聖騎士の盾

かすがみずほ@3/25理想の結婚単行本

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神と騎士

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「……! い、嫌だ……っ……カイン……っ」
 必死で首を左右に振ったが、カインが困ったように美しい眉を寄せて笑う。
「もっと喜べよ……お前はもう、これからは普通に生きられるんだ……もう、俺のことは忘れろ」
 ――そんなことを急に言われて、頷ける訳がない。
「……行かないでくれ……行くな……っ」
 泣きじゃくるレオンの額に、触れるだけの口づけが落ちる。
「騙すようなことをして悪かったな。……『悪魔』の俺じゃあ、お前の孤独だけは埋めてやれなかったから」
 視線を落とすと、カインの脚は既に光の粒子になり、空気に溶けかけている。
「――でも、あのセックスで守りが解けちまったってことは、お前、俺のこと少しは好きだったってことだよな……?」
 はにかむように聞かれて、嗚咽しながら何度も頷いた。
 自分では中々気づくことが出来なかったが、彼にずっと心を囚われ、恋していた。
 オスカーを好きになったのは、カインと似ていると思ったからだ。
 初めて恋人として寄り添って眠った時のオスカーの横顔と、髪を撫でる彼の手を思い出し、堪え難い感情に襲われる。
「……愛してる……レオン……」
 きらきらと輝く黄金の粒が霧のように広がって消え、カインの輝く銀髪も、彫刻のように整ったその肉体も、全てが冷えた夜の大気の中に失われた。
 レオンは膝を落としたまま、確かに彼を抱きしめていた両手に何も残らなかった事実に愕然とした。
 背後で誰かがもぞりと動く気配がして、涙で濡れた顔で振り向く。
 そこには、隠れていたトカゲの神官と同じローブを着たそばかすの小柄な男が、小躍りしながら喜びを爆発させていた。
「戻った……!! 体が元に戻ってるぞ!!」
 それを見て、レオンは百年前の誓いが確かに果たされたことを知った。
 ――だが、その代わりに失ったものも、余りにも大きかった。


 レオンは、トカゲだった神官――名前はティモと言ったらしい――と、二人で王都を出た。
 オスカーの乗っていた葦毛の馬は何故かどこにも見つからず、レオンの馬に交代で乗りながら、二人はティモの案内で、レオンを「神に仕える騎士」と呼んだあの老人の住む小さな庵へと向かった。
 そこで老神官と再会し、一部始終を話すと、彼は涙ながらに天を拝み、そして奥にある重厚な棚の蔵書から、エルカーズの貴族台帳を見せてくれた。
 ――その台帳の中に、「オスカー・フォン・タールベルク」という貴族の名がある。
 記録上確かにオスカーは存在していた。
 だがティモの話によれば、そのオスカーは、三年前に王を暗殺しようとしたことで囚われ、ふた目と見られぬような姿で獄中にて死亡したという。
「死んだはずの彼が再び訪ねて来たとき、わしは思ったのです……神が、亡くなった高潔な若者の魂を救い、その肉体の器を受け継いで、その意志を叶えようとしているのだと……」
 それを聞いてレオンは悟った。
 ……自分の愛した「オスカー」という人間は、やはりこの世のどこにも居なかった。
 ずっと傍に居たのは、アビゴール・カインという神――。


 ――それからしばらく、魂の抜けたようになってしまっているレオンを、老神官は快く、いつまでも自宅に泊めてくれた。
 ティモはフレイの町へレオンの馬を駆って走ってゆき、王の死と、そしてエルカーズの悪夢が永遠に終わったことを触れて回った。
  レオンは十日程は何をする気力も湧かなかったが、その内に少しずつ、エルカーズの古い言葉や文字を老人やティモから習い、神官の蔵書を貪るように読み始めた。
 その目的は、消えた「アビゴール・カイン」という神についての記録を探すためだ。
 神官達の付けた古い記録を一つ一つ虱潰しに読むことに、レオンは寝食を忘れて没頭した。
 記録は殆どが失われていたが、それでも今までカインについて知らなかったことを読み取ることが出来た。
 彼が主神バアルの末の息子であること。
 この国では、闘いを制する騎士の神として慕われていること。
 そして、人の強い願いを口にせずとも知ると共に、生死にかかわる近い未来を読む力を持つと言われていることを。
「――未来を……」
 レオンは神官の机の上で分厚い羊皮紙をめくりながら、深くため息をついた。
 あの天幕で一度目に遭った時、そして二度目に獄中であったあの時、彼には何が見えていたのだろう。
 もしかして彼の視界には、戦いの中で殺され無残に死んでいく、自分の姿が映っていたのではないか。
 アビゴール・カインという神が一切関わらなければ、レオンも、そしてかつての親友アレクスも、エルカーズの奇襲で共に死んでいたはずだった。
 カインはアレクスには同情の慰めと彼の望む穏やかな死を与え、そして、レオンには生を与えた。
 そしてその後もずっと、レオンの未来を予見し、先回りして守り、この身を生かし続けた。
 ――長い長い間、ずっと自分は孤独だとばかり思っていたのに。
 知れば知るだけ切なく、そして酷く情けなくなり、カインが恋しくて堪らなくなって、涙が止まらなかった。
「神は、我々のあやまちを正してくださった……」
 いつの間にか背後に書物の主の老人が立ち、嗚咽するレオンの背中を優しく撫でていた。
「異国人には到底理解することは出来ないだろうが、あれが人と同じ温かい血の通う、われらの神なのだ……」
 レオンは黙って頷き、重みのある分厚い革張りの本をそっと閉じて老人を振り返った。
「神官殿、……あなたに一つ、頼みたいことがある……。もしかしたら、とても罪深いことかもしれないけれど――」
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