや、貴公子の姿を纏ったアビゴール・カインがすらりと腰の剣を引き抜き、上段に構える。
「……ゴフッ……何を訳の分からないことを……先に召喚されたお前の兄たちは皆、この身に取り込んだ……あとはお前さえ呑み込むことが出来れば……私は今度こそ、永遠の若さと美しさを取り戻す……!」
王の白眼のない不気味な目が見開いた。
玉座から一歩も動くことの出来ないその細った体から、巨大な白く太い触手が何本も飛び出し、うねりながら広間の床と天井をいっぱいに埋め尽くしてゆく。
「グフフフフ……さあ、私の一部となれ……!」
王の笑い声と共に、天井を這う触手の一本がカインを上から襲った。
素早く横飛びに避けるが、直ぐに床の触手がブンと風を切って迫り、休みなくカインを襲う。
「分かってねぇな、耄碌ジジイ……!」
貴公子の顔が嘲笑に歪んだ。
「確かお前の願いは、『永遠に若く美しくその玉座に君臨し、最強の軍を率いて大陸を統一する』だったか!? 生憎俺を取り込んだって、お前の時間は戻りゃしねぇんだよ!」
こぶのようになった触手の先が玉座の間の石の床を激しく音を立てて破壊し、階下に滑り込んでゆく。
「戯けた事をごちゃごちゃと……! お前こそ、神がわざわざそんなひ弱な人間の姿になって、この私に何が出来るというのだ……!?」
「出来るか出来ねぇか、試してみようじゃねぇか」
カインは不敵に笑う。
光る剣を手にして向かってゆくその姿を、数え切れない程の触手が一気に包み込んで襲い、彼の姿はあっという間に見えなくなった。
天地の砕け散るような激しい破壊音が頭の上にこだまする。
上層から聞こえたその音に、神殿から城に続く隠された地下道を進んでいたレオンはぶるりと慄いた。
「何かが起こっている……! 早くっ、神官殿!」
「……ヒイ、ハア……ッ、ソウ言ワレテモ、二本足デ歩クヤリカタヲ、忘レタノダ……!」
黒トカゲの神官が長い舌をだらりと下げ、息を切らしてついて来る。
レオンはしびれを切らし、彼の体を腰から持ち上げると肩に担ぎあげ、螺旋階段を上り始めた。
「ヒイイ……」
「王はどっちに居る!? 教えてくれ!」
「モウ2回リ、階段ヲノボッタラ廊下ニ出ヨ……ソノ先ニ、玉座ノ間ガアル……」
「なるほど、この階段をまだ上れば良いんだな??」
「ソウダ……王ハモウ、百年、ソコカラ動イテオラレン……! 玉座カラ立チアガルコトガ、出来ナイオ体ナノデナ……ッ」
舌を噛みそうになりながら神官が説明する。
レオンは大きく頷き、二段飛ばしで階段を上った。
「神の力を得たのに、そんな不自由な体なのか……!?」
息一つ切らさずにそう尋ねた騎士に、運ばれている神官は悲痛な声で答えた。
「我々ハ、王ノ病ヲ癒シタカッタ……カツテノ、スバラシイ王ニ戻ッテ頂キタカッタ……シカシ、我々ノシタコトハ間違イデアッタ……」
深い溜息と共に、言葉が吐き出される。
「王ハ病ンダ体ノママ永遠ノ苦シミヲ負ッタダケダッタ……」
人間としての活動が止まる――かつてのカインの言葉を思い出し、レオンの心に痛みが走る。
「――そうだったのか……。安心してくれ、俺は、……俺たちは、その苦しみを終える為にここに来たのだ……」
「オ前ノヨウナ、異国人ガ……?」
肩の上でガクガクと揺れながら、神官が訝し気に聞き返す。
レオンは目の前の閉じた扉を蹴り開けて階段室から廊下に出ると、人型のトカゲを抱えたまままっすぐに廊下を走り出した。
戦闘と思しき破壊音が、先程よりも大分近い。
「――俺は異国人だが、お前たちの神を愛してしまった異国人だ……!」
大股で走り続け、幾重もの開いた扉の間を進んでゆく。
早く早く、彼に会わなけば――。
彼と共に幾重にも重ねた時間と思いが、心を焦らせる。
そしてついにレオンは、激しく破壊されている最中の玉座の間へと飛び出した。
「ヒィ……王ガ……王ガ暴走サレテイル……」
レオンの肩から下ろされた神官が、レリーフの施された扉の背後にズルズルと隠れる。
だがレオンは剣を抜き、その扉の奥の世界へと飛び込んでいった。
醜悪な生物の蠢くまるで地獄絵図のような広間の中で、昨夜やっと結ばれたはずの自分の恋人を探す。
そしてやっと見つけた。
カインの尾を太くグロテスクにしたような巨大な触手の海に埋もれるようにして、蜜色の髪をした男が、剣を奮っている姿を――。
「カイン……!!」
はっきりと大きな声で名前を呼んだ途端、彼は驚いてこちらを振り返った。
「レオンお前……どうしてあそこを抜け出して――」
言いかけて、ハッと彼が口を噤む。
明らかに動揺した彼の背中を新たな触手が襲うのを見て、レオンは剣を構えて飛び出し、その白い王の腕を切断した。
青い血しぶきが飛び、ゴロッと太く白い断片が床に転がりうねる。
「やっぱりお前、カインだったんだなっ!?」
怒りと驚きと、そして止めどない恋情のないまぜになった感情を露わにしながら、レオンは背後にいる男に向かって問いただした。
「カインっ、どうして……っ……ずっと最初からそばに居てくれたのか……っ!?」
「クッソお前……っ、こんな時に来るんじゃねーよ!! あの場所で大人しくしてりゃ良かったのに……!」
顔と姿は貴公子のまま、カインが激怒する。
蜜色の髪が振り乱れ、その剣が二人に襲い来る攻撃を目に見えぬ速さで次々と断ち切った。
玉座の上の、触手の根元の枯れ木のような王がニヤリと笑う。
「……ほお……神は傍づきの騎士も一緒に連れたもうたか……! これはわが軍の、良い兵士になりそうだ……」
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